何度でも申し上げます。魔王とお呼びください

 ■ 魔王トラック無双

 殺戮機械と化したトラックの勢いが止まらない。巻き起る怒号悲鳴阿鼻叫喚を後にしてネオキャンターは驀進する。ビートパラソルをなぎ倒し、オープンカフェのカウンターを踏み越えて、車体はビルの谷間を躍動する。正面には再処理プラントの搬入口がぱっくりと開いている。トラックは二車線分ほどもある幅広いコンベアに着地した。重みで軋んだり撓むこともなく、淡々と塵芥を運んでいく。「閃狂師を発見!」

 警察艇があざとく犯人を見つけ出した。あっという間にラインの両脇にびっしりとホバリングする。

「追い詰めたぞ」

 今度こそは年貢の納め時だとばかりにじりじりと間合いを詰める。警察艇は上空を旋回し始めた。完全に逃げ道を塞がれた。その間にもぐんぐん地獄の入り口が迫ってくる。現在位置から搬入口まで百メートルを切った。前方が明々と燃えている。粉砕機が塵をミクロン単位に切り刻んで可燃物と再資源化可能塵に分別する。運転席に熱気が伝ってくる。警察艇が機銃をこちらへ一斉に向けた。

 発砲まであと数秒もない。どうするか。

「今度はこっちの番よ」

 イオナはシートベルトを外すとウインドーを降ろした。黒髪が腐った風になびく。硫黄臭と甘酸っぱさが入り混じった空気が鼻腔を直撃する。宣教師は涙と鼻水に苛まれながら術式を唱えた。例の蚊がどこからともなく現れた。

 それも一匹、二匹が明りをともすようにポツポツと召喚されるのではない。わっとウンカのごとく飛来した。怪物化した蚊の吸血力は警察艇の防御力を圧倒している。口吻(こうふん)が防弾ガラスなどなかったように貫き、華奢な女刑事たちを失血死させていく。

 トラックの右横に張り付いた警察艇(フライヤー)がガクリと姿勢を崩した。随伴機を巻き添えにして墜落。爆発炎上した。

「やりぃ☆」

 イオナがガッツポーズをきめる。

 血迷った刑事たちはベルトコンベヤーに誘導弾を撃ち込んで稼働停止を目論んだ。ミサイルがモーターを直撃、がくんとベルトが停まる。

「今のうちです、シートベルトをしっかり締めてください」

 魔王は前のめりに弾みをつけて、塵の山に登る。ギアを断崖踏破モードにチェンジ。空缶や残飯をまき散らしつつ急登坂、ホバーを吹かして宙を舞う。

「なっ?!」

 搬入口の脇を固めている警察艇のパイロットが仰け反った。風防(キャノピー)の上にタイヤが載っている。荷重に耐えきれず、ミシリとヒビが入る。おびえる女の耳に魔王の死刑宣告が轟いた。

「上手に轢けるかな?」

 トラックはガラス上でタイヤをドリフト。滑り落ちるようにしてボディを傾けた。くるりとローリングする。

「お嬢様、コンソールの赤いボタンを押してください」

 イオナが運転席を見回すと、緊急キャリブレーションを書かれたボタンがあった。

「こ、これ?」

 ハーネスに逆さづりされた状態で手を伸ばした。ぎりぎり届かない。

 くるりと車体が反転する勢いを利用して背筋をのばし、渾身の力をこめて押す。同時にシュウシュウと車外にスモークが立ち込めた。前後左右から警察艇が押し寄せている。視界不良の中、その動きが鈍った。

 トラックは自由落下に身を任せ、着地。タイヤを鳴らした。コンベヤーが後ろにぶっ飛んでいく。処理装置の陰に回った瞬間、搬入口が噴火した。ロケットエンジンのようにオレンジ色の噴流が警察艇を飲み込んでいく。ネズミ花火のように誘爆が連鎖する。

「何をやったの?」

 イオナが状況を把握できずにいるとトラックが嬉しそうに答えた。

「冷却剤に引火したんしょ」

「あんたってとことん鬼畜ねぇ」

「何度でも申し上げます。魔王とお呼びください」

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