後編
そしてあっという間に時は流れ、バレンタインの日がやってきた。
今日まで約1ヶ月、俺はチョコ作りの基礎の基礎からみっちり姉貴に叩き込んだ。
すぐに音を上げて投げ出すかと思ったが、意外にも姉貴はへこたれずに頑張っていた。
センスは壊滅的だけどな。
よくもまあ、あの簡単な工程であれだけのミスを生み出せるものだ。
包丁で指怪我してるし、危なっかしてくてほぼ付きっきりで面倒見ることになった。
マジでウゼエ……材料費はマジで折半だったし、俺が食うのは姉貴が失敗したクソ不味いチョコばっかだし。
それに、あいつなんであんな態度デケェんだよ。
時間割いて教えてやってるってのに……。
「相変わらず不機嫌そうだなー、輔」
「いろいろあってな……お前こそ、なんでそんな親の仇を見るような目なんだよ」
「そんだけ大量のチョコ貰っといて不機嫌でいられるとか、いいご身分じゃねえか、この色男め!」
俺の机には大量のチョコが積まれている。
去年は彼女いたからこんなに多くはなかったのに。
「お前が彼女と別れた途端、ここぞとばかりにアタックしてくる女子増えたよな。今や3年の進藤先輩も1年の宮下も彼女持ちで、我が校三大アイドルのうちフリーなのはお前だけだからな」
「なんだよ三大アイドルって……それ、絶対お前が勝手に作っただろ。――てか、進藤先輩に彼女がいるつったか?」
「ん? この前、髪の長い女性とイチャイチャ歩いてるの見かけたんだよ」
姉貴の髪は短い。
じゃあ、姉か妹……いや、一人っ子って言ってたよな。
「なあ、輔。そんなに貰ってんだから一個くらい頂戴よ」
「一個どころか全部お前にやるよ。俺、甘いもの苦手だから」
「え、マジで!? ……いや、女子の目が怖いからやめとくわ。てか、お前はそういいながら全部食うんだろ? 貰う時も『ありがとな』って笑顔で貰ってたし。このツンデレめ!」
「だったら色男の方がマシだ。二度とツンデレなんて言うんじゃねぇ」
悪友が冗談めかして笑う。
ホームルームが終わって放課後になる。
そろそろ、姉貴が進藤先輩に手作りチョコ渡す時間か。
いや、なんで俺が姉貴の心配なんざしなくちゃならねぇ。
不味くても彼氏なら喜ぶだろ。
それで愛想つかされるなら、元々その程度だってことだ。
「じゃあ、俺そろそろ帰るわ」
「おう! またな!」
大量のチョコをカバンにつめ、教室を後にする。
ホワイトデーのお返しめんどくせぇな。
そう思いながら窓の外の銀世界を眺める。
と、そこで人目につかない場所で電話する進藤先輩の姿を見つけた。
何故か気になった俺は、隠れてそこへ近づいた。
「ごめん。生徒会の用事でちょっとだけ遅れる。――うん。ありがとう。すぐに行くから!」
電話の相手は姉貴だろうか。
学校は人の目があるから放課後に渡すと言っていた。
生徒会? 外にいるじゃねぇか。
「……チッ。ダリィんだよ、ブスが」
電話を切ってから、急に声が変わった。
恐ろしく冷たい声。そして暴力的な言葉遣い。
これが……進藤先輩の本当の姿なのか。
「……あ、もしもし。悪ぃ、ちょっと遅れるわ。――いやさあ、彼女が鬱陶しくてさあ。――何番目って、あの陰キャだよ。俺があんな低ランクの野良を好きになるわけねえだろ。まあ、わりと貢ぐタイプだから暫く貢がせてから捨てる。――まわさねぇか、ってお前らそればっかだな。あいつブスのくせに股固ぇんだよ。――まあ、浮気バレたらそんときは口封じがてら動画回してヤろうぜ」
人気につかない場所とはいえ、よく回る舌だ。
噂通り……いや、噂以上のクズ野郎じゃねぇか。
まあ、俺に何かしてやる義理はねぇか。
それに、言ったところで信じてはくれないだろう。
俺は黙ってその場から立ち去った。
『ねえ、聞いて輔! 私に彼氏ができたの!』
『あんたも彼女作りなさい。人生変わるわよ』
『進藤くん何が好きなんだろ』
『いや! 絶対に諦めない! 私が一人で1から作る!』
『できた……進藤くん、喜んでくれるかな』
遠ざかる足が止まる。
夜遅くに喉が乾いて起きてきたら、姉貴は夜通してチョコ作りをしていた。
不器用で、センスもなくて、いくつも怪我して絆創膏はって、それでも喜んでもらうために姉貴は必死だった。
「ん? 君は確か、沙耶の弟の……もしかして、聞いてた?」
「聞いてたっていえば、どうしますか?」
「申し訳ないけど、僕の悪評が広まるのは困るんだ。まあ、君ごときが広めた悪評なんて誰も信じないと思うけど、一応今見たことは黙っててくれないかな?」
「黙ってるって言えば、信用してくれるんすか?」
「僕、口約束は信じられないから。今から怖いお友達読んで、君には理解してもらうよ。安心してよ、ここは人目にはつかない」
「……そうですね、安心しました。ここなら、あんたを殴っても人目にはつかない」
「は?」
俺は進藤先輩を殴った。
躊躇もなく、手加減もなく、力いっぱい拳で殴った。
馬乗りになり、助けを呼ぼうとする口を塞ぎ、服で隠れている部分に何度も何度も拳を打ち込んだ。
涙目になって抵抗する進藤先輩の目は、確実に怯えていた。
俺も暴力を振るった以上、後には引けない。
徹底的に痛めつけ、身体に恐怖を叩き込ませる。
「もう二度と姉貴に関わんな。――それを約束できるなら殴るのやめてあげてもいいですよ」
「……わ、分かった。分かったからもうやめてくれ!」
「俺、口約束は信じられないんすよね」
そう言いながら何度も拳を打ち込む。
「ど、どうすれば信じてもらえるんだ!」
「そうっすね。先輩の携帯には、浮気の証拠とか残ってるんじゃないですか? そのデータを俺に送ってください」
「……それは、できない」
「想像以上にヤバいブツがあるんすね。仕方ねぇか……先輩が了承してくれるまで殴り続けます」
そして拳を大きく振りかぶる。
その動作で進藤先輩は酷く怯えていた。
「分かった! 分かったから! 全部のデータを送る! もう二度と沙耶には……君のお姉さんには近づかない! 君の暴力に関しても誰にも言わない!」
拳が顔に当たる寸前で進藤先輩は快く要求を受け入れてくれた。
そして馬乗りになったまま先輩のスマホに俺のメールアドレスを打ち込む。
先輩からすぐに浮気の証拠画像が送られてきた。
俺が渋い顔をしていると、慌てたように次の画像が送られてくる。
次から次へと出てくるクソ野郎のLINE画像や、彼女とのツーショット画像。
流石に流出すれば言い逃れは難しいだろう。
「そういや、まわすとか動画とか汚い言葉言ってませんでした?」
「……分かった。他の女のハメ撮りも全部消す。本当だ! 何も嘘はついてない!」
そう言って、写真や動画を一括で削除する進藤先輩。
もちろんゴミ箱に残っていたものもだ。
まあ、パソコンにも残ってるかもしれないが、これ以上は俺にできることはない。
「じゃあ、最後に姉の分も殴らせてもらいます」
姉貴ならきっと迷わない。
最後にもう一発、俺は進藤先輩の顔面を殴った。
「姉貴を泣かすんじゃねぇ。あいつ泣くとうるせぇんだよ」
〜〜〜
次の日、姉貴が泣いていた。
どうやら進藤先輩に振られたらしい。
結局、昨日は進藤先輩は生徒会を理由に姉貴を帰らせ、その夜に別れ話を切り出しようだ
つまり、チョコは渡せなかったらしい。
「私が、私がダメだったんだ! もっと私が可愛ければ、もっと話が上手ければ、私に料理ができれば!」
「だあ! わんわん泣くな。もう三年になるし、スポーツと勉強に専念したかったんだろ」
こいつ、本当に弱ったらどこまでも弱る女だな。
料理ができないことなんて嘆いたことないだろ。
「……まあ、姉貴にはもっと良い男いるだろ。それに、初めての恋人で何もかも上手くいくわけねぇんだよ」
「うるさい! あんたなんかに慰められても嬉しくない! あっちいけ!」
「……はあ。俺の部屋だぞ、ここは。別れ話まで俺に聞かせんなよ」
「うるさいうるさい! 私に中々彼氏ができないのはあんたのせいなんだから! あんたに彼女ができたら絶対邪魔してやる!」
「理不尽極まりねぇな……」
姉貴のウザさは何も変わらなかったか。
もう夜中の2時だぞ。俺明日朝練あんだけど。
「……まあ、泣きたい時は泣けばいいし、上手くいかないときは誰かのせいにすればいい。話くらいは聞いてやるよ」
それから1時間ほど姉貴は俺の部屋で泣き続けた。
そして帰り際に「これあんたにあげる!」と言って、渡せなかったチョコを俺に渡してきた。
自分では食べたくないよな、そりゃ。
「…………苦っ」
甘いの苦手な俺ですらそう感じるビターチョコ。
まあ、料理が壊滅的な姉貴にしてはよく出来てるじゃねぇか。
ウザイ姉貴に初彼氏ができて煽ってくるが、多分そいつクズ野郎だぞ? 湊月 (イニシャルK) @mitsuki-08
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