トラック魔王、爆誕

 イオナはれっきとした令嬢(レディ)だ。いくら、極限状態とはいえトラックに露出(ぱんちら)を要求されても「はいそうですか」と快諾はできない。しかし、彼女はみっともない最期を迎えている。一度は死んだ身だ。度胸は据わっている。

 そして、彼女は現世の立ち位置を再認識した。悪役である。ワルならそれらしく演じるまでだ。

「いいわ☆ はい、肌着♪」

 彼女はエプロンドレスの裾を持ち上げてベージュのペチコートを垣間見せた。トラックが不平不満を並べ立てるであろうと想定して、イオナは次善策を準備した。ピンチ脱出の方法はある。先ほどのモンスター蚊だ。不可解な現象であるが、イオナは一種の召喚術を体得したらしい。彼女はドブ板の臭いを思い出しながら蚊の再来を願った。耳障りなハミング音がドップラー効果を連れてくる。警察艇だ。

「突破捜査事案 対浪賊全権優先権、発動!」

 ヒステリックな声が降ってきた。

 奴らは警告なしに対戦車誘導弾を撃ち込む。イオナは運転席のドアを開け放つ。トラックを楯にすれば召喚する時間は稼げるだろう。

「お嬢様! シートベルトをお締めください」

 とうとつに、トラックが叫んだ。

「あなた、いきなりどうしたの?」

「急発進します。しっかりつかまっててください」

 イオナはあわててドアを閉めて、言われるままに座席についた。

「どういうことなの? まさか、あれでよかったの?」

「むっふっふ♡ 結構な物を拝見させていただきました」

 トラックは悪役令嬢の予想に反して十二分に堪能したようだ。こいつ、ペチコートフェチなのか。

 薄暗い駐車場内にスポットライトが射し込む。

「閃狂師、無駄な抵抗はやめろ」

 割れた声が空気をビリビリと震わせている。おとなしく出てこい、と言わないところが突破のトッパたるところだ。

「……死ね!」

 どこか遠くで閃光が瞬いた。続いて、遠雷が響いてくる。容赦ない破壊活動が始まった。

 トラックは意を決したようにサイドブレーキを外した。

「行きます。おっとその前に【自動修復装置】!」

 フロントウインドーが窓枠ごと外れ、車外へ投棄される。そして新しいガラスがせりあがってきた。

「どういう仕様なの?」

 いぶかる暇もなくイオナは背もたれに叩き付けられた。対戦車ミサイルが音速で真正面から迫る。駐車場のフェンスが右へ、左へ、斜め後ろへ、寄せては返す波のように流れる。

 それにしても、このトラックの発奮ぶりはどうだ。まるで水を得たマンモスのようにはしゃいでいる。しなやかなハンドルさばきで円舞(ロンド)を踊る。

「ひぁあああ(><)」

 イオナは見えない手に胸倉をむんずとつかまれ、バンバンと背もたれに叩き付けられる。三半規管が横隔膜を刺激して、こみ上げる圧迫感に食道が焼けそうになる。

「うっぷ」

「クリーニング代払ってくれるんですか?」

 令嬢にあるまじき行為をトラックがたしなめた。天井からエチケットマスクが降りてきた。イオナはたまらず吐き戻す。その間にも、ぐるん、ぐるんと世界が押し流される。

 タイヤが何か柔らかいものに乗り上げた。プチプチと破裂音が断続する。窓の外を破れたセメント袋が飛んでいく。

 車体が弧を描いて急停止すると、ワンテンポ遅れて、泥跳ねのように粉塵がサァッと巻きあがった。もうもうたる世界にぼやけた光源がゆらめいている。


 ドカンと突き上げるような縦揺れが来た。助手席側の窓にスモークが掛かり、ぱあっと蛍光色に輝く。眩しくて直視できない。カラカラとボンネットの上を細かい金属片が転がっていく。


 ペタリ、とフロントガラスに何かが張り付いた。肌色で平べったくて五本に枝分かれしている。断面からどす黒い液体がドクドクと滴っている。

「ひあ……」

 それが何のパーツであるかイオナははっきりと理解できた。

「見てはいけません!」

 トラックはブシュウっと洗浄液を噴射し、ワイパーで「それ」を跳ねのけた。間髪をいれず、車体は大きくドリフト。タイヤを鳴らして急停車する。

「なにをやったの?」

 イオナが口元をタオルで拭っているとトラックが手短に答えた。華麗なハンドルさばきで初弾はどうにか回避した。流れ弾が資材置き場に着弾して、張り込み中の警官を殺したという。

「やりすぎだわ」

 彼女は思わず口走ってしまい自己嫌悪に陥った。人体を寸断せずに殺すやり方が正義だというのか。手段はどうあれ、殺人は殺人だ。この程度のスプラッターにブルッてしまう自分は未熟者だ。


「機銃掃射が来ます。もうひと暴れしますよ」

 トラックはバックヤードの奥に潜んでいる。周囲は分厚いいコンクリートで壁際に梱包材が積み重なっている。アーケードの隙間から警察艇の爆音が聞こえてきた。後ろからもだ。行く手は袋小路だ。完全に追い詰められた。逃げ場はない。

 三メートル先の鉄屋根が火を噴いた。鋼材が燃えながら崩れ落ちる。

「どうするのよ?」

「突破には突破です!」

 ギアをバックに入れ、天井すれすれまでホバリング。後ろから来た警察艇を下に滑り込ませる。乗り上げるようにして車体後部から着地。そのまま坂を下るように後進する。

「うお?!」

 二台目の警察艇は角を曲がったとたんに、トラックと出合頭に遭遇。怯んだ隙に、急加速で逃げられた。警察艇はあわてて機銃を発砲するが、後の祭りだ。

「閃狂師は西出口方面へ逃走中」

 連絡を受けて、わらわらと増援部隊が現れた。

「容疑者を発見。突破処分!」

 トラックの真正面から12ミリ機関砲弾が撃ち込まれる。

 と、停車中のフォークリフトがめざめた。無人のままヘッドライトを点灯、バックレストを高々と差し上げた。横殴りのツメが警察艇のコクピットに突き刺さる。フォークの先でポニーテールの女が明後日の方向を凝視している。首から下はない。銃座が三百六十度まんべんなく残弾をまき散らした。後続機が爆散する。爆散、また爆散。駐車場内を突破刑事の命が明々と照らしだす。


「うっぷ。何をしたの?」

 イオナは両手で口を押えながら尋ねた。

「持つべきものは親友です」

 このトラックは人望をかなぐり捨ててまで、どうして私に協力してくれるのだろうかとイオナは不思議に思った。彼は仕事場を知り尽くしているらしく、警察艇を振り回す。角を曲がり、備品がひしめく場所をすり抜ける度にスクラップが増えていく。



「野郎!」

 逆上した女刑事が切り札を投入した。高価な兵器ゆえに上層部の説得に手間取った。

「経路積分誘導弾(パスインテグラルミサイル)!」

 同僚たちの憎しみを込めて発射ボタンを叩く。ヘッドマウントディスプレイに山脈が隆起しダンジョンを形成する。あみだくじを抽選するようにトラックの予想進路がのたうち回る。それらが一点に収束した。到着点めがけてミサイルがたどるべき放物線が描かれた。

 誘導追尾(ホーミング)ではない。目標がどんな回避行動を取ろうとも、それらを勘案して最短経路を総合的に判断する。


「攻撃が嘘みたいに止んだわ。油断させる気かしら?」

 三方が分厚い壁に囲まれた駐車場の最奥部。トラックと悪役令嬢は息をひそめている。地下水のしたたりだけが静寂に抗う世界。


「いや……。力技ではない何か」

 彼の聴覚は微かな風切り音を聞き漏らさなかった。

「来ます!」

 二速で急発進。コンクリート構造物が爆散。ガラガラと崩れる


 トラックはスタートダッシュで壁に激突。その重量と運動量を破壊力に振り向ける。鉄筋ごと建物の壁を突き崩し、フロアに乱入する。書類が舞い散り、OLが逃げ惑い、事務机を踏みしだいて走る凶器が暴れまわる。

「ちょ、どこを走ってんのよ」

「裏手はゴミ分別場です。金属回収用のレーンが製鉄所まで続いてます」

「まさか、あなた」

「その、まさかです!」

「って、道がないじゃない」

 バルコニーが崩れ落ちて、イオナの視界が晴れた。ふわっと宙に浮く感覚。どこまでも続く下層デッキの青い空。ホログラムで虚飾された偽りの雲が上層界の繁栄を隠ぺいしてくれる。

 フェンダーミラーに色とりどりパラソルが映りこんでいる。車の真下はランチタイムで賑わっている。

「その団欒をぶち壊す!」

 暴走する鉄獣が「再生スカトール合成肉照り焼きAランチ汚泥焙煎珈琲つき税込み七ダラー」を踏み潰した。テーブルに突っ伏したまま若い女性客がボンネットの下に消えていく。

「ちょっちょっちょ、人ごみのど真ん中じゃない!」

 イオナがたしなめると、トラックは平然と答えた。

「上手に轢けたかな?」

「あんたは鬼か!?」

 人を人と思わぬ悪逆ぶりにイオナは悪役令嬢たる立場を棚に上げて罵った。

「鬼畜でもありません。魔王とお呼びください」

 殺人トラック「魔王」はしれっと言い返した。

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