第47話 石焼き
「ん?何だ」
家の中で物音がした。いまわたし、家の掃除中。部屋の中で出来る事が無くてさ。他には誰もいないから話し相手もいないし、しょうがないからやる事を探した結果、今日は誰も家に居ないため後回しにされていた家事を手伝おうかなと思い…現在の姿となった
右手の床掃除のための道具…前世でいうワイパーもどき、ただ木の板と棒をくっつけてるだけで頭が動いたりしないからプラスチック製のあれと比べたら使い心地は当然悪いけど、それでも低姿勢の雑巾がけより、床掃除の負担はずっとマシになる。使ってるのは、板に付けた雑巾だから、そこは変わらないけどね
左手の角が丸い四角のスポンジ…いやほぼ綿の塊だな、ちょっと硬い綿は水回りや様々な場所を傷つけずキレイにするのに役立つ。これが結構便利で、皿洗いもキッチンの掃除も全てこなせる。ちなみに洗剤もちゃんとあって、いま机の上に置いてある、小っちゃいフラスコのようなのに入っている薄緑の液体。例のジュー草からメルばあが成分を抽出し、調合してくれたものであるそう。意外にこれが結構落ちる(汚れが)
…どうしてこんな、見覚えしかないような掃除道具しか家に無いんだろうねぇ…
「ともかく、何か落ちたかな?」
両親の部屋のほこり取りをしてたところだったので、道具は一旦置いて、リビングの方へ確認に向かった
「?何も無い…」
おかしいな。確かに「ドッ、ドンッ」ってな感じの音がしたのに…見回しても、別に何も落ちた形跡はない
「物置か?」
音が聞こえた方向までは覚えてなかったから、もしかしたらリビングではなかったのかもしれない。物置は家の一番奥の部屋で、古くなり使わなくなった道具や家具などが主に置かれている
そう言えばわたしとナギサの部屋も見てないな。物置のついでにちょっと覗いておこう、ナギサの様子も定期的に見とかないと心配だし、そろそろまたタオルも替えないといけない
「ナギサー」
あれ、どこ…布団にくるまってるのかな?
「ん?」
おや、何だか足に温かい感触…いやあつい…っ!?なにが…
「……ぎゃあああっ?!」
なにやつ!?人影が床に横たわってっ…!?
「…って、またああああ!!」
「……ぁ」
「寝てなって言ったのに、動いちゃだめ!」
音の正体、絶対これだわ。さっきはベッドから落ちそうになってでろーんしてたけど、今度はもう起き上がってわざわざ部屋の入口まで来てぶっ倒れていた。
足元だったから最初気付かなかったし、「ん?ベッドに誰もいない…?」とか思ってたら足に手が触れて、死ぬほどびっくりさせられるし……さっきから、絵面が普通にホラーすぎるんだって
一瞬まじでお化けだと勘違いして、持っていないはずのワイパーもどきを振り上げてぶっ叩こうとしちゃった…ほんと、道具は置いて来ていて良かったって思った
「うぐぐぐ……おもぉ…いっ!」
力無いから、同年代の子供一人ベッドに戻すのも大変なんだって。床は、引きづって動かせるからまだしも…これがベッドじゃなくて、布団でさえあれば…!
「へ…」
「うえ?おぉう…!?」
た、立った…!?
「へ、いき…」
「そ、そう?でもいつの間に…」
「…きゅー…」
「いや、全然平気じゃないじゃん!」
てか最初からそんなフラフラで、結局ダウン…でも、確かにわたしの助けにはなった。おかげでベッドの上には乗せることが…いややっぱり無理しないで
「早く寝かせて…あと熱…」
おでこに手を当てる…全然下がってないな…。もはや冬のコンビニで買える肉まんにすら匹敵するのでは…
「何か欲しいなら、わたしに言って…。水?水はいる?」
「…ぅぅん」
違うか
「大丈夫?どこかぶつけてない?」
「……」フルフル
「そう…」
ならいいけどもね…。けどさっきのは、結構な音量だったんだけどなぁ…一応全身をチェック、…見た感じでは痣やたんこぶなんかは無さそう。怪我が無かったのは良かったけど、それでもどこか痛いところはできそうな音だったが…まあひとまず大丈夫ということか
あとさ、すっごいか細い声だけど、喋れるようになってる?それに、さっきはベッドからほとんど動いてなかったけど今回は部屋の入口で倒れてたから、少なくともそこまでは歩くなりして移動したってことだよな。もしかして、多少回復してる?
「ところで、具合はどう?」
「……」
ありゃ?今度は反応がない…やっぱ気のせい?
それにしても、これ以上目を離しちゃ駄目だわ。前回と今回、この短い間隔で、もう2回もベッドを抜け出してる上に、それで痛そうな音を出してる
はあ…これでナギサに張り付いとくしかなくなったけど、先に掃除道具だけ片付けてくるか…どこだっけな、両親の部屋だっけ。それにしても、そろそろ来るかなぁ、お母さんが呼んでくれるっていう助っ人
「…っ……くぅ…!」
「…え!?」
何か…
「ねえ大丈夫!?ねえ!…ナギサ!!」
向かおうと背を向けた途端、小さなうめき声が聞こえ、何となくそちらを見たら…突然、ナギサの様態が急変していた
「ねえっ、だからどう…アッッツっ!な…え?!」
な、なに?ただでさえ身体が熱かったのに、なんかもうフライパンみたいで無理、触れない
「………っ…はあ……んぁっ…!」
「やばいやばいやばい…」
全然良くならない。そりゃこんな風になってすぐ収まるはずないけど、どうにかして助けようにもこれじゃあ、その前にこっちが火傷してしまう…
「んぐぅぅっ……!」
「触れない程の発熱…いや、いけるか?」
せめて触れるようになれば…つまり冷えればいいんだよな?だったら物理的な方法であるいは…いややり方それで正しいのかこの際全くもって判断できんが…
「…ともかく緊急処置だ!」
えーと…これでいいやっ!
ベッドの横…床に置いておいた、タオル交換用のタライ。ずっと前に井戸から汲んだやつだし、ちょっと中身ぬるいけど…しゃあなし!なんとかなれえ!
「…そらああっ!」
常温の井戸水。あ、これじゃベッドも濡れる…いや気にしてる場合ではないか。それを、ベッド上で蹲るナギサの身体にぶっ掛けた
ジュアアアアッ
鉄板かよっ!?
「あああああぁっ…!」
いや…この湯気はあかんくないかこれ。もんじゃ焼き並みの白煙…駄目だった…?どうかな…
「ぁぁぁぅ……………ハァッ…」
動かなくなった…なんか最後の息みたいなの出たが…
「だ、だいじょうぶ…?」
いや、自分でやっといて何が「大丈夫?」だよ。ふぅ…これは…発熱に乗じて妹を石焼料理に仕立て上げようとしたことで、4歳の女児を過失致死の疑いで逮捕、かな……文面が狂ってやがる。そして若干のカニバリズムを感じて尚のこと恐怖
さてと。この世界だと…というかこの村だと、こういうときどこに行けば良いのかな?こういうのは事件発覚前に届け出たほうが減軽の可能性がどうこう…まあ、自首したらしたところで極刑もあり得るだろうけど
この世界は刑罰として懲役や禁錮はあまり多くないそうだし、けど罪は罪だからあとに残るは…ということ。あ、そうかここ日本じゃないから、拷問がそん中にあんのか。忘れてた
そうだなぁ…
「……はあっ…ふぅー。…おねーちゃん」
「あー、そうだね。やっぱ村長のとこだよね」
司法とか無いし、やっぱり村の最高責任者が妥当なとこよな……ん?おい、何て?
「おわああっ!!お、おねーちゃん!?」
「え…?いつものことじゃん」
「あ、うん。いつも通り…」
いやいやそんな、わたしは司法でも何でもない…じゃないよねふざけてすみません
ただわたしを呼んだだけのこと…ごめんごめん。ちょっと驚いただけよね、うん
「…おねーちゃん?なんで、顔を撫でまわすの?」
「…すまん。生きてるわ」
「?」
もうナギサが司法でわたしを許してくれ(?)。ちょっとわたし、焦って高速だったのに急ブレーキ踏んじゃったみたいなんだ。あ、でもちょっと待って一旦日本語整理させて?いや違う、この言語日本語ちゃうかった…やっぱり生きとるなぁ
「それで…生きてる?」
「生きてるよ」
「良かった」
「さっきからどうしたのおねーちゃん」
よし、最悪でも過失致傷で済む…じゃねーのよ、いや、我ながらさっきから考えてる事がイミフでクズすぎるんだって
「何でもないよ。それよりごめんね、緊急だったといっても水掛けちゃって…」
「え?…あ、ほんとだ」
今気付いた?
「え、ところでさ…元気になったの…?」
「…後ででも良い?濡れたままはちょっと…」
「あーそうね、それじゃあ着替えてていいよ。わたし片してくる」
わたしもそろそろ切り替えないと。マジしょうもなかった
「分かった」
部屋の隅の、小さい引き出しにわたしたちの服が入っている。2つあるうち下が肌着で、上が普段着。両方着替えないとね
「脱いだのはちょうだい」
「ありがと」
「それじゃ、ちょっと待っといて。シーツどこにあったかな…」
これは後で全部洗っとこう。わたしは布団のシーツを外して、水が入っていたタライと一緒に井戸に持って行った。シーツもそれと一緒でいいとして、マットレスは…乾いてくれるよう祈るしかないかなぁ
この家にシーツの替えってあったっけ?たしか…洗う時外したら、その日のうちに乾かして夜普通に使ってた気がするから…やっぱり無いかもしれない。洗い終わって、乾かす時間あるかな…
ひとまず洗濯は後回しにして、今一度ナギサの様子を見に行った方がいいな
「ナギサー、平気?」
「あ、うん。もう平気」
着替えも終わって、イスに普通な様子で座っていた。椅子が一個しか無いから、わたしは…ギリギリ水を被っていないマットレスの端っこに一旦腰を下ろすことにした
「はあ~…ほんとに良かった。一時はほんとどうなるかと思ったよ」
「取り敢えず死にはしないから、心配しなくても平気だよ?」
「そういうことでもないって」
まだその暴論で押し通すつもりなのか…
「それで、どうしたの?苦しみだしたと思ったら、急にこんな元気になって」
そこ、何があったのか聞きたい
「あれは…魔力の奔流を抑えてて…」
「魔力?病気じゃなくて、魔力なの?」
「そうでもなくて…何でか分からないんだけど、免疫システムが暴走してて、それがここで言う魔力のこと」
エーテルでも免疫があるんだな
「免疫…ということは、やっぱり細菌か何かが原因なんだ」
「多分、そう…」
とすると、免疫の発動条件も人間と大体同じか
「昨日の基地で、あ…」
「基地?何か心当たりでも?」
「え?ぁいや…昨日の深夜から、急に何だか寝苦しくなって…」
「ふーむ?」
なんか知ってそうな言いぶりだったが、まあまずはもうちょい話を聞こう
「分かった、そしたら?」
「えっと、ちょっと曖昧なんだけど…」
まあまあ、それはね…体調悪い時のことってあんま思い出せないもんだし
「その時はあまり気にはせずに寝ようとしてた。けど朝方早くに目が覚めたら、酷い倦怠感と眩暈と寒気で動けなくて…」
「ふんふん…」
思っていたよりも、もっとやばい状態だったのか。異常な熱にばかり目が行っていたが、その他の症状についても疑うべきだった
「おねーちゃんを起こそうにも声も出なかったから、どうしようもなくじっとしてたけど、むしろどんどん気持ち悪くなって…」
……そうだったのか
「その時に魔力消費時の喪失感を感じて、それで一度落ち着いたら体内魔力循環が異常に乱れてるのが分かったから、おねーちゃんが起きるまで何とかそれを抑えようと頑張ってた…っていう感じ」
「そっか…」
「でもそうやって無理に介入したせいで、余計に自然正常化機能を阻害してそれで異常な高熱が出たのかもしれない」
「ちなみに、原因が免疫システムだって分かったのは?」
「体内魔力の攻撃性。あれは正常な免疫というよりは、アレルギー反応に近かったけど…けどさっきのでなんとかコントロールも取り戻せて、体調も結構回復した」
「うん、見るからに良くなってるのは、わたしでも分かるよ。…分かった、ちょっとこっちおいで…」
「え?んぅ……」
「よく一人で、頑張ったよ」
最初から最後まで、ナギサが戦って克服した。でもそんなことより…その結果こうやって無事で、ようやく安心できた…
「熱も無いかなぁ…」
判別なんて出来てないよ。さっきまでの体温が高すぎたせいで、例えいまも38.0℃くらいあったとしても気付かないと思う
だからつまり…勘とただの希望的観測
「…んーっ………」
たしかにこれはこれで、ちょっとだけ苦しいだろう…すまんね
「何でもいいけどさ…治って良かったよ」
「ぉむん…」
口を塞いじゃってるか
でもあそこで掃除なんかより、なにより最初から離れなければ良かった。そうすれば、もしかしたらナギサの言葉の一部でも聞き取れて、そしたら何かしら他に役に立てることも…ひょっとしたら無かったかも分からない
明らかに苦しい思いをしてたと分かっただろうに、それを「分からないから、仕方ない」とか抜かして、色々他人頼りで改善の方法を自分で模索しようともしなかった
「ほんとにごめんね」
「…?」
「お姉ちゃんなのに何も出来ないで…全部ナギサに頑張らせて…」
「……ぷはっ。そんなことないよっ」
「どうして…?」
「水、掛けてくれたよ?」
「……」
いや、それなのね
「…ふふ」
「なによう」
「あれはどうしたらいいか分からなくて、錯乱してただけだよ。おかげで、全部濡れちゃったしね…」
わたしでも自覚できるくらい、変に自嘲的になってる。ナギサにはいま何もしてないし、出来なかったのにね。冷たいマットレスの感触に何故だか笑ってしまう
「でも私、治ったよ?」
「結果的にはね」
それはほんとにいい事。でも、わたしはそれに向けての当然の努力を怠ったんだよ…反省しなければならない
「違う、そんなことない」
「ねえ、それってどういうことなの?」
反省を頑なに否定してくるけど…
「あの時、水で冷やしてくれてエネルギー暴走の勢いが少し弱まったおかげで、制御を安定させられたんだよ」
……??………………
「………んな馬鹿な…」
「ね?」
「…ね」
ナギサの復活よりも正直驚愕の事実すぎて、ツッコミを忘れてしまった。そんなことある?嘘だろ…あれ、意味あったんか…
…でもとにかく、今回の教訓から次からはそもそもこういう事になるまで悪化しないよう手を尽くさねば。誰かの苦しみが、1秒でも短く済むように
「…あぅ………」
「…ん!?ナギサ…」
また目の前で突然崩れ落ちそうになった
「…やっぱりまだ治ってない?」
「ぁ…はぁ……ごめん…」
「謝ることなんてない、どうしたの」
「…免疫システムは正常になったけれど、風邪は、治ってないから…」
「…ああ」
そうか、あれはある種のアナフィラキシーみたいなもので、原因の根本…病原体については未だ払拭出来てないのか。
「ちょっと、むり…」
「ここまで我慢させてごめんね」
「おねーちゃんこそ…謝りすぎ……悪く…いの……てきせつ……」
………分かってるよ。分かったからそんなさ…
「…取り敢えず、このまま寄り掛かってて…」
ナギサは、まずは自分の心配をするべきだ。…説教なら、元気になった後でいくらでも聞くから…
とにもかくにも、ちょうどわたしの腕の中に落ちてきてくれて助かった。あぁー…このあとどうしようか。座らせるのはもうナギサの体力的にあれだし、でもさっきので部屋のベッドは使えないからな…
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