私だけのヒーロー

つばきとよたろう

第1話

 顔も名前も知っているのに、幼馴染みという奴は年齢が上がっていくうちに、クラスも分かれてしまって、いつの間にか疎遠になってしまう。


 たまに顔を合わせれば、あっと口を開き掛けて、何でもないその次の言葉が出てこない。別に話したいことある訳ではない。小さい頃はよく遊んでくれた。砂遊びやブランコ、鬼ごっこに、隠れん坊、楽しいことはいつも智樹に教わった。それが当たり前のように思えた。意地悪な男の子たちにいじめられそうになった時でも、鼻血を流しながら助けてくれた。大丈夫だったか。にかっと笑って白い歯を見せてくれた。


 智樹がいじめの標的になっていると噂を聞いたのは、高校に上がって憂鬱な梅雨を迎えた時だった。その頃には智樹の性格もすっかり変わってしまって、あれほど活発で、勇気と元気に溢れ、輝いていた智樹が、アスファルトに落ちた黒い影みたいに、大人しくなっていた。もうあの頃みたいに、眩しい笑顔を見ることはできなかった。


 私は覚えている。いつもピンチの時は、どこからともなく現れて助けてくれたことを。智樹は野良犬と私の前に立ちはだかった。


「うー、わんわん、わんわんわん、わんわんわん!」

(何だよこいつ。俺たちとやるというのか。弱虫な癖に、足震えているぞ)


 私はちょっと近道して、林の中を横切った。そこらを縄張りにしている質の悪い野良犬たちが、見張っているとは気づかずに。


「わんわわわん、わんわんわんわんわん」

(ここが俺たちの縄張りと知って入ってきたのか)

「ごめんなさい。怒らないで。私はただここを通り抜けるだけだから見逃してね」

 言葉の通じない相手だった。尚も野良犬は威嚇するように吠え立て、襲い掛かろうとした。


「危ない!」

「夏美、今のうちに逃げるんだ!」

 その時もそうだった。木の枝を手に、智樹は現れた。獰猛な野良犬を追い払おうと、必死に木の枝を振り回している。智樹は野良犬が怯んだ隙に、私の手を握って逃げ出した。


 放課後を知らせるチャイムが鳴った。

「夏美、何書いているの?」

 同級生の華子が、私のノートを覗き込んだ。

「何、これ小説?」

「ちょっと見ないでよ」

 私は誰にも知られずに、授業中こっそり小説を書いていたのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

私だけのヒーロー つばきとよたろう @tubaki10

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ