第53話 子供しか居ない家

 『いつものことだけど、凄い効能ね』


『…それで済ましちゃっていいのかな』


『帰ってきて聞いた時は俺も驚いたぜ。俺が居ない間に、まさかそんな病気になっていたとは』


 たしかおとーさんは朝早くに『追い込み』とかいうのに出発したから、私の病気は夕方に帰って来るまで知らなかったらしい。私の方も、その時はそんなのを気にする余裕は無かったから、両親の仕事とかは全部後から聞いた話。


『でもメルおばさんのおかげで、もう熱も無いよ』


『そうね。今日までに処置してくれて…お母さんも安心して明日、出発できるわ』


『1週間…』


『大丈夫よ。何かあったら、フィーネお姉ちゃんに面倒見てもらいなさい』


『そうだね…わたしも別に平気だから、遠慮しないで言ってよ?』


 どんな顔をしていたのか知らないけど、おかーさんは何かをすぐに察知したみたいで、そう言って私を自分の方へ抱き寄せる。おねーちゃんも良いって言ってくれて…おかげでちょっと緊張みたいなものが和らいだ気がした。

…それはそれとして、おかーさんに寄り掛かるこの姿勢…やわかくてまだぐったりしてる体に心地いい…。唯一の欠点は、体重が偏ってお尻が痛くなりそうなことかな。木製の長椅子が悪さしてる…


『俺も今週いっぱいは、昼間に面倒みれないからな…その間、何にしても無理はするんじゃないぞ。体力は一晩足らずじゃ戻らないからな』

 お母さんの身体に埋まりながら小さく頷く


『わたしが監視しとくから。フラネにも様子を見に来てもらえるし』


…監視…


『…もうヘイキだよ』


『監視は必要。言われたよね?絶対安静』


 もしかして私がまた逃げ出すとでも思っているのか…逃がしてくれないんだって。


『(…むぅ)』


 だって…元気になったのに強制的に家の中だなんて退屈…外で遊ぶかでもしてたいなぁ…


『あ、そういえば、今度からフラネと一緒に薬草採取に行くことになったよ』


『ん?ああ、そうだって聞いたな』


『メルバさんから聞いたわよ、調合について皆で仲良く学びにくることになったんだって』


 おねーちゃんはそれを小さく肯定して、色々詳細とかを続けて話している。

 ちなみに私はというと、まだ体がだるくて…さっきから会話を聞いているだけで、喋ろうにも休み休みの状態。でもそんな私をおかーさんが物理的に支えてくれてるからとても有難い


『うん、…もしかすると将来にも役立つかなって』


『きっと役立ってくれるわ。フィーネは、将来は薬師になりたいの?』


『あ、いやあ…まだそこまでは…』


『あらそうなの?じゃあ、ナギサはどう?ただ興味があるだけかしら』


『…?』


『あらごめんなさい、寝てたかしら?』


『あ…ううん…』


 しばらく発言も無かったから、油断して少しうとうとしてはいた。

 喋るにはちょっと姿勢がきついからおかーさんの腕の中で座り直して、閉じかけてた瞼をこすりながら答えた


『えっと、私は薬師の勉強がしたいと思ってる』


『…ハンターは冗談か』


 何か聞こえた。


『へぇ?お姉ちゃんよりも…もしかして実はナギサの提案だったりするのかしら』


『ほー、もうそんなことを考えていたとはな。まあ薬師というのも悪くないんじゃないか?』


 それは…どうだったっけ?とにかく、そんなことを言ってくれていたと思うんだけど、話している間も何だかずっと眠くて…記憶も途切れ途切れだし、両親の言葉にちゃんと応えられたかはちょっと憶えてない。


『でも、まだ焦ることもないのよ?』


『んんー…でも今の内に色々知っときたい』


 とか言ってみたものの、その時の皆は、あまり本気では考えて無さそうっていう反応だった。だけどあまり気にはしない…どうせ勝手に進めるのだし。


『薬かぁ…ちょっとありきたりかなぁ』


 おねーちゃんだけ意味分かんない独り言を呟いているけれど。どちらにせよ私ほど真剣には検討してないだろう。…私も薬師になるという意味の発言じゃないから、その点ではおねーちゃんのこと言えないかも…

 この辺で何だかキツイと思って、気付いたら体がずり落ちて無理な姿勢になってたから、元のようにおかーさんに寄り掛かった。…楽チン…お母さんも軽く腕で支えてくれた


『だけどもしそうしたいなら、お母さんは応援するわ』


『そうだな。なにより収入源になるし、学んどいて損は無いだろう。…ああそうだ…採集といえば一つ懸念というか、思い出したんだが』


 そこまで話した後…何やらおとーさんが表情を改めて、話題を転換した。でも深刻そうという雰囲気はない。むしろちょっと困ったような顔をするから、『あれ、どうしたんだろう』くらいに思っていた。


『?何かあったかしら』


『護衛だよ。護衛の方はどうする?』


『護衛?…ああ、ザラン君?』


『うっ』


『?』


 これ、前にも似たような流れあった気がするな。なんでいつも、ザランっていう人の話で挙動不審なるの。幼馴染じゃないの?

 それとその護衛の話題は、私も思い出すのに少しかかった。最近と言えば最近だけど、もう遠い過去のような感じ…出会いの場面だったかな…。


 思えば、当の『ザラン』って人にも今の今まで会ったことが無い。小さな村なのに行動範囲が違うのか、…村が狭すぎるから違う気がする。とすると時間とかかなぁ、とにかく今まで偶然出会って挨拶みたいなことは無かった。私からしたら未だに謎の人物である

 一体、どんな人なんだろう…


『フラネちゃんも付いていくことだしヘイキなんじゃないかしら。魔物も前の話よ?』


『そこまでの時間は経ってないぞ…フラネールだって戦う力は無いだろう。それにゴブリンどもに限らず、ビッグラットの件だってあっただろう』


『…ああ!そういえばそうね』

 おかーさん、さっきから重要な事あんま覚えてないかも…


『やっぱり保険はあった方がいいんじゃないか…』


『いいえ、心配しすぎよ』


『そうか…?』


『それに心配なら、あまり遠くに行かせなければいいじゃない。そうしたら何かあっても逃げて来れるでしょう?』


『う、うむ…そうか…』


 おとーさんが押されている。私としては、実際前に目で見た限り私たちに対処できない相手はいなかったから、来まいが問題無さそうだけれど


『だがまあ、一度本人の意思も聞いといた方がいいだろう』


『え、ザランは来ないってことになるんじゃないの?』


 おねーちゃんの頭の中ではいつの間にかそうなってたんだ。


『あいつがそう答えたらそうするし、自分も行きたいなんて言ったりしたら、考え直さなければいけないだろう』


『その時は一緒に連れて行ってくれないかしら?』


『…えぇ……』


『あの子、いつも一人で行動してるからどこか寂しそうで、村の大人としても心配なのよ…』


『………(あいつに限ってそんなことある…?でもあいつのことだ、多分ただの薬草採取なんかに興味を示すはずがない…うう~ん…果たして万が一が有り得るのか?頼むからわたしたちだけで行かせてくれ~…!)』

 場の空気に押されてる気がする…


『私はどっちでもいいよ』


『ちょっと…うう~ん…』


 おねーちゃん、本当に何を考えてるんだろう。でも会話してて表情がどこか苦しげなの…どうも私が思ってるより、そのザランって人が苦手っぽい


『どっちにしても、今度聞いて返答次第だがな』


 ところで…さっきからおかーさんと、特におとーさんは、手を動かして武器の手入れなんかをしながら…変わらず澄ました感じで会話してるせいで、俯瞰してみると今おねーちゃんとの温度差が凄い。

 おかげで何だか不思議な空気感…まあ割といつもの事だから、流石に私も慣れてきて普通に会話できるようになった。こういう時、これまでもおかーさんたちはその様子を無視しがちだったし…そろそろ私も、いちいち不思議に思うほどのことでもないのかな…って考えに染まって来てる。

 実際、この後わりかしどうでもいいこと言ってくる。


『…あ、あれ?フォーク…』


『フォーク?』

 当然ながら、おかーさんたちは不思議そうな顔で訊く。にしてもまた…しょうがないなぁ…


『え?だって…』


『おねーちゃん』


『どうした?』


 こっちが聞きたいよ。まあ粗方そんなもんだと、検討は付いてるけどさ


『時間遡行』


『…ああ』


 伝わった。……ね、どうでもいい


 食事中だと勘違いしたらしい。30分前にはお母さんが片付けをしてたのに


『また考え事か?』


『もうーフィーネったら、時々おかしな子ね。お母さんの横座る?…はいっ』


『わっ…』

 一瞬の浮遊感がしたら、おねーちゃんの分のスペースを空けるために持ち上げられて膝の上に乗せられた。

 でも、包容力が増した感じがこれはこれでまたいっそう…


『ここ?』


『そうよー』


 反対に居たおねーちゃんが席を立って私たちの隣にちょこんと座ると、それをおかーさんがまた近くまで、左手で抱き寄せる。そんなわけでおかーさん周りの人口密度が急増中。

 こんなコアラみたいな私たちを見て、作業中のおとーさんも思わず手を止めて微笑えんでいる。


『フッ、相変わらずだな』


『子供っていうのは、思いっきり可愛がらないとね』


 その言葉通り、私たちを本当に子どもをあやすみたいな…ちょっと困っちゃうんだけど…ふわぁ…………。


…はっ。寝てた、んあぁ……これ…やばぃ…………………





…そんな夕飯後の静かな時間を経て、今朝はおかーさんのベッドの上で目覚めたのだった。


 聞いた話によると、子供部屋のベッドとシーツは乾いていたらしいけど、敷き直す時間が無かったから…その時のおかーさんは、腕の中で眠ってしまっていた私と、その横で舟をこいでいたおねーちゃんを先に自分達のベッドに寝かせることにしたみたい。それでその後、体調の変化にすぐ気付けるようにと私を抱っこして寝たんだって。全部朝食時に聞いた話だ。

 その間おねーちゃんは隣のおとーさん用ベッドに居たけど、それは流石に3人は手狭だったのと、本人が拒否したからだそう。おかーさん少し寂しそうな顔してた…あ、おとーさんは子供部屋に押し込まれたらしい。ベッドメイクもセルフ


…それで…えー昨日は、私を包み込むあまりのぬくさに、突如襲いかかった睡魔へ抵抗する間も無く落ちてしまったということで…。

 私の方の体はあらかた平気。その後の微熱も夜までには治まって、朝には完全に元通り…ではない。まだ少し、ほんの少しだけ倦怠感というか体力の低下を感じる。だけどまあ、このくらいは大して問題じゃないから良いでしょうと

 そんなのっそりとした私とは反対に、今朝のうちの家族は忙しなく動き回っていた。朝はいつもより少し遅い時間くらいに起こされたので少し多めに眠れたのだけど、その実おかーさんたちはいつもよりずっと早く起きて、普段の支度に加えて今日持っていく道具の点検などしていた。そうして準備されたバックパックは玄関近くに置いてあって、何となく出発前の気が逸るような雰囲気を醸し出している。


 とはいっても、実際のところうちの様子は普段とさほど変わりは無く、特に私たち子供は特別何ということは無かった。

…あ、でも朝食が多めだった…ちょっと、病み上がりには流石に辛い量だったので、やむを得ずおねーちゃんに手伝ってもらうことで何とか残さず完食できた。そう言えば、この増量朝食は2回目だけど…通常時でも私のお腹にはそんな入んないから、次あったらどうにか普通の量にしてもらえないかなぁ…


 でも朝食のパンと野菜スープの味は美味しかったよ。パンは自家製で少々硬いけど塩味と、ハーブのようなほのかな香りが効いてた。スープの方はキノコが入ってたけど、大分細かく刻んであったせいでよく見ないと分からなかった。だからおねーちゃんは気付いていなかった。そこでおねーちゃんがキノコ嫌いなのを思い出して…何も言わなかった。

…ね?こんな食料が限られてる村で好き嫌いなんて…本当なら言ってられないよね?それに普通に気にする様子もなく食べてるもんだから、気付いてないなら言わない方が良いんじゃないかな。おかーさんの表情も嬉しそうだから、尚更だ。

 無知ってちょっぴりお得?なんちゃって…


「ナギサ?もう熱は平気かしら?そろそろ出発しちゃうわよ」


「…え?あ、うん。別に平気だよ?」


「そう…?ぼっとしていたように見えたから…」

 してたけど、気にしないで


 何だかまた心配させちゃったようだったけれど、朝起きてから既に3回以上繰り返されたやり取りだったから、そこ指摘してもっかい大丈夫だって伝えれば、おかーさんもすぐに引き下がった。

 え、3回も何を考えてたか?さあ………ぼーっとしてたんじゃない?

 ていうかそうそう、あんま無関係なこと考えてる場合でもないんだった。


 今日はおかーさんたちの王都遠征出発の日。今回は定期的なものじゃなくて、主に村長さんの持病の薬に使う薬草を買いに行くって聞いたのだけど、それがたまたまおとーさんの追い込みの時期が重なっちゃったから日中家に大人が居ない。

 だからその間…特に畑作業とか、普段の家業の一部を私たちが暫く代わりにやらないといけないんだって。おかーさんたちの仕事は代わりが出来ないらしいから、確定事項…。


 改めて、一週間…おかーさんもおとーさんも無しでどうなっちゃうんだろうか…。

 まあおとーさんは夕方には帰ってきてくれるし、おねーちゃんにとってはこれまでやってたのと同じ事だろうし…多分うちの畑とかも回せるようになってるはず。…と信じてる。


「それじゃあ…俺も仕事に行くからな」


「いってらっしゃーい」


 幸いというか、おねーちゃんはこの状況について全く大事には捉えてない様子。その余裕が今は何だかちょっと安心感…


 ちなみに、おとーさんは昨日に引き続き追い込みという魔物駆除の仕事で、今日は快晴でそこまで出発を急ぐ必要が無いので、丁度これから他の仲間と集合だって。

 ただ一概に駆除と言っても、まずは周辺の魔物の分布なんかを把握しておくのが先で、そこから駆除の必要性を検討するそうなので、昨日含めたこの2日間とあと1日くらいは調査で帰りが比較的遅くなるだろうというのが多少の心配要素。


「フィーネ。大変だと思うけど、ナギサの面倒もお願いね。お昼ご飯も自分たちで出来るわね?夜はお父さんが帰ってきてくれるから…」


「はいはい…大丈夫だよ、…ゆうてもう元気そうだし、何とかなるじゃないかな」


 ちらっと向けられた目線に気付いたのと、おかーさんの不安を取り除くためにももう一押し言っとこうと思った。


「うん、もう平気」


「まあ安心して任せて」


 おねーちゃんの言葉もあり、おかーさんも流石にさっきよりほんの少し気を緩めてくれたらしくて何よりというのと、私はおねーちゃんに頼り切りになっちゃったら悪いなぁ…と、少し気を引き締める思いがある。


「頼もしいな。さ…そろそろ時間だろ?」


「そうね…それじゃあ1週間、頼んだわね」


「了ー解…あ、フラネ」


「…あら?おはようフラネールちゃん、何か用かしら」


「ん」


 おねーちゃんの声で初めて気付いたら、近くの物陰からずっと様子を窺っていたみたいに立ってるから、見つけた瞬間ちょっとびっくりした…。


「おはよ…どしたのそんな所で」


「…おはよう…」


 質問それには特にお構いなく、いつもの控えめな調子で挨拶をこちらに返してくれるフラネはというと…今日から昼間うちに両親が居なくなることを聞いて、こんな朝から様子を見にわざわざ来てくれたらしい。優しい…


 その場は時間の都合もあるので別れの挨拶もそこそこに、各自仕事に向かった。

 おかーさんはメンバーと合流のため足早に村長宅へ向かった後、おとーさんも同じく集合のために西へ向かうらしい


「夕方まで無事でな」


「うん、お父さんもね。いってらっしゃい」


「いってらっしゃい」



 そうして両親を見送っていざ取り残されると早くも寂寥感が込みあがったけれど、反対に家を守らなければいけないという責任感も一層強く感じられた。

 守るといっても、魔物が襲ってくるなんて訳ではないけどね…いやむしろ、ぶん殴ればいい魔物退治より、全く経験が無い家事の方が難題でないことを祈りたいかもしれない…。

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