15、父の告白

どこから話そうか。そうだ。オレと母さんの出会いだ。オレ達はこの店で知り合ったんだ。元々は母さんが一人でよく来ていた店でな。カフェオレを飲みながら静かに本を読んでた。昔から色白で華奢で繊細そうな女だった。


あれは確か六月の雨の降る日だったか。オレは当時、道路工事の仕事をしていてこの近くの現場にいたんだが、急に雨が降ってきてな。外仕事だったから雨宿りをしようとこの店に駆け込んだ。そしたら母さんが一人で静かに本を読んでたんだ。オレは雨でずぶ濡れになっちまって。すぐ近くの席に座っていた母さんが、持っていたタオルをオレに差し出した。それも何も言わずにだ。その瞬間、オレの身体にまるで雷に打たれたような衝撃が走った。母さんが女神に見えたよ。オレはそれから頻繁にこの店に来るようになった。そして、恐縮する母さんを口説き落として結婚し、やがてお前が生まれた。


もう覚えてないかもしれんが、お前が12才になるまでここで毎年お前の誕生日を祝ってたんだぞ。あれは確かお前が五才になった日のことだったな。オレはお前にこんな事を言ったんだ。


『父さんは自分の決めた道を貫くが、それは時に厳しい道に迷い込むこともあると思う。それにお前と母さんを巻き込むかもしれない。苦労させるかもしれない。それでも忘れないで欲しい。父さんはこの先もずっとお前と母さんを愛してるということを』


その言葉通り、オレは自分がやりたいことを思う存分楽しんだ。だが、それにお前と母さんを巻き込んで振り回してしまったことは申し訳ないと思ってる。お前の学費貯金に手を付け、お前に殴られた時は本当に腹が立ったし、何で自分が殴られたのか理解できなかった。が、お前と一切口を聞かなくなってからオレは自分がした事の罪深さを少しづつ理解するようになった。オレは酷い親父だったと。もっと違う方法を考えてやれなかったのかと。だが、冷え切ったお前との関係をもうどうすることもできなかった。


そんなことをしている内にオレは死んでしまった。オレは思った。どうしてもっとお前に素直に接してやれなかったのか。腹を割って話せなかったのか。死んでから気づいてももう遅いじゃないかと。母さんが病気になったのもオレがこんな父親、夫だからだと気づいた。散々振り回しておきながら最後は母さんを置き去りにした。悔しくて自分に腹が立った。そんな風にくよくよといつまでも悩んでいる内に二年も経ってしまった。


だからオレは成仏できずにずっとこの世を彷徨っていたんだ。ある日、オレはふと自分の愛車にカーナビがあることを思い出した。もしかしたら使えるかもしれない。オレはカーナビの中に入り込んでみた。普通に起動した。だからオレはお前が20才を迎える誕生日の今日、わざとお前の愛車を故障させ、オレの愛車に乗るよう仕向けたのさ。オレとお前が和解すればきっとお前は変われる、前へ進める。そうすれば母さんはもしかしたら元気になるかもしれない。だから、お前と和解することは母さんの為でもあるんだ。


ああ、それから愉くんのことだ。いや、あれは偶然だ。確かにお前が公園に行くよう仕向けたのはオレだが……。お前との思い出の場所を順番に巡って湧き水公園に辿り着いた時、愉くんはもう既にいた。成長しているから最初は気が付かなかったが、何日間か通っている内にいつも見かける奴がいると不思議に思ってずっとそいつを追ってたんだが暫くして思い出したんだ。それがあの愉くんだってことをな。


愉くんはいつも誰かを待っているようだった。俺はすぐに気付いた。早くお前に教えてやらないといけないと……そうだ。愉くんはオレの指示でお前を待っていたんじゃない。自分の意志で待ってたんだ。それも一年間も。それだけ愉くんはお前のことを信頼してくれてるということだ。愉くんと直接話をしたお前なら、その事はもう分かってるよな?


昴、さっきも言ったがオレは本当に酷い親父だったと思う。すまなかった。だが、お前と母さんと過ごした日々は楽しかった。だから、その楽しかった日々をお前にもう一度思い出して欲しいと、オレは今日一日お前達を連れ回した。信じてもらえないかもしれないが、オレは心の底からお前と母さんのことを愛してる。お前は勘弁してくれと思うかもしれんが、オレは生まれ変わってもまたお前と親子になりたいと思ってる。

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