一八金トラックの飼い主を〆(しめ)あげてやる

 ■ 海王星首都警察サラキア署



 世界が理性を失っていく中で艱難突破刑事(シーシー)は必要悪といえる。彼らは面制圧兵器(デブリスイーパー)による足止めを諦めて警察艇を駆った。機体の聴覚が貧民街にただよう流言や憶測を貪欲に吸収して逃走経路をあぶりだした。寄せられている通報や協力者の目撃談に照らし合わせて先回りする。

「逃走中の容疑者はエイプ・バーグラーソン。浪賊。やばいブツを持ってる。信号抑制(シグナルコントロール)よろしく」

 ミーチャが交通規制を依頼する。

「ま〜た突破事案か。二十秒だけだぞ」

 管制官は露骨に嫌な顔をした。

 スムーズに流れていた大通りがたちまち滞り、交差点が人で満杯になる。誰一人としてまともな身なりをしていない。穴の開いた靴を履いていればいいほうだ。産廃業者のホバートラックが鈴なりになる。あぶれた通行人が裏路地を塞いだ。子供が這い出る隙間もない。

 交差点に面した倉庫をミリ波で透かすとエイプの輪郭が浮かび上がる。

「容疑者を追い詰めた。包囲よろ」

 セラが威勢のいい掛け声で増援を要請した。彼女は楽しそうだ。形勢逆転するとテンションがぐんぐんあがる。

 足止めを食らった人々はこちらを指さして非難を浴びせている。

「待ってました! 帰れコール!!」

 ミーチャも性格が悪い。セラは同僚をたしなめ、警察艇の高度を下げた。たちまち包囲網が完成する。

「ミーチャ! 突破、行くよ」

 狭い裏庭ギリギリに雑草を巻上げて強行着陸。ハッチを開けて緊迫した世界に躍り出る。量子アサルトライフルを手に二人は背中合わせで裏口をめざす。

「セラ、後ろ!」

 ブロンド娘がトリガーを引く。

 刺客は明後日の方向から襲ってきた。隣の民家をなぎ倒して大型トレーラーが飛び込んできた。運転席は無人だ。逃亡犯は周到に準備している。量子銃弾がエンジンを撃ち抜き、車体が横転する。十字路が阿鼻叫喚に包まれる。たちまち運転席が火を噴いた。

 二人がとっさに伏せると、くぐもった爆発音が何度も聞こえてきた。

 セラが起き上がり、ミーチャが膝の土を払う。

 ガラスは砕け散り、大破したフロント部分。信号機は根元から曲がっている。

「やられた」

 完全にお手上げだとばかりにセラは肩をすくめ、ペロッと舌を出した。

「テヘペロじゃないわよ。取り逃がしてどうするのよ?!」

 ブロンド娘は同僚のマイペースぶりに腹立たしさを通り越して殺意すらおぼえている。この間にも容疑者は新たな獲物を狙っている。

「フン。猿知恵で墓穴を掘ってりゃ世話ないさ」

 突破刑事セラは百や二百の躓きではびくともしない女だ。口の悪い同僚は厚顔無恥というが、セラに言わせてみればドーパミン不足な連中の寝言だ。


「エイプ・バーグラーソン。タッシーマ星間帝国皇女暴行未遂事件の容疑者を取り逃がしてしまうなんて、どう言い訳するつもりよ! 免職処分じゃすまないわよ!! ど〜すんの。あたしまだ死にたくない〜」


 ミーチャは巻き添えはごめんだとばかりに泣き崩れる。科捜研の調べによると、容疑者は一種のステルス装置を用いて要人に接近した。人類圏の首都であるサラキアにお忍びで親善訪問した皇族を大胆不敵にもレイプしようとしたという。

 警察の威信にかけて検挙できなければ、良くて二国間の外交断絶、下手を打てば全面戦争に突入する。とうぜん、ポカをやらかした二人は重過失外患誘致罪で焼尽刑だ。


「『調査結果』の発表まで半日ある。絶対に検挙(あげ)てやる。ついてきな」


 セラはよほど犯人逮捕に自信があるらしく、ぐずるミーチャのスカートを引っ張って警察艇に押し込めた。


「心当たりはあるの?」

 ミーチャが死の恐怖におびえた目で尋ねる。

「さっきのトラックだ。エイプはナビゲーションシステムに詳しくない。協力者がいる。しかも、かなりいじり倒せるつわものだわ」


 セラは機体を反転させ、さっきの事故現場へ戻った。証拠収集ドローンを射出して車の座席から制御装置(ブラックボックス)を回収する。

「共犯がレイプ犯に協力しようって心境が理解できない。トッ捕まえたら、局所(あそこ)から齧ってやるわ」

 ミーチャは女性の敵に怒りを滾らせることで精神安定を保っているようだ。セラが助手席のコンソールに基盤を載せて解析していると、ボワンと湯気をたてて甘酸っぱいにおいが漂ってきた。

「ミーチャ。ブラックボックスは菓子箱じゃないのよ。勝手に変えないで!」

「だってぇ。わたし、朝ごはんまだ……」

「うるさい! 食いしん坊おんな! とっとと戻さないと蹴るわよ」

 セラがスカートの裾を太ももまでまくり上げると、菓子箱が黒光りした鉄製に姿を変えた。

「わかったから、さっさとエイプを捕まえようよ〜。でなきゃ、わたし死にきれない〜。金星の温暖化パフェもまだ食べてないし、天王星のラジウムチョコ……」

「静かにして!」

 セラはブロンド娘の口にシュガーチューブの束を叩き込む。

 コンソールのマルチディスプレイには大都会の航空写真のように入り組んだ模様が拡大される。その一つ一つが十ペタフロップス級の量子演算素子だ。きょうび、無人自走ホバートラックの自動運転装置は人格をもっており、容易にハッキング出来ない。その構造は集積回路を超越して、もはや大脳辺縁系に酷似している。

「やっぱりコイツ、クスリを決めてる」

 突破刑事は入り組んだ結晶構造に独特の瑕疵を発見した。生身の人間はときおり矛盾した言動をとる。それを相手にしている人工知能も精神的に病んでしまうほど精巧に出来ている。壊れたハードウェアは安定剤(そふと)を欲する。冷却軟件(クールウェア)だ。

「マン・マシン・インターフェースに報酬系が直結している。自己改良したようね。特定パターンの画像を認識すると、報酬系が活性化するみたい」

 セラはトラックの量子構造から想像するだに恐ろしい事実を読み取った。

「それって何? トラックの癖にイっちゃうってこと?」

 ミーチャがストレートに表現すると、セラは汚いものにふたをするかのように装置を証拠品入れにしまい込んだ。

「うん。データベースに肌色の動画がいっぱい溜め込んであるよ」

「で、どうするの?」

「決まってるじゃん。エロトラックの飼い主を〆(しめ)あげてやる」

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