デパルマ・カッティングの憂鬱

 テ行→【デ・パルマカッティング】

 スタイリッシュで衝撃的な映像や短いカット割りの連続によって畳みかけるブライアン・デ・パルマ監督の得意技。

 映画「殺しのドレス」で一躍有名となった。

 ――蘭華書院 『映画だよ人生は! 2701年度版』 

 ■

 それはとりとめもない逃避行だった。白馬の王子とお姫様な自分がつかみどころのない風景の中で手をを握り、やみくもに走り出す。そこに邪悪な影がさし、王子と生き別れてしまう。途方に暮れて泣いていると、おぼろげな輪郭の王子がまた手を差し伸べる。

 はずみ車を回すネズミのようにいつ果てるともない因果をめぐり続ける。彼と自分の距離はいっこうに縮まらない。その焦りと苛立ちが寝汗となってネグリジェを熱く熱く濡らす。

 一方で巨大な暗影は入道雲のようにむくむくと頭をもたげ、ずっしりと自分にのしかかっている。生暖かい湿気と重量感が顔面を圧迫してくる。それは針を刺すような痛みを伴ってチクチクと頬骨を刺激する。

「んっ! んんんんん〜〜」

 甲高いうめき声が自分の口をついて出てくる。その違和感と自我を一体化させるまで長くかからなかった。重苦しい不快感はすぐ目の前にありやがるからだ。断固、排除せねばならない。

「くぉら! ミーチャ」

 上体を起こして招かれざる客を振り落とす。ゴツ、と打つ音と「ひゃん☆」という可愛らしい悲鳴が聞こえてきた。

 後輩刑事ミーチャ・エプリルはボーダー柄の薄布に包まれた腰をさすりながら身悶えた。

「先輩ぃい〜もっと優しく起こしてくださいよう」

「うっさいわね。同僚のよしみで、あたいの頭を枕にするんじゃないよ」

 特等突破刑事セラは無断侵入した同僚をきつく叱った。もっとも署内では二人は半ば公認の婦妻(ふうふ)関係にある。

「いーじゃないすかぁ! 持ちつ持たれつで修羅場を乗り越えてきた仲じゃないですかぁ。それに嫁の貞操を守るのは女主人のつとめじゃないでしょうか!」

「誰が嫁じゃ」

 セラがつれなくするとミーチャは声をあげて泣き始めた。

「だって、怖かったんですぅ」

 彼女が寝室にいられなかった理由をよくよく聞いてみると驚いたことにセラと同じ悪夢を共有していた。得体のしれない王子とモヤモヤした世界をあてどもなくさまよううちに不気味な影に追い付かれる。内容が相違する点はその舞台に既視感があるとおぼろげながら自覚している点だ。

「いまどき、そんな遅れた世界がどこにあるのさ。その王子様とやらは重哲学も満足に唱えられないのかい」

 セラはミーチャの主張を寝言だと切り捨てた。この27世紀モーダルシフター社会において一定の地位にある人物は術式(スキル)が使えて当たり前のことだとされている。女子は戦闘純文学、男子は重哲学。形は違えど量子力学の人間原理に基づいて大小さまざまな観測効果を対象に及ぼす。すなわち、別の言い方をすれば魔法。セラたち突破刑事にはスキンケアという強引なハッキング能力が備わっている。スキルの無い者は重度身体障害者か未就学児童しかいない。

「でも、本当に王子様だったんですぅ」

 むずがるミーチャを放置してセラはさっさと着替え始めた。寝汗でべとついたネグリジェを破り捨て、ビキニごとダストシュートに放り込む。ベッドサイドのボタンを押してウォッシュフィールドを展開。背中を向けてぼさぼさ髪に冷たいシャワーを浴びた。

「貴女ねぇ。今日はこれから大捕物だってのに、そんな浮ついた気分でどうするのさ」

 そそくさとスカートに足を通し、タイを結ぶセラ。

「だってぇ、あたし、知ってるんです! どういうわけか。あーん、喉まで出かかってるのに〜」

 ミーチャはもどかしさのあまり髪を振り乱す。そんな彼女を放置してセラはさっさと垂直離着陸機(フライヤー)の始業点検を始めた。「ほぉら。眠気覚ましにあたいのギガランチャーを試射しといておくれ。モーダルシフターの圧(アツ)が上がらなくてさ。あたいは忙しいんだ」

「先輩。疑問に思ったことはありませんか? もしかしたら、あたしの方が夢じゃないかって!」

「唐突に何を言い出すのさ。感覚の外に超越者を置いて現実を否定するなんて、古くからある独我論じゃないか。貴女みたいな世迷言にゃ、反証可能性という科学のメスが用意されているんだヨ。さっさと仕事をおし」

 セラは後輩の寝言を切り捨てた。

「じゃあ、先輩は区別できるんですかぁ!

 ミーチャは水着姿のまま、ワシャワシャと髪をあらう。

「あなた、警察学校で何を習ったのさ。狂信的テロリストを論破する基本だろ。つまり、これこれこういう実験で認否を証明できないものは、ありもしない言葉遊びってことさね」

 セラはスカートをめくり、太もものギガランチャーを投げてよこす。

「じゃあ、あたしと先輩の夢がおんなじだった現象をどう説明するんですかぁ。客観的な事実として起きてるんですよ」

 ミーチャがフライヤーを振り仰ぐと、重い金属の塊がヒップに当たった。

 泡だらけの床にコロンと転げる。ゴツっという音がした。

「思い出しました! えっと、確か、ヒストリ……みぎゃ?!」

 彼女がちょうど天啓を得た瞬間、運悪くセラのクリティカル・ヒットが決まった。

「ちょっと! ミーチャ。二度寝してる場合じゃないよ」

 セラが慌てて銃とミーチャをひっつかんだ。太ましいおみ足でフライヤーを跨ぐ。すると、水晶玉が着信した。有無を言わさず強制開封モードでがなり立てる。レモネーア署長だ。

「おまいら、そんな寝ぼけ眼で黄色猿人イェモンを挙げられると思っているのか?!」

 ぎょっとしてセラは襟を正す。ピント背筋を伸ばして、「は、はいっ。署長!」

「フン。気合だけはイッパシか。掛け声倒れに終わるなよ。エリートヤンキー。もっとも、後ろのバカ猫は夢心地のようだが……」

 浪賊と互角に渡り合う突破刑事ですら恐れおののく鬼署長。彼女の前で堂々と船を漕げるのはミーチャしかいない。

「むにゃむにゃ……ひすろりかる、ひーろーおんらいん。王子さみゃあ……」

 ■ 王都炎上

 その日、セルバンティス城は最後の日を迎えようとしていた。

 最強勇者チートと名乗る一団が召還門を潜り抜けたからだ。剣士と魔女。たった二人のパーティであるが、偵察蝙蝠たちは自分の戦力評価能力を疑った。HP・MPともに九億を超えていたのだ。戦闘能力は君主とほぼ対等。そのような魔導師は近隣諸国はおろか世界の何処にもいないだろう。セルヴァンティスは統治者にして創始者であるからだ。

「モータル、あなた疲れているのよ」

 相棒に指摘されて偵察蝙蝠はこれを体調不良による錯覚だと認識した。勇者一行は大した抵抗もなく駒を進める。

 千年の栄華を極めた魔王の都は、新月の夜に漆黒のサバトを捧げていた。墨を溶かしたような闇炎を囲んでゾンビが踊り狂い、アンデッドたちが吃音をあげる。きつい硫黄臭が貴賓席に漂う。

「このズブズブな食感が最高♪」

 デスエルフの侯爵夫人が型崩れした腐肉を骨匙ですくう。祭壇の上では丸々太った羊が震えている。ドラゴンゾンビがブレスを吹きかけた。乾燥した風が憐れな生贄をあっという間に干からびさせた。闇の住人たちは生き生きとした死にざまを満喫していた。

 魔王セルヴァンティスの政治的手腕はすばらしく、賢帝との誉も高い。異なる属性の諸外国とも良好な関係を築いてきた。彼は光と闇の争いは幼稚な部外者の創作だと喝破している。

 たとえば、善なる属性も暗黒面に落ちる者がおり、逆に魔性の胸中に両親が芽生える時もある。光と闇の王国は落伍者のリハビリを請け負うことによって共存共栄していた。

「おーっと、そこまでだラスボス魔王!」

 ひょろ長い男が玉座の前にあらわれた。童顔の女エルフを連れている。

 この男、ろくに剣術も学んだ事がない様子。バスタードソードを大上段に構え、腰をふらつかせている。後ろに控えた女は術式を唱えるどころか、男に色目を送る。使っている鍬は光るというが、こいつらの刀は錆びついている。自称転生勇者はセルヴァンティスに長冗舌を吹っかけている。

 勘違いも甚だしい。彼が並べ立てる罪状は出鱈目だ。魔王は憤慨した。人身売買だの、言いがかりも甚だしい。未成年者には高等教育を施して納税者に育てるべきだ。それに脆弱で使い物にならない。実際の労働力はホムンクルスで賄っている。

 勇者は萎びた前世を返上したいのか、ここぞとばかりに虚勢を張り、自分のセリフに酔っている。

 セルバンティスは我慢しきれず終局魔法を発動した。本来ならばサバトの大トリを飾るサプライズだ。勇者は天に代わって何とかカントカ陳腐な決め台詞を唸り始めた。ようし、せめてもの腹いせに妨害してやろう。

「…この超絶ニート勇者こと慙狼月の迅速剣士にして……」

「ええい! とっとと逝け!!」

 魔王の一喝が闖入者をごっそりかき消した。彼は来賓たちに不測の事態と出し物の中止を詫び、秘蔵の酒をふるまった。


 ■ 恒星リベルタス近傍空域

 わし座ξ星には花の名前がついている。リベルタス――無為自然。それを巡る惑星には不屈の名を戴いている。

 王室専用艦クィーン・フォーティドゥードー三世号は八百三十万光年の超長距離ワープを終えて、亜光速飛行に遷移しつつある。ブン、とリベルタスが震えた。舷窓から見える母星は大きく潰れている。人工重力レンズが相対速度数万キロ秒で降り注ぐ星間物質から船を護っているのだ。

 王室艦は希少な反物質燃料をふんだんに燃やして高G減速を行う。発生したγ線を磁力に変換し、女王フォーティドゥードー三世の居室を高速回転。遠心力で内部を1Gに保つ。

 慣性航行にうつり、警報ランプがすべて消えた。

 張り詰めた空気が一気に緩む。

 フライトアテンダントが飲み物を配り終えた瞬間、量子レーダーが在り得ない物体を捉えた。

 緊迫した雰囲気の中、きびきびとした指示が飛び交う。

「正面方向に小規模な重力波探知! 人間サイズ?! 高速接近中。回避行動ーッ!」

 何と生身の人間が宇宙服もつけずに亜光速でぶっ飛んでいるのだ。バイオロジカルセンサーは一組の心拍音を捉えた。

「重力レンズブレーキ、間に合いません!」

「余剰質量を棄てろ。逆ベクトルを外積。慣性質量を漸減!」

 航法室から貨物室へ伝令が飛ぶ。行幸用の積荷は贅沢品や財宝が大半だ。高価な工芸品や国宝が惜しげもなくばら撒かれる。

 舷側の反物質タンク二千四百トンを投棄。さらに、再突入減速用のプロペラントを排出。船体が大きく傾ぐ。

「目標を見失いました!」

 センサーパネル上から輝点が消失した。「は?」 残像を目で追う航海士。

「密航者警戒警報! 内部に侵入したようです」

 セキュリティーサービスが顔を蒼白させる。

「海軍陸戦隊! 精鋭を選抜して排除に向かえ。白兵戦の用意だ」

 量子機関銃を抱えた一隊が出動する。敵の現在地は王室関係者居住区画のど真ん中を示している。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

「いてて、ここは何処?」

 真紅のドレープカーテンが揺れてエルフ女が飛び込んできた。続いて虚空から甲冑姿の勇者が落下した。彼は見慣れない金属製の壁に戸惑っている。

 バスタードソードで突けば紙のように切り裂けそうだ。しかし、新妻の前で弱気は見せたくない。彼は気丈に答えた。


「さぁな。ライミ。だが、俺のソードに敗北という文字はない」

 ざっくりと壁を開いた。

 二人はだだっ広い部屋に出た。煙の出ない松明が薄暗い空間を照らしている。

「見ろよ。ライミ。さすが魔王の城だ。お宝がこんなにたくさん」

「やめなさいよ。みっともないでしょ!」

 エルフは点滅するコンソールから夫の手を払いのける

 男は懲りずに刃先でLEDを抉りだそうと悪戦苦闘中だ。

「何者?」

 従者が量子銃を構える。サッとバスタードソードが一閃。彼女の首が床に転がる。

『何用ですか? 剣で語らず、言葉を使いなさい!』

 緞帳がするすると上がり、直径十数メートルはあろうかという二枚貝が口を開いた。単眼がぎょろりとパーティを睥睨する。

「フッ……こいつがセルヴァンティスの黒幕ってか!」

 勇者は威勢よく喝破して見せる。

「さすが、魔王。用意周到ね。こんなモンスターを囲っていたなんて」

 ライミも気を取り直して珠仗を揮う。バリバリと光電が走って従者を一瞬で灰にした。

『落ち着きなさい。航空戦艦たちの命を差し出せというのでなければ、要求を聞き入れましょう』

 女王は聞き分けのない子供を諭すように優しい言葉をかけた。

「航空戦艦? 飛甲船のことを言ってるの? そんな玩具で私たちを買収できると思って?!」

 エルフの声がうわずった。彼女を本格的に怒らせてしまったらしい。殺傷能力の高そうなアイテムが手のひらで明滅している。

「相手に不足はないぜ! 俺は慙狼月の迅速剣士 アキヒトだーッ!」

『何を血迷っているのです?!』

 取り乱す女王に勇者は肉体言語で話しかけた。

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お騒がせ銀河婦警セラとミーチャ♡百合の華咲く捜査線 水原麻以 @maimizuhara

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