ヒーローはもういない

杜侍音

ヒーローはもういない


 ──夢を見ていた


 数えるほどしかない幼い記憶にあるのは、テレビの中で活躍するヒーローたちの姿だった。孤高の仮面戦士や五色一組で戦う戦隊、大きくなって戦う制限時間付きの戦士もいれば、着たこともない鮮やかで可愛いドレスを身に纏った魔法少女もいた。


 ……羨ましいなぁ。

 怪人に襲われている人たちの元にはこうしたヒーローが必ず駆けつけてくれる。

 そして、顔が可愛いヒロインが言うんだ。


『助けてくれてありがとう!』


 ……ヒーローはやって来てくれない。

 私も言ってみたいのに。ヒーローに救われたいのに。

 この世界から助けて欲しいのに、いつまで経っても目の前に現れてくれない。

 涙が落ちる音を聴いて、ヒーローは駆けつけてくれないの?

 あ、だから来ないのかな。私はもう泣き方を忘れちゃってた。

 それに私は可愛くないから。「ブサイク」「気持ち悪い」と罵られながら殴られて、もっともっと醜くなっていく。

 もう私はヒーローに助けてくれるようなヒロインにはなれない、そう諦めたところで


 ──ヒーローはやっと来てくれたんだ。



「どうして、私のことを助けてくれたの?」

「き、君はいつも一人だったから……」


 私だけのヒーローは照れながらそう言った。

 学校に行けばイジメという暴力を受けて、家に帰れば虐待という暴力を受けた。

 生まれてから17年。周りに怪人しかいない闇の世界。力で人を支配する根本的な悪だけが蔓延り、私を蝕んできた。

 誰も私を救ってくれない。何が起きても皆見て見ぬふりをする。たとえ取り上げられたとしても、すぐに最初からなかったことのように忘れ去られてしまうんだろう。


 そんな世界から引っ張り出してくれたヒーローは、テレビで見るような顔立ちが整った若い俳優とは違い、無精髭の体がだらしないオジサンになりかけの人だった。

 まぁいいか。ヒーローに見た目は関係ないもんね。

 彼が暮らす秘密基地で保護された私。久々のまともな食事、人肌みたいな温かいお風呂と柔らかい毛布。

 あぁ、本当にヒーローがやってきたんだ──嬉しい。


「ありがとう、あっ……! ありがとっ……‼︎」


 お礼に私は、ヒーローに身も心も捧げた。

 怪人によって付けられた痣が身体中あちこちに刻まれていても、彼は私を愛してくれた。

 一つになれる、ヒーローと私は繋がることができた……これで私も、やっと光の世界の住民になれるんだ……!


 しかし、幸せな時間はそう長くは続かなかった。

 秘密基地に悪の組織がやってきたのだ。私を奪い返そうと派遣された、全身を青色で覆われた怪人の犬たち。


「君には未成年者略取の疑いがかけられている。が、火を見るよりも明らかなようだね。署に同行してもらう」


 抗うヒーロー。

 負けないで! って心の中で応援するものの呆気なく犬に捕まってしまった。

 あれ、ヒーローって怪人の部下に負けるほど弱かったけ? もしかして覚醒の前触れかなぁ?

「大丈夫?」と一匹の犬が私の元に近寄る。

 あ、だめ……このままじゃ、また私は闇の世界に連れて行かれてしまう。

 せっかくヒーローが私を救い出してくれたのに、そのヒーローのことは誰が助けてくれるの?


 ──私だ。私しかいない。


 台所にあった正義の包丁を手にし、すぐさま偽りの優しさで近付いた犬の首を切った。

 もう一匹の犬が動揺している間に腹を刺す。

 床に倒れて呻く犬。起き上がって来ないように犬に跨って、何度も何度も何度も何度も刺して刺して刺して刺して……ようやく動かなくなった悪役を確認して私は立ち上がった。


「私だけのヒーロー、もう大丈夫だからね」


 私はヒーローのヒーローになれたのだ。

 こんなにも嬉しいことはない。私もまた、ヒーローになれたんだって、そう思うと幸せで幸せで身体中が濡れてしまいそうだ。

 震えるヒーローに手を差し伸べて、それから


「く、来るなぁ! き、君が、そんな子だとは思わなかったんだ! この人殺し! バケモノ! こっち来るなぁ‼︎」


 ──あれ、ヒーローはどこ行ったの?

 ……ヒーローはもういない。不安だよ……とりあえず喚き散らす一般市民の息の根を止めた。

 これから、私はどうしたらいいの?


 大丈夫。

 また現れるよ。

 いつかまた、真のヒーローが私を助けに来ることを信じていれば……。














 あ、待って。

 私の身体はもう汚れているから、このままだとヒロインになれないじゃん。

 悪を倒した時に付いた赤い返り血。怪人に付けられた黒い痕。そして、知らない市民から体内に流し込まれた白い液。

 醜い部分、全部落とさなきゃ。

 私だけのヒーローが来てくれない。



   ◇ ◇ ◇



「──続いてのニュースです。昨日夕方、アパートの一室で警察官二人を含めた男女四人の遺体が発見されました。未成年者略取罪の疑いをかけられていた男の住居に向かった警察官と連絡が取れなくなったことを不審に思った警察が再度向かったところ、発見したとのことです。四人全員が包丁で切られたことによる失血死と見られ、行方不明であった女子高校生の手に包丁が握られていたことから、錯乱した中で三人を殺害し、その後自害したのではないかとのことです。依然として不明な点も多く、警察が詳しい状況を調べていく方針です」

「うーん。居た堪れない事件でしたね。素早い真相究明が求められます。さて! 次は可愛いペット特集! 今回ご紹介するのはこちらの豆柴です!」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ヒーローはもういない 杜侍音 @nekousagi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ