Proud Fox【KAC2022】-⑧

久浩香

Proud Fox

「つまり、あんたは、救国の英雄よりも先に、自分だけのヒーローとナニしたいと思ってるわけね」


 伯爵家の御令嬢の🐰は、茹で上がったタコのようになった真っ赤な顔を顰める。


 まぁ。解らないでもない。

 6年前。救国の英雄こと🐻は、平和主義の名の元に、国内法で“戦争の放棄”を掲げ、戦力不保持の平和ボケしていたこの島国に、突如、牙を剥いてきた、海を挟んだ隣国からの大軍を、かねてからこの危機感チャンスっていたと言わんばかりに、上陸してきた兵達を蹴散らしたばかりか、法に抵触しないように、報復をしかける事はせず、かといって、戦争を放棄していない隣国を含む他の国家からの侵略を防ぐ為、私達には解らないし、見えもしないけれど、国全体をカバーする“自衛マシーン”とかいう何かのスイッチをONにして、武器を搭載した船舶に限らず、密入国者の小舟まで排斥するシステムを、現在進行形で可動させているのだそうな。


 🐻は、その功績により侯爵を叙爵し、権威付けに公爵家の🐱姫を娶ったそうだけれど、それが彼の狡猾なところで、そんな力があるならば、遅くとも、敵に上陸された時点で、そうしてくれれば良いものを、英雄として認識される為に、王都にまで被害が及ぶまで何もせず、頃合いを見計らっていた。


 あたしでも解るくらいだから、🐰パパ達みたいに、あたし達から集めた税金集めて、国を治める賢い貴族達が解らないわけは無いでしょうから、その“自衛マシーン”のスイッチを切られる事を怖がって、何も言えないんだと思うのね。


 まぁ、そんな事、今はどうでもいいから置いといて、🐰パパへ🐻から、🐰を彼のハーレムに入れる要請という命令が下ったんですって。だから、それを🐰パパから聞いた🐰は、それを回避する相談に、こっそり我が家にやって来たってわけ。


 といっても、🐰には言わないけど、わざわざ🐻が🐰をハーレムに入れたいって言ったというのは眉唾ね。


 腐っても救国の英雄。

 妻帯者の上、四十過ぎのおじさんっていったって、褒賞金もたっぷり貰って、その“自衛マシーン”の使用料を、国がずっと払ってるって聞くわ。名誉、地位、財産の三拍子が揃ってる上、未だ、🐱姫はもちろんハーレムの誰かが🐻の子供を産んだなんて話も聞かないし、どちらかといえば、🐰パパが🐰をハーレムに入れたがってるんじゃないかしら。


「そんな風に仰らないで下さいませ。失礼ですが、お姉さまがそういう事をなさるのがお好きだから解らないかもしれませんが、私はただ、私を助けてくださった🐶様の傍に…一緒にいたいだけなんですわ」


 🐻が頃合いを見ている間に、隣国の兵は私達家族の住む屋敷に押し入ろうと、塀を乗り越えて来た時。偶々我が家に居てパニックに陥った、まだ少女の🐰を抱え上げ、階段下の真っ暗な一人用の隠し部屋に押し込んだのは、私の弟の🐶だったと切々と語る🐰。


 好きですって?


 我が家に押し入った兵は、屋敷を荒らし、財宝と共に私を奪った。

 私が彼等の屯所で代わる代わる凌辱されている内に形成は逆転。

 救出された後、両親が虐殺されていた事を聞き、まだ適齢に達していなかった🐶に統治権は無く褫爵ちしゃくされていた。


 とはいっても、惨劇のあった屋敷は🐶が継承して住み続ける事は許されて、あと2年もすれば🐶は適齢に達し、叔母様の夫である🐰パパの口添えがあれば、元の公爵とはいかないまでも、伯爵か子爵ぐらいになら戻れるかもしれないけど…。


 🐰は知らない。

 お母様と叔母様は、仲の良い姉妹だったそうだけど…私は兎も角、🐶の保護さえしてくれはしなかった。

 雨露は凌げても、食べるものも無い屋敷に二人。食べるものを買おうにも、お金も宝石も強奪されてしまっていた。自分だけでなく🐶にも食べさせて育てる為には、私が稼がなければならない。でも、女が縁故や紹介無しでできる仕事など、どこの国でも一つだけ。異国民に傷物にされても、狂う事なく慣れてしまった私だから耐えられたってだけ。


「…結婚した暁には、🐶様との子供を授かる行為を行うのも致し方ありませんが、心と心が結ばれさえすれば…」


「クスッ」

 思わず笑ってしまった。🐰は、6年かけて修正に修正を重ねて、とんでもなく美化された思い出話の腰を折られて不満顔に戻る。ま、彼女にすれば、🐶の姉でなければ、口をきくのも汚らわしい侮蔑の対象なんでしょうね。


「何がおかしいんですの?」


「だって。あんたが🐻のハーレムに入るのは決定事項なんでしょ? あんたのパパがそれに同意しちゃってる以上、🐶との結婚なんて許すわけないじゃない。だったら、思い出に一回チャチャっと」


「やめて下さい! ああ、もう。きっと、🐻様もお姉さまと同じような考えの方なんだわ。愛情なんて言っても解らないんでしょうね。なんて、低俗な…」


「愛だって言うなら、🐶を巻き込まないで。いい。私があんたを屋敷に招き入れたのは、従姉妹だからじゃなく、あんたが伯爵令嬢だから。2年後、もしかしたら🐶は、改めて叙爵されるかもしれないけど、今は平民なの。貴族に逆らったりしたら…」


 ガチャッ! キィ…。

 ノックもなくドアが開く。


 驚いて振り向いたから見えないけれど、🐰の顔は青ざめているのでしょうね。


「ようこそいらっしゃいました。🐭伯爵」


「うむ。…連れ帰れ」


 伯爵の後ろから入ってきた彼の私兵が、🐰を出来得る限り丁重に部屋から連れ出す。「いやっ」と「離して」を繰り返す綺麗な悲鳴は段々と小さくなっていく中、伯爵の従者ヴァレットが、一礼して部屋の外でドアを閉めた。

 その間、伯爵は部屋の隅々や、置いてある粗末な家具をキョロキョロと見回す。🐭伯爵も、この屋敷の中に入ってきたのは6年前以来の事だから、私がこんな部屋で暮らしているのに驚いているのね。最後に、先刻まで🐰が座っていた椅子とテーブルに目を向けた後、窓の傍に立つ私の方へ歩を進めてきた。

 

「世話をかけたな」


「いえ」


 窓の外 ── 玄関アプローチに目をやれば、🐰の抵抗虚しく、停めてある馬車に押し込められていた。

 伯爵は、私の傍に近寄って来て手袋をしたままの手を私の腰に添えてくる。


「礼をせねばなるまい」


「そうですわね。せめてベッドでしたいですもの」


「次からは、そうしよう」


 言いながら、私の唇を奪う伯爵に全てを委ねた。今日はテーブルでだけど、明日には、インテリアデザイナーがここを訪れるのでしょう。お礼だから、幾らになろうと叔母様に文句は言われないわね。


「🐶は、やはり社交界に戻る気はないのかい?」


「え…えぇ。ん…そう、ですわ…ね。あ…あの…子…ぅん…は…、あ、あ、」


 意地悪な指に、ようよう🐶が教会のオルガン奏者の一人として、神に仕える道が拓けそうな事を告げると、

「…そうだね。血統を由来とした復位…叙爵を狙うなら、あなたというウィークポイントを切り捨てなければならない。あなたので生きていた彼に、それは出来ない…か」

 と、弱いところを弄ってきて、もう、何を尋ねられても答えられなくなった。


 🐭伯爵とするのは好き。


 お母様がお父様に嫁いだから、叔母様は、当時、子爵家の三男坊であった、自分よりも年下の伯爵と結婚して婿にとった。だから、伯爵は、家庭内で立場が低く、私達姉弟を引き取る事を叔母様に仰って下さったそうだけど叶わなかった。叔母様は、自分こそ公爵夫人になれると思っていたそうで、お母様をとても憎んでいらしたそう。


 それから2年後。伯爵と再会したのは偶然で、領地から帰って来たばかりの伯爵が帰宅途中、売春宿から帰宅する私を、馬車の窓から見かけて、声をかけてくれた。叔母様にバレないお金を工面してくれて、そうするようになるのに時間はかからなかった。その時から、私は伯爵の愛人だけど、血が繋がっていないとはいえ、姪とそうなるなんて外聞が悪いから、表向き私はまだ娼婦のまま。

あら? 私にとってのヒーローって🐭伯爵になるのかしら?


「🐰が🐻の子供を産めば、アレの産んだ息子が適齢になるのを待たずとも、隠居できるんだが…」


叔母様が社交界のラブアフェアの末、🐰の弟を産んだのは11年前。

6年前の🐶よりも、まだ若い。


「そうね」

なんて言って、そうならない事も解ってる。

きっと、🐻はどの女も抱いてない。

🐱姫を娶ったのも、あれは私と間違えたのね。


🐻と会ったのは、私が12歳の時の一度きり。

お父様の学んだという遠くの教会に連れて行って貰った時に、一緒に学んでいたという🐻は、そのまま教会にいて、私に恋に堕ち、神様に私への愛を誓ったの。

貴族になる功績を得る為の姑息が、お父様友情を死なせ、堕と失くしたなんて皮肉ね。


でも、それで良かったわ。


年が明ければ🐻のハーレムに入る🐰は、きっと、🐶を想いながら、お綺麗な体のまま生涯を終えるでしょう。


ねぇ、🐰。あなたは知らない。

6年前、🐶は、お父様が殺されて、お母様も犯されて殺されるのを、洗面具台の中に隠れていたの。

🐰。あなたを隠し部屋に連れて行ったのは、動けるように男装した私なんだから、あなたのヒーローは私なの。


「愛してるよ。可愛い🦊」


そして、あなたは私のお姫様。


🐭伯爵。🐰の面影のある貴方が好きよ。


🐰。愛してるわ。

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