浮上する真相
■ スタンクラッカー
「飛べ、ミーチャ!」
言うよりも早くブロンド娘がセラの椅子を蹴った。食器がクルクルと宙を舞い、ルビー色に染まる。こぼれ落ちるコーヒーが精密照準レーザーを阻む。ミーチャが床に転がりながら【変容】の突破スキルを唱える。天井が液状化してドロドロに溶けていく。殺人光線がコールタール状のカーテンに遮られて香ばしい臭いが立ち込める。店内は照明が落ちて硝煙が充満している。
男性客が茶色い悲鳴をあげて逃げ惑う中、セラがタチアナの手を引いて非常口を目指す。
刺客はどこの誰だかわからない。だが、考えていることは手に取るようにわかる。セラが壁に密着してギガランチャーを扉に向ける。「ミーチャ、ストラットン・バリンド・ロンドだ」
ひゅっとしゃっくりのような息遣い。セラの後ろ手が空振りする。ガシャンと格子が落ちる音。
「ミーチャ?!」
はっとして振り返ると天井の換気口から裸足が垂れ下がっている。
「野郎!!」
セラは躊躇なく発砲した。そっちから来るかよ、と心の中で悪態をつきながら
「ハーミネイテッド・トキシン・アサシン!」
ぶらつく脚と壁の間から火花が噴出した。ぱっと薄紫の煙が上がり、気絶したミーチャが、続いて三脚型の機械が真っ逆さまに落ちてきた。そいつは脚を器用に伸縮させて起き上がった。性懲りもなくもう一度、獲物をからめとろうと近づく。ミーチャのタオルがほどけて、背筋が露出している。
「させるか!」
セラはタオルを踏んで、もう片方の足でブロンド娘を蹴り転がす。三脚がピンと張った布地に脚を取られる。
「どおりゃあ!!」
ボーイショーツの両裾を思いっきりつかんでグイッとひっぱりあげる。すっぽりと抜け落ちる裸体。勢いあまったヒップが三脚にボディーブローをお見舞いした。
「そりゃ! スタンニードル!!」
ギガランチャーの銃剣が三脚に深々と突き刺さる。電流がほとばしり、ぼっ、と絡みついたタオルが燃え上がる。
「ミーチャ、ずらかるよ!」
セラが非常扉を蹴破り、真上に発砲。燃え盛る部品が落ちてくる。すぐ外はむきだしの非常階段だ。泣きじゃくるミーチャを先頭に立たせた。続いてタチアナ。セラがしんがりを護る。
踊り場には先客がいた。
「うほっ?!」
巨漢の両眼に予期せぬバカンスが訪れた。
「ゃぁぁぁぁああああ!!」
しゃがみ込むミーチャ。
セラが肉襦袢に体当たりを喰らわせた。手すりに百キロ近い荷重がかかり、構造材が軋む。
非常階段は建築基準法を大幅に逸脱していたらしく、派手に倒壊した。
「!!――――ッァ」
居住区の空に肌色の狂宴が繰り広げられる。男どもは巧みな空中遊泳で女性陣に接近する。セラは悪態をつくと、ギガランチャーで逆風を巻き起こした。
…
……
…………。
ゲットーの闇市は金さえあれば飛ぶ鳥も落ちると言われ、流通経路に乗るはずのない軍需品が山積みにされている。ピカピカの対空車両の隣で得体の知れない腿肉が吊るされ、その向かいでは肌も露わな女が花を売っている。もはやゴミ屋敷の展示即売会か、廃棄物処理場だか区別がつかない。
「あ゛ーーーーーーーーーーーーん゛!!!! お嫁にいけなくなったあああああああああああああ!!!」
威勢のいい呼び声を号泣がかき消した。ゴスロリ少女をパンチラ露出狂女が懸命になだめている。
「泣く女は嫌いだよ。いいかげんにおし。こ~んなに可愛いフリフリドレスでもまだ不足かい? おかげであたいはすっからかんだよ」
セラは安物買いの銭失いという諺を学ぶために法外な授業料を支払った。
「先輩があの時、マクガフィン・フィッシャーマンズワーフでアンダースイムショーツからセーラー服まで買い揃えて置けばよかったのよ~」
「そうだねぇ。同じものに闇市価格を払うなんて、あたいは大馬鹿だよ」
「先輩!」
ブロンド娘は全角フォント明朝体128ポイントで叫ぶ。
「ちゃんと責任とってね!!」
「な、なんだい。とうとつに」
「ミーチャを一生だいじにしてね!!!!」
ラノベポップ体256倍角文字がセラの鼓膜に突き刺さる。
「あの……わたしは……」
タチアナが顔を曇らせる。
「えーっと、あの、その、あひゃ♡ そんなトコを噛むんじゃないよ。こぉらミーチャ! そこ、一番感じるんだ。うひゃ☆」
女は絡み合う二人から距離を置いた。
「ここから歩いて帰れます。ご心配には及びません。お世話になりました」
そっと立ち去るタチアナ。
「お待ち。これをもってお行き!!」
セラは後輩のくびきからようやく脱するとガンベルトを差し出した。
「これは?」
「殺意に自動で対処する銃さ。あたいらのせいで色々と面倒なことに巻き込んじまったからね」
タチアナは善意の押し売りに戸惑いをつつも、ぺこりと頭を下げた。ミーチャがサイズを調整する。
■ ティータイムには遅すぎるカフェテリア。
「フラれちったね……」
ミーチャは心ここにあらずといわんばかりにうつろな目を向けた。
「服代は婦妻(ふうふ)の預金から差っ引いとくからねッ!」
兼業主婦と化したセラはさっそくチマチマと支出を水晶板につけている。
「もうコーハイじゃないんだ♡」
甘えるミーチャをセラが振り払う。
「ハートマーク飛ばしてる場合じゃねぇぇ。あの子、ああ見えて、結構キてるよ。あたいは同じオンナだから判る。客に癒しを求めるはずさ。プラジェーブールバードの『ニニ・ロッソ』だっけ?」
セラは張り込み現場を再確認した。ミーチャのスキンケアに照会結果が返る。
「おかしいわね。シャレコフ星間漁協渉外振興会は三年前に解散したそうよ。ニニ・ロッソの店主も高齢化で引退したとか」
ミーチャが首をかしげる。協会の幹部は後継者不足を補うため老骨に鞭を鞭打っていたが寄る年波に勝てなかったようだ。
「老齢って?! 不老不死は? この艦は経験や知識の蓄積をどう考えているの? 幹部というからにゃ、それなりに優秀な人材だろ。そいつらは墓場に埋もれてしまうわけ? いくら死者の蘇生権利条約に非加盟だからと言って」
セラはますます理解に苦しんでいる。この宇宙は途切れることのないあまたの意思によって支えられている。認識が実体化する世界で意識が更新されることは宇宙全体の不安定化を招く、と学んだ。移民政策の主眼は観測可能宇宙の果てまで「認識の屋台骨」を拡張することだ。それに反する施策を誰が歓迎するというのか。
「ワザとやってるんじゃね?」
ミーチャは捻くれた発想に転じた。
「故意ねぇ。社会不安を温存し、新天地に健全な競争原理を移植したい気持ちは資本主義的に間違いじゃないけど」
「思想が100%継承されないってことは新しい文化が台頭してくる危険もあるのよ。例えば若気の至りや勢いに任せた衆愚思想(ポピュリズム)」
「平均年齢が極端に低いと過激な軍事独裁主義に走るというね。でも、その辺はレアスミスが上手に手綱を握ってたんじゃ?」
「イオナ御嬢様がご乱心あそばされただろう。あはは。そういう流れさ」
セラは昼間の悪夢を忘れようと豪胆に笑い飛ばした。
「自然のなりゆきも計画的なものだと仮定して、誰が最終利益を得るのかしら?」
「そうねぇ。移民政策に乗じて『こっそり』爆弾を輸出するようなものだからねぇ。世代テロとでもいうべきかしら。まともな人間なら気が遠くなるわ」
「航空戦艦とか?」
「彼女たちは飛び回ってナンボのもんだろ。じっくりと腰を据える子なんて一人もいやしない。あたしだって翼があれば大空でドンパチやってみたいもんさね」
「ふぅん。セラってミーハーなんだ」
「うっさいわね。あんただってスイーツだろうが」
「婦妻(ふうふ)喧嘩は新婚旅行まで取っておくわ。今は犯人探しよ。さっき、貴女は人間じゃないといったわ。あたしはそれが正解だと思う」
「人間じゃない……AIか?!」
セラの目から鱗が落ちる。ミーチャは天然の子だと思っていたが、ときおり光る部分を垣間見せる。
「暴走トラック、クールウェア、エアランド・ポーター、さっきの三脚メカ。全部つながる」
「肌色画像で薬漬けにしたってわけか。で、イリジウム・アモルファスが首を突っ込んできたんで冷血方程式機構に始末させた。なるほど!」
「そんな安いライトノベルか三文サスペンス劇場みたいな理由じゃないと思う。だって一人殺せばすむ話じゃない。怪しむ人や復讐者が出るだろうし、被害者本人が蘇生されたら元も子もない」
「イリジウム・アモルファスは架空の人物にされたのよね。そんなことが実際に……」
「シャレコフ漁協よ。確率変動魚を扱っているんでしょ?」
ミーチャはイリジウムの勤務先が怪しいと睨んでいる。確率変動魚は特権者戦争以前は「縁起物」と呼ばれていた。事象の「発生確率を左右する事」じたいが戦争の道具になってからは、縁起物は一気に実用性を帯びたのだ。
戦争が終わった今でも交通安全や難事業を確率変動エネルギーで支援してくれる生活必需品だ。
イリジウムの存在確率をいじって亡き者にすることぐらい朝飯前だろう。
今日のミーチャは調子がいい。とんとん拍子で捜査を進めてくれる。セラはブロンド娘がますます愛おしくなった。目を細め、肩を抱き寄せる。
「おし、ミーチャ。どっから攻める? 漁協か、レアスミスか」
ノリノリのセラをミーチャが制した。
「ニニ・ロッソを見張りましょう。店が存在しないという話も鵜呑みにできない」
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