第51話 予感よ

 その後落ち着いてから、脈やら喉の状態を診たり一通りの、病院でよく見るような診察が行われた。診察が進む度にメルばあは『違うねぇ』とか言いながら選択肢を一個づつ除外していった。


「終わったよ」


 のんびりとした口調で言った。因みにナギサは消耗し尽くしたのか、それに先程昼食を終えデザートにアカダゴの実(まんまリンゴ)を1個丸々と、すっかり満腹になったのもあるかもしれない。ついさっき寝てしまった。


「…ナギサは、どうだったの?」


「ああ。でもその前に、そんな肩に力入れるほどの事でもないさ。楽に聞きなさい」


「うん…」


「心配」


 フラネが勝手に代弁してくれやがった。…まあその通りだが。おかげで知らないうちに肩が強ばっていた…大丈夫だ。メルばあが言うなら大した問題はないのだろう…。


「それで…ま、ただの風邪だろう」


 メルばあがナギサの額に手を当てた。


「…本当にただの風邪?」


 それであの高熱が出るとは到底考えられんが…


「ああ。この子、村に来たばかりだろう?…実はねえ、村の外から移り住むと必ずと言っていいほどこんな、原因不明の熱を出すんだよ」


「え…?」


「なに、心配ないと言ったよ。まあ、この歳になるまでで実際に診たのはあんたの父さん母さんだけだがね。とにもかくにも、そういう言い伝えがあるのさ」


 風土病とかいうやつかなぁ…お父さんと、お母さんも…あれ。ちょっと待って?何だか…うん…?


「お父さんたちって移住してきたの?」


「ありゃ?聞いてなかったのかい」


「…………え?」


 ないよ。え?やっぱりそういう意味だよね、『実際に診た』って…あの二人が同じ病気を発症して、それで診断したということでしょ?


「因みに…ずっと住んでる村人でも、発症することってあるの?」


「さあ。無いとは言わんが、見たことはないね。…何だかあんたに悪いね。だが、あんたの父ちゃん達が元々余所者だったことは、紛れもない事実なんだ」


「え…いや、メルばあが謝る事は何も……無い…」


 疎外感…なのかな。


「…なに?」


 いやまあ…何となくそっち向いたんだけ。別に、フラネはどうもしてないよ…してるとしたら、それはわたしだから。


「とはいっても、うちの村に歴史なんて無いがね。あんたら子供はまだ4世代目だよ」

 それも初めて聞いた。


「ディーグとリリーは、5年ちょっと前くらいにここに駆け込んできたのさ。そんときゃあ、詳しい事情なんてとても聞ける状況では無かったんだが…故郷を追われる身となっちまったそうな。幸い、村には空き家が一つあった。あいつらは匿ってほしいとのことだったが、面倒くさい…そのまま受け入れることにしたのさ。1年もして、二人の間に女の子が生まれた」


…そんな話、お父さんたちは一度も口にしたことがない。ずっと、この村で過ごしていたと思っていた…いや、少なくともわたしはそうだった。

 いや、れっきとした村民として生まれたのが事実で、それを普通に受け入れて、受け入れられてきた。間違いないのに…他に足りない物なんてあるのか?


「ねぇ、フラネ」


「……」


 言葉による返事はない。でも言ってる『どうしたの?』って、…表情って便利だな。それに、別にいつもと変わらない雰囲気。少しホッとしたような感じがする。


「フラネは…知ってたの?うちの家族が外から入って来たこと」


「……」


「知っているのは、当時の大人と子供たちだけだ。次の世代にはわざわざ伝える必要もない…とのことだった」


 そうか…知らなかったんだ。わたしも。


「ごめんねぇ、勝手にこんな事話しちまって。気分を悪くしたかい」


「ううん」


「…身と心を守るため。時には嘘も肝心なんだぁ」


 それは…どっちなんだろう。貫禄ある良い言葉のように聞こえるけど、果たしてそれは事実を皆に広めなかったことか、わたしの心を推し量って流してくれただけか…両方?でも、そんな有難い嘘も申し訳ないがお断りさせていただく。


「ううん。もっと聞かせてほしい。何でここに来たのか、メルばあが知ってること全部」


 半ばヤケというか、混乱の中で思わずそう口に出た。知る必要もない、知らない方がいい事かもしれないに。

 しかしメルばあは意外とでもいいそうな、少したまげたような表情を見せるだけだった。


「強い子なんだねえ…」


 いやまあ…今まで気にもしていなかった。だけど、こうして聞いてしまったからには、ハッキリさせときたいと思ってしまった。心の準備とかはしてない。…これこそ身勝手すぎるのかな…


「ねえ、メルばあ…お父さん、お母さんはどこから来たの?追われるってなんで、まぐっ…」


…急な上からの圧迫感に、潰れた声がでた。メルばあのしわれた手が頭にこすりつけられた。


「ここまで言っといて、本当にすまないと思っているよ。この以上は直接本人達から聞いてくれないかね」


「………」

 駄目?


「過去なんて他人の口から、当事者が知らないとこで話していいものでもないだろう?」


「た、確かに…」


 空気読みも、メルばあぐらいにもなれば念話の域に達するってか。ここまでずっと、心に浮かんだことをわたし自身よりも早く理解して先手を打つ…末恐ろしいな。


「特に身の上じゃあね…とにかく、色々あったらしいがね」


「あんな…?」


「めるばあ、私のママたちは?」


「フォウラたちかい?あいつらは代々ここで狩人やっとるよ」


 なんか、フラネまで何とも言えない不安を煽ってしまったようだ。


「そういやぁフィーネ、あんたが生まれた時は村長と一緒に立ち会っていたなぁ」


「そうなの?」


「フィーネが生まれた時?」


「ああ。でも次の年、フラネの時にもいたんだよ」


「へー」


「ネイヤとフォウラだって生まれた時から見てきたさね。赤子ってのはかわいいもんだねえ、いつになってもそう思うよ」


「え?パパとママも?」


「そうだよぉ。みーんな小さい頃から面倒みてたさ。あの時のネイヤときたらね…」


「あの…」


 その昔話は興味あるが…しかし、さっきまでの話題についてそれ以上は本当に口を開いてくれなかった。

 うーん…こうも先に押さえられちゃあ、口が堅いこの人から聞き出すのは不可能だ。しかし雰囲気からして何だか壮絶そうな過去…話してくれるかなあ…。実の娘であるわたしですら、その言い様から訊く前にちょっと自信なくなりそう…


 ところで、ナギサだけ寝ていて聞いていなかったのは果たして幸か不幸か…もし聞いてたらこの場で色々捲し立ててメルばあを困らせそう。でも、わたしと一緒にいるならいずれ聞くことにはなるよなぁ…だってわたし自身がそのつもりだから隣に居たら必然的に、ただその時このこと自体が初耳だと果たしてどうなるのだろうか…


「…と、いかんいかん。大事な用を忘れておった」


「え?ああ…そうだった」


 元々ナギサの診察に来たのに、わたしが変なとこで突っかかったから…やっぱり眠ってて良かったのかも。

 するとメルばあは、先程までの流れでわたしたち二人が纏わりついてるのには意を介さず、手元の木製の箱…開けるとすり鉢や計量カップなどが入っていた。


「この熱には良い薬があるんだな」

…そうだな…もういつもの調子で話すかぁ。


 何か始まりそうなため、作業の邪魔にならないようさりげなく逆サイドのフラネもこちらに呼び寄せる。


「さっき原因不明とは言ったがね、それが何かの菌なことは、ずっと昔から見当がついてるんでね」


「細菌かウイルスか…」


「ウイルス?しかし、この歳で細菌なんてことまで知ってるのかい」


「え?うん、まあ…」


「はぁー、前から賢い子だとは思っていたが…」


 細菌とか…え、この世界の医療レベルでも存在が知られてるんなら、一般人のも広がりそうなものだが…。そんな驚くことだったか。…シンプル褒められてちょっと照れちゃう…なんて。


 しかし…細菌かウイルスかということは、やはり感染症の可能性が高いのでは?でも昔からいる村人で罹る人はいないんでしょ。

 これまでの情報を纏める限り…風土病のような、細菌かウイルス由来の感染症だが、その感染力自体は高くないから抗体を持っていない外部の人間が感染する…とか。一応知らんけどって言っとこ…自己保険じこほけん


「また何を考え込んでるんだかねぇ。ま、そんなもんさね。だからその菌を薬で殺しちまえばいいのさ。あたしならその薬が作れる。ま、実のところは先代のレシピなんだがね」


 そう言っているうちに道具の準備が終わったみたいだ。作り方が少々原始的というか、だけど効能はまんま抗菌薬なんだな。


「……ほぇー…」


 何気にメルばあの調薬を直に見るのは初めてだ。ちょっと興味ある、この世界の医療現場…内科的治療。


「見たいのかい?」


「え。ううん…いや違う、見たい見たい」

 急に心読まれたから、反射的遠慮が出ちゃった。


「ふっふっふ、嬉しいもんだね。それじゃあ、ついでにちょいとばかし教えたげるよ。調合が出来りゃあ将来、女でも座りながら金が稼げるってものよ」


 それは…確かに魅力的だが、子供相手で中々に生々しい話題をぶっ込んでくるなぁ。

 ふむ。だが言う通り、調合は知識だから女のわたしでも出来るし、それで生計が立てられるなら、何よりハンターとか物騒な仕事をする必要もないんじゃないか?わたしはハンターになるのには反対派だよ。多くの世界漫画で、きつい、汚い、危険(ついでに不安定)の定番とも言うじゃん。

 そこがまさに冒険じゃないかとか言われそうだが、そんな非合理的な手段に走るほどバ…大変失礼。ていうかそんな度胸無いんだわ。考えても見て欲しい、平和ボケした、喧嘩のけの字すら知らない元日本人でか弱い少女が、いかでか異世界に来た途端気が狂ったかのように武器を握って戦場に立たむと。いやない(現実主義)


 それにナギサがやりたい事って、明確な目的は知らないけど、聞く限りじゃ要は旅でしょ?別に、わたしはそれにまで反対しているわけじゃないよ。たしかにそれまでは考えたことも無かったから、そのままいってたらただの村人として、村の外などまともに出ずに一生を終えていた可能性がある。その意味でナギサはわたしの選択肢を広げてくれたし、実際その提案は普通に魅力的だ。


 でも第一さ…わたしが言ってるのは、旅って言ってもハンターだけじゃないでしょうってこと。ここは交通が不便だから娯楽的な旅…観光とかは、たしかに発達してないかもしれない。しかしそれ故より、食料をはじめとした生活必需品の運搬も一苦労なのだ。それは丁度明日からのお母さんたちの王都往復に、おおまか1週間掛かることからも推察できる。


 つまりどういうことかっていうと、運送それなどというだけで一大産業になってるんだよね。いや異世界漫画見ながらずっと考えてたんだよね、何で戦って稼がなければいけないんだ、現代技術の応用の真価は他にあるんじゃないかって。銃やらお手軽で強力な武器なんかない、現代の猟○会のようにはいかない…というか時々北海道とかのニュースで見たけど、あのライフルあり100~150mから射撃可能の条件ですら、ヒグマ駆除とか危険なんでしょ?それが弓か、近接の物理攻撃縛り。であればリスクリターンなんか永遠に釣り合う訳がないだろ。悪かったな現実的で(?)

…ま、あくまで一例に過ぎないけどね


 話をまとめて…個人での長距離移動が難しい今世では、例えば行商人なんかの商売形態も存在するのだから、その辺をわたしたちなりに工夫すれば世界一周旅とか可能じゃん?わざわざきな臭い事案に首を突っ込む必要が一体どこにある、と。魔法って、ただ戦う為の手段と言っていて良いのか?



 ん?…『へたれ』、『根性なし』なんてそんな、何とでも言うがいい。それそれ現実これ現実これ…同じ異世界転生ものでもわたしはゴリゴリのバトル漫画より、生産職で試行錯誤してる方が好みなのだ!(錯乱)

 個人的感想!!だがそれでいい。何のための魔法、それは生活を豊かにかつ副次的に…結論まで簡潔にすんの下手くそすぎてダルくなってきた。とにもかくにも危ない事には手を出さないの!お姉ちゃんはハンター就職には反対!


「どうかしたのかい?」


「…あえ?あっ、いや何でも…」


…恥ずかしっ。自分でもいつの間に窓辺に手を置いて、上向いて外眺めながら謎の決意に満ちた表情!いや別にこんなわざとらしい演出してるつもりなんて無かったんだが…しかもこういうのって誰も見てない部屋とかでさ、人知れずやるもんじゃねえの?少なくとも真昼間に知り合いの目の前で突然見せるようなもんではないわな。…だから恥ずっ!


 なるたけしれっと元のポジションに収まった。


「…ごめんなさい」


「何がさ」

 分かりやせん。強いていえばこんな空気を作りだして。


「よく分からなかったけど、かっこいいと思うよ」


 あ、そう…?て、なるか!!やめぇ、かすり傷をえぐろうとすなっ


「そうだね。さて、そろそろ薬の調合始めるよ」


 どんな空気もリセットしてくれる…ありがとうメルばあ。


「まずは薬草だね。これをすり潰す」


「あれ、…ゲンノ草?」


「こないだフィーネが採って来てくれたもんだよ。おかげで妹が救われるねえ?」


「え、うん…へへ…」


 口ぶりが照れるんだよなぁ…確かにそう言えなくもない?いやいや、やっぱりわたしは薬自体作れないんだから、凄いのはメルばあだって…


「メルばあが来てくれて良かった…ありがとう」


「わたしゃ当然のことをしたまでさ。薬草が無いと薬も作れない、ただの腰痛ばばあさね」

…腰痛持ってたのか。元気すぎてみえない。


 そしてさっきの言葉通り、道具と同じく箱から取り出したのはゲンノ草、ヤラカラ、シャフリュー菜、その他etc…といったように、わたしもよく行く草原や森の浅場でも取れるような植物だった。案外簡単に集まる材料で作れるんだな。

 てか用意がいいな。もしかして、出発前には既にこうなることを予想してたのか?あ、でもそういえば言い伝えがあるっつってたしな。前例も見てきたメルばあだから、早々に見立てが立ったのかもしれない。


「薬作り、まず最初に抽出だ」

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