ウザイ姉貴に初彼氏ができて煽ってくるが、多分そいつクズ野郎だぞ?

湊月 (イニシャルK)

前編

 姉貴に彼氏ができた。

 高2にもなって初彼氏らしく目に見えて浮かれている。


 しかも相手は学年一のイケメンで、サッカー部のキャプテンを務めながら成績も優秀という文武両道の完璧超人。

 毎日数十人の女子生徒がサッカー部の練習を眺めながらキャーキャー騒いでるような学校のアイドル。

 下級生の俺ですら名前は知ってるほどの有名人だ。


 ありえねぇ……あの進藤先輩と姉貴が付き合ってるなんて。


「ねえ! 聞いてんの?」

「はいはい聞いてますよ。……ってか、その惚気話何回目だって思ってんだよ」

「え、まだ2回くらいー?」

「5回目だよ! あのなぁ……初彼氏に浮かれてんのは分かっけど、毎日毎日弟捕まえて夜通し話すんじゃねぇよ……」

「だって、進藤くんとの関係は秘密だし。女子友達にも話せないんだって」


 姉貴と進藤先輩は何故か隠れて付き合ってるらしい。

 まあ、あの先輩の人気は凄まじいものだし、姉貴はお世辞にも釣り合うとは思えない。

 オープンにすれば嫉妬の目に晒されるだけだろう。


「だからってなぁ。今、何時だと思ってんだよ……俺、明日朝練あんだけど」


「仕方ないわね。続きはまた明日にするわよ。――あ、そうだ! 今度進藤くんへプレゼントしようと思ってるんだけど、今週末プレゼント選びに付き合ってくれない?」

「はっ!? なんで俺が!」

「悔しいけど、あんたって進藤くんに似てるのよね。それに男子の目線から率直にアドバイスしてほしいし」

「……はあ。どうせ嫌つっても連れてくんだろ。勝手にしろよ」

「本当ありがと! あとプレゼントは折半ね」

「はあ!? それはおかしいだろ!? てめぇの彼氏の贈り物くらいてめぇの金で払えや!」

「今月厳しくて……お願い!」

「…………ったく、分かったから今日はもう寝ろ」

「流石っ、輔(たすく)!」


 最初からこのつもりで俺の部屋に居座ってやがったな……。

 どうでもいいが、姉貴のやつ彼氏に貢いでるんじゃねぇだろうな。

 あいつ将来ホスト狂いになりそうだし。


「あんたも彼女作りなさいよ。まあ、あんたを彼氏にしようなんて言う物好きな女の子がいればって話だけどね。おやすみ」

「うるせぇ、勝手に言ってろ……おやすみ」


 姉貴を部屋から追い出す。

 自分の部屋は一歩でも立ち入ろうものならぶん殴るくせに。


「……ってか、彼女くらいいるっての。今はいねぇけど」


 中学生の頃も含めて二人だ。

 姉貴に言えばからかわれるから言ってないだけで。


 昔から姉貴は変わらない。

 いつも俺をこき使うし、不機嫌だとすぐに俺に当たる。

 おやつがあと一つなら確実に姉貴が持っていくし、なんでも姉貴が先に選んで取りやがる……いや、そんな子供みたいに争いは今更どうだっていい。


 とにかくウゼェ……姉が欲しいとかいう奴には、姉貴を1ヶ月間レンタルさせてやりたい。


 まあ、進藤先輩と付き合ってからは機嫌が良い。

 このまま落ち着いてくれれば、俺に構う時間も減って楽なんだけどな。


 ……でも、あの先輩よくない噂聞くんだよな。


 中学の時は二股してたとか、いじめの主犯だったとか。

 今も女を食い荒らしてるとか、女に貢がせてるとか。

 進藤先輩は男子友達も多いが、陰キャからは疎まれてるだろうし、ただのデマ情報に過ぎないだろう。


 そんなこと姉貴に言っても信じないどころか、ぶちギレられるのは目に見えてるから言わないが。

 それにたとえ進藤先輩が噂通りのクズ野郎だったとしても、俺には全く関係ないのないことだ。



〜〜〜



 週末、俺は姉貴とショッピングモールに出かけた。


 雑貨、アクセサリー、衣服、スポーツ用品。

 姉貴が思いつくままに俺を振り回した。

 たまにアドバイスを送るが、姉貴はグチグチと悩んで、結局5時間ほど何も買わずに歩き続けた。


「輔、輔! これなんてどうかしら?」

「ついに食料品売り場に来ちまったか。どこの女子高校生が彼氏に野菜プレゼントすんだよ」

「あーもう! 文句ばっかで役に立たないわね!」

「お前の絶望的にセンスのない贈り物を検閲してやってんだ、感謝しろよ」

「もうどうすんのよ! 何も決まらないじゃない! 彼氏が絶対に喜ぶプレゼントって何!」


 相手が好きな物はすでに持っていそうだし、それ以外のものは喜んでもらえるか心配になる。

 女が絶対に喜ぶプレゼントなんて俺には分からない。

 だが、男が絶対に喜ぶプレゼントなら知っている。


「……じゃあ、料理でいいじゃねぇか。男は手作りなら無条件で喜ぶもんだぞ」

「はあ? 私、料理なんてできないわよ」

「いや、それは練習しろや。……てか、そろそろあれじゃねぇか。手作りチョコ送ればいいんじゃね?」

「……そっか。バレンタインか。……今まで考えないようにしてたわ」


 姉貴はリア充撲滅を本気で願ってるような奴だった。

 だからもちろん、チョコ作りの経験も、ましてやチョコを送る経験なんてない。


「そういえば、輔って料理できるわよね?」

「……はあ。簡単なスイーツくらいしか作れねぇぞ」

「本当に!? じゃあ、お願いしよっかな」


 まだ何も言ってねぇけどな……。

 姉貴が料理できるようになれば、俺が姉貴の食いたいスイーツを作らされなくてすむ。


『……あれ? 沙耶(さや)?』


 方針が決まったところで、後ろから声をかけられる。

 二人でいるところを見られたくなくてわざわざ遠くのショッピングモールに来たが……面倒なことになったな。


「進藤くん!」

「……沙耶。隣にいる男、誰?」

「あ、それは――」

「初めまして。沙耶の弟の輔です」

「ああ、弟くんか。話には聞いていたけど、こんなにカッコ良い弟くんがいるとは思わなかったよ」


 進藤先輩は姉貴が俺と浮気してるとでも思ったのだろうか、険しい面付きを柔らかくした。

 修羅場とか冗談じゃねぇ……。

 たださえ姉貴といると、変な噂が立って迷惑してるってのに。


「姉弟仲が良いんだね。休日に二人でデートなんて」

「デートなんて! こいつにプレ――ま、まあ、本当にたまにだよたまに!」

「そうか。僕は一人っ子だから羨ましい限りだよ。えっと……」

「安心してくださいよ。別に姉貴との関係を誰かに話したりなんて」

「良かったよ。僕たちが付き合ってるのが広まったら、沙耶に迷惑をかけてしまうからね」


 進藤先輩が胸を撫で下ろす。

 彼氏なら姉貴を守るくらいの甲斐性を見せてもいいと思うが。

 でもまあ、噂なんかよりずっと良い人じゃねぇか。

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