バードストライキング
■ ウラジミール・ラヴォーチキン号入管施設
「鳥類学の生態研究にしては物騒ですな。猛獣狩りでもなさるんで? あいにくラヴォーチキン号に密林はありませんが」
出入国管理官は突破刑事の来訪をまるで天災地変であるかのように受け止めた。表情や物腰が物語っている。
突破刑事の格好は何処へ行っても目立ってしまう。構成員はすべて女子だ。ギリギリのミニスカート。ちらりと見え隠れするアンダースコート。むき出しの太ももにガンベルト。インプライザーを追加して最大出力で撃てば、重戦艦すら一発で撃沈できるバズーカ・ギガランチャー。どこからみても歩く武器庫である。
もっとも、彼女たちだって好き好んで露出しているわけではない。突破力の源泉がムッチリ(死語)した太腿に内蔵されているのだ。翼を背負ったメイドサーバントたちと同じく、生体常温対消滅炉が下肢四頭筋にある。その廃熱処理の都合上、このような格好を強いられている。
「猛禽はいないけどカラスが紛れ込んでいるだろう? レアスミス・ゲットーを派手に荒らしてる。三人ほど食われたみたいだねぇ」セラの婉曲表現が男には通じないようだ。「カラスとは何のことで?」と臆面もなく聞き返す。
「あんたもカラスに目玉を突かれたいかい? それとも焼き鳥にしてやろうか?」
苛立ったセラがギガランチャーで威圧し、ミーチャが宣言する。
「突破捜査事案 対浪賊全権……」
「うへ〜〜っ。諒解諒解」
管理官は肥満体に似合わない敏捷さで物陰に姿を隠した。鎮静剤の副作用でタチアナの足取りがおぼつかない。二人で支えながらゲートをぐぐりぬけた。抜け目ない男は嵐が過ぎ去ったことを確認して、内線番号を呼び出した。
「あのお方に伝えてくれ。災厄(セラ)がたったいま入管した。ああ? もちろん報酬は折半だ」
男はインカムを置いたとたんに脳漿を散らした。換気口から硝煙が立ち上っている。スプリンクラーが即応して、税関は水浸しになった。
■クドゥー=マニボヒー・レンタルフライヤー株式会社。
「ったく、昨日は査察機構(ギルド)の徴発、今日は今日で突破事案といい、そろそろウチも表彰されたっていい頃だ」
レンタルフライヤー業者はうんざりした顔で量子キーを取り出した。最高級車を無償提供させられた挙句、廃車の処分までさせられる。
「あたいたち以外にタチの悪い奴が来たのかい?」
気の毒そうにセラが聞くと、業者は不満を爆発させた。
「あんたらはまだいい方だ。ハンターギルドの奴らと来たら、丁重にお引き取り願おうものなら、うちの店を大量破壊兵器認定しやがるんだ」
男はスクラップにされたフライヤーのリストを示した。
「これはひどい。黒焦げじゃん」
ミーチャも同情を禁じ得ない。納品前の機体、それもセレブの特注品を強引に徴発し、原形をとどめないほど破壊するという大量兵器撲滅委員会とはどういうゴロツキ集団なのだろう。
「損害請求はレモネーアに回しておくれ。海王星サラキア署だ」
セラが申請書一式を手渡すと業種は安堵の笑みを見せた。
「フレイアスターのシアに比べりゃ、あんたらは女神様だ」
事業所の捜査協力により「無償貸与」されたフライヤーは真紅の二列ダクテッドファン式だった。四人乗りでオープンなタンデムシートが対になっている。
セラがスカートのポケットから万年筆サイズのカプセルを三本取り出した。さっと一振りして布の束に変える。広げると座布団ほどもある大きな襟付きジャケットと膝丈プリーツが出てきた。ミーチャがミニスカ姿のままひだスカートに脚を通す。
「上空は寒い。重ねておくといいさ」
セラにならってタチアナが見よう見まねでセーラー服を着こむ。ホバーエンジンを起動。まくれあがるスカートを抑えつつ、シートに馬乗りする。【与圧】の突破能力を行使。見えないバリアーが向かい風をさえぎって呼吸を楽にしてくれる。
「ちょっと、タチアナの家はあっちでしょ?」
「急がば回れってね」
セラはブロンド娘を遮って、ナビゲーションシステムを叩く。レアスミス・ゲットーの座標表示を見てミーチャはため息とついた。
駐機場の上空は着陸許可を待つ機体でいっぱいだ。そびえ立つ管制塔がぐにゃりと歪む。窓枠が飴の溶け落ちて、煎餅が割れるようにコンクリートが剥落していく。
「ミーチャ!」
またお前か、と責めるようにセラが睨む。
「てへ☆」
「テヘじゃねえ! この欠食ババア」
先輩がポカポカと殴りつける間にミーチャは操舵パネルに指を滑らせた。
「ちょっと、これはきついわ」
彼女は自動管制タワーを破壊したことに後悔した。フライヤーの航法管制装置は互いに調停しあって管制塔に頼らずとも離着陸できる。だが、処理に時間がかかる。迷路の様に入り組んだ推奨コースを追っていると眩暈がする。セラがプリーツの裾をまくりあげて、コンソールに近づける。
「鴉狩りって何のことです?」
タチアナは憤慨した。二人は彼女の送迎任務を無視して明後日の方向をめざしている。
「レスミスのトラックがゲットーで暴れている。突破刑事が三人轢かれた。とっちめて吐かせよう」
セラはエイプ逮捕につながる、と暗に協力を求めた。
「わたしを送っていく話はどうなるんです?」
納得のいかないタチアナはフライヤーを降りて自分の足で帰るといいだした。
「そうしましょう。お父さんに迎えに来てもらうといいわ」
ミーチャもスカートをめくってスキンケアを起動した。脳裏にラヴォーチキン号のネットワーク図が浮かび上がる。突破権限で乗船名簿にアクセス。タチアナの個人情報を検索する。
だが、彼女の意に反して、該当する人物がいないという回答があった。
「タチアナって密航者なの?」
ミーチャは念のために父親の名前で検索してみた。ゴーゴリ・シャレコフは漁師だ。一族は衛星カリストの熱水鉱床で
「おかしいわ。ゴーゴリの名前がないなんて」
「あたしの権限で検索(ぐぐ)ってみよう」
セラは太腿を露わにしてシャレコフ一家の与信情報から商品購入歴、犯罪歴、あげくは闇金融のブラックリストまで洗いざらい照会した。
どの検索エンジンも一様に該当皆無(ヨンマルヨン)エラーを返す。密航者といえども移民船団で生き延びるためには何らかの個人情報が必要だ。記載されていない人物はセキュリティーシステムに発見され次第、問答無用で船外投棄される。
SF古典にちなんで「冷血方程式」機構と呼ばれている。航空戦艦や量子コルベット艦乗りなど一時的な逗留者であっても、どこかに戸籍を持たなければ人類圏を渡り歩いていけない。航空戦艦(ライブシップ)は彼女自身が船主であるし、コルベット乗りは母港を持っている。
「父は特権者戦士なんです」
タチアナは小声で事情を語り始めた。
「傷痍軍人だったの?」
特権者戦争を戦った勇士の親族を間近でみるのは初めてだ。セラは驚きと尊敬の声をあげた。特権者戦争は人類が初めて異世界存在と闘った紛争だ。冥界から転生勇者が人類にさまざまな智慧を授け、三途の川を渡る揚陸艦を造って攻め込んだ。
冥土の惑星プリリム・モビーレ南半球の地獄大陸は最大の激戦地で、生還できた兵士は少ない。無事に帰国を果たした者も魑魅魍魎や悪魔を死闘を繰り広げて精神を病んでしまった例が少なくない。
心無いひとびとは暗黒面に落ちた彼らを忌避した。差別を恐れた人々は身分や名前を偽って日陰の暮らしを強いられている。
「そうだったの……」
ミーチャは言葉に詰まってしまった。
「本名はサビーナ・アモルファス。父の名はイリジウム・アモルファス。シャレコフ家の名義を借りているんです」
「フムン。面倒を避けるためにいちおう、今後も通名で呼ばせてもらうよ」
セラはタチアナの本名で検索をかけてみた。確かにシャレコフ家の親族として登録されている。
サビーナ・アモルファス。二十一歳。旧南極・白夜大陸のヴォストーク湖基地生まれだ。イリジウムは特権者戦争で男性としては華々しい戦果をあげて、国連安保理から表彰されている。
「そんな偉大な軍人がなぜ、いわれなき差別を?」
セラがいぶかっていると、水晶球が鳴った。
「ヴェンチュラ署のアムウェイだ。いきなりだが突破事案に協力願いたい。海王星首都(サラキア)署の刑事が現場の最寄りを飛んでいると聞いてね」
「いきなり強引な要請ですね。あたいらは休暇でバードウォッチングに来ているんですよ」
どうせレモネーアの差し金だろうと睨んだセラはすっとぼけて見せた。
「どのみちレアスミス・ゲットーで暴れるつもりだったんだろ。ナビゲーションシステムはすべてお見通しだぞ」
男は図星を指した。
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