第50話 ある意味ツボ
「少し熱上がってない?まったく、下手に動くから…」
「……」
そんな不満そうな顔で訴えられても。最悪なのはあんたの様態が悪化すことなんだけどね?実際、部屋に押し戻して額に手を当てたら何となく熱上がってる気がした。
「さっきは目的忘れて悪かったから、もう勝手に抜け出さないって約束してくれる?身体に悪いって」
「……ぇーー……ぇぁー…ぅぅーん………分かった」
何をそんな苦しそうに、。変な声…そんなに悩むことなのか…。さっきのだって、見てくると言って遅くなったことには謝るけど、ちょっぴりフラネちゃんと戯れてただけよ。
しかし一体何を思っているのか…言っとくけど、他意なんて無いからな。強いて言えばフラネが可愛すぎるのが悪い…。はて、そういえば…あの時のナギサも中々に
…そうだなぁ、そんなに不満なら、満たさせてあげようじゃないか。但し、そちらだけ好き勝手…なんてことはさせないがね。ギブアンドテイク、代わりに満たしてもらおうか…わたしの心!
よいぞよいぞ好きなだけ甘えてくるがよい!これからは二人揃って、存分に堪能させてもらおうではないかな…ぐへへ…うむ、まさにその通りだ、可愛いはなんぼあってもええからのう。
はて思えば、この数週間すごく勿体無い時間を過ごしていたのではなかろうか。今こそ、まさに余の絶頂期ではないのか!これまではフラネでしか消化することが出来ていなかったのが…むしろ、わたしの妹だし、むしろむしろこっちは本人希望…?!おおお!やらない出来ない理由など、全くをもって無い、無いぞ!それどころかこれまでよりもより………
…お、うむ。冷静に考えよう…うへへへ………
マズイ心の顔が現れちまう…まだ悟られる訳にはいかん。ないとは思うが、警戒されてもかなわんからな。いや、ナギサはその辺ヘイキ?…いや、どっちにしろまだその時ではないか、おちけつおちけつ。そういえばこれで今日二度目だな…一旦正気に戻らねば。
「コホッ…」
「症状はどんな感じ?」
「ちょっと…悪い…」
「うーん…」
やっぱりそうか…
「ぼーっとする…気がする…」
体調の方は依然、停滞中といったところだろうか。もしくは多少悪化したか…。見た目でも心なしか、さっきまで落ち着いていた呼吸が乱れているような感じだ。
…まだ、常識の範疇で収まってるからいいものの、予断は許さない状況であるのは変わっていない。
「そうだ、薬持ってきてる」
「え、ほんと?メルばあかな」
まじか。それは朗報かもしれない。ちょっと見せてもらっていい…
「これ…なんの薬だって言ってた?」
「たしか、解熱剤だって」
「あー」
フラネが持っていたバスケットから出したのは小瓶に入った、色でいうと黄色がかった少量の粉薬。村でこういう時よく見るのは、どちらかと言うと白い総合風邪薬の方なのだが…こっちもこっちでよく見ることには同じだ。
解熱剤か。記憶が多少曖昧ながら、わたしも昔に熱出して使ったような気がする。
「多分メルばあからだよね」
「そう…ううん、違う」
「ん?どゆこと?」
薬を調合できるのって、村でメルばあだけじゃなかった?
「外を歩いてたらフィーネのお母さんに止められて、『これを届けて、あと娘の看病の手伝いをお願い』って、渡された。それで、家に向かってたらウォーナおばさんが…」
ふむふむ…成る程。ついでに事の経緯も教えてもらった。
どうやらうちのお母さんは家を出た後、まずメルばあの雑貨屋に行ったようで、先にそこで薬を買ってから村の会館に向かったそうだ…まあ、村長宅の使われてなくてちょっと広いだけの物置部屋なんだけどね、実際。それはともかく、その道中たまたまフラネに会ったようで、そこでお母さんは『うちの子と仲が良いし、後で自分とメルさんも来るから、届けてくれるだけでもいい』とか思ったらしく、緊急要請をお願いしたという。
気になったのはお母さんの、『メルさんも来る』って部分だ。メルばあが来るの?ここに?
「あまりに症状が深刻そうだから、直接見に来るって」
「んー、でもありがたいか」
確かに、ここで有識者の登場は良い流れかもしれないな。前本人から聞いたところだとメルばあはこの世界での医学もかじったことがあるらしくて、簡単な病気の診断くらいは出来るんだって。
まあ、問診で既に、原因のある程度の目星はついている、…患者のはずなのに、何だかナギサの魔力操作における優秀さが改めて垣間見えた気がするな。それはそれとして、でもまだ確定した訳じゃない。そもそも魔力が関連する病気なんて前世にはなかったから、正直今のわたし程度の知識量じゃ対応に困っていたところだ。そこを、この世界の医学知識を携えたメルばあならば正しい知識に基づいた診断が可能であるかもしれないとくれば、これ以上の事はないだろう。
「薬…?」
「そうだよ。これを飲めば、多少は楽になるかも…ときにナギサ」
「え…?」
小瓶を渡す際、ナギサの耳元で子声で、ある気になっていた点について訊ねた。
「これって人間用の薬なんだけどさ…その…エーテル体が飲んでも平気なもん?」
薬を飲んでしまう前に訊けた。
「大丈夫。ただ…」
「ただ…?」
「あんまり、効果はないかもしれない」
「そうなの?」
「…体の構造が全然違うから、生理現象を促すものは無意味として、体外に排出されちゃう。殺菌とかなら、多少効果あるかも…」
「ふぅむ…そうかぁ」
詳しくは分からないけど、言う分には身体構造的には人間と大分差がありそうだな。殺菌というと…抗生物質とか?原因に直接作用する薬とか治療しか効果は見込めないのだろうか…。
「じゃあ…これはやめとく?」
解熱剤を指して言う。
「…一応飲む。メルおばさんに失礼だから」
「そう…でも薬だから副作用も怖いし、一旦考えてみたら?メルばあだしそこは分かってるだろうから大丈夫だよ」
「ううん…効く可能性を信じて飲む」
望みは薄いみたいだけど…そこまで言うなら、こっちとしたら仕方がない。
「まあ無理はしないようにね、副作用とかでたら遠慮なく言ってよ。はい」
「ん…」
いいと言うのでそれを信じ。コップの水を渡すと粉薬を一気に口に含んで…一旦顔をしかめて、すぐに水で流し込んでいた。
「苦ぃ…」
分かる。わたしも飲む時いつもそれなる…てかこれのせいで、村の子供は薬が嫌いな子が多いんだよねぇ。あれ、そういえば大人たちも皆渡されるとき飲むときで終始苦い顔してたな…下手したら、この苦さは大人ですら苦手意識があるのかもしれない。
「ヘいき?」
「一気にいったしね…」
経験あるわたしでもその飲み方はやばい。…実際、様子からしてやばそう。
「ぁぅば……苦ふて、へたがひびれぅ…」
恐らく、舌が痺れているらしい。 薬草とかを抽出してる訳だから、メルばあの薬って漢方みたいなものだし…ジェネリックじゃあるまいしな。それに現代のも、苦いものは苦い。しかし滑舌に支障が出るほどか…泣いてる?
まあ良薬口に苦しとも言うし…本来の意味は違うけど…とにかく我慢してもらうしか。
「…へぅぅ」
しばらくかかるな。
「ねえ、ところでお母さんから他に何か言われてない?」
「うーん…身体を冷やすようにって、言ってた気がする」
「冷やす…か」
朝の高熱を気にしてるのかな。そうだなぁ…たしか、発熱時は脇、首、足の付け根を冷やすと、太い血管があるから効率が良いとか。だとしたら…タオルって台所にもっとあったっけな?
「どこ行くの?」
「ちょっと、タオルを探してくるよ。同時に冷やせればよりいいんじゃないかと思ってね」
「わかった」
入り口側に背を向けてベッドに腰を掛けているので、その上で回って部屋を出ようとした時、引き止められた。
「あ、おねーひゃん…」
「ん?…まだ滑舌直ってないね」
「……」
噤んじゃった。ごめんごめん、…それで、どうしたの?
「ごはんたべたい…」
「朝ご飯ならあるけど…それでいい?」
「ん…」
「もう食べられるの?」
「……」コク
とはいえまだ体調は回復してなさそうだが…
「アカダゴ食べる?」
「ああ、そういえばウォーナさんのとこの」
フラネはバスケットに手を伸ばした。
「あと、カオミもある」
「ありがと…」
「あーでも、ナギサの分の朝ご飯を取っといてるから、果物はそっちを食べてからね」
「ダメなの?」
「ダメじゃなくて、まずはエネルギーをつけないと」
「分かった。後でね」
そう言って出しかけてたのをバスケットに戻していた。その際、ナギサが凄い悲しそうな顔…お預けをもろに食らってたね。後で食べさせてあげるよ。
わたしはタオル数枚と、頼まれたご飯を取りに行く。それにしても、あそこから食事が出来るぐらいまでは回復したようで、こっちとしては一安心だ。
後は、フラネと雑談でもしながらメルばあと、お母さんが帰ってくるのを待つかな。
◇
やばい。まじやべえ…そんなもんあんの?
「でもそれと似てて…食べたら元気になるか、死ぬ」
「…予習になる」
そうだけど、聞くこと全部が両極端すぎんだよな。ああ今ね、森に生えるからころ草の毒の見分けを…雑談といいながらも、フラネ講師の森の野草講座が面白過ぎて…。ナギサも、ホントだったら寝てなきゃなのに…多分わたしを連れ回すために聞き入ってるし、そう言うわたしも夢中になってしまった。
もはや水の取り換えに立つのすらためらってしまう。ああ、確かに冷やすのは魔法で出来るんだけど、水の汚れは落とせないからね、汗とかかいてるだろうし。清浄の魔法なんか覚えてればな…。
そうそう、そのタオルといえばなんだけど…ナギサの首と、脇に、足の付け根と、冷やすのに効果がありそうな部位にいま置いたり巻き付けたり。のだけど…最初抵抗された。
首と脇は、別に苦労はしなかったかな。触ろうとすると凄いくすぐったがる以外なら別に何ともなかった、…その際ナギサの身体が反射的にちょっと動いて、それでわたしの手足がはまって、お互い動こうにもそれぞれ拘束とくすぐったさとで動けない膠着状態に陥ったが…何とか抜け出せたからおっけー。
ただまあ…そのもう一つの足の付け根は…肌に乗せないとだから服も脱がせるし、気持ちは分かる。
というか、フラネが普通に見てるせいで…多少は配慮してやってはどうかと思ったけどね、てかやわかーく伝えたけどね。だがどうやら、フラネは終始「女の子同士だし、気にする必要無くない?」的なスタンスで通じなかった。
たしかにね?そうだけど、それでもプライバシーというものがあってだね…という、…まあこの文明の、生粋の辺境村社会に身を置いてきたこの子に、小難しい説教は全く意味を成さなかったというわけ。…今こうは言ったけど、やっぱりどこでも必修な気がするんだが…
フラネの価値観に軽くそんな疑問を抱きつつも、作業中
「……」
どうせ脱がすから、汗とかもあるしついでに身体を拭こうとしたんだよね。ただ、まあ…フラネがこんな調子なので。一旦、当初の見せないというのは諦めて…わたしは出来るだけ早く終わるように急いで作業を進めた。
手が届きづらい箇所をわたしがやって、残りは自分で…てな感じで、全身やったら最終的に10分くらい掛かったのだけど…その間、本人は顔を覆って隠してて、ふと耳を澄ましたら何とも形容し難いうめき声も漏らしていた。うーん、あの時間は家の中が静かすぎて何となく、余計に恥ずかしかったんだろうなぁ…。羞恥とシュールのコラボレーション…怪しいコラボだ。
しかし思えば、ナギサだって初めわたしと出会った時、この上なく開放的な草原で着替えを行っていた覚えがあるのだが…いや、良い事だ。そんな間違いに気づき、正しく…ちゃんとした女の子としての恥じらいを理解してくれたことは、きっと良い事のはずだな。
「つるつる」
「…!」
やめなさいフラネ。ナギサも、丸まっちゃったら拭けないでしょ。全く…ナギサだって好きでこんな、実質見世物みたいになっているのではないというのに…
「ぅぅぅ~……おねーちゃんだけならへいきなのに………」
「え?」
いかん声が漏れた。え?わたしはOKなの…?と一瞬思ったけど、よく考えたら、確かに毎日着替えで一緒だもんな。ならわたしだけ見守りで残って、フラネは部屋の外に行ってもらえばよかった。
しかし…この考え方は今後しっかり教育せねば
とまあこんな感じだった。タオルは逐一交換する必要があるから、ナギサももう完全に諦めている…こっちも、ドラッグストアの熱さまシートがありゃあいいんだけどぇ、あるわけない。スマン、フラネには今後きっちり言っておくし、交換時は出てもらうから。
体調の方は、さっきの言葉通り効き目は薄かったのかいまだ薬を飲む前と大して変化は無いが、ご飯はゆっくりとながらもしっかり一食分食べきって食器は台所に片してきた。
「…ん?」
そんなところで、フラネの話も一段落が付いた時。ナギサが疑念のあるような声を出した。
「ん?どしたの」
横になった姿勢のまま枕元の壁の方に視線をやっている。わたしたちの部屋…いやリビング?
「ノックされてるよ」
「また?…ほんとだ」
これまた小さい音をよくも拾ったもんだな…さっきもだったけど、大分耳がよろしいのか。
「居ないのかい?入るよ」
女性の声…
「あ、メルばあが来た」
「そうだね」
「メルおばさん…」
そうだ、フラネの話でお母さんが薬を買いに行った時に『症状が心配だから自分も直接見にいく』的な事を言ってたな。話から推測する限りそこそこ時間が経っているが、何か準備でもあったのだろうか?
「みたいだね。行ってくる」
「行こ」
「あ、フラネはナギサを見ててくれない?」
さっきも何気にまた抜け出してたし、出来るだけ一人にはさせたくない。…もう、頻度的に抜け出す度に体調が下がっては上がってを繰り返してるような気すらしてしまう。
「ちゃんと監視しといてね」
「ん、しとく」
「…逃げないよ」
前科3つなのに?
「逃がさない」
フラネが、上に圧し掛かるようにして抑え込む。
「重いよぉ…」
「まあ…ほどほどにね」
体に負荷が掛からない程度に留めてはもらいたいが…いいぞ、そのまま押さえといちゃいな。
そしてわたしは早いとこメルばあを迎えに…
「おやおや、思ったよりも元気そうで良かったよ」
「あ…いつの間に」
こっちが手間取りすぎて、既に本人が入口に立って中の様子を見守っていた。それと、両肩には皮のベルトで、そこそこ大きいリュックに入った荷物を背負っていた。
「驚いたよ、リリーから水が飛ぶくらいの熱だって聞いて…ほれフラネールどいておくれ」
「はぁい」
ナギサの上のフラネを手で退かす動作をすると、フラネは素直に従った。流石は長老。転生してこうして改めて近くでみると、やっぱ貫禄みたいなのが凄いなぁと感じる。
「触ってもいいかい?」
「…うん」
そんな縮こまることないよ。メルばあは優しいし、変なこともしないからさ。
そんなところで、まずは例にもれずおでこで熱を計り始める。
「ふむふむ。それほどではない…ちょいとごめんよ」
「うあぅっ…!」
ああ、妙な声…首は弱いらしいからな…てか一瞬跳ね上がった。
「おぉ…動かないでおくれよ。力を抜いて」
「あぅぅ…」
メルばあも、ちょっと休ませた方がいいんじゃ…確かに別な方向で力は抜けてるけど継続…。
…しゃあない。多分扁桃腺を見てるんだと思うから、少しの間我慢してくれ…。あれ結構くすぐったいのはそうだけど、それ以上にナギサが普通と比べて大分敏感そうだな…ていう感じの反応。
「へー…」
「…ぁくぅっ…!?…———―!」
しかし本人も分かっているのか、触られるたびにめっちゃ悶絶してるけど大分動きは堪えている…と思う。いや脱力して動けないだけか?
「…っ…っ!?…—――――!!」
「…うん」
そんな懇願するような目を向けないでくれ…だが無理はするなよ。まあ…もはや言葉を話せていないから、たとえ止めて欲しくてもその気持ちを
触診が終わった。
「それにしても上手い所を冷やしているね。フィーネがやったのかい?」
「あ、うん。そうだよ」
「そうかそうか、リリーからにでも教わったのかいね。このまま冷やしときな」
「わ、分かった」
そう言って首のタオルを巻きなおす。
「はぁ…はぁぁ……」
…絵面よ。褒めてくれてるけど。
「さて…暫く休んどくかい?」
「…」コクコクコク
何とも必死な肯定。
わたしからも切実にお願い…。ところで服は絞んないで…でもなんか、目合わせらんねえよ…だって、『どうして』…って。
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