第42話 表面化

 着替え終わってから、もう一つほど気付いた…気付いてしまった。…今更だけどさ、


「火魔術かなんか、使えば良かったんじゃない…?」


別に誰もいない場所の上に、燃えるものも近くにない…すなわち。…別に、あんな寒い思いをする必要なんてなかったんだ…


 どうして…乾かすことに留まらず、身体を温めるという思想すら頭から抜け落ちていたんだ…もう、寒さが悪いよ。寒さで頭が鈍くなって、みんなそのせいだぁ…ぅ~なんでぇ……


 なんなら更に出てくるし。もっと言ったら、あそこでわざわざ乾かす必要すらなかった。だってほら、創造魔術。あれで新しく服を創って、濡れたやつは『ストッカー』にでも入れてそこで乾かしとけば…っていうのを、以前に思いついたのに全く経験を活かせてないじゃん


「…全部やる前に思い付いてほしかったな!」

 もーやだ……ほんとに何やってんの…?


「はぁ~~………………」

…ほんと、いらないところで躓いて、色々損した気分だ


 入口というのも盲点だった。帰る時に水を抜いて『堅化』させとこう。そして次回からの対策も

 早くここに来た本当の目的の基地の点検を済ませちゃおう。いまは東の基地だから、ここから北、西って感じで回っていくか







 ノールはついて来たがらなかったから、寂しく一人で見て回ってきた。あの後少し目を離した隙にぴゅっていなくなっちゃったんだよね、どうせなら着いてきて欲しかったなぁって…


 まあそれは置いといて、点検の結果から言うと…別に崩落とかはしてなかった。…まだ

 というのは、壁や天井なんかは崩れてはいなかったけど、崩れそうな箇所はあって、そこから雨漏りして小さな水たまりができてたりというのも見かけた。私の魔術の、目に見えない粗さがでてるのだと思う。道中そういう箇所を見つけたら、さっき習得した方法で逐一脱水して『堅化』を掛け直してたりしてたけど、あまりにも数が多すぎて途中で諦めた。効率が悪すぎる


 それに全体的に湿気が高くて、途中『ウォッチャー』で計測したらなんと86%、ついでに気温も9℃だった。そりゃ、あんな格好じゃ寒いよねー…なんて。地下とはいえど出来る限り居心地が良い環境をつくるために、冷暖房設備、換気、加湿・除湿とかは、工事がもっと進んだら設置を改めて考えたほうがいいな


 それと本来、こういう地下工事では『堅化』の他に『硬化』なんかも使用して壁とかを周りの土から隔絶するのが普通で、そのおかげで雨漏りとかもしない安定した環境を…っていうのが記憶がある。本体は地下工事の経験まであるみたいだ…思い出せないけど

 ちょっと気になる気がするな…一体どんな無茶苦茶なやつだったのか


「…ん?……あ。う、えっと…違う、いや違くないのかもだけど……」

……………端折ったんだ。結論を言うと



 それは誰に向けて話しているのだろうか?それと理由の部分で口を噤んだが、思念を読む我々には伝わっている



「待って、言い訳。『平均』に『堅化』も使って、さらに『硬化』までやってたら魔力が足りなかったの。あれでも5割切ってたんだよ、ボーダーラインぎりぎりだったんだよ。でもそのせいで、こんなことになったと言えば…そうだけど…結局は因果応報か」



 その必死な弁明には、誰もそれに何も返事をすることは出来ないが


「はぁ…」


 先程までのことを振り払うように溜息をついた。もう切りかえることにしたらしい



「さっきから何言ってるんだろ…。うーん、修繕は必須だけど、だからと言ってこれを繰り返すのも無駄だしな…」


 今回でこれだってことは、昨日みたいな雨がもっと何日も続いたら、簡単に瓦解する

 こういう状況を見ると、つくづく私って歪だなって思う。知識はあるのに、何一つとして経験がないからそれを活かし切れてない。…経験は今すぐにどうにかできるものでもなし、知識をフル活用してカバーするしかないな


「…今度は、先にもっと大規模の術式で外郭を固めておこう。『硬化』だけじゃなくて、重量で傾いたりしないよう、空間的な固定策として『グラビティ・フィクス』、環境調節の術式も継続的な効果がいいな。そうなると媒体は魔石…硬度を持たせるのが面倒だから魔鉱石でいいか。回路だけ別の素材で刻もう。術式は『刻式』か…複雑だから立体で…あれ、なら媒体も立体じゃなきゃ?てことは球か。そうなると全部が独立だと管理が大変か。うーん……うん…自律式の管理システムを造りたいな。母核型だと不具合が起こったら周りに伝播しちゃうから……統制型にしよう。範囲は…………

………………………………………………………」



 ナギサが長考に入ってしまった。これは暫く掛かりそうだ


 ならその間に、ナギサの思考とは全くもって関係ないが、繋ぎとしてあれについてでも説明しておこう。我々が言う『思念』と『思考』には、明確な区分がある


 これは我々の中に在る心想魔術の知識によるが、『思考』とはナギサ・メトロンもチラッと言っていた、魂を構成するプログラムである思考領域に存在する、まだ具体化していない《思い》の原形。『思念』とは、それが脳にまで達し、理性と感情のフィルターを通して表面化したものを言うそうだ


 そして、また別の者の知識では魂に関する権能は、完全に創造神…もしくは、創造神に管理を委託された管理者に依り、そこには強固な隔たりが存在するため部外者が無断で触れることは出来ない。それは我々も例外ではないため、我々も『思考』を読むことはできない、つまり相手が直感的に感じ取ったものは読むことはできないということだ。まあ、『思念』を読むだけでも大抵の情報は得ることはできるが…それに使用しているのは、ナギサ・メトロンより与えられた唯一の能力、『念波一方干渉』である

 これを使用することで、より詳細な記録を可能としているのであるが…我々に仲介させずとも、自分でこの程度できるだろうに。わざわざ記録の媒介までもさせるのは、本当にどうしてなのだろうか…。いや、今は『EMS』も併用しているそうだったな


 まあそれはともかくとして。ナギサの考え事も煮詰まってきたようだ

 『堅化』のみでも多少のことなら持つと思っていたようだが、此度の状況をみて、自分の処置と見積もりの甘さを痛感したみたいで、今度はしっかりとした計画を練っている


 しかし、その計画は大分魔術に依存したものだ。流石にトーベルとサラに内緒のまま進めるのは難しいように感じる。まあ、そこはなるようになるだろうと思っている者もいる。そうでもない者もいるが…あえて【私】は無視しよう


{…おい、俺の話も聞けって。普通に危ないだろこれは。子供にやらせることじゃないって最初から言ってるじゃないか、何かあったらどうすんだ}


【…どうせ何もできないんだから、黙って見届けるしかないでしょ…。逆に聞くけど、今の私達に何ができるのよ】


{それはそうだが……だがなあ…}


≪あきらめろよ、おっさん。実際、俺らが何を言おうが意味ないだろ?なあ≫


〈それあたしに振ってるの?やめてよ、絡むと痛い目に合うからあたし苦手なのよこの人〉


【それはあなたが揶揄うようなこと言うからでしょ。あと私が暴力振るったみたいに言うのはやめなさいよ。やってないからね?】


≪ただの口喧嘩だろ…。知ってるし、今はそれ関係ないって。おっさんはいつまで悩んでんだ≫


{うるさいな…俺は人の心配をするのが慣行なんだよ}


≪聞いたこともない日本語使うんじゃねえよ≫


【そろそろ黙ろっか。向こうの考え事も終わるみたいだから。私だって、同じ立場だった日本人として、フィーネも…ちょっと事情は違うけどナギサのことだって心配よ?でも、最初に言ったように、今の私達にあの子達を手助けするなんてできないのよ。この『念波一方干渉』も他の用途には全然使えないし…。だからもう大人しく見ときなさい】


[長尺セリフ…]


【あんたは何でこのタイミングで喋り出すの】


[あ、はい…すみません]


【まったく…】


〈相変わらず口調がきついわね〉


【あなたも一言余計よ】

――――――――――――――――――――

――――――――――――――――――――


 ようやく主人格にまとまった。あれ以外にも少々揉めたせいで、時間がかかってしまった。既にナギサの考え事もまとまったようだ

 どうやら、北・東・西の基地が囲む範囲の中央に管制室を設けるようである。それは今から始めるようだ



「もう少し深い場所に掘った方がいいな、あんまり浅いところに造ると、術式の上側への有効範囲が無駄になる。あ…出入口はどうしよう」


 重要な機関になるはずだから、場所が分かりやすいのは良くない。それは当たり前だけど、だとすると余計どこがいいだろう…。東西北どこの基地に…いや、もっと分かりにくい場所…通路の途中とか?いやいや、フェイクとしてつくった所に、そんな重要なもの隠してどうするの



 再び悩みだしてしまった



「…いや。出入口をつくらなければ、存在すら絶対にバレない…私も出入りが大変だけど、慣れれば問題ないか」



 出入口がない部屋に、どうやって出入りするというのだろうか。……普通の方法では無理であるな。心当たりがある者もいない



「『大地図』」


 地形を確認して、正確な座標を調べる


「…とりあえず、地表から100mもあれば十分のはず。6m四方、座標固定」


 こっからが大変なんだよね。魔術の制御力が足りてるか…やってみないとわからない


「ふー……『意向点いこうてん』」


 集中


「複合術式『ディグ』『硬化』『堅化』」


 整合性、正常


「遠隔起動」


・・・・・・・


「…うまくいった、かな…?」



 何が起こったか一瞬分からなかったが、どうやら成功したらしい。確かに、地下103m程、2次元座標では3つの基地の中央の地点に、明らかに不自然な空間がある、いや出来ている。ナギサが『大地図』で認識した情報を、『念派一方干渉』で確認したことで分かった



「あとは…『転移』」


 あれ?起動したのに何も起きない…


「…あ、術式ここ違う…」


 座標指定の3次元化を忘れていたから適用出来ていなかった


「『転移』」


 一瞬で景色が変わる。…とは言っても、同じ地下のため土の壁しかないが。なのであまり見映えは変わらないけど、この空間は綺麗に均されている


「やっぱ空間系統は難しいな…でもこれがないと出入りできないから、セキュリティーは最強」


 これなら誰も入れまい。『転移』するにも座標が必要だから、適当にやっても土に生き埋めになる。というかバレることすらないだろう

 あと副次効果として出入りしてる内に『転移』の扱いにも慣れるだろうし…我ながら秀逸な設計だ


 空間系統の魔術ってすごく便利なんだよ、移動とかは当然ながら、戦闘時の補助魔術としても。魔術が攻撃に使えないのなら最大限補助に回すしかないでしょ?この立地はその練習にも丁度いい。


 そうだ。今ちょうど思い出したことだし、他の属性…というか全属性の補助系統の魔術も今度思い出しとこう。もちろん、属性に含まれないのもね。補助系統だけならさほど時間も掛からないだろうし、色々と応用が利くのも多い


 さて…もうそろそろ昼食の時間かな。今日は危ない場所の補修だけにして、システム作りはまた今度にしよう

 はあ……ただ様子見に来ただけだったのに、予想外にやることが増えてしまった。けどおかげで燃えてきた。『硬化』と、『平均』『堅化』の掛け直しは通路のとこだけ、裏でこっそりやろう

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