フラッシュバック
■ 汚水処理場跡クレーター
突破刑事を乗せたトラックは廃棄物処理跡をめざす。ウイルスの発生源を調べて手掛かりを得るのだ。途中、ハンターギルドによる封鎖に直面した。
「ちょっと、貴女たち! ここは査察機構の管轄よ。 危険だわ。まだ大量破壊兵器が埋蔵してあるかもしれない」
天の声が朗々と威圧する。
下層デッキに闇を落とす航空戦艦。その直下でセーラー服姿の少女が黒髪を揺らしていた。これ見よがしに光る宝珠とエルフ耳。成金臭がプンプンする。
「
セラが邪魔だとばかりに銃を向けると少女が逆上した。
「ババーはあんたでしょ。わたしはシア・フレイアスター。この歩く大量破壊兵器ババア。お前も『認定』してやろうかえ!」
査察官の恫喝にめげず、トリガーに手をかけた。セラも負けじと腰だめで構える。天敵に出会えた喜びに彼女の下垂体がうち震えた。<アタイがすっぽんぽんンにしてあげるからねッ♪>
天敵の痴態を思い浮かべて笑いがこみ上げる。セラは頬の筋肉を引き締めてガツンと啖呵を切った。
「うるせぇババー! ミーチャ、クリムゾンホイスト・マジカル・マーナ=ドレイナーだ!」
「はいっ♡」
ブロンド娘がノリノリで
三連の高速弾が査察官を取り囲む。
「ちょちょ、ちょっと、ひゃん☆」
弾丸が査察官のセーラー服を真一文字に引き裂く。ブルマ姿に剥かれた女は空中で体をひねり、翼を展開。背中から
バサバサと飛翔する天使。
「逃がすか! マーナドレイナー・セカンドステージ!!」
「はいっ♡」
突破刑事が追い撃ちを仕掛ける。銃弾がシアを追い越して炸裂。鳥かごのような電流が全身を包む。ブスブスと黒煙があがり、全裸無毛の女が墜落する。自慢の羽毛がすべて抜け落ちて鶏肉のようにふよふよだらしなく垂れている。鬘が炎上し、ピカピカの禿頭(とくとう)が人工太陽に照ららせている。
灌木の向こうにドサリと墜ちた。
「や~ぃ! ハゲ天使の手羽先~。万年干物独女~~♪」
セラが罵詈雑言で追討ちをかける。
「ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇん!!」
情けない号泣が風に乗って来た。
「先輩、やり過ぎよ!」
見かねたミーチャが窘めると、セラはなおも憤った。
「うっさい! あのオンナはあたいらの邪魔をしてんだよ。もうすぐ戦争がおっぱじまって人が大勢死のうって時にさ」
警官の使命は詰まるところ、市民の生命と財産の保護だとセラは思う。戦争と犯罪の間に線引きは不可能だが、少なくとも彼女が追っている容疑者は戦争の導火線上にいると理解している。
「ギルドの連中は外科手術で片が付くと思ってる。防犯は対処療法じゃないのさ……やべぇ!」
茂みの周囲に燐光がきらめいた。救援が来たのだろう。三人はそそくさと退散した。
刑事たちは強奪した――セラに言わせればレモネーア名義でレンタルした――トラックをクレーターの縁に止めた。破壊の爪痕はすさまじい。防風林が根こそぎ倒れ、植林事業を想定した分厚い人工地層がえぐり取られ、植民船の区画隔壁がむき出しになっている。
「これわ、ひどい」
棒読みするミーチャの横でセラがギガランチャーを地面に向けている。飛び散ったコンクリート片を非破壊検査しているのだ。銃は屋内のテロリストを壁越しに貫通できる。そのための検査機器だ。もはや、銃器を超越して孫悟空の如意棒並みに活躍している。
「急激な常温核融合反応が出た。汚泥の微量元素から
セラはサイバーテロリストの手口をあばきだした。汚水を半導体に変換して即席のコンピューターを製造し、ウイルスを開発する。これらを瞬時にやってのける神業は前例がない。
「航空戦艦なら朝飯前でしょ」
ミーチャがボソッと囁く。航空戦艦の超生産能力は同乗している自分の分身たる生体端末――メイドサーバントの日用品を製造する3Dプリント能力だ。資材さえあれば何でも作れる。
「パンティーから惑星破壊ミサイルまで一貫生産ってやつかぁ」
セラが遠い目をする。地に足のついた警官に航空戦艦は遥か異世界の存在だ。
「こないだの話だけど、陰謀に航空戦艦が絡んでる可能性はないって……」、とミーチャ。
「ああ、世代テロの話かい。あたいの中では仮設段階だけどね」
手配犯がこの艦にいる、というセラの確信はタチアナの証言と状況証拠によるものだった。薬物流通の拠点が漁協にあって、その中心人物と目される男――イリジウムが殺された。考えられる理由は証拠隠滅。捜査の手から逃れるためなら、徹底するだろう。これは挑戦状だ。
二人はタチアナに聞こえないよう高速言語に切り替える。彼女の正体は不明瞭だし、イリジウム殺害の事実も不確定だ。
『陰謀が新局面を迎えてイリジウムは”卒業”させられたのさ』
『エイプは何を企んでるの?』
『移民政策に便乗した社会不満の輸出、という陰謀論は前に話したね。あたいはその”パッケージ”が完成したんだと思うよ』
『容器? 比喩ですか?』
『形容でも概念でもない。字義通りさ。極端に平均年齢が低い。換言すれば血気盛んな若者が主導する急進軍事独裁社会を作るひな形。そして、それを支えるには恐怖政治が欠かせない。つまり、
『まさか、イリジウムさんの死因?』
『そのまさかさ。ギロチンだって最初はそうだった。イリジウムは自ら発明した粛清装置の犠牲者になったのさ』
『――?!』
ミーチャは言葉を失った。
『考えてごらんよ。完全犯罪を狙った密室殺人にしちゃ、お粗末すぎるわ』
現場には遺品のコートがまるで見つけてくれと言わんばかりに掛かっていた。
『じゃあ、タチアナの自作自演?』
『彼女を含めた浪賊の可能性も捨てきれないね』
二人のいぶかし気な視線に気づいたのか、タチアナがじっと見ている。この可愛い子が浪賊だなんてセラは疑いたくなかった。
忘れもしない。ハドラマウト事変のさなか、彼女の寝込みを襲った伴侶の顔を……。
白夜大陸の中心部、アムンゼン・スコット基地から遠くないヴォストーク湖畔の宿舎。氷の様に青ざめた女の思いつめた表情。
まどろみの中で伴侶の名を呼ぶ
女は返事の代わりに量子ベレッタを撃った。「「信じられない」」
妻の左胸には銃弾が、女の額にはレーザー光線が突き刺さる。焼け焦げたシーツ。その日、アンダースイムショーツ一枚だけで寝ていた筈の妻はギガランチャーを太腿に巻いていた。
ターニャが浪賊だったなんて……。大ハドラマウト主義者の刺客に落ちぶれたなんて……。セラは情報屋の密告よりも婦妻間の絆を信じたかった。ハードウェアは躊躇なく暗殺犯を仕留めた。
何を信じていいかわからなくなった。
集中治療室で一命を取り止めたセラに軍医が言った。「お前が信じるんじゃない。お前を信じる国家を信じろ」
生死の狭間で目覚めた潜在的突破能力を見出され、彼女はいや応なくCCにされた。拒否権は無い。突破能力は数万人に一人いう希少人材ゆえに、基本的人権より公益が勝る。
四肢にスキンケア強制移植手術を受けた。
「お前は一生、スカート姿でいなさい」
それがレモネーアの下した社会的死刑宣告であった。過去を捨て恥じらいを捨てメンツを捨てて忠実なる法の番人たることに拠り所を見出した。
だからこそ、ターニャと同じ顔の女を救いたかった。浪賊なら浪賊でいい。命を賭しても、更生させたい。
「あなた、またターニャのフラッシュバックに浸っているの?」
ミーチャが咎めるようにいう。
「ターニャって誰?」
怯える目つきのタチアナ。
「あたいの元嫁だよ。情けないオンナだと笑っとくれ。か弱い女ひとり守れやしない」
「迷惑です」
自嘲気味に笑うセラをタチアナは牽制した。
「―?」
「迷惑です! 独りよがりな思い入れでわたしを保護しているのでしたら、心底、いや徹底的に軽蔑します」
タチアナが憮然として立ち去ろうとした刹那――。
「危ない!」
ミーチャのギガランチャーが反応した。対レーザーチャフがゼロ距離展開。タチアナが泥まみれになる。ルビー色の光条が鼻先で捻じ曲がる。
セラが射線を逆算して対戦車誘導弾を撃つ。汚水処理場の基礎が爆散した。砂利を蹴散らしてトラックが走り去った。
「イオナ!」
ミーチャが運転手の顔を見逃さない。
「間違いない。タチアナを狙った」
セラもギガランチャーの射撃レコーダーをプレイバックする。
『彼女が次女に化けてイオナを嵌めた説は間違いなさそう』
『ああ、ミーチャ。タチアナがレアスミスに、漁協に敵意を持っているのは間違いない。やっぱりイリジウムは消されたんだ』
『こうなったらなり、ふり構わずあたしたちを殺しに来ますね』
『彼女が浪賊でなくて何よりだ。ガチで暴れるよ』
セラは晴れやかな表情でタチアナに問いかけた。
「レアスミスの次女に成りすましたんだろう。彼女の
知らなければ生きて奥の院から出られないはずだ。
「それをこの場で公言したら即座に弾が飛んできます。代わりに冷血方程式機構の場所へご案内します」
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