暗渠の対決!

 ■ ブールバード

 人間にとって最大の悪は鈍感であると言われる。常に感性を研ぎ澄ましているセラはアムウェイの言葉に何か胡散臭いものを嗅ぎとった。恒久虚構警察機構(インターリーブ)は恒星間にまたがる機関である。組織間の捜査協力は珍しくないが、待機中の、それも他部署の捜査員を駆りだすことはめったにない。マンパワーの過不足が生じないよう神託機械(パレイジアムマシン)が綿密に犯罪予測を行っているからだ。セラはわざと申し入れを拒んでアムウェイの出方を見ることにした。義務ではないからだ。

「あたいらはこの子を護送しろって言われてるんでね」

 セラがカメラアイをタチアナに向ける。

「サビーナ・アモルファスか。参ったな……。何といっていいか」

 急に言葉を濁すアムウェイ。

「父に何かあったんですか?!」

 タチアナ途端に血相を変えた。アムウェイは困り果てた表情で考え込んでしまった。慎重に言葉を選びながら答える。

「住所はアッパーデッキ・プラジェー縦貫大通(ブールバード)だったな?」

「プラジェーブールバードα287ブロック。マリガリータ・コンドミニアムです」

「だったら、なおさら近寄らない方がいい。閃狂師が暴れている」

 アムウェイは彼女の身柄をヴェンチュラ署で預かると提案した。ブールバードは厳重な交通規制が敷かれ、一帯には突破事案が宣言されている。住民の避難はとっくに完了しているという。

「どこの避難所です? イリジウムは無事なんですよね?」

 タチアナは藁にも縋る思いで父の安否を尋ねる。

「何とも言えない。情報が錯綜していてね。我々は突破事案にかかりっきりでね」

 だから、事態が落ち着くまで安全なヴェンチュラ署で待機しておいたほうが身の為だという。

「ふん。何が何でもあたいらを遠ざけるつもりかい。よっぽど都合の悪いみたいだねぇ」

 セラは靴を脱いで、つま先でミーチャのふくらはぎをまさぐる。スキンケアモニターでは傍受できないお肌のふれあいだ。彼女は小さく頷くと、いきなりタチアナの唇を奪った。

「はぁん♡」

「ど、どういうことだ。お前ら?!」

 突然の情事にアムウェイは度肝を抜かれた。

「イリジウムのおやっさんに面通しするところだったんですよ。いよっ! 憎いねぇ。この女帝」

 セラが黄色いヤジを飛ばすと、ミーチャはタチアナの腰に腕を回した。

「き、勤務中だぞ?」

 困惑するアムウェイなどまるで眼中に無いように二人は体を密着させている。「休暇中のプライベート過干渉は特別公務員暴行陵虐罪の精神的虐待に含まれますよ」

 セラは釘を刺した。アムウェイもこれ以上は強引な態度に出れまい。

「じゃ、ま、そういうことで☆」

 セラは一方的に回線を切断し、フライヤーを加速した。


 ■ プラジェーブールバードα287ブロック

 主要な幹線道路はおろか、地元民しか知らない通用門に至るまでブロックは完全に閉ざされており、ミドルデッキの天井からシャッターが下りている。

「突破捜査事案 対浪賊全権……」

「ですから、一般市民の封鎖区域内の立ち入りは一切禁じられています。お宅さん、休暇中なんでしょう?」

 セラが警察手帳を示してみたが、治安当局軍兵士はけんもほろろに追い返した。

「浪賊が暴れまわってる時に非番もクソもあるもんですか。わたしたちは突破刑事です」

 なおもしつこく食い下がるミーチャ。対浪賊全権優先権は白紙委任状ではない。犯罪捜査に必要な権限を軍事行動の領域にまで「軍の好意」によって適用されるのであって、警官が軍人を指揮できるわけではない。

「レアスミス・ゲットーから宣教師が武装トラックで乗り込んできたんですよ。これは戦争だ」

「あたいらだって二十四時間三百六十五日臨戦態勢だ」

 とうとう頭に来たセラはスカートをめくってギガランチャーを取り出した。

「貴官も大量破壊兵器認定されたいですか? ちなみに件のトラックも国連大量破壊兵器撲滅委員会の認定済みです」

「戦略創造軍(ハンターギルド)か」

 セラは吐き捨てるように言った。インターリーブとギルドは犬猿の仲だ。どちらも陸海空宇宙軍を動かす権限を持っており、武装集団である浪賊退治においては、互いに縄張りが被りまくっている。

「わたしの父が取り残されているんです。特権者戦争の英雄です」

 タチアナがサビーナ・アモルファスの身分証を兵士に示して特別な計らいを求めた。軍隊において凱旋英雄は神にも等しい存在である。彼女は色よい返事を期待した。

 だが、兵士は難色を示した。

「イリジウム・アモルファス? それって童話(ラノベ)の登場人物(キャラ)じゃね~か。いい加減にしろよ!」

 怒鳴り散らされたあげく身柄を拘束されそうになる寸前、ミーチャがスキンケアでフライヤーを召喚した。

「そんな……父が……御伽の存在だなんて!」

 不安と苛立ちに抱きすくめられたタチアナはシートベルトを外して、飛び降り自殺を図った。まず命は助からない高度だ。座席のステップにハイヒールを架け、どさりと落ちる。

「突破捜査事案 対浪賊全権優先権発動(トランセンド)!!」


 ラヴォーチキン号はかなり古い型の移民船だ。人工重力を遠心力で生み出している。セラはスキンケアを通じて居住シリンダー駆動装置に介入した。緊急停止装置(キャリブレーション)を掌握。逆回転を命じる。スキンケアは対浪賊全権優先法に基づいて、個人向けの水晶球から機動要塞の大本営に至るまで、あらゆる電子機器、魔導法具、量子コンピューターにアクセス権限を要求できる。

 もちろん、人口数十万人を擁する居住筒はすぐには止まれない。フライヤーのAIがタチアナの軌道を予測、ホバーを全開して先回りする。が、いま一歩、加速度が足りないようだ。


「装脱(ぬぐ)っきゃないわね」

 ミーチャは頬を赤らめ、キュッと目をつむるとセーラー服の胸元を緩めた。赤いスカーフを一思いに引くと上着が背中から裂けた。スカートも破れ落ちる。同時に、ガンベルトからジュルジュルと粘液が噴出して全身をくまなく覆った。それらが急速に凝固して装甲強化服(パワードアーマー)に変化する。ブーツの部分には高機動バーニャらしきノズルが生える。

 彼女はスケート選手のように宙を蹴って、滑るようにタチアナに追いついた。

「ミーチャ! 【バウンドハーネス】だ」


 フライヤーの後部座席から救命銃が打ち出される。ミーチャが受け取って、タチアナを狙い撃つ。セーラー服が着ぐるみのように膨らんでクッション代わりとなる。自殺志願者は高層マンションの給水塔に軟着陸(バウンド)した。

「こういうこともあろ~かと……」

 セラはホッとした表情でバウンドハーネスを解除する。

「どうして死にたいと思ったの? 移民船団で死んだってご両親の所へ『絶対に』逝けないと判ってる筈よ」

 泣きじゃくるタチアナのセーラー服を切り裂くミーチャ。

「念のためにおしえてあげる。八百八十八移民船団は『死者の組成に関する権利条約』を批准していない。クローン蘇生すべきか否かは各船の冷血方程式装置が厳格審査する。回収して貰えない魂は宇宙空間で幽子情報系(ソウス)に分解して新しい生命……」

「そんなことは判っているわよ!!!」

 彼女は大声でセラの講義を遮った。返す刀で突破刑事を罵倒する。

「貴女たちは良いわよねぇ! ポンと蘇生して貰えるんだからッ」

「馬鹿ッ!!」


 減らず口にセラの踵がめり込んだ。大きく振り上げたスカートの奥に少し黄ばんだアンダースコート、そして、うっすらと濃紺のブルマが透けている。タチアナの視線は両太腿をつなぐ平坦な部分に移った。不死身の突破刑事たち自身を産み出す部分に。

「貴女(あんた)ねぇ」

 セラは隠すようにスカートの裾を引っ張った。そして幼女を躾けるように言う。

「あたいらは『生かされている』んだ。わかるかい? 公僕なんだ。道具なんだよ。陳腐な台詞はいいたかないけど、貴女(あんた)は自由の身だろ。調べさせてもらったよ。シャレコフ星間漁協渉外振興員。結構なご身分じゃないか」

「うっさいわね。ただのコールガールよ。聞こえはいいけど」


 タチアナは自嘲してみせた。わあわあと悲劇のヒロインぶりを喧伝する。こうなった女は手の付けようがない。二人は興奮が収まるまで放置することにした。その間にセラは星間漁協渉外振興員事務所に経歴を照会、ミーチャはレアスミス・ゲットーの情報提供を地元報道機関に求めた。軍が緘口令を敷けば敷くほど裏情報の時価は高騰する。彼らブン屋はネタに事欠かない。セラは編集長の些細な法令違反をあげつらい、しつこく揺さぶる。


「特ダネが釣れたよ。驚いたね。犯人はレアスミスの御令嬢だとさ」

「何不自由のない御嬢様がトラックで轢殺しまくるの?」

「家を追ン出されたらしいよ。何があったか知らないケド」

「相手が雌餓鬼(メガキ)となりゃ油断ならない。ドエロトラックと組んで大事件(でかいこと)を企んでるに違いない。突破(トッパ)るよ」

 セラは泣き濡れるタチアナに数発平手打ちを食らわせる。フライヤーの後部座席に無理やり押し込んで、ブロンド娘に子守りをおしつけた。


「いいかい。ミーチャは貴女(アンタ)にベタ惚れしてんだ。あたいの可愛い後輩を泣かす女は許さないからね」

 セラは軍がイリジウムを亡き者にしようとしている件と宣教師の関連性を疑っている。タチアナは重要な鍵だと説得し、今度は飛び降り防止のために防弾結界に封じ込める。停止信号を信号制御(シグコン)で振り切り、防御隔壁に接近する。


「そこの機体、部外者進入禁止だぞ」

 セラは警告にギガランチャーで応えた。

「限界突破!」


 インプライザーを威嚇モードに設定。細長いビームがバリケードの向こうへ吸い込まれていく。爆風が装甲車両をひっくり返し、横転炎上する。壁向こうから対空砲火が雨あられと飛んでくる。ミーチャがスカートを揺らして華麗に回避する。だが、弾幕が濃厚になる。

 ハリネズミのような対空車両にセラは真っ向から対立する。軍事力VS警察力。彼女の突破力が試されている。

「ミーチャ、エスティンギッシャーだ」「はい♡」

 打てば響くように、蜂の巣状のカートリッジが差し出される。

「行っけーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!」

 バズーカ・ギガランチャーが白熱した。


 ■ レアスミス・ゲットー地下 有機物再処理施設

 オレンジ色の光が等間隔で飛びぬけていく。

「血の臭いは飽きた」

 イオナ・フローレンスは鈍麻した嗅覚を取り戻そうと窓を開けた。ねばついた熱気がうなじをあぶる。ナビゲーションシステムはプラジェーブールバードの住宅見取り図を示している。現在地は有機物再処理施設(セプティック)。下層民の有機的なアウトプットがここに凝縮され、有意義な栄養素に変換される。その変換効率はレアスミス社の利益を高めるように調整される。結果次第では餓死者が発生する。

「移民政策の『ゆがみ』そのものですよ。私たちのエイプ師は是正しようと頑張っておられます」


 トラックの発言にイオナは顔をしかめた。


「そういった意思は肌色画像集から感じられないんだけど。タッシーマ皇室に発情するようなケダモノが?」

「貴女はまだまだ子供だ。想像力を描きたてる現実主義は豊富な経験と知識の蓄積が裏付ける」

「宣教師を名乗るには早すぎる、と言いたいの? あたしには前世があるのよ」


「その前世記憶は正確なものですか? 『ヒストリカル・ヒーロー・ホライズン』で貴女はたしかにスナイパー職でした。しかし、それはヴァーチャルです。リアルの線引きは出来ていますか?」

 イオナは自信たっぷりに答えたつもりだが、トラックに指摘されて困惑した。


「何が言いたいの?」

「おやおや。私が宣教師様に講釈とはね。いいでしょう。エイプ師は触媒を探しているんです。虚構と現実を化学反応させる触媒を。ちなみに画像の娘たちは架空の人物です」


「大人(あなた)の言ってることはよくわからないわ。被害者はCGじゃないでしょ。百億歩譲ってあの子たちが捏造っていうんなら、エイプはどうして実在の人物に欲情したの? ついていけない!」

 イオナは走行中にもかかわらずドアを開け放った。ごうごうと風が吹き込む。速度計は六十キロを超えている。小声で何か呟くとトラックの前方に小爆発が起こった。トンネル内に警報が鳴り響きファイアウォールが降りてくる。魔王は急停車を余儀なくされた。

「待ってください。あなた一人で何ができるというんです?」

 令嬢は振り向きもせず防護壁の向こうへ消えた。


 ■ プラジェーブールバードμ701 地下連絡路

「ナビゲーションシステムから外れた車はラヴォーチキン号で生きていけない。冷血方程式(キラーアリス)が排除する」

 セラはネオフソー・スペースキャンターGTX 車台番号μZ1049DEが把握できると楽観視していた。原理的にトラックをシステムから掩蔽することは簡単だがアリスの目はごまかせない。星間物質に付着した未周知細菌をレーザー焼灼する程の精度はある。さもなければたちまち感染症が広まるだろう。

「この真下です」


 ミーチャが非破壊深部断層探査機で骸骨をあぶりだした。スクリーン上に年端もいかぬ女性のレントゲン写真が揺らめいている。影の数メートル先に地下駐車場出口がある。

「タチアナを抑えてろ」

 セラは機体を強引に傾け、地表すれすれにホバリング。砂ぼこりが地下構内に逆流する。

「!」

 薄暗闇に乳白色の眼光が浮かんだ。猫の目のようにこちらを睨んでいる。

「閃狂師、覚悟おし!」

 女のヒステリックな怒号。さっと投光器がイオナを照らす。返答の代わりに奇妙な音が聞こえてくる。ブンブンと唸るようなノイズ。セラは耳を疑ったが、次の瞬間、防弾結界にひびが入った。巨大な羽虫が針を突き刺そうと苦労している。

「モンスター?!」

 ミーチャは教本どおり、足元から酸素剥奪弾を取り出した。ギガランチャーをMOAB(モアブ)モードにセット。推進剤(ゴリック)カプセルを装填。μニュートリノレーダーで精密照準する。

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