二律背反(アンビバレント)!! 宣教師VS突破刑事 航空調伏合戦! 死ぬのはどちらだ?
■ バックステージツアー バスターミナル
百万人規模の超長距離移民船ラヴォーチキン号は居住区だけでなく農村部や工業地帯、商業地など一国の機能を丸ごと有している。目的地の惑星に到着後は静止衛星軌道にとどまり、植民地建設の足掛かりになる。
それだけではない。艦の内部にはヨットレースが出来る湖、ビジネスジェットでエアレースが出来る渓谷、耐久ラリーに適した砂漠地帯、本格的なスキー場を完備した人工山脈まで充実している。
挙句の果てに特権者戦争当時の有形文化財(六百五十年前の歴史遺産だ!)といった観光名所も揃っている。船団が太陽系を離れる前に一目見ておこうと海王星人類圏首都サラキアから駆け込み需要が殺到している。
ダッシュボードに置かれている運行予定表によれば、
軍靴の足音が近づいているというのに、この平和ボケぶりはどうだ。セラはどことなく違和感を覚えた。何か裏があるのだろうか。
「わ~懐かしい~~修学旅行の栞だ~」
ミーチャがボストンバッグをあばいて、丸まったブルマや制服の中から翡翠タブレットを取り出した。
「ミーチャ! 浸ってる場合じゃないでしょ」
「先輩だって可愛い可愛いぢょしこぉせぇ~」
「うっさいわね! あたいは通信制だったよ。ダーラ部族の田舎娘に奨学金なんぞ降りるもんかい。一般常識は
セラはやっかみ半分で相棒をどやしつけた。
盤上にはラヴォーチキン号の略図が描かれている。要所の見学はほぼ終わり、昼間の大半が自由行動に充てられている。班単位でテーマを追求する課題が出されている。この便はメインシャフトを経由して各階層の報道機関を巡回する。
「フローシァ・アヴェノチカと接触するには軍事施設に行かなきゃ!」
まるでお話にならない、とタチアナがかぶりをふる。
「平時なら……ね。天変地異が起これば旗艦から直接指示が来るはずさ。避難誘導とか……」
セラは制服のスカートをめくって膝をダッシュボートに当てている。ミーチャは玄関口に最寄りのマスコミを探し当てた。
「先輩。これどうかしら? 『瞬刊 セルフガール』」
「よりによって、
だが、イエロージャーナリズムは大枚をはたいて醜聞を買っているだけに信憑性が高い。ネタを売り込むフリージャーナリストも生活が懸かっているから真剣だ。
「セルフガールは要人の首を飛ばして来た実績がありますね。独自のパイプを持っているかもしれません」
タチアナが太鼓判を押す。消息筋だの政府高官だの官製リークを垂れ流す御用メディアと違って匿名の取材源を抱えている。対浪賊全権優先権を盾に開示できる可能性もある。旗艦とのコネクションが実在すれば、の話だが。
「セルフガールは右舷上層第八プロムナードに社屋を構えてますね。右舷中央エントランスの直下です」と、ミーチャ。
「よし、ミーチャ。目的地を右舷上層にセットしてくれ」
ナビゲーションシステムがバックステージツアー専用路を経由する最短コースを表示した。セラが発車させようとしたが、バスが拒んだ。自動運転プログラムは過少積載を理由に挙げた。予定している人員に満たないのだ。バスは車載カメラで乗客の顔と名簿を照合し、不審者の警察への通報と女学生の安否確認を開始した。すぐに派出所から婦人警官が飛んできた。ガスガンを構えてバスを包囲する。
「お巡りさん。これには事情が」
タチアナが昇降口から両手をあげる。
「おだまり!浪賊」
身長百四十センチ足らずの少女が果敢に銃を向ける。ミーチャの腕がタチアナをひったくり、代わりにダイコン足がニュッと飛び出す。傷だらけのギガランチャー。修羅場を潜り抜けてきた証だ。
「あたいだよ! あたい!」
「また貴女なの?!」
幼い婦警は悪名高い「災厄のセラ」を知っていた。個人的な面識はないが「あの太腿の銃口」が無辜の市民を泣かせてきた事実は聞き及んでいる。
「この血だまりは何? 貴女たちが殺ったの?」
次々と運ばれていく担架から憎悪に満ちた視線を移す。
「待合室から撃ってきた。あたいらをご指名さ。浪賊に違いない」、とセラ。
「貴女の方がよっぽど浪賊っぽいわよ!」
睨みつけられてセラのギガランチャーがビリビリと反応している。殺意センサーを敵味方識別装置がいつまで抑えられるか。
『所轄系はマトモなようね。本当に街中がわたしたちの敵なのかしら?』
『アリスはコートの件でボケをかましてくれたからね。タチアナの真贋次第で決まる。どう見極める?』
セラはさっきの「引っかかり」をミーチャに伝えた。
『自作自演の規模を越えてるわ。浪賊一座の壮大な茶番にしても杜撰すぎる。気やすめでもいい。いっそ、アリスに粛清された人の怨念だと言って!』
『この船は怨霊に支配されているのかもね。実はあたいたちが死んでたりして』
真の敵が誰なのかわからないまま開戦時刻が迫る。セラは鬱憤晴らしにクラクションを鳴らした。「お巡りさんたち、どきな! 対浪賊全権優先権!!」
タイヤを軋ませ急発進。ミーチャがシートに背中をぶつける。婦警たちは悪態をつきながら包囲を解いた。
バスはショッピングモールの駐車場から非公開の地下ルートに入った。雑多な配管を掻い潜り、欄干のない橋をひた走る。何もない空間だ。ヘッドライトの光が路側帯の外へ落ちている。「ひぁ」 ミーチャが目を瞑る。
車体がゴウンと揺れた。ゆるゆると蛇行する。ハンドルを取られないようセラが力(りき)んだ。
「ラヴォーチキン号が転進している?」
「いいえ。街区が動いてるのよ。あれを見て!」
ミーチャの左手で黒雲がきらめいている。ナビの現在地は中層と下層の境界付近。降るはずのない雷雨。バリンと天井が割れ、どろりとした物がしたたる。
バスは街を見下ろす一本橋を走行中だ。ハンドル操作を一歩誤れば墜死が待っている。
「
セラは横風と闘っている。過酷な綱渡りだ。階層を区切る幹線道路に亀裂が広がる。インフラがむき出しになり、ケーブルが張り詰めている。
「知りたいかい? 認知症ババア」
聞き覚えのある声にセラが振り返ると、バスの真横に魔王が並走していた。いや、飛んでいる。地に足がついていない。
「出たな閃狂師! だいたい、テメーの仕業だろうが!!」
ギガランチャーがタイヤを射抜く。ひょいと浮上する魔王。バスの真上を通過し、フロントガラスに液体を吹きかけた。
「やべぇ。ミーチャ、アルカリメイスト・アレギメウス・デフューロイスター!」
「はいっ♡」
窓が破砕しかけたまま、凍り付く。グラリと前傾するバス。前途が溶け落ちた。
「アガるよ! ミーチャ。タチアナはベルトを締めてて!」
セラの銃剣が天井に刺さる。レーザーがぐるりと鋼板を繰り抜いた。空がどんどん遠ざかる。ミーチャが窓枠に足をかけて昇る。突風で足を滑らせた。
「ひゃん☆」
「ミーチャ!
「そうでした ミチャっとな☆」
先輩の助言に従い、くるぶしを押す。ブロンド娘の右足が屋根に張り付いた。セラが四つん這いで近寄る。スキンケアで何か細工を施したようだ。バスの姿勢が安定した。ドウドウとダクト音が聞こえてきた。ホバリングして魔王に追いすがる。宣教師が荷台に仁王立ちしている。
「婆さんどもにありがたいお経をあげてやんよ!」
彼女は大胆不敵にも突破刑事たちを調伏しはじめた。
「遠慮しとくよ。あたいらは棺桶に両脚突っ込んでんだ」
セラのギガランチャーが返礼を見舞う。弾道をモンスキートが横断、爆散する。
「あんたらは自分を嵌めたり、欺いたり、裏切る奴は嫌いかい?」
宣教師の癖に当たり前の事を聞いてくる。
「ボケるなら、もっとネタを磨いといで。あたいらは警官だよ」
セラがひらひらと手を振る。イオナはひるまず、続けた。
「嘘をついたり、責任転嫁したり、冤罪を見て見ぬふりする馬鹿は?」
「何がいいたいのさ?」
「許せる?」
「ブチ殺すに決まってんだろが! お前もね」
ギガランチャーが吼える。魔王はビルの屋上をかすめて飛ぶ。バルコニーが崩れ落ち、展望台が吹き飛ぶ。
二台の間を回転寿司のように摩天楼が流れていく。モンスキートが隙間から襲い来る。飛びぬける射線と血しぶき。給水タンクがべっとりと汚れ、破裂する。
宣教師はにっこりとほほ笑む。
「優秀ね。殺すには惜しい逸材」
予想外のリアクションにセラが開いた口が塞がらない。
「どこを笑えばいいのさ?」
「貴女はまるで朗読教徒よ」
「こりゃお笑いだ! あたいらは法の番人だ」
「その法的根拠はなに? 多数決の原理? 数の暴力が正義だと言い張るなら、わたしたち朗読教徒の数は無視?」
イオナの疑問はけっして極論ではない。いまや、朗読教徒の人口は三百万人を超えている。
「」
二の句が継げないセラに宣教師は畳みかける。
「人間だけじゃないわ。信者の層が広がっているのよ」
彼女が両手を広げると、ビル街に長い陰が落ちた。中層甲板の空に節足動物が浮かんでいる。
「シックスナイン? ミドルデッキにもあるの?」
ミーチャが恐るべき死刑執行人を目の当たりにした凍り付いた。
塵芥焼尽用高出力レーザーがバスを精密照準する。
「そう。あれが、わたしの弟子」
自信たっぷりのイオナにセラは言葉を失った。
「まもなく、右舷上層第八プロムナードです」
ナビゲーションシステムが乾いた声でアナウンスした。
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