サムライヒーロー・アンド・リトルガール
金澤流都
剣客天山竜之助、参上!
わたしの趣味は、おじいさまと時代劇を観ることです。
おじいさまは木嶋食品という、日本中のスーパーマーケットに製品が置かれている大企業の会長です。仕事はわたしのお父さまに譲り、いまは田舎の小さな家で、お手伝いさんの花谷さんとわたしと、一緒に暮らしています。
わたしのお父さまとお母さまは忙しいので、東京の家から帰ってくることはほとんどありません。せいぜいお盆と年末年始くらいです。わたしは体が丈夫でないので、東京の汚い空気やおいしくない水、新鮮でない食べ物はよくない、と、おじいさまと暮らすことになりました。
そういう境遇ですし、おじいさまが贅沢を好まれないので、クラスのみんなには貧乏で両親が逃げていったと思われているようですが、そんなことはどうだっていいのです。
わたしにはヒーローがいます。再放送の時代劇の主人公、天山竜之助です。悪代官や悪徳商人と戦い、江戸の町の人を助けてくれる、素晴らしいヒーローです。
学校の国語の宿題で、好きなものを紹介する作文を書きましょう、というのが出たとき、わたしの頭に真っ先に浮かんだのが竜さま、つまり天山竜之助でした。それを、先生に指されて読んだところ、クラスのみんなは、
「時代劇が好きとか年寄りみたいだ」
「いまはそんなの流行らない。貧乏だからゲームが買えないんだ」
と、そう言って笑いました。
悔しくて悔しくて仕方がありませんでした。竜さまはあんなに格好いいのに。先生も、指す相手を間違えた、という顔をなさっていました。
いいんだ。
竜さまは、わたしだけのヒーローなんだ。
そう思いながら、泣きそうな心を抑えて、わたしは家に帰りました。きょうは木曜日なので、時代劇はお休みです。おじいさまは将棋の棋譜並べをしていました。お邪魔しては申し訳ないので、家を出て散歩に行くことにしました。ちなみに花谷さんはお買い物に出掛けていました。
思わず、竜さまが悪者のところに乗り込むときの、物悲しい音楽を口ずさみながら、公園にブランコをしに行くことにしました。わたしには友達がいません。貧乏で可哀想、と見当違いの親切心で近寄ってくる輩に、古くなったいらないオモチャを押し付けられるのは嫌だからです。
公園には誰もいませんでした。珍しいことです。近くの幼稚園のお散歩だとか、カードゲームで遊ぶ中学生だとか、そういう人たちはいないようです。なんとなくホッとして、わたしは「剣客天山竜之助」のオープニングテーマを鼻歌で演奏しながら、ブランコを揺らしていました。
すると、公園の横に停められた車から、なにやら目出し帽を被った人が出てきました。目出し帽なんて、悪いことをするひとが被るものではないでしょうか。いや、それは偏見ですけれども。少なくとも、いまみたいな夏真っ盛りに被るものではないと思うので、この人たちは顔を見られたくなくて目出し帽をかぶっているのだと思いました。
「木嶋朋子ちゃんだね?」
どうしてわたしの名前を知っているのでしょうか。怖くなって逃げ出そうとしたら、腕を掴まれて縛られ、口にガムテープを貼られて、自動車に押し込まれました。どうやら誘拐犯だったようです。
怖かったです。どこに行くのでしょうか、この人たちはお父さまやおじいさまに、身代金を求めたりするのでしょうか。連れてこられたのは、ボロボロの空き家でした。
その空き家は、古い日本家屋――それこそ時代劇の悪代官の屋敷のような家でした。畳がささくれ立っていたりしょうじやふすまが破れていたりしなければ、ですが。
わたしは椅子に座らされ、手足を縛られてしまいました。だれかが助けてくれるまで、わたしはなにもできません。
「木嶋の社長は取り引きに応じるか?」
「いや。まだ電話にすら出ない」
「動画を撮って脅すか。ガキの小指を切り落とそう」
目出し帽の悪漢たちは、ナイフをもって近寄ってきました。
どうしよう。どうしよう。助けて、助けて竜さま。助けて竜さま!
そう思ったとき、どこからか悲しげなトランペットの音が聞こえてきました。すぱぁん、と、破れたふすまが開いて、
「拙者、天かける竜に育てられた竜之介。世が許しても竜が許さぬ」
と、竜さまのいつもの名乗りが聞こえました。
竜さまだ。
竜さまが、助けにきてくれたんだ!
悪漢たちはざわざわと、互いに顔を見合わせました。
「いたいけな娘をさらって悪事を企むとは、まさにこの世の悪。成敗いたす」
「ふん……ただの浪人、恐るるに足らぬ! ものども出あえ! 出あえ!」
向こうからいつもの悪代官の声がしました。悪代官はテレビだと名前が変わってもいつもだいたい同じ役者さんです。悪代官の声に応じて、揃いの紺色の着物を着た用心棒たちが集まってきました。
そこで、悲しげなメロディだったトランペットが、勇ましい曲調に変わりました。
竜さまは居合切りの構えで、まず最初の用心棒を切り伏せました。続いて返す刀で二人目を、それをひねって背後の三人目を、そこからまとめて四、五、六人目をばさりと斬る大立ち回りを見せました。
わたしは怖いのも忘れて、竜さまの華麗な太刀さばきを眺めました。それは、時代劇の殺陣を、現場で観るというすさまじい贅沢でした。
竜さまは、そこにいた用心棒と、悪漢たちと、悪代官を、華やかな剣技ですべてやっつけて、わたしを椅子に縛り付けているロープを切ってくれました。
「娘。怪我はないか」
「はい。だいじょうぶです。ありがとう竜さま」
「拙者に助けられたこと、口外は無用だ。父上が厳しくてな」と、竜さまはいつものお茶目な口調で言いました。この、竜に育てられた、という名乗りのカッコいいところと、助けた人たちに優しくてお茶目なところが、天山竜之助の魅力なのです。
「あの、竜さま」
「どうした?」
「また、会えますか?」
「娘、お主が会いたいと思ったとき、拙者はその横におるぞ」
そう言い残して、竜さまは去っていきました。わたしはしばらく、その不思議な体験を、じっと心で味わってから、ポケットのスマホを取り出して警察に連絡しました。
警察は、そこに倒れていた悪漢たちが、なにかのはずみで仲間割れしたと判断したようでした。用心棒と悪代官はいなくなっていました。
テレビのニュースでわたしのお父さまが木嶋食品の社長だと分かり、学校に行ったらクラスのみんなは「貧乏っていってごめん」と謝ってきました。わたしは、「気にしなくていいよ」と、そう答えました。
きょうも、学校が終わって、まっすぐ家に帰ってきました。ランドセルを投げ出して、おじいさまと観る「剣客天山竜之助」は、やっぱり最高に面白い時代劇なのでした。
サムライヒーロー・アンド・リトルガール 金澤流都 @kanezya
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