第38話 鬼畜性め

 今日はこのところより少し暑い気がするな…。ここのこよみは知らないけれど、季節的にはそろそろ夏が近いかもしれない


「ふっ…ふっ…」

 いまの時刻は朝の8時くらい。今日も朝食も取って早々に外出したんだけど…ところでいま何をしてるか?エーテルに流れる魔力量を2:5で制限しながらランニング…


「ふぅ……ふっ…はぁ…」


 まあ、つまるところ体力トレーニングだ。村の門を出てすぐ東に、現在草原を…地図上で見ると横断するルートでのランニング中である。

 それと今はエーテル体の活動に必須な魔力の最低ラインしか供給していない省エネモード。これは単に魔力切れの方でへばっちゃわないようにというだけ。そうでなくとも、案外魔力ってすぐ無くなっちゃうし、節約出来るならしといた方がいいかなと最近思ってる


「はぁっ……思ったより、きついな…」


 別に全力疾走という訳でもなく、速度としてはゆっくりと走ってる。視たところ、私は素の身体能力値も普通の子供よりは高いみたいだけど、飛び抜けて高い訳ではない。流石に活性状態でないと92.7㎞/hなんて出せない

 ちなみに、92.7㎞/hっていうのは、トレーニングを始める前に『ウォッチャー』という何かを計測するための魔術を使って調べた結果分かった、私がいま出せる最高瞬間時速だ


 ちなみに発覚したときはそれなりにショックだった…超活性エーテルの性質に由来する固有能力『超活性』…要は『活性』の上位互換。…この状態になっても、この程度だということが問題なのだ

…昨今の狼騒ぎは反省してる。ちゃんと振り切ったか確認せずに2人のところに戻って、そのせいで怖い思いをさせてしまった。しかも弱体化は分かっていたといえど…本当に、あの程度の魔物で傷を負うほど自分が弱いとは思ってなかった。だから、油断してた気を引き締めるという意味でも今回ある



 そんなところで…もうそろそろ疲れてきて、足取りがちょっとよろけてきた。コース完走まで全然遠いんだけど…もうちょっと頑張りたい…


…『超活性』を使えば、今でもそれなりにやれるんだけど。でもそれには当然ながら相応の魔力を消費するので、用途はあくまでも瞬間的な超強化に過ぎない。『魔力生成』の併用?んーと…『魔力生成』での回復速度は、通常と比べたら何十倍も早いけど、それでも数分で回復する…とかいう訳じゃない。

 ここ数日間で一応、本格的に実用化に向けて検証を進めていた。それによると、ある程度の回復効果が見込めるには最低でも1時間はかかる。つまりいざというときに、あてにはするものではない


「あ…」


 ついにこけた。そしてそのまま起き上がれずに膝をついてしまった。…ここまでかぁ…


「はぁ…ふぅ…は〜…」


 まだ往復ルートの23%しか来てないんだ…道のりは遠いなぁ


 魔力代謝で体が発熱してて熱い。視界も若干ぼやけてきたので流石に続行は無理、少しおぼつかない足取りで近くの木の下まで行き、一度休憩を取ることにする…こういうのってあんま無理するのも良くないしね…。呼吸を整えた後、魔術で生み出した水で水分補給…


「ぷはぁっ…風…涼しいー…」


 ほんとうに、火照った身体に染みるみたい…何だか癖になりそう。


 その後、暫く座って落ち着いたら、攣ったりしないように足を伸ばしたりしていた。起こるか分からないけど、本体の性格を考えると…多分、普通の人に起こることは起こるようになってるんじゃないかなぁ。

 それに攣るとすごい痛いらしい?狼にやられた時なんかに思ったけど、やっぱり痛い思いはあんまりしたくない


「……ふぅ」


 しばらく座ってたら周りを見る余裕もでてきた。よく見たらこの木、おねーちゃんも薬草採取の帰りに、こうやって座って考え事してた木だ

 あ、それを言ったら薬草採取も行っておきたいな。知識はあって困ることはないし…そういえば今まで何だかんだでうやむやになってたなー。今度どっかで提案するか

 おねーちゃんは何故か嫌がるんだけどな。だけどザランにも一度会っておきたい。初日の挨拶回りの時は不在で会えなかったから


 さて…知識とは違って、力は一朝一夕では身に付かない。……まだ子供なのに焦り過ぎなのかなぁ…でも、自分の身を守る力は、最低限必要なものだと思ってる


「…想定してる敵があまりにも強すぎるってのも問題か」


 そのせいか余計に気が急いて…仕方ないんだよ。あくまでも私が知ってるのは、本体から継承した知識だけなんだもん、そのせいで、ある程度以上強いやつしか印象に残ってないんだよ

…例にも挙げたくない、国を(物理的に)飲み込んだ大怪獣とか、実質不死みたいな奴とか…ほんと何回思い出してもロクなものがない。それ以外も、どれを取っても今の私じゃ即死するレベルしか無い。


 それはさておいて、こうやって体を動かしていれば知らないうちに時間も経つし、あと継続は力なりなんてのもあったし、トレーニングとは言ったもののあんま深く考えずに、普段から運動してみようかなぁ


 それと一緒に…てのはなんだけど、これからは意識して省エネモードを保って生活しようかな…とかも思ったり。


 やっぱり体がいつもと比べて遥かに楽というか…ちゃんと疲れはしてるんだけど、多分肝要の魔力をあまり消費しなくていいせいなのか、疲れからの回復が気持ち早い感覚なのかな…?

 考えるに…どうもエーテル体にとっては身体的というよりは、魔力的なスタミナがより関係が強いのかもな、と…偶然ながらも役立ちそうな経験則を得た


 それで…うん、省エネでも生活に支障は一切ないし、という訳でこれからその検証も頑張ってみようと思う。だって、魔力が節約出来てその実疲れが少ないって、本当ならすごく革命的じゃない?


 まあそれはそうとして、今日の趣旨とはズレちゃうから終わり。


「んー…ランニングはもういいか…」


 23%でダウンしたわけだけど、もういいや。こっちもこれからコツコツ頑張って完走しよう…とりあえず、一旦飽きた。

 村を出たら辺り一帯草原と左手側に森のみ。景色なんて変わりもしない。それで同じ動きを繰り返してるだけって…


…と、次じゃあどうしようか


「どうせなら全身の機能を試したいな。…あ、筋組織の出力でも測ろうかな」


 せっかく時間を持て余してることだ。同じ運動でもバリエーションが欲しいなぁっていう…


「…あれ?」


 あ、別に何でも…いや、ふと思ってしまったのだけれどね…ガッツリ長距離走しといて今更な感じあって…。いやまあ、トレーニングって言ったし、元々そういう趣旨があったのだけどもね、しかしそもそも論として…私の身体って成長するの?


 いやいやいや、何言ってるのって…実際どうなんだろう?…と。いうてこの場合、思えばかなり怪しい気がするよ…?

 なんでってそりゃあ…これって要は、物理的なトレーニングでエーテルって強化されるのか…ていう議論になる訳で。…ね?んー…?って…。

 記憶では…思い出せない。思い出せればそれで済むのに、こういう時に役に立たない本体の記憶メモリーってさぁ…


……………まあ、一旦保留ってことにしとこっか。いま、こうやってトレーニングして、何か損する訳でもない…うん。…最悪ただの暇つぶしって事でも、一旦満足してあげるからさ?


 はあ…自分でも何の話してるんだっけな…無駄につらつらとものを考えてたら十分休めたし、トレーニングを再開しよう。



“ということで、一度不穏な動きがあったものの自分にそう言い聞かせて…その後休憩を終えたナギサは腕、足腰、体幹などなど…の動き等をチェックし始めた。…が、絵面があまりにも地味かつ、代り映えないしないため言及は無し。ご想像にお任せする”







「ふぅ…」


 本日二度目の休憩中。さっきからランニングに筋トレと、やってる側としても地味な訓練が続いててむしろ精神的に疲れてるような…。


 あ、精神といえばで思い出した。

 魔力の節約の方なんだけど、早くも成果が見え始めてるかもしれない。改めて意識してみると、維持にちょっぴりリソースを割くけど、確かに体感として持久力が上がったような感覚がある…かも。全部多分だけど、むしろ魔力消費が減ったおかげで精神面への負担が少ないのが大きいんじゃないかと考察してる。


 それとこうして見る感じ、エーテルって案外というか、普段の状態では思っているより魔力に依存してなかったのかもしれないという結論になるのかなぁ…。私が勝手にそう解釈していただけで…確かに重要ではあるけれど、魔力=活動コストという考えは誤っていたと現時点でも言えると思う。省エネに気付いて数十分というもの、ある程度の運動では支障という支障は無いし。

 いや〜…浪費。まさしく浪費だったんだろうな…。魔術の使用をどうこうする前に、普段の出力の効果エネルギー(≒エネルギー変換効率)の限りない無駄に気付くべきだったのかぁ…。

 んー…なんかもう、検証するまでもないかも。この事実だけで十分納得感、満腹感。…一応やりますけどね



「昼までもう少し時間もあるし、あと何か…あとは瞬発力とかいいな」


 うん、良さそう。持久力、筋力に並んで、重宝する要素だ

 まあ、まだどれもそこまで必要というわけでもないけど。でもどこで何が起こるか分からないし、そうすると何時何処いつどこでも大事。時間がある時に鍛えとくのが吉だろう


 しかし…瞬発力って、鍛えるのに何をすればいいのかがイマイチパッと浮かばない項目だな…。どうしよっか…?


「…反復横跳び…?」


 でもそれはどちらかと言えば筋力と筋持久力に近いっけ…。…瞬発力とは…?


『じゃあ教えてあげるって言ったら?』


「!」


 咄嗟に周りを見渡すも誰が居るわけではない。というか、それ以前にその声は…


本体人でなし!」


『何かさあ君、最近私に対しての当たりが強くなってるよね』


「むしろどうして分からないの、本体は」


 まだ、直接の被害例が少ないからマシに対応してる方だと思うよ?でも昨日の件も《落し穴》、忘れてないからね!あとおねーちゃんへの仕打タライちも

 ところで、薄々そうだとは思ってたけど…多分部屋で監視でもしてるんだろうね。どおりでいつも反応がリアルタイムなんだもん


「あははっ」


「何が?」

…なにをそんな面白がって?


『いやあ、ああいうスリルもあった方が面白いじゃん?主に私が』


「それはどうでもいいけど…でも痛いのはやめてよ!ベッドで仰向けがきつかったんだからね?それと椅子も!!」


「フフ…もちろん観てたよ」

 本当に観戦してるんだ…


「悪いけど、最高だね」


「悪魔!」

 あんの…


『まあ精神修行とでも思っておいて。それより、いま私は協力してあげようとして出てきたんだけれど』


 信じられるか!好き勝手な事もすればいい加減な理屈こじつけて…それに出てきたと言っても声だけでしょ。

 ちなみに今のこれは『レーテクト』。例の騒動の最中に送られてきた専用のもので、『念話』にも近い双方向の連絡術式。


 それにしても、本体がいう協力…あんまり良い予感はしないものの…ただねー……んー……少し長考、…ただ、実のところ本体はなんやかんやで有言実行なところもあるからなぁ。実は本体、これまで引き受けた依頼などに反故ほごしたことが無い。…記憶の限りでは、少なくとも。あんな性格で約束に忠実とか意味わかんない

 っとと…とにかく、タイミングよく(多分タイミングを図って)出てきたもんだから、これ以上何をすればいいのかが思い付かなくなってたところなんだ…。

……疑心暗鬼。ここまでいっても、正直警戒心しかないんだけれど…ここはお試しって意味でなら…


「………それじゃあ、一応話だけで、もぉっ…!?」


 目を開けた瞬間正面に魔力弾が見え、言葉を途切れさせる間も無しに身体を斜め後ろに反らして寸前で避けることが出来た


『些事なんか省こう。君は避けるだけでいい、早速本番だよ』


「はぁ!?いっ…!なにそれっ?!」

 

 その言葉を皮切りに、四方八方あらゆる方向から、魔力弾が私に向かって高速で飛来してくる。一発目を、体を反らして避けたため、次弾は魔力を纏わせた手ではじいて体制を立て直すのに専念して、その場から距離を取った。しかし魔力弾は私を追跡してきてるみたいだ


「どういうっ、つもり…!」


 こいつらしつこいしっ…!


『え?何って、トレーニングだよ。それと悪いんだけど君の魔力を使わせてもらってるよ」


 そうなの?!


「ああ、私が直接その世界に干渉することは許されていないからね。大丈夫、枯渇するまではやらないよ』


 何が大丈夫…って、そんなことはどうでもいいの…!

…たしか魔力弾って、特に本体のだと素の人間に当たったらその部分吹っ飛ぶぐらいの威力はあったはずだけど……やばっ、ふぅっ!


 顔の目の前を魔力弾が通る。…危なかった…顔も遠慮なく狙いやがって。しかもその余韻に浸ってる暇もない


「はっ…っ…!」


…………これいつまで続くの?さっきまでも運動してたから、もうきつい…


『持久力が足りてないんじゃない?魔力残量がをある程度を切ったら止めるよ。だからそれまで頑張ってね』


 嘘でしょ。

 確認…するまでもない、今日は省エネだったから、体は疲れてるけど魔力はまだ9割以上残ってる…


『逃さないよー』


 誰か、この地獄から私を助けて…


 攻撃の手は全く緩まず、死角から同時に狙ってくるものは姿勢と足さばきで避ける。『超活性』は使ってないから、ギリギリで対処する感じだけど…ついていけてるってことは、相当手加減してるんだろうな本体あいつ。それはそれでなんかムカつく気がする…


「が!?……かはっコホッ…」


 気ぃ抜いた…真横からの鋭い一撃。どうにかっちゃうとでも思ったけど、中身が詰まってないみたいで、確かに吹っ飛ぶとかはなかった。けど…痛いよ。例えるなら、軟式野球ボールに当たったくらい…痛い思いはしたくないって数十分前に決めたばっかなのに…!


『集中だよ集中♪第2セットね』


 しかし…本当に顔にも容赦なく当てやがるとは。


『急所を狙うのが戦場の鉄則だよ?』


 戦場じゃないよ?…絶対許してやらない…



 どれくらい経ったか分からなくなってきた。

 今も、カーブするようにして思わぬ方向から飛んできた攻撃が太ももに当たった


「ッ…!クウゥ…」


『強くなりたいんでしょ。その程度の痛みはあって当然、我慢しないと』


「待って…せめて休憩させて…」

 ここまで無理やり持たせた…けど、限度ってもんがあるでしょ。

…なんて心の中でしか言えない。体にそんな余裕が無い


『んー目も慣れてきただろうし、そろそろ増やそうかな』


「ちょっ…!!」


 聞こえてない?それとも無視?…ていうかやめろ!バカ…これで嫌いになっても知らないからね!!


『それは困るなぁ…』


 本当に困ってるような声色して、ニマニマしてる顔しか浮かばないのなんで?


 結局私の言葉は届かなかった…続けて少し速度を上げて迫って来るように見えた弾幕には、それまでの弾の中にバスケットボール大のものが混じっているのが一瞬確認できた。

 弾くのは難しそうなために横に大きく避けたが、次の瞬間ににフェイクだったのとに気が付いた。避けた先に集中砲火…


「ほんと質悪いっ!」


『実戦的でしょ』


 まあ、まんまと引っ掛かってしまったのにもイラつかされる…何発か浴びながらも強引に突破。被弾も大分増えてきた


『ほい、じゃあこれは?』


「!?」


 現れた魔力弾、その大きさ2m超だろうか?私の身長の3倍近い。

 食らいたくないという無意識で体が空中に踏み出した。…何も学んでいなかったと後悔せざるを得ない


『一本釣りー』


「…!」


 一瞬は何の事か気付けなかったけど、ただの大前提で…空中は自由落下の他に身動きが出来ないと、当たり前じゃん。


『そうだよ。油断したね?』


 再度の集中砲火…今度は一つも避ける手段は無かった。下からの衝撃で身体が浮き、直後地面に投げ出される。出来るだけ丸まって表面積を減らしても急所を外すぐらいの効果しかない


「……ぐうぅっ……」


『情けないなぁ』


 うるさいなぁ…その言葉はどう考えても余計でしょう…。顔どころか全身が痛いよぉ…あーもう立てない…。あざとかできてないかな…


『うーん、戦闘勘が鈍ってるねぇ。やっぱり経験を継承するのは難しいか』


 ねえ今そんな場合かなあ……痛いし若干魔力不足気味で全然動けないんだけど…


『暫く時間置けば大丈夫よ。続きはまた今度ね』


 え…いやだぁ…


『またねー』


 連絡がそこで途切れた。…私、もう怖いよ…本体あいつのこと…


 突如始まった弾幕バトル(一方通行)のトラウマを植え付けられたところで、治浄魔術で打ち身やらあざやらを治して立ち上がった。今日はもう帰りたい…





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「楽しかったよ」


なんという理不尽、かつ鬼畜だ…。


「なにおう…当たらなければいい事」


 それが出来るレベルじゃないからなのだが。


「まあ確かに、今日は見切り発車だったから訓練としては見た目程の効果は無いかもね。次回からは考えとくつもり。これ今回の分ねー」


…ああ、どうも…。…こんなのに目を付けられて、不憫で仕方ない。そしてそれを書かなければならない者として心苦しい…とだけ伝えておきたい。

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