皆殺しの歌

 ■ アミダラ養魚池(承前)

 被害者遺族が殺人犯の実家に出入りしていた。これを犯罪学的にどう解釈すべきか。

 二人の刑事は高速言語ウィスパーモードで推論を交わした。

『イリジウム・アモルファスという男は端から存在しなかったのさ。漁協は潰れて乱痴気騒ぎの場を提供していた。ミーチャ、どう思う?』

『普通に考えれば浪賊がアジトとして廃墟を買い取ったか、儲かるから商売替えしたか、どっちかよ』


確変魚えんぎものは必需品だ。ガチで儲かるだろ』

『日用品じゃないわ。巨大事業や安全運航を支える社会基盤ではあるけど。それだけに競争も激しい。シャレコフは入札で大敗を喫したのかもね』


『ゼネコンや交通機関以外にも縁起物を欲しがる奴はいるだろう』

『開運グッズに大金をつぎ込む購買層は昔からいるわ。浪賊の資金源よ』


『ヤクザの凌ぎといやぁ、薬物ヤクだってそうさね。なるほど、廃生簀の実態は乱交パーティの会場だったと。ここでエロ事師がつながる。新たな需要を掘り起こすためにコスプレ肌色画像を量産していたって次第さ』


『タチアナがレアスミスに出入りしてた動機が不明だわ。証言の裏付けもない』

『売人だったという線は? レアスミスの成金趣味につけ入って開運グッズを商うついでにクスリもさばいた』


『エアランド・ポーターが従業員の薬物使用に寛大だったのも納得できる。まともな経営者ならμZ4989DAを走らせない』


『末端まで汚染されてる筈ね。さっきの話に戻るけど、レアスミスの次女に化ける必要はあって?』


『そりゃ、イオナ・フローレンスの首を飛ばすためでしょ。レアスミスを握るために。いくら跳ねッ返りの御嬢様がいきなり閃狂師におちぶれるかい? 普通、そういうのはオトコに誘われてするモンだ。あのトラックにゃ、一人しか乗ってなかった。屋敷を追ン出されるよう填められたんだ』

『浪賊ならやりかねん』


 ミーチャは浪賊のゲスっぷりに改めて嫌悪感をおぼえた。頭脳明晰型元不良エリートヤンキーセラの推理は筋が通っている。だが、引っかかる点がいくつかある。


『タチアナの母親殺しの話はどうなるの?』


 ミーチャの問いかけを無視して、セラはギガランチャーの火器管制装置を稼働した。銃撃戦用の集合知を本署にまで拡大。虚警専用回線で署長室を呼び出す。この会話はハッキングされても構わない。むしろ、浪賊に聞かせてやりたい。


 レモネーアは梅干を丸かじりした様な顔つきで答えた。

「あ~ら。ご用件はなぁに? バカンスを堪能しすぎてホウムシックでも患った?」


 この嫌味たっぷりな態度が殺意を呼び覚ます。彼女はうつむくタチアナを見た瞬間に激怒した。


「ビッチども! 何をグズグズしているの? おまけに泣かせちゃって!! あらあらタチアナちゃん」

 事情を知らない鬼署長はダメ刑事を怒鳴り散らした。

「聞きたいのはこっちですよ。レモネーア署長」


 げんなりした顔で肩をすくめるセラ。

「おだまり!」


 キレる上司。それをミーチャが無言で黙らせた。とても言葉にできないような肌色写真がギガランチャーのウェブカメラに突き付けられた。

「――?!」

「クエスチョンマークを唸りたいのはこっちですよ。署長。説明して貰いましょうか。タチアナとの関係を」


 レモネーアは口ごもると思いきや立て板に水のごとく喋りはじめた。


「この子は、妹の姪の曽祖父の玄孫の従妹の夫の末兄弟の同級生の旧友の恩師の隣人がサラキア署に交通安全の魔導護符アイテムを納品しててね」

「殆ど赤の他人じゃないですか!」

 プールに転げ落ちるミーチャ。


「まったく見ず知らずってわけでもないから、出入り業者のよしみで気を利かせて保護してやった、と?」

 ほとほと人の好さにあきれ果てるセラ。レモネーアの心理状態を遠隔モニターしてみたところ、嘘発見器に反応はない。


「その顔見知りの娘さんが肌色画像に関与してたんですが……ほんっとうに御存じないと?」

 いつもは些細なミスで叱られてばかりのミーチャがここぞとばかりに反撃する。

「隣人の名前って、アニヤロフ・ネクタリスとか言いませんでしたか?」


 セラが状況証拠をもとに揺さぶりをかける。

「おまいら、サラキア署の正面玄関に良心計があるのは知ってるだろう」

 レモネーアは自分に落ち度はないと強弁した。その装置は署員だけでなく訪れる善良な市民を自爆特攻テロから守ってくれている。良心計が白だと判断したならシロなのだろう。万一イリジウムが浪賊だったとして、どうセキュリティーを突破したのか謎だが。


「わたしの父はイリジウム・アモルファスです!」

 タチアナが唐突に叫んだ。涙に濡れるその瞳には真実の炎が燃えている。


 どちらが本当なのだろう。ミーチャの見当識が揺れた。

「水掛け論は時間の無駄だわ。あんたの親父が架空人物ラノベキャラでないなら、説明してもらおうじゃないのさ!」


 セラの勢いに押されてタチアナは激白しはじめた。


 シャレコフ家に引き取られたタチアナの境遇はとても幸福とは言えなかった。漁協は彼女の奇跡的な生存確率を確率変動の源として活用したのだ。ダリ土候国民としての希少性。でなければ、どうして一介の小娘を欲しがろうか。


「わたしの養母、ユアカを手伝うためにわたしもニニ・ロッソの厨房に立ちました。楽な仕事ではありませんでした。一日十七時間。漁協で働く確率変動漁師や戦闘純文学者、量子技術者、魔導師、重哲学軍将校たちを相手に両脚を開くこともありました。それでも母は睡眠時間を削ってわたしの世話をしてくれました。そんな母親がある日、ニニ・ロッソから姿を消しました」


 タチアナの話を聞いているうちにセラはギガランチャーをぶっ放したくなった。

「何であたいらダーラ部族連合人はロクでもない目に遭わなきゃいけないのさ!」


 果てしなく続くタチアナの身上をまとめてみると、母親の行方を捜すためにエアランド・ポーターの秘書を務めたり、レアスミス御殿に潜入していたようだ。


「それで有力な情報は得られたのかい?」

 セラが水を向けるとタチアナは暗い表情をした。


「タチアナの話を聞いているとますますイリジウム殺害の必要性が薄らぐわ。嗅ぎまわってる娘の方を殺(や)るべきよ」

「話の腰を折るな!」

 セラがミーチャを叱りつける。


「父は傷痍軍人の人脈を活かして漁協の御用聞きをやってたんです。協会にはゼネコン関係者や中小運輸業者の他、まれにリタイアを考える航空戦艦や退役した重哲学軍人が出入りしていました」


 タチアナは泣きながら続けた。母親が家を出るのも無理はないと。失踪後の会合場所はどうどうとニニ・ロッソが使われていたようだ。


「航空戦艦のお悩み相談って何?」とミーチャ。


「恋わずらいに決まってるじゃないか!」 セラがさも当たり前のように答えた。

「そうです。航空戦艦は女所帯です。オンナノコ同士の恋愛は複雑です。それを癒すのは……」

「まぁ色々なグッズに縋るねぇ。その中にゃ……あるんだろう? ヤバイくすりが」


 セラが図星を指すとタチアナが頷いた。


「抗ライブシップ・バクテリア弾頭弾か! うかつだった!!」


 レモネーアはチリソース顔になった。抗ライブシップ・バクテリア弾頭弾VNIS――通称ワニスは反抗的な航空戦艦を殺害する細菌兵器だ。空飛ぶ軍事大国でもあり、宇宙怪獣とも忌避される巨大サイボーグ船を調教する最終手段として開発された。現在は改造人間たる彼女たちにも人権が認められ、彼女たちを裁く懲罰艦隊が死刑用に厳重管理しているが、ごく一部が自殺用途に流出している。


「イリジウムは傷痍軍人だろう。もっと身辺を洗っとくべきだった」


 レモネーアが戦後の闇を述懐する。傷痍軍人は薬物使用にたけている。早期社会復帰のために「ハイパー6本」という六種類の精神安定剤が期間限定で解禁された。


「イリジウムが不老不死に疲れた航空戦艦ごふじんがたに弾頭を斡旋していたかもしれないわねぇ」、とミーチャ。


「他にも色々やばいブツを商っていただろ。例えば、あれ」


 セラが養魚池の隅にある避難棟を見やる。レモネーアも見えるようにギガランチャーを向けた。

「リーフィー・ステーションの残骸がなぜここにある?!」


 レモネーアの顔が泡立つ。比喩ではない。エルポヨ人の感情表現は実に豊かだ。


「ガイシャはあそこで殺されたんですよ。その宇宙駅ステーションも彼の斡旋ですかね?」

 逆流性食道炎をこらえながらセラが訊いた。


「セラ……これは国家危機だわよ。とてつもなくヤバい事件ヤマが動いてる! 彼が殺される理由は一つしかない」


 署長の顔が焼きそば状に入り組んだ。発音できない彼女にかわって刑事たちが叫んだ。


「「口封じよ!」」


 ■ 久々の突破

 濃紺ブルマー、ピンクレオタード、スクール水着。むっちりとした三種の神器がフェンスを乗り越えた。

 セラはミーチャから服を強引を奪い取り、タチアナと自分を包み込んでいた。スラム街を往く人々の視線が太腿に突き刺さる。


「これからどうすんのよ~~」

 ミーチャがもどかしくスクール水着の前垂れを引っ張る。

「タッシーマ星間帝国とガチで戦争が始まるのよ。力づくで阻止しなきゃ」

 ペタペタとアスファルトを踏み鳴らしながらセラが走る。三人はレモネーアから皇族婦女暴行未遂事件の進捗を聞いていた。エイプ逮捕の決め手はなく、帝国との戦争は不可避だという。


「エイプはこの艦にいるんだろう? 一網打尽さ☆♪」

 セラは絶望に沈む二人を焚きつけようと楽観論を展開した。足手まといは困る。

「水着女がギガランチャー二丁で帝国に立ち向かうって、どんだけ無理ゲー?」

「ラノベにそういうのが山ほどあるだろ。最弱モブが支援職で~とか」

 セラはブルマ姿で仁王立ち。ギガランチャーを両手で構えて見せる。


「成り上がってる場合じゃないわ」


 タチアナが交差点のデジタル表示を見上げる。宣戦布告まで数時間もない。

「ここは違法改造チートの出番だろう?!」

 セラは相当な自信があるらしく、ギガランチャーの回路をいじっている。産廃業者のトラックが赤信号で侵入してきた。


「ミーチャ、バゾプレッシン・シュピードーゲルだ!」

「え?」

 ミーチャは突然の禁忌弾頭装填命令に戸惑った。

「バゾプレッシン・シュピードーゲル。三度は言わん」

「は、はいっ、サンドイワンですねっ♡」

「ば、馬鹿、そっちじゃない!」


 ミーチャは良心の叫びに従ってワザと砂塵煙幕サンドイワンを手渡した。セラが脊髄反射で装填。トリガーを引く。


 瞬時に視界が暗転する。スリップ音。べきべきと肋財が折れる音。砂嵐の中に輝くボールが二つ、三つ。

「この野郎!」

 横倒しになった操縦席から運転手が怒鳴る。さいわい、安全粘液セーフティジェルに身を守られている。

「人のめ~惑、かえり見ず!」

 セラが男を防御結界の中へ蹴り転がす。ズボンを抑えてもだえる男。

「やって来ました、インターリーブ♪」

 ミーチャが男のポケットからキーを奪う。

「お騒がせしましたぁ♡」

 タチアナがせめてものサービスとばかりにピンク色の尻を振る。


「おいっ、この野……いや、女郎」

 強盗団を見送る男は幸せそうだった。



 砂塵が晴れると事故現場にノロノロともう一台のネオフソーが接近した。

「あいつら、アリスを壊そうというのね」

 イオナ・フローレンスがにんまりとほほ笑んだ。

「とんだ僥倖ですね」

 魔王が答え、宣教師が十字を切る。

「我が内なる主よ、お恵みに感謝します」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る