第45話 わちゃわちゃ

〈…そろそろいける?〉


[早くー]


【分かってる…はあ……私の名前は赤吾あづま苺名もな


≪もなか…≫


〈なんだ。別に普通…〉






〈ふっ…!〉


【…笑ったわよね】


〈…い、いや…ふはっ!〉


【ねえ、笑ったわよねぇ!】


どうした。何故笑うのだ?


{…っ…そうだよな、そう…ふぐっ…}


丁波氏、なにか無理していないか?しかしなんなのだ


【そんなことだと思ったわよ!】


≪落ち着けって…≫


[あはははは!]


≪お前も露骨に笑うな!やべぇ、コイツラのせいで…ははっはははっ…!ああ、違うって…≫


{………}


全員笑い出してしまった…我と、苺名もな以外…いや、丁波氏は堪えているか。そしてわざと名前のあとに間をもたせたのはもしかするとこれを予想していたのだろうか


【あんたたち……おじさんも我慢してるでしょ。もーーー!子供の頃から自己紹介の度に、毎回毎回こういう反応されるから嫌だったのよ!あと主人格もうるさい!】


[あはは…『いちご』…]


【『苺名もな』よ!『名』を省略するな、読みも違う!】


〈どのみち…そのまんまじゃん…ふふっあはは…!〉


{待て、なんかやばいから…その名前を連呼するな…}


【うるさいわ!誰の名前がやばいだ!】


[あははははははっ]


≪くくっ…ははは……!≫


【あーーーーっ!!!】



…………………………………………

……【全員…】…………≪おい馬鹿≫…………………

……………………………

〈待って待って〉………………………

………………………【何が…!】…

……………

…≪違うって!早まるな!≫[ぎゃああああ]……………

……………………・・・……………



 そうして全員が落ち着くまでしばし。ご乱心の苺名が一度全員を黙らせたが、それでも未だご立腹である


【そりゃ怒るわ】


≪はー…はー…≫


【全く…そんな歳にもなって人の名前で笑うなんて、どうかしてるわよ】


{すまん…}


≪いやぁ…悪かった。しっかしなんか面白くてな…にしてもなんでそんな名前になったんだ?≫


〈とはいえ、明らかに狙ってるわよね『苺名』は…〉


[≪ぶっ…!≫]


【!!】


≪わりぃわりぃ…≫


[くっくっ…]


【………】


 どうやら、この二人はまだ余韻が残っていたようだ。


【…実家が田舎で、苺農家だったのよ】


{なるほど、好きの度が過ぎた結果ってところか}


〈そんなことで?〉


【らしいわよ、信じられない。赤吾っていう名字も、その時の先祖が苺に自らを投写して付けた…って聞いたわ】


{『赤』い『われ』ってことか?}


【…?それは知らないけど…そうじゃないかしら】


〈…なるほど〉


≪一応筋は通るか≫


【因みに、私は3代目なんだって】


≪は?どういうことだ≫


【『苺』が名前の人、先祖に少なくとも2人いるんだって…】


≪ぶっ…≫


【あなたもうつぼが浅いんじゃない?もはや怒る気力も無いわ…】


[にしても何その家系、面白過ぎない?]


【私からしたら笑い事じゃないんだけど】


{しかも少なくともってことは、他にもいるのか?}


【かも…?】


{かもってなんだよ}


≪どういうことだって≫


【いやね、誰も知らないのよ。その辺曖昧というか…】


〈ちなみにそのご先祖様って女の人?〉


【……私のおじいちゃんが『ぼう』】


〈わお…〉


{なんか…何とも言えないな…}


【…そうね】


≪まあ…あれだ、ジェンダー平等が進んでる家ってことだろ?≫


[たしかに]


【下手なお茶濁しはいいわ】


〈ところでさ、それってあれで知ったの?小学校の時にやった…何だっけな〉


【名前の由来を聞いてくるって宿題のこと?】


〈そうそれ〉


【そうよ。というかそんなのよく覚えて…ああ、また思い出しちゃった…あの頃のいじりは…】


〈ん?〉


[やーい、いちごー]


【それだよっ!てかやめろぉ!!】


{小学生みたいな事するな、高3だろ}


【…ほんとにやめて。私、軽いトラウマみたいになってるんだから】


[任せてもらっていいよ!]


【あんたが一番心配なのよ、脳筋バカ】


{脳筋バカ…}


[脳も筋肉ってこと?それは…究極の肉体美じゃないか!]


【〈≪{……(駄目だコイツ、俺(私)(あたし)の予想以上に救いようがない野郎だ)……}≫〉】


 そう言えなくもない…のか…?


〈(主人格も、コイツの言う事は無視した方がいいわ)〉


(そうか…)


【…イマイチ信用できないわね。いっそ名前じゃなくて、別の呼び方してくれる?】


[僕は高校では一番信用あったよ!「お前って素直だよな」って…]


〈(たぶん今までの調子だと、ただ単純ってことでバカにされてただけでしょうね…その友達も言葉をよく選んだ)〉


≪(こいつ、よく今まで詐欺とかに引っ掛かったりせずに済んだな。…いや、離島じゃそういうのも無かったのかもしれない。それでこんなマヌ…ポジティブ思考の世間知らずに育っちまったのか…哀れな奴…まあ、ある意味幸せか)≫


 離島暮らしだとしても、流石にここまで来ると本人の性質が多分にあるだろう。それと詐欺もない訳ではないだろう


≪まあ…つまりあだ名ってことか≫


【…そうね】


≪あだ名って付けようとして付くものでもないけどな≫


【必要な措置よ、私の精神の安寧のために】


〈うーん、じゃあ『アズ』とか〉


≪なんか響きが微妙だな≫


[じゃあ『アズアズ』は?]


【それ発音がしにくくないかしら】


[そんなことないでしょ。舌足らずなだけじゃない?]


≪『アズアズ』…でもたしかに少し詰まる気もする…(いや待て、どこぞの悪魔学校にそんなやつがいた気が…なんだっけな)≫


【名字を使ったのが良くなかったかも】


≪発想を変えてみるか≫


[アズアズも悪くないのに…]


【えーと、じゃあ名前なら…】


〈なら、『いっちゃん』ね〉


【……え】


 またまた沈黙が。一込も癒音もお互いに『え?』という困惑した表情が見て取れる


〈あだ名ならこれしかない〉


【なんで…?】


〈だったら、他に何があるの〉


【いや、そんな…普通に『もな』で良くない…】


{うーん…いかにもなあだ名だが、悪くはないんじゃないか}


【ちょ、丁波さんまで…】


≪いや、もうなんかそれでしっくりきちまったわ≫


[もとの名前そのものがあだ名みたいなものだし『いっちゃん』でも大丈夫じゃない?]


【私的にはあまり納得いかないのだけど…そんな大河ドラマの主人公にいそうな…】


≪逆にその感覚が良く分からんが…『苺名』だと嫌なんだろ?≫


【ええ、まあ…いや、だから…】


{まあ親に貰った名前が嫌というのもだがな}


【仕方ないじゃない…おじさんは、こういう名前だったとしても平気なの?】


{うーん…それはなぁ}


【そういうことなの】


〈とにかく、『いっちゃん』で決定ね〉


【あ、勝手に】


≪そうだな。宜しくな、いっちゃん≫


[よろしく〜]


【あぁぁ…黒歴史がぁ…】


{……まあなんだ、気にしないようにな…}


【私が一番気にしてる事なのよ…】


我からもよろしく頼む、いっちゃん


【主人格にまで…(そもそも『いっちゃん』の『い』の字も無いのに…)】


[そういえば、僕への態度も、もうちょっと甘くてもいいのにな]


【おいこら。なんか含みを感じるんだが?ん?】


[ひえ]


〈気のせいよ。こいつにそんな知能は詰まってないわ〉


【…それもそうね】


[なんなんだろうなぁこれ…]


 …結局のところ皆、『いちご』の部分にばかり目がいってしまった結果、『苺名もな』の読みが完全に頭から抜けてしまったようであった


[(苺だけに…なんて)]


【(いっちゃんかぁ…ああ~…)】







{……ん?空が明るくなってきてるな}


【え?】


会話に熱中して、いつの間にか一晩が過ぎようとしていたらしい。窓の外を見ると、空は既に白み始めている


≪もうこんな時間なのか≫


[僕たち一晩も話してたの?]


〈ねえー…そういやまだ途中じゃん!はやくはやく〉


【分かってる。で、後何だっけ】


≪スキルと転生したきっかけな。そういや何してたかも聞いてなかったな≫


【あー皆言ってたわね。私の当時は大学2年生で、切っ掛けは交通事故】


≪フィーネと同じだ≫


{ここに来てベタなやつか}


[ベタ?]


【まあそうなんだけど…私の場合は、交差点の横道から車がね…】


{視界が悪い場所だったってか}


〈あれだ、交通安全指導でめっちゃ言われるシチュ〉


≪よそ見でもしてたのか?≫


【どうだろう、歩きスマホとかはしてなかったんだけどなあ…。ともかく、そしたらいつの間にか草原にいて、横にあった手紙を読んで転生したって事を知ったの。そこに付与されてたスキル『情報工』についても書かれてたわ】


{神みたいなのとの邂逅は無くていきなりか?}


[へーそのパターンもあるんだ]


〈それも気になるけど出来れば今度にしない?もう起きてる人もいるから時間ないよ〉


…本当だ。少しばかり遠くに、人影が一つ見える


{もう朝か。この歳になると時間の流れが早いなぁ…}


≪おっさんいくつなんだ?≫


{もう41だったよ。腰も痛かった…そう言えば、それが無くなったのが今みたいになって良かった事かもな}


≪そんな体で異世界行ったのかよ≫


{戦闘中に発症したら絶望だったなぁ}


≪それ大分やばいが≫


【何だか切実…じゃなくて。今日は自己紹介だけ終わらせましょう。癒音もそんな急かさないで】


〈わかったから、ほら〉


[じゃあ『情報工』から?]


【そうね。その時の手紙によると、『情報工』は、専用のスキル『データバンク』でプログラミングしたものを、現実に呼び出すらしいわ】


{つまり、2つスキルでセットか?}


【ええ】


〈そんなスキルもあるのね…〉


≪…イマイチ想像できねぇな≫


【うーん…こればっかりは難しいわね…じゃあ例えば、生前興味があってやってた簡単なプログラミングを、その手紙に書いてあった簡単な説明の通りに試してみたら、ホログラムの家とか、家具を作れたり、他に魔法なんかもプログラムできた】


≪おい待て…それって大体何でもできるってことじゃねぇか。とんでもなく万能なんじゃないか?≫


【実際、大抵の事は何とかなったわよ。どこに行こうがテントとか要らなかったし、言うなればマインクラフト気分だったわ】


〈あ、マイクラやってたの?〉


【全然】


〈なによ〉




「……んぅ…ふわぁ…」




[あ、フーちゃん起きた?]


【寝相悪すぎない?】


{いや、これはどちらかというと…ナギサに、寝ている時何かを抱える癖があるのかもな…}


【あーそう言われると、これまでも何かしら抱っこしてたわね】


{専用の抱き枕があるといいかもな}


≪なあ、誰か起こしたか?≫


〈声出ないんだから、そんな訳ないでしょ。すぐ人疑うのやめた方がいいわよ〉


≪悪い…つい…(普通に説教された…てかなんかさりげにフィーネの呼び方変わってる…?)≫


【そうとして、時間がないか…しょうがないから、今日はこれで終わりましょうか】


{なあ、俺らって夜しか活動できないのか?}


【それなんだけど、どうやら昼間は主人格が強いみたいなのよ。まあだから、意思があっても、こうやってちゃんと話せるのは夜だけだと思う】


≪夜行性の動物みたいだな≫


[猫ってかわいいよね、よく実家の縁側で野良猫が丸くなってた]



【また話が脱線してる…】


もう気にしない方が良いのではないか?いっちゃん


【そうね…あーその呼び方なんかムズムズする…】


平気か?


【ええ、まあ…(慣れるしかないのかしら…)】



〈何それ、いいなー。詳しく聞かせて〉


[もしかして猫好き?]


〈うん〉


[そっかー。僕は…島にいる猫とは仲良かったし、もう以心伝心だったと言っても過言じゃないね。野村が餌を欲しがってるタイミングだとか、すぐに分かったよ]


〈そこって猫島?良いわねー…〉


[猫島ではないと思うけど]


≪待て、野村って誰だ≫


{(餌…)}


[野村はかわいいよ]


≪だから誰だよ≫


[異世界に行っても、ちっちゃい影みたいな猫飼ってたんだよ。多分魔物だけど]


≪いや、じゃあ駄目じゃねえか≫


[いやいや大人しかったよ。出会った時…]



『ん?なにこれ』


『フー…』


『猫だ、かわいいー、触っていい?』


『シャッ』


『わっと…』


『シャー!』


『こら、めっ!でしょ』


『フギャッ』



[…ていう感じで仲間になってもらったんだ]


≪それ大丈夫か?潰れた音がしたが…≫


[平気平気、あの時はちょーっとだけ力を入れ過ぎたけど、その猫、本当に影で実体が薄いらしかったから、背中がグニャってなるだけだったよ]


{それは…異常ではあるだろ…}


[仲間にしてからも多少暴れることはあっても、僕が言えばちゃんと聞いてくれたよ。いやー前世の時から思ってたけどやっぱ僕って猫に好かれるんだね]


【(聞いたとこだと…)】


〈(前世は餌目当てで…)〉


≪(異世界では怖がられてたんじゃねぇか?)≫


 自慢げな実を横目に、またまた息の合う仲の良い3人であった



「ん…」



【何回目よ、この脱線の流れ…もうフィーネも起きそうだから、ここまでにしない?ちょうどキリもいいでしょ】


〈もうかぁ〉


{まだまだ情報共有もしたいが…仕方ないか}


〈……あ待って、思い出した〉


【何を】


〈ナギサ・メトロンが主人格を創って、あたしたちを集めたのは皆憶えてるよね〉


{そりゃまあ…}


【そうだけど】


≪それがどうかしたか?≫


〈でも主人格の名前って知らない〉


≪あぁー≫


…我か?


{ああ。すまん、主人格のことはすっかり頭から抜け落ちていた}


別にその程度、問題ない


【そういえばそうね。一応自我もあるんだし、聞いときましょうか】


我に名はない。強いて言うなら、識別番号は『S116』だ


{無いのとそう変わらないな…}


[『主人格』でいいんじゃない?]


〈一人だけ名前無いのも可哀想じゃん〉


[じゃあ僕たちで付けるの?クロとか?]


≪猫から離れろ。そういえばさっきお前、野村っつってなかったか?≫


[野村はかわいいよ]


〈それ猫?それとも人間なの?〉


[野良猫に決まってるじゃん]


≪決まってねえだろ≫


【ねえ、主人格の名前、その識別番号をもとに考えてみましょうか】


…我に名を付けるのか?わざわざそんな…


【どうせならあったほうがいいでしょ?名前。私たちも呼びやすくなるし】


[今度こそアズアズ…]


≪さっきより関係ねえよ≫


〈難しいわね…〉


…我の意見は無視のようだ。別に、今のままでも特段問題は無いというのに


【『S』に『1』だから、『シューイチ』とかどう?】


≪成る程≫


〈…ニュース番組?〉


≪あ…著作権引っ掛かりそうだな…≫


【…やめましょう】


{ちょっと捻りがなくないか?例えば『シュイロ』とかどうだ?}


≪あー116(イロ)ってか。中々いいかもな≫


〈うちらにしちゃ上出来かも〉


[おじさんやるねー]


{お?これで決まりか?}


【特に反対もないし…時間も無いし】


『シュイロ』か…


〈主人格はどう思う?〉


悪くは無いかと


〈他人事ねぇ、あなたの名前よ〉


{じゃあ、思ったより早いがこれで決定だな}


[これからよろしく〜]


“(自らの名をつけられるとは、想定外であったな…しかし、せっかくの厚意だ、ここは素直に受け取っておこう。それで向こうにメリットがあるならそれもいい)”


【よし、何とか時間内に終わったわね。流石にもう他にないわよね?】


≪あったとしたって、次回だろ≫


〈じゃ、今回はこれで解散!〉


{ああ}




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

”一度話に区切りは付いたが…”


[どこに解散すればいいの?]


【そう言えば、この後って結局どうすればいいのかしら…】


≪お前も知らないのか。…どうする?≫


{何か起きるまで、待つしか無いんじゃないか?}


≪えー…≫


[それなら、ついでに僕の猫の話と筋肉自慢、聞いてく?]


〈猫だけでいいわ〉


[そうなんだ……じゃあ二葉ちゃんについてね]


{今度はかわいいけど、猫っぽくない}


≪ついでに野村についても説明してくれ≫


[近所の野良猫に決まってるじゃん、何言ってるの]


≪だからどこが決まってんだよ、てかこの話さっきもしたわ。そうじゃなくて特徴とかその時の話…≫


”どうやら人々が起きて自分達が眠るまで、もう少しこの時間は続きそうだ”


{…俺も、もう少し若ければなぁ}


”何を言っている?年齢ではなく、コミュニケーション能力の問題ではないのか”


{ぐふっ……}


”どうした”


{(予想外に刺された…)…平気だ。まあなんだ、若者とはギャップってのがあるんでな。見守るのが俺の役目だ}


”そんなものか”


{そうだな}

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