ハッピーバースデイ、グッバイ♪

げこげこ天秤

ハッピーバースデイ、グッバイ♪

 はヒーロー


 でも名前はまだ無い。




 私の前に広げられたノートには、描きなぐられた下手くそなの似顔絵。見開かれた目は、闘士に満ちていて、こちらに対してニヤリと不敵な笑みを見せるている。


 ――ははは……ワッルい顔だなぁ。


 思わず、こちらまで口元が緩む。



「でもなぁ……」



 私の手が完全に止まる。


 白紙のページに増えていくのは、意味を持たない不可思議なマークばかり。三角に四角に、丸に、渦巻き……。数刻前に付け足した、「前向き」というには、二重線を引いて消した。




 とある日の昼下がり。


 




 ***




 仮に彼の名前を「主人公ヒーローくん」としよう。

 

 思いつかないんだから仕方ない。

 仮置きだ。


 

 それにしても、はどこから取り掛かるんだろう。名前? 性格? バトル物なら能力からだろうか? 一番好ましいのは、設定が空から降って来ることなんだろうが、毎回そうもいかない。だから、とりあえず空に手を伸ばす。



「落ちてこないかなぁ……ドキドキするような宝石を引っさげてさ」



 ボールペンのお尻を頭に数回叩きつける。それでもアイデアは出てこない。そのうち、耳にさしたイヤホンから、数十分前に聞いたのと同じ曲が流れてくる。アルバムが一周したようだ。うーん、選曲を変えてみるか……



 ――とりま、ゲームでもするかぁ?



 そのうち、誘惑の悪魔が耳元にやって来た。それから、すかさず私のひざ元にゲーム機Switchをそっと置いてくる。しかもこの悪魔、酷いのは「手が滑った」とか言って、一瞬だけ電源を付けたことだ。充電が74%あることを示して、言い訳を潰してくる。



「行き詰ってるんだろう? インスピレーションのためにも、な?」


「うぐぐ……」


「DLC来たぜぇ? 図鑑タスクも残ってんだろぅ? それとも、ドン勝目指してみるか? あるいは、夏の発売前に、訛ってる腕をほぐすのもいいんじゃねぇか?」


「じゃ……じゃあ少しだけ……」



 くっ……。


 この、悪魔め!! 



 

 ***




「しかし、お前も物好きだねぇ」


 

 キーボードを叩く私を、悪魔は頬杖をしながら気だるげな目で見つめてくる。ホントなんなんだろう。暇なら、コーヒーでも入れ直して来いよと言いたかったが、どうせ聞き流されるだろう。


「なぁ」


「何?」


「YouTube開こうぜぇ? 作業用のいいBGM教えてやるよ?」


「……そう言って、動画の方を薦める気だろ?」


「Twitter見ようぜぇ? どうやら、通知が来てるみてぇだが……?」


「見るわけ無いだろ(チラッ)」




 ああ、全く執筆が進まない。



 いわんや、キャラクター設定だ。


 増えた設定と言えば、「ヒーローくん」がを持つ少年ということくらい。誕生日や性格はまだ書いていないない。


 でも、この能力は絶大だ。甘い言葉で人を唆し、他人を操る。彼の言葉に逆らうのは難しい。常人なら簡単に彼の言いなりになってしまうだろう。



 ――きっと今の私のように。



「……」


「……んだよ?」



 ふと、悪魔と目が合う。


 いいや、もはや私の目には、悪魔の姿には見えなかった。ノートに描き散らした不敵な笑みをこぼす少年。



「次の話のヒーロー、やってみない?」




 ***




 彼の名はまだ無い。


 そして、私だけのヒーロー。





 いつか、彼は物語の主人公として色んな人に出会う。そんな時がくれば、彼は私だけのヒーローではなくなる。――けれどそれでいい。それがいい!!



「行ってこい!! 誰もが認めるようなダークヒーローになって来い!!」









 そして。

 二度と帰ってくんな。





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