2 インメツ

「おい! 阿賀川、もう少し静かに行けよ。

 気づかれたらどうすんだよ、危ない奴かもしれないよ? 物音はしたし、一瞬明るくなったし、なんか焦げ臭いし!」

「俺はここの職員だぞ? 危ない奴なら尚更確認しなきゃならねえこれは義務だ」

「あーもう佐倉井くん、なんで夜の校舎で泣き声がする、なんて話出したの? 阿賀川くんに言っちゃだめじゃないのもう……商店街のミーティングだったのに。わざわざ来ちゃってさ、おかげでほんとに何かに巻き込まれそうじゃないのよ!」

「青柳くんもさあ、こういうときの潜入について、なんかないわけ? レクチャーしてよ、仕事柄知ってるでしょ?」


 現地の住人だ。声の様子から五人か。明かりをそれぞれ持っているようで、光もちらついている。


「……いない」


 阿賀川が教室の明かりをつけて全員で見回ったが、誰もいない。


「なんだよこれ?」


 一台の机に異常が。焦げて天板が割れ、ねじれている。椅子まで同じような状態。

 異変はそれ以外見つからなかったが、こんなことは無人で起こるとは考えにくい。


「焦げの匂いがかなりするよな」


 青柳が観察する。


「とすると、こいつをやった奴が、まだ近くに隠れている可能性もなくはないのか」


 放火未遂。

 彼らのこの時点での最悪の想像は、そんなところだった。

 ところが。


「動くな」


 どこからともなく飛んできた声。


「誰だ?」


 思わず阿賀川が声をあげた、その視線の先には。


「……イベント?」


 長身の男。

 ただし、黒の甲冑とマントを身につけている。放火犯か、これが?


「バカ、イベントでこんなの抜くかよ」


 こちらに向けられたものが真剣であることにいち早く気づいた佐倉井が阿賀川を小突く。


「動くな」

「何なんだ、お前は」


 阿賀川が声をあげる。


「俺はここの教員だ。備品の被害は見逃すわけにはいかないぞ」

「それは失礼」


 男は笑って、左手をかざす。


「何っ」


 左手のひらより発された光線が、机と椅子を一瞬にして灰に変えた。


「これで隠滅できるだろう」

「田中の席に、何するんだ!」

「ちょ、阿賀川、」


 阿賀川は担任として止まらない。


「お前にはただの机と椅子だろうがな! 生徒には大事な相棒なんだよ! こんなことして、田中がお前に何かしたのかよ?」

「タナカ……」


 だしぬけに個人名を出され、男は一瞬気を削がれたらしい。田中。誰だよ。


「これは任務中の事故だ」


(うわ、おもわず正直に言っちゃってる)


 物陰でつぶやいた者がいるが、一堂は知らない。


「任務って、なんだよ」

「とあるものを回収に来た」

「小学校にか?」

「……お前がこんなところに逃げ込むからだ、ルルウラ=レイ! どこに隠れた?」


 まだ登場人物がいるらしいことに、五人は緊張した。


「出て、例のものを渡せば、この現地人五人は記憶を消すだけで済ませてやる」


 記憶を消す? あとなに、現地人?

 これまでの挙動と今の言葉で、こちらの文明の人間ではないかもしれない、と五人にも察せられてきた。


「でなければする」


 隠滅って、この机と椅子と同じ扱いを受けるのか?

 どうして? 事情もわからずに?


「伏せて!」


 突然子供の声が降ってきて、辺りが閃光に包まれた。


「……子供相手にわざわざ指令が出るということは、こういうことか」


 月の光と、通りの街灯の明かりがぼんやりとさし込んでいた。

 消し残しのある黒板と、古ぼけた教卓。


 机がひとつだけ、減っていた。

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