ヒーローは悪役

紗久間 馨

助けてくれたのは

 小学生になる前、遊園地のステージで開催されたヒーローショーを両親と見に行った。共働きの家庭で、土日が休みの仕事というわけでもなくて、日曜日に家族で出かけられるのは貴重だった。


 いつもの日曜日であれば、朝は特撮とアニメを見て過ごす。

「かっこいい!」

「がんばれー!」

 声を出して応援しながら見ていた。ヒーローは男でも女でもかっこいい。

「あたしもヒーローになりたい!」

 お気に入りのヒーローの人形を抱きしめながら、よく言っていたものだ。

「簡単にはなれないのよ。強くて優しくて、ちゃんとした人間じゃないと」

 ママはそう言って聞き流していた。




 最前列に座ってヒーローショーが始まるのを待った。一緒に連れてきた人形を手にし、ヒーローのかっこよさについて両親に熱弁を振るった。

 久しぶりに両親と出かけられたことと、目の前でヒーローを見られることで、大変に興奮していた。


 司会のお姉さんが出てくると、さらに興奮が高まった。

「みんなで呼んでみようね! せーのっ!」

 お姉さんの合図で会場の子どもたちが一斉に声を上げる。

「まだ声が小さいぞー。みんなー、大きな声でもう一回! せーのっ!」

 もう一度、大きな声でヒーローの名前を呼ぶ。派手な音楽とともにヒーローが現れた。

「きゃーっ! かっこいーっ!」

 無我夢中で声を発した。


 ショーの途中で悪役のボスが観客席に降りてきた。ゆっくりと歩きながら子どもたちを見る。

「お嬢ちゃん、悪いがさらわせてもらうぜ」

 わたしを抱き上げて、悪役はステージ上に戻った。ヒーローが絶対に助けてくれると信じていたから、怖いとはほとんど思わなかった。


「子どもを返せっ!」

「返してほしければ、我々を倒すことだな」

 ヒーローと悪役の戦闘員の衝突が始まった。ステージの端でボスに肩をつかまれながら、わたしはその様子を見ていた。アクロバティックな動きをすぐ近くで見られて夢のようだ。


「がんばれーっ!」

 ヒーローに向けて声援を送る。腕を大きく振り上げたところで、持っていた人形が手から離れた。ステージの中央付近に落ちた。

「あっ!」

 咄嗟とっさに拾わなければいけないと思って走り出した。

「待てっ!」

 ボスが慌てた様子で声を上げた。客席から大人の悲鳴が聞こえた。


 ヒーローがバク転でまっすぐ向かってくるのが見えた。この時に初めて怖いと思った。ぎゅっと目をつぶってしゃがんだ。

 おおかぶさるように、誰かがわたしを抱きしめた。

「うっ!」

 低い男の人の声が聞こえて目を開けると、そこにいたのは戦闘員の一人だった。

「大丈夫かい?」

 戦闘員は小さな声でそう言った。わたしは黙って首を縦に振る。

 ボスにステージの端まで戻され、落とした人形は別の戦闘員が拾って手渡してくれた。ボスにも戦闘員にも優しく頭をでられた。


 何が起こったのかわからないまま、ステージから降ろされた。階段の下では両親が待っていた。ママは目を赤くしながら強く抱きしめてくれた。

「ショーの中に入ったら危ないだろう!」

 パパには怒られてしまった。わたしを抱っこして会場を離れようとしたが、

「まだ終わってない! 見たい!」

 と言ったら、席に戻って最後まで見せてくれた。でも、あんなに楽しみにしていたヒーローショーが、なんだか色褪いろあせたように見えた。ヒーローに倒されていく戦闘員たちの姿に、心がチクリと痛んだ気がした。




「あの状況ですぐに動けるんだから、やっぱりプロはすごいよな」

「あの悪役の人がいなかったら大怪我になっていたかも・・・・・・。本当に無事でよかった」

 帰り道、両親がそう話しているのを聞いた。


 寝る前に、戦闘員たちのことを思い出していた。

「いい人たちなのに、どうして悪いことをしてるんだろう」

 その日の夢は、優しい戦闘員が出てくる楽しい夢だった。


 翌週の放送から、ヒーローではなく戦闘員を目で追うようになった。助けてくれたのはどの人だろうか、と。

 お気に入りの人形もヒーローではなく戦闘員に変わった。わたしのヒーローはあの優しい戦闘員になった。

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ヒーローは悪役 紗久間 馨 @sakuma_kaoru

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