第48話 太陽現在南中高度

 部屋で寝かせられない?なら、両親の部屋を借りればいいじゃない!



 というわけで両親の部屋のベッドである。仕方がない措置なのだ…まあ今日は二人とも用事で出ているし、そうでなくとも分かってくれるだろうから大丈夫だと思う。…ん?夜になっても、マットレスが乾かなかったら?

……どうしようかねぇ…?…ま、そんときはそんときでしょ。ヘイキヘイキ、ノープロブレム


「森によく入ってるみたいだけど、そんときって何してるの?」


「んー…(危うく正直に秘密基地って言いそうになってしまった…)森歩きの練習」


「そうなんだ。いつも怪我とかはしない?」


「大丈夫。…そのうち、おねーちゃんを連れて行かなきゃいけないから、先に私が慣れてないと」


「げっ……」


「なにそれ。絶対連れてくから」


 最悪だ…もうかれこれ数週間経っているのに、ちゃんと覚えてやがるこの娘…。しかもわたしが頼りないみたいな言い草。…それに関して言い返せないで辛い


「…そもそも、どうしてそんな森に連れてこうとするの?」


 それで何かあったりしたら…っていうのが、わたしは一番怖いんだけど


「必要な経験だから。それにおねーちゃん、おかーさんから聞いたよ、『この村で暮らす以上、男でも女でも食料のために必ず森に入る機会がある』って」


………言ってたよ、それ、わたしにも前に言ってた。そう、あくまでも食料のためなのが面白いよね。その時はお父さんからだったけど、お母さんも同じ事…しかもナギサに言ったんだ…


「絶対に、ぜっったいに逃がさないから」


「そんな念を入れなくともいいって…」

 たしかに今逃げようとはしたけど


「むしろ、フラネと一緒だとすんなりついてくのに、私主導だと毎回抵抗するの」


「…それは」


 怖いのよな


 それはさっきの万が一もそうだし、フラネとはあの川にしか行かないのよね。それに何かしなければならない事がある訳でもなく自由…けどナギサはさ、私を歩かせるじゃん

 ああいや、何だか凄い人聞きが悪いみたいに表現しちゃった…違う、単純にそういう意味じゃなくて


…どう聞いても、奥の方まで引っ張ってくつもりなの見え見えだし、行って何をするのかについて聞いても「採集とか」つって教えてくれない…もう怖いやん


 そして最後…正直なところこれが一番大きい。だって、少なくともナギサが同伴するってだけで、ある程度安全は確保できるだろう。先日の狼の群れも、なんやかんや言いながら瞬殺してたわけだし…言うところの万一ってのが起こったところで、「まあ…何とかなるんじゃないかな…」みたいな?…危うい思想に陥りつつある

 本来だったら、常に万一の備えに万全を期し、冷静な心持を以て臨まなければならない…という教育を、主にお父さんたちから既に施されている……が、まあ…何とかなってるし………ほんといけないね、ほんとに


 でさ。それはそうとして肝心の理由。なにより…ペースが速すぎんのよ


 ただでさえ森の中だというのに、平地と同じ…というかこっちのスピードが落ちてるから、むしろ普段の歩行より早いとすら感じる

 それ、今になっても全く直す気配がない。


 森の奥は、外縁部より木や草が生い茂って当然足場も悪い。そんな中でわたしが、遅れず付いていけるとでも?というかそれ以前に前提としてさ。第一、密集した奥部で地面を歩くことそのものが、普通なら大人でも難しいはずなのに…なんだろう、ナギサならやりそうというか…

 なんか…意味不明な理屈をもって余裕しゃくしゃくに、彼方へと去っていきそう


「…あ、そういえば」


 『あ』…?…さっきまでの会話からしてなんとなく嫌な予感


「まだ、薬草採取にも行ってない」


 え、それは…たしかにそれはそうだな。予感とかなかった、森とは無関係だった


「行きたいの?」


「薬草のこととか知りたい」


「そっかー」


 まあ、そっちならいいけど。んー、行くとしたらいつになるかな


 でもこの1週間の間はお母さんは留守だし、お父さんも昼間はいないから、家事…特に昼飯とかも自分たちでやらないとだからちょっと大変かなぁ…ああいや待て、お弁当にすれば良いんじゃないか?

 朝食の時に一緒に昼の分も前もって作っといて…前世の弁当方式にすれば、一度昼食のために家に帰る必要もない。あ、ついでにお父さんの分も作れば一石二鳥かも。たしか、お父さんはあの丸いミニフランスみたいなパンを持って行っていた気がするから、それにおかずを少し加えるとかすれば…


「おねーちゃん?ねえ」


「…うん、ん?どしたの」


「おねーちゃんこそ。なんかぼーっとして…どうかしたの?」


「いや、ちょっと考え事。何でもないよ」


 これからは魔法教室とかで一日外出する機会があったら、お母さんにお弁当をお願いしてもいいなあ、なんかも考えてた。…でもそうなると、夏は特に食中毒も怖いから、保存性がある容器なんかの課題も解決しなくちゃいけないな。…一旦、この案は保留にしておこうか


「とにかく、まずは風邪を治してから考えよ?わたしもそれまでにちゃんと考えとくから」


「…わかった」


 少しシュン、ってしちゃった


「んっ…ケホッ…ケホッ………」


「おぉ…まだつらい?」


「ううん…これくらいヘイキ」


「そう…」


 そうは言うけれど、疲れたみたいで背もたれに寄りかかっている。喋らせ過ぎたかな…。そして…うん、タオルはぬるくなってるけど、水が蒸発はしてないな


「…その…」

 ん?


「おでこに手を当てるのって、なに?」


…ああ


 そうねえ…前世も今世の親もやってたし、熱って聞いたらもう反射的にやっちゃう体なんだと思うんだけども…今も、無意識にナギサのおでこに手を置いてる


「これかあ…。んー…おおまかに熱を計るため、かな。平熱と比べてどれくらいとか」


「……」


「あ、ごめん、嫌だった?」


「え、…嫌じゃない…」


「そう?」


 なら良かった。これからもやって良いってことだよね


「…それより、私の平熱って分かるの?」


「え?」


「私の正常値って、知ってるの?」


…………分からん

「分からん」


 たしかこれまで体が密着してる時には、案外低いように感じてた気はするが…でもこの世界、体温計無いからな


「…意味ない」


 ちょいちょい…そんな身も蓋もない


「いやいや正確には分からないけどね、でも全くって訳ではないよ。他にも体調が悪い時って顔色で判断出来るなんてのもあるし…意外とね、思ってる以上に分かるもんだよ」


「そうなんだ」


「そう、案外ね」


 そうはいえどこの様子、イマイチ信じてはなさそうだな…。さっきから垣間見えていた、まるで消化不良かのような顔。


 だが、アナログなやり方は祖先たちの知恵の賜物、案外それなりの効果は見込めるものだ。迷信も多いけど、現代まで残るものからはそういった部分は時代を経て徐々に排除される。わたしは高校では理系なんだけど昔から文系色も強くて、一見非科学的なものでも経験則に則っているならば結構信じてたりする。多少効果が微妙でも、それって期待値は0ということではないからね。そういうのは大抵、やっといても少なくとも損はしないでしょ?


 そんな訳でわたしとしては、何でもまずは試してみるのが手っ取り早いと思うよ…とでもアドバイスしたいところではあるが、でもまあ…たしかに正確とは言えないしね。どうやらナギサは数字で考える傾向が強いようだし、こういうのは価値観の話でもあるから、これもしゃーないっちゃしゃーない


「…休む」


「はいよ。その前に一回タオル替えとくね」


「うん…」


 ここまで話し相手になってもらって有難かったけど、現在進行形で体調悪いんだし、流石にゆっくり休んでもらわないと


「…おや」


 タオルを一度洗って、もう一度乗せようとしたけど、水が既にぬるくなっていて冷えてない。また井戸近くに置いてある、あらかじめ井戸水を汲んで溜めておく水がめから水そのものを入れ替えないと駄目かとも思ったけど……めんどくさい

 液体が入った入れ物を持って往復するのも、わたしからしたら割と重労働だし。それに水がめは外に置いてるから、そもそもそっちももう冷たくなくなってるかもしれない。だとしたら徒労感が否めない。じゃあ…仕方ないよねえ。


「…!」


 まあ気付くよね、ナギサなんだし

 人差し指を水につけて、習得した氷属性魔法の冷気で冷やしている。それを見てナギサは目を丸くしていた


「いつの間に…?」


「実は、ちょっと前から少しずつね。基本4属性と、あと光闇雷に氷…今はこの辺り?」


「…信じられない」

 いやあ、それほどでも


「ほんとはもう少しこっそり練習して、ナギサとフラネを驚かせようと思ってたんだけどね」


 ついついらくしたくて使っちゃったよ。あーあ、これまでやってきたのに台無しだ。便利ってこわいね。

 でも実際に必要な場面ってのはそうそう無かったというか、人前で実践出来なかったから、そういう意味ではナギサの目の前で試すことで、魔法の効果を実感する機会ができたというのは良かったかも。


「っ…十分びっくりだよ…コホッ」


「そう?なら良かった」


「ゴホッ、ゴホッ……驚きすぎて、咳出てきた…」


「え?ちょ…」


 おい嘘だろ。…いやこれ大丈夫じゃないわ

 一時は咳が止まらなくなり誰か大人を助けに呼ぼうとも考えたものの、幸い大事には至らず。背中をさすって暫く待つと無事に咳は収まった


「どう…?」


「大丈夫…」


「そう…良かった。ビックリさせてごめんね」


「ううん、私の心が弱いのが悪いから…」


「いやいや、原因のわたしが言うのもだけど、風邪ひいてるんだからこれくらい当たり前だよ。何かあったらすぐに言って」


「うん…」


 確かに心の健康と体の健康は関係が深いって言うけども、風邪ひいてて咳ぐらい出るよ、生理現象なんだから。…果たして普通の人間の生理を、エーテルに当てはめて良いものかは定かではないが

 まあそれはともかく、ナギサもそろそろ一度眠った方がいいんじゃないかな。風邪を治すなら布団をかぶるのがいいと聞くし。これも古典的だけど、自然と汗が出て代謝を促すなりするから、その点で間違ってもいない。一応ずっと側にいるつもりだけど、もう話し掛けて邪魔はしないから、リラックスしてそのまま寝るといい



 あ、そうだ。前世の民間療法とか何があったっけー、ってので思い出した。それとはちょっと違うけど、お母さんがメルばあの所で薬をもらって来てくれるって言ってたよね。

 それが到着すれば、ナギサの症状も多少は良くなるのかねぇ。心配なのは体の構造とかがわたしたちと全然違って、薬が効かなかったりむしろ毒になったりしないか…ってとこだな…。一応、飲ませる前に確認した方がいいかもしれない。


 今のうちに気付けて良かったかもな。それと、こんな事考えてたら、ついでにこの世界の薬っていうのにも興味が出てきた気がする。前世地球にも薬草と呼ばれる植物はあるみたいだけど…なにか、根本的に違うように思うんだよね。魔力なんて概念が浸透してることにでも関係しているのか、してないのかとか知らないけども、…でも効能を見れば、一発で分かる。マジ、魔法

 機会はあまり無いのだけど、メルばあは村人で病人が出ると時々、『なに、私なら治せるよ』とか何とか言って薬を調合しだすんだよね。知識とか無いから推測になるが、多分、特効薬なんだと思う。それを飲んだ人は凄い、30分くらいで元気になって…2時間後くらいしたら、普通に外を出歩いてるのを見掛けた


 やばくない?その人は胃腸炎か分からないような症状で数日収まらなかったんだよ。もう、魔法でしかないじゃん…?

 だからつまるところ、こんなにエグイ劇薬(良い意味)な訳で…理系としても、その秘密を探ってみたい。いつかメルばあに習いに行こうかなー…なんて。






………んぅ……



「…ハッ」


…1年8か月っ!?


「ちょ賞味期限そんな…!」


「………なんの?」


「え?あ、なんか白い…」


「シーツ被ってる」


「あ……」


 言われて冷静になった。落ち着いたので、さっきから視界が真っ白な原因だろう…何故か頭まで被っている…そして何故かシーツだけの布団を取った。

 するとナギサが、おそらく何やらでわたしに伸ばそうとした右手を引っ込めたのだろう姿勢で目の前にいた。


「…ほんとだ」

 なんでわたしこれ被ってたんだ?


「何の夢だったの?」


「1年8か月前のパンケーキミックス…」


「…パン…?」


 粉物は危ないって言うからね。長期の賞味期限切れのはダニが繁殖するって聞くし、そういや冷蔵保存でも、結露が出来ないように気を付けないといけない…なんて記事も見た気がするな


「いや、何でもないよ」


 それより、いつの間にか寝落ちしてたみたいだ。どんくらい時間経ったかな…


「それで、何かあった?」


「ん…なんか、聞こえる」


「聞こえる?」


 どこから?耳を澄ませる


…………


「……」


 小さくノックするような音が聞こえたのち、木の扉がきしむ音がした。…誰か入ってきたのか?


「…分かった。ちょっと見てくるよ」


「お願い」


「はいよ」


 うちの間取りにはドアが無いので、音がしたのは多分玄関だと思う



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