第49話 人物名鑑1%

 着いた。目の前には、毎日見るやけに厚い木の扉


 ところで、この家の玄関って鍵が付いてないんだよね。…日本でも田舎だと普段は鍵掛けません、ってとこは未だにあるらしいけど、そうじゃなくて無い。…掛けられないとも言う。

 だから、村の皆はちゃんとノックしたり呼びかけたりしてくれるけど、その気になれば誰でも勝手に家に入って来れてしまう。それでもこの木扉がある分、あの…海外とかでたまにみる開けっ広げな感じよりはまだ…まあ、プライバシーは守れるのかなって…

 いやでもやっぱおかしいな。何で、鍵が付いて無いんだ?他の家には小っちゃい鍵穴があるのに、…使われてないけど。


…まあそれはそれとしまして。この扉について、一つ不思議に思う点もある。

 実際見てみると分かると思うんだけど…中からして引き戸になっている扉の持ち手の上辺り、何だか黒ずんでるんだよね。更にはその部分にを空けて横に2つ。その横の扉の枠部分にも、こっちは縦に2つ小さな穴まである


 過去、魔物が村に入り込んできたことがままあるらしい。そしてその時には扉に板を建てつけて侵入を防いだそう。おそらく、そうした事が想定されるから、扉の周りには物を置かないようにしてるんだろうってな感じに今まで解釈してるんだけど…この小さい穴はどうにもそれとは関係ないように思える。

 思うに…以前は、鍵付いてたんじゃないかなって。まああくまで今考えた予想だから真相は定かではない…仮にあったとしても、この形からすると鍵穴があって鍵で開けるような、そんな一般的なものではないだろうな。


 おっと。つい物思いにふけってしまったがそれはさておき、入ってきたのは誰だろう


「あれ…」


 リビング兼玄関までやってきたのだが…誰も居ない。むしろそのせいで、無駄な思考を巡らせてしまっていた気がする。


「…気のせいか?」


 でも確かに扉を開く音が聞こえたし、何ならその後足音までしたんだが…

 まあ…居ないもんは考えてもしょうがない。取り敢えず元の部屋に戻ろう…


 突然人影が、横から出て来たのが見えた。


「…うわあっ!!」


「わっ…⁉あ…」


 あやべ、手に持ってる何かが落ちそう…


「お、っと…よし」


 ギリギリその前に手を添えられた。


「あぶないあぶない…大丈夫?」


「あ…うん」


 危やうく人ともろにぶつかりそうになったが、向こうも直前に気づいてそれは回避できた。何かの果物も無事

 そういえば、誰だこの人…いやこの子?


「あれ…なんでフラネが?」


 距離が近かったから分かりづらかったものの、よく見たらわたしとそう変わらない背丈。そして視線を少し上にあげた時に見えた、深緑がかかった髪の時点でもう完全に予想が付いた。


「どうしたのわざわざ」


「返事が無いから、入ってきた」


「あ、じゃあ…さっきのノックってもしかして?」


「聞こえてた…?」


「いや、扉を開ける前のとこだけ」


 フラネかあ、入って来たの…。それにしても急に横から出てくるんもんだからびっくりしたよ。


「てかここ、わたしたちの部屋なんだけど」


 状況を見る限り、丁度わたしたちの部屋から出てきたところだったようだけど。


「ここに行けば居ると思って」


「ああ、なるほどね」


 確かにさっきまではそこに居たな。でも諸々で両親の寝室に動いたから、ある意味すれ違った形になったのか。


「今ね、ちょっと訳あって一時的にお父さんたちの寝室を使ってるんだ」


「わけ…フィーネ、もしかしておもらしした?」


「ぶっ…!?な、何故そうなる?」


 急でめっちゃ予想外の更に斜め上ぐらいからの爆弾投下!しかもあまりにも内容が聞き捨てならんのだが!?


「だってベッドが濡れてたから…」


 事後だからな…さっきの水バケツの…。


「だとしてもなんでわたし?」


「?なんとなく」


「……」


 どうしてあの状況を見てすぐにわたしに結び付けるのかねえ?4歳にもなってそんなやらかしたことないし、熱でそこに寝てたのはナギサだったのに、そっちの可能性は一切考慮に値しないと?

 いやそもそも断じておもらしと言って良いものではないが…ん?だけどもしわたしの対処の結果と言う意味だけでなら、確かにわたしの責任…?


「……」

 じゃないわ。そんな場合じゃねぇ


「いや違うから!ほんとにっ!」


「うん、別に気にしない」


「そーじゃないんだって…!」


 ほんとに勘弁して、その生温かい視線は慣れてないから…。いやてか最初から誰もやってないから。まさに事実無根なのよ。タライ片さなきゃもうちょいまともに言い訳できた…


「ちゃんと片付けてて、えらいと思う」

 それでいま余計後悔するはめになってんだよな…しかも違うんだわぁ…フラネが思ってるような事実は無いねん…


「誓って違うんだ。本当にちょっと色々あっただけで…」


「分かった」


「………」


…今のはわたしの言い方が良くなかったかもしれない。

 にしても、ダメだ…全部都合が悪い方向に動いちゃってる。今のわたしには、こうなってしまったフラネを説得できるだけの物証がこの手に無い…


「…それで、今日はどうしたの」


…諦めが肝心、何事も引き際。職務質問も下手に隠すような素振りを見せると、それが疚しいものでなくとも徹底的に追及されて面倒なパターンに入るからな

 前世だとわたし職質経験あるんだ。でもある時…一度職質されて解放された僅か5分後、20m先で別なお巡りさんに止められた時…


「…あ。ちょっとそこのお姉さん、いま少しいいですか?」


「スゥ――――――空が青いですね」


「え?あーまあ、今日はどちらかと言えば曇りですがね」


 わたしの心と同じ色ですね。残念ながら

 流石に理由を聞いた。なんかね、無意識に目がキョロキョロしてるんだって。それに目が死んでるって





「今日は何か用で来たの?」


「てつだいに来た」


「…手伝い?」


「?フィーネのお母さんに頼まれたよ」


「……あ、あー分かった。そういうこと」


 何となく心当たりあって理解。朝の…


「てことは…フラネが、お母さんがお願いしたヘルパーさん?」


「そう」

 やっぱりか


 てっきりドーマンさんとか、暇な大人でも呼んでくるのかと思っていたが、ただの早とちりだったな…。んー…まあ、ナギサが頑張ってくれたおかげで最初の石焼レベルから通常風邪くらいに落ち着いてはいるから、わたしたちでも看病できるかなぁ。


「でもそうか…フラネだったのか…」


 とはいえ、一応ナギサはもう大丈夫とは言っているが、こっちとしてはいつ再発するかなんかも依然、心配事項である。そうなったときにこの面子で対処可能なものか…。いやでも魔力関係だという事だから、その辺承知出来ているフラネは寧ろ好都合…?


「む…なんで」


 その声で、考え事で外していた視線をフラネに戻してみると…ふくれっ面だった。


「あ…怒ってる?」


「怒ってない。…私じゃ不満?」


 それは…その発言は少々危うくないか?


「違う違う。ただお母さんのことだから、大人暇人を捕まえて来るのだとばかり思っててね」


「…どうせ暇人だよっ」


 あらら…いつもながら分かりやすく拗ねるなぁ。まあ、わたしからすると変に気を遣わなきゃなこともないから…やっぱりこうしてフラネと話してると気楽でいいなぁ。


「ほんと、そういうとこ好き」


「…へへ……//」


 おおーっ!これは…チャンスです、後はカメラさえあれば、多少の照れを含んだ今週最高の笑顔を永久保存のチャンス!…まあ、来週も見れるかもしれないけどね。


 フラネは感情表現豊かじゃないって、前に言った?…それは行動の話よ。体で表現するのは苦手みたいだよ…例えば、ハグとかのスキンシップは。


「相変わらずだねぇ…よーしよし」


「んー、だめ…」


 だめって。そんな可愛く言われたら、わたしは止めないけどね。この髪の質感も、しっとりフワフワでいいよねえ…


「……」


「ごめんねー」


「いつもそう言う」


「そうだね」


 今度はむすっとした顔で、乱された髪を直している。向こうも、ほぼ諦めてると思うけどね。こっちももう毎回言われてるし。


 別に、精神に何かを抱えた子供でもないし…見ての通り健常な子なんですよ。うちらの世代の中で、わたしがフラネと特に仲良くするのってさあ…なんてったってかあいい…いや、トーベルたちに可愛げがないとか全然無いから。ただね、この子ことある毎に庇護欲をそそってきまして…もう好き。

 それで言うと、意外かは知らんけど世代のうちで一番表情が豊かなのはフラネでもある。会話中言葉を出さなくとも、途中視線を向ければ逐一表情で返答してるというのは、わたしたちの中では良くあることだ。


 他とはベクトルとレベルがちゃうんよなぁ…ナギサには悪いと思ってる。もうナギサとも打ち解けたつもりでいるし、ちゃんと妹として意識するようにしてるよ。たーだしこんなに可愛いフラネちゃんを愛でる趣味だけはやめられんよ…どうしても譲れないこと堂々のNo.1


「癒し枠か、ちょっと遊んでペット枠か…」


「どっちも違う…」


 まあそう言わずに。2年ぐらい言ってるけど悪いようにはしないからさ。やっぱりペットは嫌なら、普通の癒しの他に準妹のポストも用意できないこともないがね?だってほら、片方はナギサだけど、今なら左サイドが空いてる…


「…おねーちゃん」


「うえぃ!?ビックリ…見てたの?」


 ナギサがいつからか部屋のから半分顔を出して、こちらをじっと見つめていた。噂をすれば何とやらと…今日は、よくナギサに驚かされてる気がする。


「壁が薄くなければ、こんな葛藤存在し得なかった」


「ああ…」


 丁度さっきのを聞いちゃったのね…


「しっt…」


「ちがうっ」


 語尾に力入っとるね。


「お母さんがヘルプで呼んでくれたんだよ」


 取り敢えず本命は看病なので、後のことはナギサをベッドに戻してから改めて話そう。

 部屋の入口から半身を乗り出すナギサに歩み寄ったところ


「んっ」


「ん?」


 ポスン

「んんぅーっ…」


 ほぅ、急に両腕広げて何かと思ったら…なんだ不安なのね。


「だいじょぶよ、なにもナギサの事忘れたわけはあるまい…」


「…あんな顔しておいて」


「はて…?」


 ははーん。今更ながら理解したぞ、こっちはあれか、普段饒舌なくせして肝心な時に口下手な。ハグには躊躇も何もない様子なのに…うーん、…いい。


 はて、今思えばナギサは無表情という意味ではないが、平時は少し感情が表に出にくい傾向にあるかもしれない。生憎わたしは、鈍感成分を持ち合わせている訳ではないのでね、しっかり分析しますとも。…しかし何というか、それに関しては最近のというより2週間以上前、最初の方に起こった出来事らのせいで、そう感じる余裕もなかったから第一印象で気付かなかっただけな気もするが…。

 直近の落ち着いた様子を思い出してみると、初期の印象と大分差分が出来ているんじゃないか?


「ムゥー…」


 ともかく、その点ではフラネとは真逆なタイプということになるな。…ふむ、こうして服に顔を埋めることで遠回しに不満を訴えてくる感じ…フラネの可愛さに当てられたのか、さっきから何だか解説したくなってしまう不思議な気分だったのだが、再燃してきた。たしかにお前は、わたしの右に立つ妹なのだな…



 突如として訪れる平静。熱に浮かされてるのかな(両意+両者)…落ち着くか。


「…ほら、分かったから。まだ風邪治ってないんだからベッドに戻りな」


「んーっ…」


 そんなになるくらいなら、素直になればいいのに…。


「言いたいことは言えばいいのに」


「ねー」


 そうは言うけどさ、ナギサが何を思ってるのかをフラネが理解しているかは正直怪しいよね。たしかにナギサの感情の矛先が向いているのはわたしといっても、多分、フラネも当事者だからね?まあ賛同はするけどさぁ


「フラネのせいだから」


「え?あ…髪はや…」


 ほらぁ飛び火。まあそっちの方に向かってったおかげで、わたしは体が軽くなったけどね、…余計な口挟むから。


「…確かにしっとりフワフワ」


「…怒るよ」


「あーあ。二人ともいい加減落ち着くの。早く部屋に戻って」


「うん…」


「はぁ…」


 せっかく部屋に戻る流れだったのが、若干ややこしいことになっちまったよ。ナギサは落ち込むし、フラネはまた髪を乱されて膨れるし…。

 それとナギサの…もしかしてわたし、さっき何か変なことでも言った?

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