第52話 すげーヤク…薬

 調合の最初。ゲンノ草を道具で軽くすり潰し、何かの薬品に浸けてエキスを抽出した。ところで液体を入れてる容器…この世界にももうフラスコってあるんだな。


「ガラス製は貴重だったから、探すのに苦労したよ…」


 大分前に買ったメルばあでさえ手持ち唯一の品だそうで…当時の値段を聞いて後悔した。今は、もう少し安くなってるといいな…将来わたしが使いたくなった時のために。


 そんなこんなしてる内に抽出が完了し、緑色の液体から中の葉っぱは取り出す。ここまでの工程で出来たもの見ると、まだあまり薬という風な感じがしないなぁ…と思っていると、今度は…何やら理科でやった実験の蒸発皿、あれらしきものと…今やほとんど見なくなった気がする、アルコールランプのようなものに加えて更にその他金網など、加熱用の機器を小さいサイドテーブルの上に準備してマッチで火を付けた。


「触らないでおくれよ。火事になるといけないから」


 釘を刺されずとも火器の危険性は当然理解している。これは前世じゃなくて、最低限野営の知識を教え込まれるため今世の親子教育の範囲内である。だからフラネも十分わかっているはずだけど…その上で念には念を入れてだろうかね?気を付けすぎる事はない、とか、プロ意識感じる。


 因みに皿の使い道は、わたしの思っていた通りで、薬効成分と薬品が混ざった黄緑色の液体を皿で熱しているうちに水分が飛んで、黄色っぽい粉が出てきた。小学校でやったなぁ…こんな実験。


「ほれ、出来たの見てて良いさね。ちょっとずつやんなきゃだからね」


「もう出来たの?」


「いいや、これはだからね。この後もうひと手間加えなきゃならん」


「「もと?」」

 フラネも疑問に思う?


「薬草一つなんかで薬が完成するわきゃあ無いだろう。もとっていうのはつまり、媒質のことさ」


 な、なるほど。たしかに漢方も一つに色々入ってるしな…。そんで媒質ってことは、文字通りこれをもとにして、薬の組成を作っていくということなのかな?なるほどぉ…


「これじゃないんだ…」

 フラネはちょっと残念そう。


「一応それだけでも弱い咳止めくらいにはなるがね」


「そうなんだ」


 へー、単独でも一応その程度はあるんだね。…ておいっ!


「ん?ってちょちょちょ…ちょっとストップ!…それ違うから、こらっフラネ」


 ちょっと飲まそうとするんじゃない!まだ出来てないって聞いたでしょっ!…まあただの好奇心のようで、本気でそうしようとはしてなかったみたいだけど…どのみち横で気付いて良かったよ。それに今 飲ませようとしたら、寝てるんだからむせちゃうでしょ?肺とかに入ったら大変よ。


「こらこら。それは後で使わないとなんだから、大人しく待ってなさい」


「はぁい…」


 よしよし。メルばあの言う事なら後は素直に聞き入れるだろう…じゃあわたしはなんなんだ、ん?

…とりまフラネが思い留まってくれたので、その粉を二人して眺めてる、とはいったところで素人が実物を見ただけで何も分からんけど。


「これでよし…じゃあ次行くよ」


 数十mlくらいの液体を全部粉にし終えたメルばあはそれまでの道具はそのままに、フラスコを洗い流し、次にヤラカラを取り出した。

 この薬草、名前からは見た目が全く想像出来ないんだけど…実際目にしたみると典型的な単子葉類って感じの細長い葉の先端に小さい花を咲かせる、至って普通の見た目の植物だ。名前の由来が知りたいよねほんと、一体どこから『ヤラカラ』なんて出てきたんだ。


「先に綺麗な花が咲いてるだろう。丁度、今ぐらいが花を咲かせる時期なんだ」


「「うん」」

 この植物は、わたしも結構よく見る


「いつも食べてる」


「そうだねぇ」


 そうだろうね。採りやすい場所に生えてるから、食卓にもよく出てくる。これでも一応薬草だけど食べちゃえばニラの形した青菜みたいで、野草にしては存外に美味しい部類。


「わたしも皆が採って来てくれるのをよく料理に使わせてもらってるよ。でも普段は、この葉を食べるだろう?」


「たしかに花は食べないけど…」


 あんま美味しくないし。


「苦いからねえ。でも、薬にはこの花が大事なんだよ」


「え?そうなの?」


「そう」


 いや何でそこだけフラネが答えるの。てか何で知ってるの。


「ちゃあんと教えた事憶えてて偉いねぇ」


「ん」


 フラネは褒められて大変嬉しそう…じゃなくて


「…メルばあ、フラネには教えてたの?」


「ああね。森で採った野草を時々持ってきてくれるからね。薬草に興味津々だったから、ちょいちょいわたしのそういう知識を教えてやってたんだよ。もし、わたしが居ない時でも処置できる人が居ると村の皆からしていいだろうしね」


「薬作る」


「まだそこまで教えてないだろう」


「気が早いなぁ」


「だがまあ…いずれそうなってくれれば、村にとっちゃ有難いもんだ」


「…たしかに」


…ところで、わたしだって週1~2回くらい草原の薬草を納品しに行ってたんだけどな。それって志願制?それとも、今までのわたしってそんな興味無さそうだったのかな…


「おや、フィーネもかい?」


「え?」


「なんだい?フィーネの顔、調薬について知りたいとでも言いたげだったねぇ。もしそうなら、言ってくれれば何時でも教えてやるがね」


「あ、えっとぉ…」


 そ、それもそう…?いやあ…ちょっとむくれただけで、その瞬間にメルばあの察知能力が…やっぱり長老の経験則エグイわ。


「一緒にいこ?」


 フラネからも誘われてしまった。まあ…たしかに知っといて損はないだろうしな。


「…そうだね」


 よくわからないけど、我ながら何だか強がったような返事をしてしまった。いや、別に悩む部分も無かったけどね。昼間は大抵暇だったしそれを埋めるという意味でも、それにやっぱこの世界で見識を広めるのは、今世でわたしの将来の選択肢を増やしてくれる点で役立ってくれるだろう。

 一度経験した進路、…まあ社会に出る前にこっちに来ちゃったけど、とにかく今回は前よりもっと良い道を行きたいなぁ…って思う。


「嬉しいねぇ、学びたいって子供が来てくれるっちゅうのは。今度から一緒にうちに来な…ああ、そうそう」


 ふと何か思い出したように言った。


「この子も連れて来るかい?」


 あー。ナギサね、ナギサは…そういえば前に薬草採取行きたい言ってたし、興味はめっちゃありそう。勝手に返事しちゃっても大丈夫かな?まあ、どっちにしろ勝手に付いて来そうだな。


「うん、多分聞きたいと思う」


「了解したよ。次からは三人で、いつでもいいからね」


「ありがとう」


「待っとるよ」


「ん」


 ナギサが起きたら喜びそうだな。まあこの際だ、前から行きたがってたし、採集に慣れてるフラネも一緒ということになったのだから尚更心強い。親友のわたしはフラネの能力をしっかり理解してるからね、だからこれは安心材料としても十分じゃないかな。


 しかし一点気になる事があるんだが…それにしても、フラネは一体いつからメルばあの英才教育を受けていたのだろうか?今までまるでそのような様子は無かった…いやそうか、わたしとの知識の差はここからだったのか…。いや逆に何だか安心感みたいなの感じてる。同じ教育を受けたはずの年下に知識量で負けるなんて…先輩の威厳からしてあってはならないからな。これからどうにかして追いついてかないと…


「さて、お話はこれくらいにして、ここからこのヤラカラの花の花びらを取って溶かすんだ。その間、そのゲンノ草の粉を水に溶かしておいてくれるかね」


 おっと?わたしたちに仕事か。


「分かったー」


「私やりたい」


「いいよ」


 フラネの希望に応えて、薬包に入った粉と水に溶くためのビーカーみたいな形の器と小っさいスプーンを渡すことにする。ただ水に入れてかき混ぜるだけだけど、重要な仕事だからな…


「ん~…」


「気を付けてよ…」


 やるのはいいけど、こぼさないようにね…そういい感じ…よしナイス。あ待って待って、残ってるのをちょんちょんして落とすのはいいけど、そんなに強くはじいたら粉が飛んじゃうって…


「んむぅ~…ふっ!」


「ちょ!?ダメダメストップ!吹いたら中のも飛ぶでしょ!」


 今のでもちょっと舞ったけど!?


「だって…取れない」


「肌に付いても良くないんだから…」


 いやイライラする気持ちは分かるけどさ。粉薬って、微妙に引っ掛かる時あるよね。


「はっはっ。その程度減ったところで気にしないよ。残ったのを水に溶かしな」


「…ん」


 フラネもそう返事して、あらかじめ汲んできた井戸水を中に入れ始めたけど…メルばあもいいんだ…。

 これ一応調薬のはずなのになぁ…案外計量とかは大雑把なのかな…。


 しかし本当に全く気にしていないようで、ヤラカラの花びらをまた液体に浸けて…というより、あれって塩酸か何かか?透明の普通な水みたいな液体に触れると、花弁はみるみるうちに溶けていっている…


「あうっ…あ」

 おろ?どうした


「…あああぁぁ!!」


 やった!?ホントにやっちまったなあ!!?


「…こぼれた」


「それは分かってるから、取り敢えず動かないで!」


 見れば分かるから!あーあーこれは…ズボンにがっつり掛かっとる…服も、下の方はちょっと怪しいな。でも幸いなことに、肝心のビーカーは太ももの間に挟まってて無事、割れた破片で怪我…なんて事態にはならなかった。それに陶器は、多分そこそこの値がするだろうからな…。


「おや。大丈夫かい?」


 後ろで起こっている騒ぎに気付いたメルばあが作業を中断し、ハンカチを服から取り出してフラネの顔に飛び散った液体を拭いてくれた。わたしも偶々タライの中に一枚あったタオルを絞って、床で滑らない程度に水気をとった。


「ごめんなさい…」


「いいんだよ、それよりも怪我が無くてよかったよ」

 優しさが染みるが…早いとここの状況を片付けなければ


「メルばあ、悪いけど手伝って!」

 但し、作業中断で支障が無ければ!


「はいよ。あんたはそれで身体に飛んだのを拭きな」

 フラネにハンカチを渡した。


「あい…」


「わたしゃタオル取ってくるよ」


「ありがとう!…場所は分かる?」


「平気さ」


 床にこぼれたのはそれで拭くかぁ…。一瞬、手に持ったタオルを見たが…流石に、ナギサに使うタオルを冷やす用のタライで、薬品が染みたタオルを絞るのは衛生的にたばかられる。というかやめるべきだろう。…しばらく待つ…か


「ん…んぁ…?」


「あ、ナギサ起きた…」


「…ぇ…?」


 噂をしたらみたいな…眠いか。すんごい細目


「ナギサは寝てていいよ」


 まずは体調第一だから、気にしないで。今回は運よく、ベッドに液体掛かってないみたいだし。


「……」


…反応がほぼ無いから、聞いてるかどうかすら不明だが…起き上がることなくそのまま…目は最初からほぼ閉じてるけど、体の力が抜けた気がするのでもう一度眠ったのだろう。めっちゃ判りづらい。いつも寝息すら立てないで死んだように寝るから…て、今はそれどころじゃない。

 改まって問題のフラネに向き直る。出来るだけ動かないでって言ったけど、そろそろ飽きて我慢の限界きそうかな…動き盛りの子供に対して動くなという方が無茶か。


「身体拭けた?そしたら…メルばあがタオル持ってきたら着替えよ」


「着替えはもってない」


「わたしの貸すよ」


 引き出しを開けたけど、フラネはわたしと比べると少し身長が小さいから、ちょっとサイズ大きいかもしれない。そういえばメルばあ遅いな?やっぱり収納場所わかんないんじゃね。見に行こうかしら…





 なんてことは杞憂に終わり。無事メルばあがタオルを手に帰還して、転倒による怪我防止のためにも最初に床を綺麗に拭いて、洋服の水分をある程度取ったら後はわたしの服に…と思ったのだけど。予想通りというか、実際着せてみてサイズが合わなかった。

 一時は、しょうがないからそれで我慢してもらうしか…と思っていたのだが


 丁度その時、『そういや、ナギサとフラネの身長って同じくらいだよな…?』ていうのを思い出した。という事で早速、同じ引き出しから出して着せてみたら…ビンゴ、おかげでぶかぶかのズボンが不意に落ちるなんて事態も改善された。

 でもまあ…勝手に貸してごめん。まだナギサが家に来てあまり時間が経ってないから、実は本人がいま着ているのを含めて2着しか替えが無いというのに…つまり、今貸したのが最後の一着。…現在お母さんが、数日掛けて頑張って3着目縫ってくれてるよ!


「いやー良かった良かった…」


「あした返すね」


「うん、でも都合が良い時でいいよ」


…貸してる側としても、こういうのはあんまり言いたくないけど…いや、でも本音…ナギサのためを思ってくれるなら、明日お願い…洗わなくてもいいから、こっちでやるから…


「返す」

 ありがとう


「薬も少し残ってて良かったよ」


「そうだ。ねえメルばあ、どうするの?」


「どうするって、一体何の事だい」


 いや逆に聞き返されましても…


「もうちょっとしか残ってないよ。足りないと思うんだけど…」


「…ごめんなさい」


「ああいや…仕方ないよ、わざとじゃないもんね…」


「……」


…まずいなこれ。罪悪感を感じさせてしまった様子で…さっきまでそこまでじゃなかったのに、一瞬にして今にも泣きそうに…。


「お薬なのに…私がこぼして…」


「大丈夫だって!メルばあにお願いすれば何とかしてくれるかもしれないし…むしろ反省できて偉いよ!次から気を付けよう、ね?」


「ナギサの……」


「大丈夫だって」


「フィーネの言う通りさ。過ぎたことはどうにもならん」


「メルばあ…」


 お願い、フラネを慰めて


「それにこんぐらい減ったところで何のこれしき、このままで大丈夫さね」


…え?

「え?もしかしてそれだけで…?」

 抜けた声出た。


「心配せんと」


 いやあ…えぇ…。フラネが泣かないよう慰めに言った事なんだが…え、メルばあ本気でこの量でいくつもり?自分で言っといてだが、いくらなんでもそりゃあ…マジ?

 見たところ、元々ビーカーの半分以下…そこから更に半分以上こぼれて、いまや試験管一本分くらいあるかなんだが…例えが絶妙に馴染み無いかもしれない…。


「子供に良いとこ見せとかないとね。…ちょいと集中するよ」


「うん。ほら…フラネも泣き止んで、ちゃんと見ときな」


「ん…」ク"スッ


 しかしこれもフラネの心が健常である証拠だと思う。失敗しても誰のせいにすることなく、しっかり反省の意識を持てる…偉い、当たり前ながら人が成長するのに重要な心持だろう。

…はてわたしは誰目線でモノを言っているのか…初心忘るべからずと言うことだし、素直に生きなければな。


 そして、その後はとにかくメルばあが凄かった。驚くべきことに本当に100%真面目に言ってたらしく、特にかさ増ししたり作り直したりすることなく、そのままで調合を再開した。

 やってる作業はわたしにはよく分からなかったのだけど…それにしても全部目分量でやってるのに、化学反応が全て適切に起こってるらしい光景は、絵面はただの調薬ながらも目の前にして圧巻だった。


 どうやらあの『もと』というのは、本来溶質とバランスを取るために量を調整するものではないそうで、あれだけの量作ったとしても、結局は余って別の薬に転用される事が多いものらしいとの事実を、後で聞いて改めて納得することもできた。

 そして、あの言葉通り結果としてメルばあは全部何とかしてくれた。おかげで無事ナギサに薬を飲ませることができ、同時にフラネの動揺も収まったようで何より。


 その効果についても、メルばあ作の特効薬はまさに効果てきめんというべきか…やっぱり凄い物って、行くとこまで行くともはや怖いよね…という正直な感想。いやさこれまでの事例も見てきて今回、…薬を飲んで、ものの5~6分でナギサがベッドから起きてきたのよ。熱は若干残ってた。


「これはただの余熱」


「フライパンじゃないんだから」

 余熱って、人間に使う用語では断じてない


「流石にしばらく微熱は続くだろうね。最低でも、今日一日は安静にしてな」


「ありがとう、メルおばさん」


「良くなってよかった…」


 そう…だけどっ、それより怖いよ、てか心配だよ。本当にそんな法に触れるような成分入ってないよね?興奮状態で感覚が鈍くなっただけとか…うっかりそう口をすべらしたら、メルばあとナギサからもたしなめられた。…普通に怖いでしょ。

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