第46話 焼石
「ん~…はぁ…」
大よそ7時の部屋のベッドの上、フィーネは起床して伸びをした。そしてその腕を下すと、しばらくぼーっと虚空を見つめて目をパチパチさせていたが、徐々に頭が冴えてきたようだ
朝かぁ……ん~っ……伸び~……はぁ。…よし
「さてと……あれ?」
いつもの癖でナギサの頬に手を当てて起こそうとしたんだけど、
ラッキーなことに、今日は抱えられてなかったからナギサを起こさずとも自分で起きれた。…だから久々に伸びが出来たのか
「珍しい…にしても、今日は運が良いな」
いつもはほぼ毎日そうやって目覚めるんだけど、ナギサって意外と朝弱いみたいで…何が問題かって、わたしより力が強いから、なんとかして起こさないと全く身動きが取れないんだよ。今日はわたしの代わりに布団を抱き締めている
深夜に『何だか寒い…』と思ってたら、こういう事か。でも、これだとナギサも布団掛けられて無いんだよな…
それはともかく、どのみちさっさと起こさないとな。朝ごはんに遅刻してしまう。さて今日はどうしようか…全く、朝から苦労するよ……
「ぅ…」
「あら?」
ナギサが寝返りを打った。…もしかして自分で起きたのか?だとしたらますます珍しい…というか、そんなの最初しか見たことない。まあでも、それならわたしとしては手間が省けて助かる
これなら普通にゆすれば目を覚ますかも。人差し指第一関節ほっぺたドリルを使うまでもない…我ながら素晴らしくダサい名前
「おーい、起きてー」
「……」
ありゃ、やっぱり使わないと駄目?
「ねーそろそろ起きないと…あ」
その時、もう一度寝返りを打ったナギサが同時にわたしに抱き着いてきて…そんで軽く焦った…だって、これでまた布団に引きずり込まれたら、大変な思いをする事に…
しかし、それは杞憂だった…何故か、腕の力が弱弱しい
「いつもと違う…?」
「…ぉね…………」
「え?なに、なんて?」
「………」
なんて言った今。…寝言?
「ねぇ…?」
「………」
…一体どうしたんだ。つもは、わたしとナギサの筋力差も相まってほんと、万力に固定されたみたいなるから、これには明らかな違和感を覚える。わたしでも簡単に腕をはがせそうなのはおかしい…
それに…改めてみれば、苦しそうにしてるようにも見える気がする…ただ悪夢を見ているだけだと思いたい…
「あっっつ!フー、フー…なにこれ!」
違う、手を触ったらすぐに気づいた、ナギサの体温が異常な程高い。一応額にも手を当ててみたけど、絶対にその必要はなかっただろう
絶対平熱じゃないこれ!あっっつ!火傷レベルよ、いやマジでそんぐらい熱い、指真っ赤になるって…いや多少盛って言ったとしても、それでもこれは熱すぎる
「どうしたのこれ!大丈夫?!」
「…ぁ……」
大丈夫なわけがない
「ああっと…ごめん、無理しなくていいから」
やっぱり、目は覚めていたみたいだ。でもわたしに答えようとしたら力が抜けて、危うくベッドからずり落ちそうだった。…わたしが寸前で止めてギリセーフ
「寝てて。ちょっとお母さん呼んでくる」
「…ぅ……」
早く呼んで来よう。今頃朝食を作っているはず
◇
「ひどい熱ね、話せそうかしら…?」
「…ハァ……ハァ…」
「…大丈夫ではなさそうね。お母さんも、こんなにひどい熱は今まで見たことがないわ」
わたしも初めてだ。常人ならまず絶対体が耐えられないと思う、むしろ生きてるのが不思議でたまらない程だ
お母さんは冷たい水に浸したタオルを、ナギサのおでこに載せたけど、よく見てみたら熱が高すぎるのか水が蒸発してるみたい…何℃あるんだよ
…治るのか?これ…ナギサが病気になることさえ、今初めて知ったわけだし、一体どうすればいいんだ
「それにしても困ったわねえ…」
「え?なにが?」
「お母さんも、今日は外せない仕事でね…今度、定期的に王都に行く日の準備をしなきゃだから…」
「…もうそんな時期だっけ?」
「おかげで看病ができないのよ。困ったわねえ…」
うちの村は王都に比較的近い場所にあるらしい。村では、食料や薬も、メルばあのおかげでほぼ自給自足だけれど、農具なんか…その他の生活用品は、王都の
うーん、前回ナギサが来る直前に戻ってきたから…うん?ちょっと早くない?
「村長さんの具合が芳しくなくて…メルバさんに薬草を買ってくるように言われているの、この辺じゃ採れないものでね」
「そっかぁ…大変だね」
「でも村長のため、行かなきゃね」
「じゃあ…あれ?お母さん、お父さんは?」
代わりに手伝ってくれないかとも思ったけど、そういえば今日は見てないな
「無理よ、お父さんも丁度大事な仕事があるの」
「?そんなのあったっけ」
「ええ」
畑の収穫…はまだか。うーん…?
「ほら、『追い込み』よ」
「…ああー!って、ということは…」
「ええ、今頃はメンバーと一緒に魔の森の中じゃないかしら。特に今日は雲行きが少し怪しかったから、朝早くに出発したわ」
「そうなんだ…」
うわまじか~…あれだ、え~と………そうそうあれ。あれしか言ってないな
追い込みっていうのは、魔の森の魔物が村の近くに弱い魔物の縄張りができてそこで繁殖しないように、普段は村の防衛戦力であるお父さんがある程度腕が立つ村人を数人連れて、定期的に駆除に行くとかなんとか…聞いたことがある
泊り込みにはならないけれど、基本昼間はかかりっきりになる上、数日かけて行うから…相当体力を使う仕事らしいし、夜も手伝いは期待できそうにないなぁ。しかも危険で、経験も必要な仕事だから、多少はハンターで経験があるお父さんにしかできない。…その時は逃げ帰ったらしいけどね…でも、流石に今はちゃんと戦ってるみたいよ
さっきから色々タイミングが悪いよ。でも、確かこれも月1だっけ。……今まで関係ないと思ってたから気にしてなかっただけで、もしかしてこれまでも毎月のこの辺って、うちの両親すごい忙しかったのか?何だか今になってうちの仕事事情が見えてきた気がする
でも今はなあ…うーん、本当にタイミングが悪いな。これって、わたし一人で看病できるレベルなのかな…
「でもこんなナギサを家に放っとくのはまずくない?お母さんの仕事、誰かにお願いできないの?」
「無理よ~王都に入れるの、お母さんだけなんだから」
そこをなんとか…
「え」
はい?…つい素で聞き返しちまった。え、どゆこと?
「通行証を持ってるの、私だけなのよー」
そんな馬鹿な…そこは村長とか…というかそうだよ、こういう村の外との関わりって、村長の仕事なんじゃないの、普通。なんで今まで、ただの村人でしかないうちの家族がやってたんだ
「村長とかは持ってないの?」
「村長はねえ。持ってはいるし、昔はあの人も行っていたのだけど…もう結構なお歳でねー。森歩きは難しいの」
「あっ…そういう…」
村長の年齢は考慮していなかったな。てかそもそも、わたし村長を見た記憶があんま無い気が…去年の年明けの祭りに居たっけな…?
「この村って街道通ってないでしょう?だから王都に行くときには森を移動しなきゃなんだけど、今の村長には難しいのよ」
「村長って、いま何歳なの」
「64歳よ。一人息子も成人してるんだけれど、持病があるからどのみち厳しいわね」
「あー、そっかぁ…」
「そうなのよねえ」
それに関しては、前に噂で聞いた気がする。聞いた感じ呼吸器か何かだったと思うから…結構重症で、ちょっとした運動も気を付けなければいけないらしい
「そういう訳だから、以前から仲がいいうちが、色々仕事を代行してたりするの。これもその一つよ」
こんな辺境も辺境の村で、うちが何だかんだいっていつも忙しい思いをしてるのって、村長の仕事も代行してるからなんだね。2世帯分+α村の外交だから…うちの両親に休日が無いのも、納得である。わたしもお手伝いが出来たらいいけど、あんまり役には立っていないっぽい。無念
「なるほど…因みに他の人に頼むのは…?」
「通行証は身分証でもあるのよ。だから、代理は認められないわ」
「そっかー…そうだよね…」
薄々そうだろうとは思った。ダメかぁ…
にしても意外と知らなかった裏事情も聞けてしまった。でもそうだな、それじゃ他の人に頼むことは不可能だな…
…あれ?ねぇそういやさ、村長の仕事代行してるって…実質この村の統治権握ってることにもならない?
同時に、気づかなくて良さそうな事実も知ってしまった気がする…いやいや、そんな訳ないな、うん。さすがにそういう決定は動けない村長でも出来るし、大体こんな村統治したところでどうということもないだろう…。…一村人家族には責任が重すぎる
「…あ、タオルが取れてるわね」
寝返りを打ったのか、おでこに乗せたタオルが枕の横に落ちていた
「あら…もう温くなってるわ。本当すごい熱ね…」
しれっとタオルに触ってみたけど、ぬるいというより熱いよね?あれだ、たまに店で出されるやけに温度が高いおしぼり
お母さんは、もはや出来立てのおしぼりとなったタオルを冷や水に浸けて、しばらくするともう一度ナギサのおでこに載せた
しかし、やはりこの程度でこの高熱は収まらないみたいで、またすぐに蒸発してしまいそうだ。手を動かすお母さんの横でナギサの手を握ってみたけど、こっちもおでこと同じくらい熱い。なんだか「焼け石に水」がぴったりの状況だな、ってふと思った
「一度リビングに行って話しましょ。私たちがいると、邪魔になるかもだから」
「…うん」
原因も分からないし、今は寝かせて様子を見るしかないか…
使った道具はそのままに、座っていた椅子を部屋の隅に片して、小さくうなされているナギサを刺激しないよう静かにドアを動かした
◇
お母さんはさっきの話の通り、王都へ行く準備をしなければいけない。何しろ出発が明日なのだそうだ。つまり明日から一週間、お母さんが家にいないということでもある
それに関連して、リビングには既に、野営なんかに使いそうな色々な道具でいっぱいになっている。とはいっても、前世でも本格的なキャンプとかやったことないし見たことないから、何に使うのか全然わかんない…ていうと思った?
今世だと実は、そういうのの知識は最低限教わってるんだ…元々、この世界の野営道具ってのは、難しい構造のはないしね。それを活用する場はまだないけど、どれが何で、使い方くらいは知っている
途中で町に泊まったり野営で寝泊りする簡易テントに、松明等の照明、あとは…
「フィーネも付いて行く?」
「え?…いやいやいや、ナギサを放置して行けないよ」
「ふふ、冗談よ。ただ、興味深げに見てたから」
「そ、そうかな…」
そんな顔してたかな……自分で触って分かるわけないか
「それでナギサなんだけど、誰かに来てもらえばいいんじゃないかしら」
「…何の事?」
「私達の仕事を代わってもらうことはできないから、その代わりに誰かに看病を手伝ってもらえばってことよ」
「…ああ、そういうことか」
その手があった。そっか、何も手伝ってもらうのは家族でなくても、知り合いやら友達でもいいのか。特にここ、小っちゃい村社会だからそういうのもやりやすい
「それとお母さん、今から明日一緒に行く人と打ち合わせしなきゃだから…お昼まで留守番できるかしら?」
「それは、大丈夫だけど…どうすればいいの?」
どうするというのは勿論、ナギサのことだ
「誰かに声を掛けて来てもらうわ。それと、帰りにメルバさんの所で薬を買ってくる。それまでは……そうね…タオルで体を冷やして、寝かしておきましょう」
「分かった」
「お願いね」
「いってらっしゃい」
やり取りが終わると、母親は少々の道具を持ったまま外に出て、扉を閉めた
「……急がなくっちゃ…」
村の北へ向かう緩やかな坂と、その先には一回り大きな民家が見えた
*
取り敢えずお母さんの言う通りに、井戸の水で再びタオルを冷やし、こないだお母さんにあげたタライにそれを入れて…起き上がって食べられるとは思えなかったけれど、ナギサと、自分の分の朝食も一応持って寝室へ向かった
リビングで結構長く話込んでしまったけれど、果たして向こうはどうなってるだろう…あのタオルは、おしぼりと既に化してるだろうな…
コンコン
「入るよー……て、あああああ!!大丈夫!?」
なんでそんなベッドから半身乗り出して貞〇みたいな様相を呈してんの!?
「何があった!」
「うぅ……」
まだ喋る余裕もなさそうだな
「大人しく寝てなさい!」
なんとかベッド上に戻し、その後床に落ちたやはり温まっているタオルを新しいのに変え、着替えも手伝った。どれにしろナギサが全くもって動けないもんだから、体格がほとんど変わらない上に非力なわたしでは苦労した
あとは…これだけども
「ナギサ、ご飯は…」
「……」
だよね。すごく小さく、首を横に振っている気がする
「一口だけでもいいからさ、少しでも早く治るように」
「…」
うーん…無理?しゃーない、これはわたしが食べるか…ナギサの分もとなるとちょっと多いが…
「じゃあ…もう様子を見るしかないか…」
お母さんとその助っ人が来るらしいので、それまでは経過観察だな
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