戦争前夜

 ■ 戦争前夜

 橋桁は瓦を割ったように落下した。後続車が巻き込まれ、コンクリート塊が噴火する。熱気を逃がそうとセラがウインドーを降ろす。音吐朗々とサイレンが街に溢れている。

「ガチで戦争だな。こりゃ♪」


 突破刑事の血が騒ぐのだろう。セラは鼻歌まじりでギガランチャーを手入れしてる。じっさい、浪賊の中には私設軍を隠し持っているどころか、軍需メーカーがまるごと企業舎弟だったりするケースもある。ミーチャが対戦車戦を視野に入れていると語ったのは伊達じゃない。彼女たちは衛星トリトンの弾薬製造業者をひとつ壊滅させている。


「さっきのサイレン、強襲警報じゃない?」


 タチアナが耳をそばだてた。くぐもった遠吠えが繰り返し聞こえてくる。ちょうど、道路標識が後ろへ過ぎ去った。


 開けっ放しの窓からアナウンスが飛び込んできた。

『……りかえします。こちらは下層甲板ロワーデッキ自治政府です♪ 国民保護サイレンが吹鳴されました♪ 武力攻撃事態が宣言されましたぁ~↑ みなさんは♪ 個艦駐留軍の♪ 指示に♪ 従って♪ 速やか……』


 まるで事態を楽しむように音楽的で不思議な抑揚が非日常性を倍加している。


「戦争だってばよ! ミーチャ。水晶球を点けとくれ。QNNだ」

「はいっ♡」


 曲面に険しい表情が浮かび上がる。たえまないフラッシュとシャッター音。首脳官邸から中継です、とテロップ。

 黒板を爪で研ぐような声が矢継ぎ早に質問を浴びせる。


「第八百八十八超長距離・大虚構艦隊付属移民船団が戦時徴用体制に入った、との憶測がありますが?」

 自治政府首脳の顔に「いい加減にしてくれ」と書いてある。彼はそれをおくびにも出さず、とつとつと答えた。


「我が国が移民政策を放棄して戦争に加担するなど許されざる事態です」

「それは下層甲板政府の見解であってラヴォーチキン号の、ひいては船団の総意ではありませんよね?」

 ゴシップ紙の記者だろうか。女性特有の執拗さでネチネチと相手を追い詰める。


「そうならぬよう断固、三層政府間協議ならび艦橋内政本部に訴えていく所存でございます」

 男は汗をぬぐいながら答えた。少しでも言質を取られたら、次の選挙に禍根を残すだろう。


「つまり、外伐の鉄砲玉にされないよう下層甲板民に安全を保障すると? 信じてよろしいでしょうか?」

「そういう問題を含めて各層、各船と話し合って……」

 女記者のドレスが後ろから引っ張られ、ビキニ姿に剥かれた。


「ひゃあっ?!」

 怯んだ隙に女力士のような警備員がアンダースイムショーツを掴んで強引に退場させた。そのまま混乱に乗じて首脳陣が退室する。


 どうやらタッシーマ星間帝国との戦争は避けられない模様だ。有事の際は民間船舶を徴用するルールに従って、移民船団が矢面に立つ。未知なる外敵を想定して必要十分な軍事力が備わっている。旗艦のフローシァ・アヴェノチカ一隻だけでも高度先進文明七つを瞬時に石器時代へ退化せしめるほどの火力がある。


「エイプもイオナもこれを狙ってたのさ。朗読教徒は地球に嫌気した人々を欲してる。ラヴォーチキン号反乱の機運を高めて、船ごと信者獲得する作戦だろう」


 セラが水晶球にQNNの世論調査を映した。案の定、現政権の支持率は急勾配だ。下層甲板独立を求める層が票を伸ばしている。


 特権者戦争の際に自助努力で宇宙船を建造しようとした勢力がいた。それがカルト集団と結びついて宗教組織を旗揚げした。各国政府は地球を見捨てる行為は反政府的であるとして弾圧しようとしたが、その勢いはとどまらず、建造中の宇宙船が特権者戦争に有効活用できると判って一部の離反者を懐柔した。


 地球脱出教団は戦争貢献を買われて戦後に合法化されたが、どこかに「別の地球を築こう」という選民思想は根強い人気を保っている。


 紫色の物体がサンルーフをよぎった。高速道路の下りランプ付近。ガラスの尖塔ごしにビームを撃ってきた。


 ミーチャが急ハンドル操作で防音壁の陰に入る。フッ、と百メートルほど消滅する。ビームの熱量はすさまじい。二十センチ厚のコンクリートを蒸発させる。

「野郎!」


 ギガランチャーを手にセラが腰をかがめる。

「ミーチャ、ライザック・スピネーカー・ブラウンオーブンド=グリルス!」

「はいっ♡」


 中華風の炎で彩られた三十ミリ弾丸を手渡す。銃の照星には三つの機影が輝いている。


 対向車線の街路灯がぐにゃりと溶け落ちた。間髪をいれず、セラが応射。空にねっとりとした黒雲が広がる。敵機はすべて捕縛されて、ブスブスと不完全燃焼している。


「いつまで小競り合いを続けるの? 貴女の自慢の鉄砲で勝てると思って?」


 しびれを切らしたタチアナがナビゲーションシステムをいじりはじめた。

「て、言うか、こんなトラックでチマチマ逃げるより、何で警察艇を使わないの? 貸してよ!」


 ミーチャが操作盤を奪い取った。出入国管理局イミグレーションの駐車場まで最短コースを入力する。


「余計に目立つでしょうが! 冷血方程式機構アリスがスキンケアを掌握している事も考えたら?」

 確かにセラが言う通り、警察艇が遠隔操作される危険がある。が、彼女は一計を案じたようだ。


「……そうだねぇ。それもいいかも♪」

「念のため、呼び出してみるわ……あれ?」


 警察艇はあっさりと応答した。飼犬が駆け寄るように輝点ブリップが地図上を滑る。

「ミーチャ、そいつをラヴォーチキン号の外に出せ」


「どうしてよ?!」

「いいから、さっさとおやり!」

 あまりの剣幕にブロンド娘はしぶしぶ警察艇を退去させた。

「どういうことです? 先輩」


「あたいらに何かあったら、あいつを自爆特攻させよう。開闢爆弾ビッグ・バム 安全ロック解除」

 セラはブルマをずり落として太腿のつけ根を触っている。スキンケアネットワークが最終命令をつつがなくアップロードした。


「百万人規模の船を巻き添えにするんですか?」


 タチアナが狂気の沙汰を批判する。開闢爆弾は局所的なビッグバンを誘発する凶器だ。浪賊の中には確率変動攻撃を仕掛ける特権者もいる。そういう手合いに対抗する手段だとセラが息巻く。


「狂信者どもの悪事は包み隠さず公にしてある。当局が然るべき措置を講じるだろうさ。あんたもイリジウムも蘇生して貰えるだろうさ」


「人類圏は死者の蘇生に関する権利条約を私達に押し付ける権利があるんですか?」

「公益のために、ね。お上にいろいろと聴かれると思うよ」、とセラ。

「そんな!」

「あたいらは死んだらそれまでさ。公僕。道具さ」

 セラは死んだ魚のような目つきで自嘲した。



 ■ ラヴォーチキン号離着艦ターミナル区画

「どうしてメインシャフトから遠ざかるんです? これじゃ冷血方程式機構から離れてしまうわ」

 タチアナがヒステリックに叫ぶ


「冷血方程式機構をぶっ潰すのは簡単だ。過負荷を与えりゃいい。この船の玄関口を破壊しよう。そうすりゃお手上げさ」


 セラは船に風穴を開けて大気の大量流出を画策した。

 ラヴォーチキン号の玄関口は上層甲板にある。近づくにつれ混雑が増してきた。図体の大きいトラックでは不利だ。専用レーンは富裕層向けの贅沢品積載車で遅々として進まない。


「別の車を徴発――チャーターしよう」

 セラが運転席から降りた。ブルマ姿で対向車線に向かう。濃紺のヒップが可愛らしく揺れる。本人は意識していないようだが。


「えっ? ちょちょ、刑事さん、困りますワ! むぎゅ?!……はぁん♡」


 ドライバーが押し倒された。艶めかしい声がオープンカーから聞こえてくる。もぞもぞと手足がバタついて、ビキニ姿の運転手が路側帯に放り投げられた。セラが両腕で輪っかをつくっている。


「貴女の奥さんって一体、何人オンナがいるの?」

「あーたも先輩の奥方でしょーが」


 タチアナとミーチャは互いに牽制しあいながらもオープンカーに乗り込んだ。

「このアマ! あたしの彼女を!!」


 配偶者らしき女が店から飛び出して来た。ドレスをバッと脱ぎ捨ててボンデージスタイルになる。引き締まった体にチェーンを巻いている。


「この泥棒猫! 淫売女!!」

 SMの女王様が鎖を振り回しながら接近する。


「なにさ! 尻軽女の汚嫁オヨメ!!」

 ミーチャがガンベルトの端をつまんだ。細いワイヤーをピンと張る。

「これを持っていきな!」


 セラがどこからともなく薄い金属片を取り出す。

「先輩。これ剃刀?」


「さっさとお行き。ムーンセレニウムハイスチール鋼さ。切れると痛ぇぞ☆」

 ミーチャは一礼すると剃刀をぶん回しながらSM女王に迫った。小気味よい金属音がぶつかり合う。陛下は電光石火の勢い気圧されて、仁王立ちしている。彼女は小鳥のように舞い戻った。


 セラがオープンカーを急発進させる。

「ひゃん☆」


 木の葉が散るようにSMコスチュームが剥がれ落ちる。

「ウゲ?!」


 彼女の髪まで吹き飛ばされた。泣き崩れる禿女と悶絶女が痴話喧嘩をおっぱじめた。


「はぁん♡」

「はぁんじゃないわヨ。貴女、離婚よ!」

 二人が揉めている隙に車は急発進した。


「さっきの女、プレイコスチュームにしちゃ物騒じゃない?」

 ミーチャが不審点を挙げると、セラがうなづいた。「浪賊だろうね。あたいらの面が割れてる。みんな、冷血方程式機構に操縦されている」


「アリスがオーバーフローしたらどうなるのかしら?」

「少なくとも停船する。最悪、爆沈するかも」

「そうなる前に何重ものセーフティが働くでしょう」

 タチアナは半信半疑のようだ。


「具体的にどうなっているのかしら?」

 ミーチャが下層甲板防災管理局に問い合わせると複雑怪奇なマニュアルが表示された。「要約して」。AIが彼女の要望に応えた。最終的には旗艦アヴェノチカが陣頭指揮を執る。


「これだわ!」

 じっと速読していたセラが気付いた。


「旗艦に成敗して貰いましょう。少なくとも彼女は『人間』よ。アリスの監督責任は彼女にあるもの」

「彼女と連絡を取りましょう」


 セラは腕組みをして渋い顔をした。

「あたいらの他にも同じ考えの奴がいるだろうね」

 リアカメラが見覚えのあるトラックを捉えた。


「魔王!」

 とっさにハンドルを切って裏路地へ入る。曲がった直後に交差点が爆散する。なぎ倒される歩行者。悲鳴と怒号があがる。バンパーに跳弾した。ミーチャのギガランチャーが自動反撃する。向こう正面の赤い屋根から人が転げ落ちた。一つ先の十字路から魔王が左折してくる。


 通りに面した窓という窓が開いて住民が一斉に銃を向けてくる。

「冷血方程式機構、仕事し過ぎよ!」

 ギガランチャーの装填が間に合わない。三人は体を低くして銃撃をやり過ごす。セラがダッシュボードに防御結界のスイッチを見つけた。雨避けだろう。スイッチ、オン。銃弾を凌げるかどうか疑問だが。


「どう突破ぬける?」

 切羽詰まったセラが尋ねた。暗に奥の手の承認を求めている。


「殺るっきゃないでしょう!」

 ミーチャが意を決してワイヤーを握る。よし、セラが頷いてドアを開けた。彼女は車外に躍り出るやギガランチャーをぶっ放した。巨人の拳が殴りつけたように住宅街が消し飛んでいく。リビングの屋根が飛び、食事中の家族がテーブルごと舞い上がる。


 魔王が荷台で車道を塞いだ。オープンカーは歩道に乗り上げて方向転換。

 ミーチャが急ブレーキを踏んだ。


「感動の御対面ってか」


 モンスキート二匹がセラのギガランチャーで丸焼きにされる。ミーチャがワイヤーを投げつける。さらに三匹が両断された。


 しかし、倒した数だけ新手が補充される。それどころか続々と増えていく。

「タチアナ。一番近い廃棄口を調べて!」

「セラ、何を考えているの?」

「こいつで突破る」


 ふりあげたギガランチャーの先にはらせん状の弾頭が取り付けてある。タチアナがナビゲーションシステムを住居表示に切り替えた。不燃ゴミ置き場、生ごみの収集所、こまごまとした生活インフラが羅列される。その中に二坪ほどの空間があらわれた。


「規格外廃棄物搬出リフト……って書いてあるけど? このお屋敷の裏庭」

「それだ! 行け、ミーチャ」

「たぁ♡」


 セラの指示に従ってミーチャがワイヤーを振り下ろす。瀟洒な造りが豆腐のようにスッパリと崩れおち、ビキニ姿の奥方が庭に投げ出された。ふわふわと舞うスカートの切れ端。セラが邸宅の玄関跡に精密照準。


「ドリルは女子の浪漫♪ 飛び出せ! あたいのドリーム!!」

 オンナノコのときめきを螺旋に乗せて、限界突破の華開く。リフトの鉄扉を爆風が蹴りあげた。オープンカーが坑内に侵入。セラが入り口付近にナパームをばら撒いた。モンスキートの焼死体が山積みになる。


 レールを踏み越えて車を進めると、警報が鳴り響いた。


 《規定外異物混入。きちんと分別しましょう》

 《規格外異物混入》

 《規格外》

 《規》


 ドップラー効果が急速にフェードアウトする。

 セラのギガランチャーが殺気を感じた。対戦車誘導弾の接近警報がけたたましい。三人は車を止めて身をひそめた。坑道がぱあっと明るくなる。


「やべえ!」

 セラが螺旋弾を壁に撃ち込む。ゴウン、と鋼板が外れてクラクションが聞こえてきた。ムッとした空気が流れ込む。


「ちょっと!? 何なの? 貴女たち!」

 三人が飛び出した場所は艦内周遊バスの停留所だった。セーラー服姿の少女たちが鞄を手に立ち尽くしている。ドカン、と爆発、横転するバス。悲鳴をあげて逃げ惑う学生たち。その合間を縫って銃弾が飛んできた。数名がうずくまり、血だまりが広がる。


「ひどい……」

「嘆いてる暇があったら、この子たち、脱がすの手伝って!!」

 ミーチャがタチアナの手を引く。セラはとっくにセーラー服のリボンを結び終えてバスの運転席に滑り込んだ。

「お洋服代はレモネーアに請求してちょうだいね♪」


 ビキニ姿の少女に補償申請書一式を渡すミーチャ。タチアナが済まなさそうにスカートを履く。

「ミーチャ! このバスは原則非公開業務区域見学バックステージツアー用だ。すごい! 艦内フリーパスだよ♪」


 セラが興奮気味に通行証をひけらかす。

王手必勝チェックメイトね。さっすが先輩♡」

 ミーチャが小躍りした。


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