第41話 三度あったことへの解決法

 森では基本的に走っての移動だ


 これも運動の一つだと考えてる。ただ、体を鍛えるとかの意味じゃない。目的地に着くまでに消耗してちゃ本末転倒…素なら私だって当然疲労は感じる。だからそういう面はエーテルの特性でアシストしてもらって、ここで重視してるのは体の動かし方の面…結局同じ運動だろと言ったらそれまでだけれど…でも違うよ。森歩きには専用の技能が必要だし、それには環境に慣れるしかない


 あ、前に木が…よっと……奥まで進んで来つつあるようで、木々の隙間が段々密になってきた


 それで、そのエーテルの特性といっても難しい事じゃない。魔力で出来た身体ならば、ある程度以上魔力を供給し続ければ、活動を維持できるというだけ


…あっと。今度は倒木か………


「あ」


 倒木を跳び越えて着地した時に、木の根っこに足を取られて転びそうになった。地面に手をつき、前に倒れる慣性で一回転


「…危なぁ」


 土の上には根っことか、他にも石とか色々あるから、転んだら絶対痛い。この辺りから、こういう悪路が増えてきたな


「もう走るのは厳しいか…上を行こう」


 こんな事で怪我はしたくないし。木の枝を伝って行くことにしよう


 それで、何話してたっけな…そうそう、普段はこうな感じで魔力は使わないけどね。魔力の無駄遣いだから。別に、日常生活では疲れてもさして問題はないわけだし





 さてと、目的地に着いた。東の基地だ


 実は、これまで基地に入る時はほぼ全てトーベルたちと一緒だったのだけど、今日は完全に一人

 今日は本来なら作業をする日ではないけどここに来た。理由は、外出前におねーちゃんの言葉にあったように、昨日の雨


 これまでも雨の日はあったけれど昨日は特に大降りで、それが1日中続いた。いま立っている地面もベチャベチャだ。基地と、特にそれらを結ぶ地下道、いまは私が個人的に手を加えて天井2m、幅1.6mになっていて、私が二人分くらいは並んで歩く余裕はある。断面積は元と比べて結構大きくなったはず

 これらは全て、最初作った時も拡張した際も魔術で強化したから、そう簡単に崩れるとは思えないといえど、最近の大雨で部分的に崩落とかしてないだろうか…と心配になったというわけ。東に来たのは、単に一番近いからというだけだけど…


 まあそれはどうでもいいから、私は狭い入口に足を踏み入れた


ヌル

「え…!?いやあぁぁ…!?」


―――入口が思ったよりぬかるんでいて、足を取られてしまった。そして坂のようになっているところをそのまま下まで――


「…………」


……下まで着いたら無言で自分の手を見つめて、次に背中を見ようと、ゆっくり振り返った…


「…うえぇ……ドロドロだ…」


 背中とか、全部泥まみれ……この感触気持ち悪い


「…これは…さすがに魔術で洗おうかな」


 これで帰ったら、さすがのお母さんも怒ると思う。だって背中側全面が茶色いんだもん。この汚れを普通に落とすのは苦労するだろう…一度の洗濯では不可能だと思う

 それより、冷たいっ…土じゃなくてもはや泥だから。早く乾かしたい…


「『クリーン』」


 魔術の効果は凄まじい。あんなにひどかった汚れがみるみる分解され、消えていく。これでもう洗濯の心配をする必要はないと思う…けど……


「…泥は消えたけど、水分は取れなかったか」


 おかげで、未だ気持ち悪い感触は解消されていない。乾かしたいけど…ここではな…


 落下した背中側全部に泥が付いてることからも分かるみたいに、ここの床も大分水を吸っている。多分、入り口が穴になってるから、そこから雨か水たまりの水が流れ込んで来たんだろうな。今度はその辺も考えないとなのか…

 そしてこの基地は拡張工事が完了している。3人で立っているだけで狭かったちんけな空間が、4.5畳くらいある立派な部屋のように…つまり割と開放感がある。一応外とも直接繋がってもいることだし…流石にここで、乾かすために服を脱ぐというのには抵抗がある



”ナギサも、少しは人間の女の子らしい考えを持つようになったのだろうか。始めは草原のど真ん中であることも意に介さず堂々と着替えを行って…ああいや、行おうとしていたものだが…”


「『クリップ』で止めればいいかなぁ…でも魔力が…」


“……やはり、我々が思う感覚とは若干ズレがあるのかもしらないな”


「?」


おや


「…誰……?」


…誰もいるわけないか。でも、じゃあ何なんだろう…?なんだか、ちょっとばかし失礼な雰囲気を感じたんだけど…



“おお…まさか我々が過去を思い出している気配を、こうも敏感に感じ取るとは…。しかし思えば、も、も、こういう話には妙に勘が働いていた…我々ももう少し、勘付かれないよう努力する必要があるか”



「…まあいいや。とにかく…場所を変えたいかも」


 何か…よく分からない気配を感じる気がするなぁ。あ、そういえば…今まで忘れてたけど本体が最初、私に何か付けてたな。それなのかな…何だっけ



“付ける…ひとを虫かごみのように言わないでほしいものだ。

 しかもそれ以上に、ナギサが我々の存在をすっかり忘れていたとは…たしかにフィーネと出会ってからというもの、我々に語り掛けるような事が無くなったなぁ、とは思っていたが…少々心外である

 まあそれはそうとして。何も無い茶色い空間の中、無意識だろうが精神的抵抗と背中の感触の葛藤からか柄にもなくそわそわしている様が、傍から見たら訳が分からない光景だが…心の声まで俯瞰できる我々からすると、少し面白い”


「んー…?」


 変な気配は消えないけど、それはともかく。早いところどうにかしたいとはいえ、実際どうすればいいだろう…現状、他に都合が良い場所が無いんだよね。

 んー………そうだなぁ。計画を前倒して新しい部屋を造って、そこで乾かそっかな。魔力が足りないから大きいのは無理だけど、ひと数人分くらいのであれば、乾かす分の魔力は残せるかも。…足りなかったら『魔力生成』するしかない。なんかいやだなぁ…今朝できるだけ使いたくないって言ったのにも関わらず、こんな理由で使うなんてことになったら……調整を頑張らないと…


「キュウ!」


「ひゃぅっ!げほげほっ…」


 お、驚いてむせた…なに!?声…あ、


「…ノールぅ〜…」


「キュ!」


 ね〜…場所が場所なんだしさ、てっきり誰も居ないものだと思って…。

 私の様子にもお構いなしに飛び込んで甘えてくるノールに、すっかり気が抜けちゃったよ…一緒に身体の力も抜けた。


 いきなり後ろから声が聞こえたと思ったら、その正体は、ノールトマールのノールだった。ビックリして跳び上がっちゃったし…おまけに変な声でたし……やだもうー…


「もう、地下ここは声が響くんだから、驚かすのはやめてよ…はぁ〜…びっくりした…」

 ほんと…胸の辺りがきゅっ、とした感じ


「キュウ〜」


 分かっているんだかいないんだか、気の抜ける鳴き声と同時に私にすり寄ってくる


「でもかわいい…よしよし。あ、そうだ。サンガククリョいる?」


「キュウ!」


 これは前に採ったサンガククリョ。大半はお母さんにあげちゃって、もう料理にしたのかどうしたのかも分からないけど3個だけ、出し忘れたみたいでストッカーの中に残っていた


「キュ~!」


 ノールを手に乗せて木の実を出すと、嬉しそうに鳴いた。見るからにほしそうだけど…あんまりかわいいから、ちょっといじわるしたくなるな


「はい、…なーんて」

 あげるふりをして、遠ざけてみる


「キュ!?キュー…!」


 ふふっ、そんな必死にならなくても大丈夫だよ。ちゃんとあげるから…でもあんな顔を見たらもっといじめたくなっちゃう…。けど嫌われたくはないし、我慢我慢


「冗談だって、はい」


「キュッ!」


 ノールは木の実を受け取るとすぐに勢いよくかぶりついた。ノールはまだ小さいから、身体の大きさと比べるとサンガククリョは大きいけど…パクパクと平らげていた。そんな姿にほっこり


 そう言えば、ノールトマールって雑食だったっけ?普通に木の実あげちゃったけど…まあ、大丈夫か。今のところどうにもなってないし


「キュウー」


「もう一個?」


「キュウ」


 『ストッカー』からもう一つ木の実を取り出した時、ふと考えた。これはちょっと良くないなと思って


 さっきの、あれでノールじゃなかったら、普通に危ない場面だった。少し気を抜きすぎてるのかもしれない。ここは森の中なんだし、地下とは言えもっと気を付けておくべきだったな…今度から魔力感知とか、もっと意識しとこうか


 あ、そんなことより現状の解決忘れてた…さっきからずっと服の感触が悪いんだ…おまけに身体が冷える


「ねぇ、ノール」


「コゥ?」

 食べ途中だったか。もぐもぐかわいい


「えっとね、これから部屋をひとつ造りたいから、協力してくれない?」


「キュ!」


 木の実を飲み込んで元気よく返事をしてくれた。翻訳の魔術は使ってないから何て言ってるかは解らないけれど、たぶん協力してくれるんだと思う。既に手から降りて「どこ、どこを?」とでも言いそうな雰囲気だ


「じゃあ、あのかどにしようか」


「キュウ!」


「あ、待ってまって、階段は私が作るよ」


「キュゥ…」


「あ。いや、違うよ?ノールには部屋の方を手伝ってほしいと思ってたから…信頼してないって意味じゃ全然ないから、だから元気出して?」


「キュ」


 ふー…大丈夫かな?それじゃあさっさと始めよう


「『操地』」

ボコッ、ボコッ、ボコッ……


 一段ずつ、床が凹み、それが続いていく。そして時間にすると27秒ほど―――


………よし、できた。38段くらいかな?部屋の高さとか決めてなかったから、念のため深めにした。7m前後の高低差のはず

 小さいから大人だと通れないと思うけど…その時はその時で拡張すればいいか。大人になっても使うかはわかんないしね


「キュー!」

 私が階段を作ると、すぐにノールがそこに飛び込んでいった


「あ、ちょっと…そこはまだ暗いから気を付けてねー」


 これまでの期間で、通路には照明代わりにランタンを既に配置してある。魔導具を作ろうにも素材がないから構造自体は火を使う普通のものだけど、しっかり空気の循環は作っているから一酸化炭素中毒のような心配は無い。通路の天井に時折空いているダクトのような穴はそのためのものだ

 階段は暗いと危ないし、また創造魔術でランタン作らないとなぁ。魔導具の魔力回路に適した素材は魔術的に創造しづらいのが、この創造方式のネック…。他方式はまだ難しい…


「キュー!」


 こっちは、張り切りすぎて聞いているのかもはや怪しいな…。穴を掘りたくなるのはモグラとしての本能なのか…これまでの作業も楽しんでやってたしな

…あれ、でもモグラのノールって、階段降りられるのかな


 ちょっと不安になって、私も後に続いて降りてみたところ、案の定2,3段のあたりで止まっていた。どうやら穴を掘って下に行こうとしてるみたいだけど、魔術で作ったから簡単には壊れないよ、それ。一生懸命爪でコンコン鳴らしているだけになっている


 そんなノールを微笑ましく思いながら、私はノールを優しく持ち上げた


「下までは連れて行ってあげるね」


「キュウ」


 ノール専用の通路もあったほうがいいのかなぁ。…それはノール自身にやらせた方が良さそうか

 そんな考えと共に、私たちは湿っぽい階段の先へと歩を進めた





 その後は簡単だ。ノールがいたこともあり、急遽決まった部屋の新設工事(私は魔力の節約のために例の道具での作業)は爆速で進んだ。ものの10分ほどで2畳程の空間が出来上がり、それを地下通路の時と同じく魔術で均し、強化した


 現在は、そうして出来上がった簡易的な空間で濡れた服を脱ぎ、風魔術で乾かしているところだ。この間の経験を活かして小さな渦をつくり、その中に服を入れている。これなら強風でも服が飛んでいかない…。服が空中でくるくる舞っているようにも見えて面白い


「ハァ…」


 ところで…濡れた時から思ってたけれど、この地下空間、意外と寒い。


 因みにだが…ナギサたちが着る村人服についてなのだが、下着という概念がない

 というのも、この間の件の時もフィーネすら気にしていなかったのだが…我々からすると、プライバシーやらへの意識が無さすぎるように感じてしまう。…そもそも普段履くのがズボンであるため、下着の必要性がそう高くないといえばまあ…異世界文化と言われればまあ…納得も出来なくはないが…ないが…

 しかも何故かインナーの概念はあることが、余計謎に思えてしまう原因でもある。都会などに行けば、また事情も違うのだろうか



「はぁ……寒ぃ…」


 吐息で手を温めて丸くなる……いやわかってるけどね?いまのこの格好のせいだって。でも本当に寒い…今までこんなだったっけ…?作業して熱くなってたからとかなのかな…


 毛布を創ったからまだいいけど、それでもじっとしてると体が冷える。動くにも動けないしなぁ…ついでに、座っている土の床が毛布越しに冷たい感触を与えてくる。最初、ここも湿っていたから『操水』でちゃんと水気を切って、少しはマシになってるはずなんだけど…もう何度目かわからないが、寒さに体が震える。膝の上に乗せているノールは温かいけど、全身を温められるほどの熱量じゃない


 それにしても、最近こういう機会が多すぎる気がする。一番印象的なのは、トレーニング(9割ノック)で、あいつの水魔術に当たった時とか…毎回毎回いやらしいんだよなぁ配置が…火の塊をぶつけられるよりはまだマシとはいえ…これはこれで辛い

 そこで毎回こうやって乾かすのは時間がかかるし、それに何よりも…慣れてしまったら怖い。…羞恥心の概念がじきに消え去っていきそうで…そうなったらもう終わりだ。気温とは違う寒さを感じて、身震いした

 どっちにしたって、何か良い方法はないかな…


「…あ、そうか。操水!」


「キュ?」


 ノール、良いアイデアが浮かんだよ!というより思えば、最初から自分の中にあった

 すごく単純明快、水魔術『操水』を使って、この土の床と同じ要領で水を。『水』を『操』るで『操水』なんだから、物質の中にある水も操れて当然のはずだ。むしろさっき同じことしといて、こっちは思い付かなかったのか不思議だよ


「『操水』」



 次の瞬間に、服から零れ落ちるようにして水がボタボタと落ち始め、ほんの数秒。途中で急激に勢いが弱まり、その後すぐに止まった

…どうやら完了したようだ。確かに、この方法は便利そうだ。たしか我々の中にも似た方法を多用していた者がいた気がする



「思った通り…成功!」


「キュ!」

 ノールも、何が何なのか理解している訳ではないだろうけど、とりあえず喜んでいる



 我々からしたら、こういった小さな出来事に喜び感情を揺らすナギサの姿は、微笑ましく思う。それはそうとして、既に着替えまで済ましたようだ



「こんなに簡単なところに解決策があって助かった…」


 これからはこんなつまらないことで足踏みをすることはない。良いこと覚えたなぁ

…まあでも、できれば脱ぐ前に思い付きたかったな…多分、それでもいけるだろうから。次必要だったらしよう。いや、別に次があって欲しい訳じゃない…




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ナギサ・メトロン『ほう?それじゃあ、これからの鍛錬は、属性魔術をもっと多用できるね、楽しみだ』


ナギサ「…?なんだかまだ悪寒が…?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る