【私だけのヒーロー】私だけのヒーローではいてくれない。(市川蓮)

にけ❤️nilce

第1話 私だけのヒーローではいてくれない。

 私だけのヒーローなんだそうだ。


 なんか知らんが困っていたところを助けてもらって、お礼に駄菓子屋、それからデートと自然に付き合いが始まったらしい。

 苺が惚れっぽいのはわかっていたけど、毎日、毎日馬鹿みたいな惚気を聞かされんのは、たまったもんじゃない。


 あーそう、あーそうと気のない返事を繰り返すが、全く止める気配がない。

 いいかげん他をあたれよ。いつもつるんでる女友達はどうした。

 ダラダラ話して最後には、蓮は彼女作る気ないのか。ここだけの話、誰ちゃんがあんたのこと好きみたけど、まだ告白してこない? とか声顰めたりして。

 アホか。何言っちゃってんの。本人にバラすか? 普通。


 昔から抜けてるなとは思っていたが、空気読むセンサーが壊れてるんじゃなかろうか。

 挙げ句の果てに、可愛いしすごくいい子、受け止めてあげなよ、セッティングしてもいいんだよ? とか。

 うっせー、ほっとけバカが。一回、死んでこい。


 何が堪えるって、苺にとって俺はまるきり眼中にないんだってわかること。

 わざと、思い知らせようとしてんじゃねーのって勘繰りたくなるくらい、平然と言う。

 苺がそんな遠回しなことできるほど賢くも、意地悪でもないのは、重々承知はしてるんだが。




「おーい、蓮。やっほー」


 三階の窓から中庭を見下ろすと、能天気に飛び跳ねて苺が手を振っているのが見えた。陽気なツラしてっけど隣の男は剣呑だ。

 今度の男は後輩か。イケメンだな。強引に苺の腕を引いて、独占欲丸出し。ああいう、人前であからさまにベタベタする感性、一切わかんないね。

 俺は反応せず、窓に背を向けた。

 はーっと息を吐きかけたところで、真後ろで今にも呼び止めんとする間合いに立っていた、綺麗な髪を腰まで伸ばした女の子と目が合う。


「わっ。あ、あのっ、市川先輩……いっ、いい天気ですねっ」


 今にも雨が降りそうな曇天だが? 

 ああ、この子が苺が言ってた誰ちゃんか。こちらも二つ後輩だな。

 小学校の時から知ってる、団地の向こうの、まぁ近所といえば近所ってくらいのとこに住んでる子。

 俺はもう一度窓を振り返る。


「まぁ? 何か起こりそうで、面白くはある天気かもな」

「あはっ。そうそう。油断ならなくて、ドラマチックですよっ?」


 彼女は顔を真っ赤にしてはにかんだ。確かに可愛くはある。ちょっと天然な感じが苺に似てるな。


「先輩、わかりますかね。私のこと。小学生の頃から一緒ですよね。私、先輩に話したいことがあって、きたんです」


 おっと、何やらこちらも雲行きが怪しい。どうすればいいか、対処に困る展開になりそうだ。首を傾げて後ずさる。

 しれっと、嘘が口をつく。


「わりぃ、記憶にない。君のこと」


 小中と一学年一クラスのど田舎育ち。高校では人数も増えたしだいぶ顔ぶれが変わりはしたが、所詮は田舎。学校にいるやつくらい大体わかる。

 彼女はあからさまに大きなため息をつく。


「先輩は、息を吐くように嘘つきますね」


 嘘をつく意味まで読み取ってくれると助かる。

 この子も適当な相手見つけて、恋でもしなきゃ退屈なんだろう。可愛いし、せっかく年頃なんだしな。


 とうとう雨が降り出した。バタバタ叩きつけるような大粒のやつだ。中庭で苺が彼氏と、雨だ、雨だと大騒ぎしてるのが聞こえる。


「やべ。俺、傘もってねーわ」

「マジで⁉︎ 大変じゃ〜ん」


 窓の外をチラ見すると苺が天を仰いていた。


「あたしの傘に二人、入れるかなあ」


 バカどもめ。降る気満々の空だっただろうがよ。


「……相田先輩のことが、好きなんですね」

「へっ? なんで。全然」


 彼女の唐突な問いに反射的に即答してしまう。好きじゃない。


「ほ、ん、と、に?」


 彼女は穴が開くかと思うほど、じっと俺の目を見つめた。

 嘘じゃないさ。あんな鈍感なやつなんか嫌い、大嫌いだ。

 なのに、つい目が泳いでしまう。嘘発見器にかけられているみたいで、居心地が悪い。

 彼女はわずかに差す陽に透けた栗色の髪を翻した。


「先輩、そういうとこですよ。撤回しないでくださいね。今の返事、信じてますから」

「なんなんだよ。それってどういう……」


 思わず顔が引きつる。


「教えてあげます。相田先輩はヒーローなんですよ。私の。ううん、私だけのじゃない。きっとみんなの。だから、私は市川先輩を許しません」


 はぁ。何が何だかさっぱりだ。彼女は続ける。


「別れますよ。あの二人。あなたのせいです。気づいてません? 自分のしてること」

「意味がわかんねーよ。君は一体、苺の何? っていうかあの彼氏の方の関係?」

「……独占欲ですか。自分は特別だって思ってるんですね。今だって、中庭見張ってたんでしょ」


 言いがかりにカチンとくる。たまたま外を見てただけだ。苺たちがいるなんて知らなかった。……本当に、そうだっけ。

 俺は、彼氏に呼ばれて教室を後にした苺を目で追った。それとなく廊下に出て階段を降りていくのを見たのを思い出す。


「相田先輩は、困ってる人に当たり前に手を貸す人です。誰かが欲しいといえば、あるだけ差し出しちゃう人です。居て欲しい時に、そばにいてくれる人です。誰にでも」


 そうだ。苺の善意は躊躇ない。バカだから時に配慮が足りない。

 俺に対して好意を持つ人の気持ちを勝手にバラしたりなんかがそう。でもそれは、どうやら見当違いだったようだけど。

 余計なことをしちゃうこともあるけど、裏表のない、いいやつだ。

 中庭では苺の小さな傘が、彼に差し出されている。さっさと校舎に引っ込めばいいのに、バカだな。

 きっとあいつはあちこちで、ヒーローをやってる。知らない間に、愛を振りまいてる。一人だけのヒーローには収まってくれないとしても。


「でも本当は先輩の頭の中、市川先輩のことばっかり。相田先輩の気持ち、気づいてるくせに、どうして無視してんですか? ……臆病者」


 彼女は俺を睨みつけて立ち去った。

 中庭を見ている間、途切れることなく湧いていた悪態が、ぴたりとやんだ。

 頭の中が静かだ。


 臆病者。臆病者? 俺が?


 俺は誰もいなくなった中庭を見下ろした。

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