喫茶グレイビーへようこそ series 9

あん彩句

KAC20229 [ 第9回 お題:猫の手を借りた結果 ]


 この店で占うと、全てがうまくいくらしい。店の名前は、喫茶グレイビー。オレの職場だ。

 ボスはあやさん。まだ20代そこそこで、最高に目つきが悪くて横柄で、関わっちゃいけないとすぐにわかる女だ。


 オレの仕事はここ3日、ボスのパシリのみ。店にも出ていないから大丈夫なのかと心配になる。

 でもそんな質問をしようものならどうなるか目に見えている。綾さんは運転ができない。肘を骨折しているからだ。その原因を作ったのはオレ、つまりそんな心配の前にきっちり責任を取れと言われるだけ。


「ハルマキさん、大丈夫ですかね?」


 様子を伺うためにそう聞いてみた。ハルマキさんは占い師で、怖いほどなんでも言い当てる。でもその割に店は暇で、稀に客が来ても大半はハルマキさんが不在。面倒臭そうな客は綾さんが追い返し、揉めようものならオーナーが出る。


 オーナーは太腿みたいな腕のトムさんで、綾さんよりもヤバイのが瞬時にわかる男だ。店が入っているビルの最上階に住んでいる。でも最近は忙しいらしく綾さんも会っていないらしい。



「ハルマキは旅行」


 助手席で足をダッシュボードの上へ投げ出し、折り畳んだ紙を広げながら綾さんが言う。


「どこへ?」


「いちいち聞くかよ、そんなこと」


 聞けよ、そうツッコミたいのは我慢した。なにしろハルマキさんありきの店だ。『珈琲と占い』って看板にも書いてある。


「店閉めてるんですか?」


「黙れ」


 綾さんは小難しい顔で紙とスマホを見比べ、考え込んだ。この3日間はこんな感じだ。

 オレは綾さんが指定した場所へ行き、車で綾さんが戻るまで待つ。待ち時間は様々で、爆睡した時もあれば、忙しなくあちこち行ったり、何時間も運転させられることもあった。


「店は開けてる。代打がいる」


「代打って、ハルマキさんの?」


「ああ」


「あんな人他にもいるんですか?」


「そういるわけねぇだろ、あんな変人。行きゃわかる」


「え、じゃ今日はもう戻るんですか?」


 毎日日付を跨ぐので嬉しくて声が高くなる。綾さんはスマホで何か調べながら頷いた。


町男まちおのとこ行ったらな」


 町男さんは焼き鳥屋をやってる人だ。車で1時間半の場所——マジか、まだ帰んねぇじゃん。



 結局その日は町男さんのところで酔い潰れた。綾さんも飲んだし、っていうか運転できないし、で車で寝た。

 朝飯をファミレスで食べた時にはなんだか拉致られた気分だった。目の前にはブルーの髪の綾さんで、隣には丸坊主でサングラスの町男さんだ。側から見たら金髪のオレも加わって、やべーの来たなって言われたんだろうけど。



 部屋に帰ったのは昼前、オレはビルの1階に住んでいる。住み込みで3食賄い付きという好条件。まだ給料をもらってないし、もらえるかも謎だから好条件と言えるか知らないけど。


 綾さんはトムさんの部屋でシャワーを浴びて店へ行くと言う。オレも急いで店へ行く。店の心配というより、チンタラするなと綾さんにどやされないために。

 なにしろオレの給料を決めるのは綾さんだから、もらうまでは気が抜けない。



 この数日の疲れは、店の扉を開いた途端にどうでもよくなった。


 店の中に見たことがない人数の客がいた。それも全員女の子。今日は何曜日だったかと疑問を持つけど、半分は制服を着ている。

 みんな髪を気にしたり化粧を気にしたりしながら、コーヒーどころか水も出ないテーブルの上に菓子を広げていた。


 奥のいつもハルマキさんが座る場所には男がいた。茶色の髪で、長い前髪を鬱陶しがりもせずに目にかけている。

 バリッとした白いシャツとは反面、ふにゃりと表情を崩して向かい合っている女の子に笑いかけた。大学生くらいだろうか。


「こんなにキレイな手なんだもん、手を見せるようなバイトがいいよ。飲食はどう? 君に接客されたらドキッとしちゃう」


 そう言って手に触れる。周りで見ていた女の子たちの声にならない声が上がり、触れられた女の子は昇天してしまいそうだった。


「がんばってね。それでごめん、もう時間なんだ」


 しゅんとしてそう言った男は、女の子から札を数枚を受け取った。席を立った子は満足気で頬がほのかに赤い。競うように次の女の子が男の前に座る。


「彼氏ができないんです。女の子らしくって、どういうの?」


「君は肌がキレイだね。毎日ちゃんとお手入れしている証拠だ。毎日って大変なことだよ、えらいな。それに髪もすごくキレイだ——撫でてもいい?」


 失神しそうになった。鳥肌が立つ。確かに男はイケメンの部類だ。見つめられれば虜になるのかもしれない。だけどこれは占いではない。まるでアプリゲームだ。


 絶望に包まれた時、カウンターに座っていた女の子が振り返った。綾さんだった。黒髪のストレートのウィッグを着けていてすぐにはわからなかった。死んだ魚みたいな目がオレを突き刺していなかったら見過ごしていた。



「あの人は?」


「ジョーだ。紅茶くれ」


 綾さんはそう言って、首から吊っていたホルダーを無視して両手の人差し指を両耳へ突っ込んだ。何も聞きたくないらしい。

 初めて綾さんと意思疎通できた気がした。オレはカウンターの中へ回って、紅茶を淹れる。茶葉はトムさんが厳選した物だ。濃いめの紅茶を用意した。


 綾さんは、男が女の子を捌き切るまでそこにいた。オレも同じ。男が女の子たちを見送って扉に鍵をかけるまで動けなかった。


「綾ぁ!」


 その男は鍵をかけるなり綾さんの名前を呼び、隣の椅子に腰掛けた。


「早くトムに会わせてよぅ」


 ぷくっと膨れて頬杖をつく。綾さんは半眼だった。


「売上は?」


「まだ半分」


 またもやぷくっと膨れて男が綾さんを見つめる——確かに可愛い。女の子だったらクラッとするかもしれない。でも相手は綾さんだ。綾さんは半眼のまま、膨れた唇を摘んだ。


「遅ぇよ。山蕗やまぶきなら倍は稼いでる。トムと寝たきゃ死ぬ気でやれ」


 そうやってなじられ、ジョーさんは半ベソで帰って行った。山蕗さんが誰かもわからないまま、静まり返った店に綾さんと2人きりだ。

 さすがの綾さんも疲れたらしい。珍しく猫背でため息を吐いた。オレはじっと立って、綾さんが店からいなくなるのを待った。早く帰れ、と念を送るのも忘れない。


あくた


 オレを呼んで顔を上げた綾さんは、いつも通りの悪い目をしていた。その目に貫かれながら、オレは返事をする。


「ハイ」


「明後日までに荷物をまとめろ。もううんざりなら明日中に消えろ。お前の取り分はきっちり払う。明日で消えればお前はシロ、消えなきゃどっぷり犯罪者あたしらの仲間入りだ」


 綾さんは冷たく笑い、立ち上がった。そして、じゃあなと店を出て行く。

 オレは動かなかった。しばらくして、ふと店の中の植物を見て思い出す。


「……水やらなきゃ」



 翌日は店の前に行列ができていた。女の子ばかりだ。廃墟みたいなビルの薄暗い階段にキラキラした女の子の列——なんて不釣り合いなんだ。

 列をかき分けて店の中へ入る。開店まで30分弱。鍵は締まっていたけれど、中にはウィッグ姿の綾さんとジョーさんがいた。


「今日は出なくていい」


 綾さんはオレを見ずにそう言った。


「荷物なんてもうまとまってますよ。っていうか、ここに越してからずっとまとまってます」


 部屋に段ボールがまだあることも、オレがどんなやつかもよく知っている綾さんは、呆れ顔だった。


「ならそんなの捨てちまえ。必要ねぇってことだろ」


 確かに——オレは納得して頷いた。


「捨てるものどうしたらいいですか」


「そのまま置いとけ」


「ハルマキさんとトムさんの部屋は?」


「空っぽ」


 綾さんがそっけない。


「今日の仕事はない、どっか行け」


 冷たく言われてまた店を出る。女の子の列をかき分けて階段を下りたけど、部屋には戻らなかった。その方がいいような気がしたからだ。



 また翌日は、女の子の行列が増えていた。かき分けるのも一苦労だ。店に行くと、やっぱりウィッグ姿の綾さんと、ジョーさんがいた。


「綾ぁ、俺さぁ、約束以上にがんばってるよねぇ?」


 カウンターによりかかる綾さんの腹に絡みつくジョーさん、という場面に遭遇してちょっと引く。だって綾さんに甘えるなんて、ライオンの口に頭を突っ込みようなもんだ。


「もっとがんばったらご褒美やるよ」


 綾さんがジョーさんの目の前に鍵をちらつかせる。


「でもトムが落ちるかはお前次第だからな。山蕗みたいに可愛がられたきゃ、せいぜい頑張れ」


「うん、がんばる!」


 山蕗さんとトムさんの関係は聞きたくないし、ジョーさんの報酬も聞きたくない。ジョーさんはスキップしながらトイレへ行った。解放された綾さんは、うんざりとカウンターの上へ突っ伏した。


「あれしかいなかったんだ、山蕗が捕まんなかった。でも、まあ、なんとかなったからいい」


 綾さんが唸る。


「——芥。お前さ、今ここにいる意味わかってんの?」


 ウィッグの茶髪の隙間から、綾さんの目がオレを見た。オレはその目を見て、頷く。


「年下で女なのは胸糞悪いけど、綾さんについて行くってもう決めてる」


 フンと鼻を鳴らした綾さんの目が、細くなった。細くなって、またいつもに戻る。そして、冷ややかに言われた。


「死ぬほど後悔しろ」


 オレは笑って、それでやっぱりいつも通りに返事をした。


「ハイ」



 オレが就職したのは、喫茶グレイビー。暇すぎて掃除とパシリしか仕事がない『珈琲と占いの店』だ。

 それが数日前から大行列ができる人気店になった。客がひっきりなしにやって来て、『占い』は大評判。


 しかし、唐突にその店がなくなった。『珈琲と占い』とだけ書かれた小さな看板が残っただけ。しばらくは騒然となったらしいけれど、その廃墟みたいなビルの所有者も「そんな店は知らない」と答えたらしい。



 店には裏の顔がある。特定のカモが来ると金を巻き上げる。そして時には子供を誘拐し、それを軸にもっと金を剥がすらしい。オレはただ子供を誘拐する綾さんと一緒にいたことがあるだけで何も知らないし、これからどうなるのかもわからない。

 ただハルマキさんの占いによれば、それで全てうまくいく、らしい。




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