第32話 反応
さっきのシステムについての続き
「…で、話がずれたけど、そのー…」
「『
「……略何だっけ」
「『EMU』」
「その『EMU』とやら…どうやって検証しようか」
そう。またもや本体の件で話が脱線したが、もともとはこれが何かを知りたくて連絡したのだ
「そうなんだけどねえ…基本的な使い方とかも教えてくれなかったから、何が何なのかさっぱり…」
「まあねぇ。でも名前にも『記書』ってあるし、何か書いてない?」
「でも2ページしかないよ」
「2ページ…」
「…じゃなかった、よく見たら表紙しかない」
この本もどき、中には何か書いてあるどころか表紙しかなかった。中身は空っぽ
「じゃあ何なのこれは」
「それ本と言っていいの?」
うそでしょぉ…こんな意味分かんないシステム押し付けてきて何がしたいのか、今更ながら本体が考えてることは全然わからない
「もうちょっと頑張ってみるか…」
「これのどこにそんな余地が?」
そこから探すしかないよね
◇
結論から言うと、その日は『EMU』に関しては何も分からずに終わったのだった。本当にどこにも、何も書いてなかった
というわけで昼になる前までには諦めた。だって何もわからないんだもん。仕方なくない?
その代わりというか、魔力量を増やす訓練をしていた。魔力はいくらあっても困らないから――実際は完全にそうとも言い切れないんだけど…というのは置いといて。この間の一件から、魔術の有用性と必要性を再認識させられた。これから、この訓練は日課みたいにして、何にしても魔力は常に強化しようと思う
攻撃魔術が使えずとも、私の体はエーテル体だから、やっぱり身体の強化の面でも魔力は大事だし、魔術と言っても色々だ。そもそもそれらの目的っていうのは、誰かを傷付けることだけじゃない。…なんて綺麗事はさておき、様々な場面でそれぞれ役に立つ魔術は沢山あるわけだ。そういうのは習得しておいて損は無い
そんで魔力訓練なんだけど、やり方は簡単。魔術を魔力が切れるまで使うかして、とにかく魔術的な方法で魔力を消費すればいい。そうすることで体内の魔力回路が強化、拡張されて許容魔力量が増えるという感じだ。ちなみに術式はあっても無くてもいいけど、使えば同時に、簡単に魔力制御も訓練することができる
私の場合は魔力を特定の形にして顕化させたり、動かしたり、込める魔力量を調節したり、それらを同時に行ったりすることで制御力も鍛えている
おねーちゃんはというと、さっき寝入ってしまった。昼食も食べたから、昨日の疲れも相まって眠くなってしまったのかも
…寝顔がかわいい。本体を基にして創られた、私と比べても遜色ないように感じてしまうのは、いわゆる身内びいきというものなのだろうか…ほっぺはもちもちだ
「……そういえば、姉妹になったけど、私たちって似てるところとかあるのかな…」
おねーちゃんの寝顔をぼーっと見つめていたら、ふとそんなことが気になってしまった。無意識的に顔をペタペタと触ってたけど、他人から見ないとわからないからどうしようもない
「あるといいな…」
記憶として知っている中でも、兄弟姉妹は何かしら共通点みたいなのがある人たちがほとんどで、何だかそれが常識になってるみたいだ。だから、必要は無いのだろうけど…実際のところ義理の妹の私は、少し気になってしまう節があるのかもしれない
「…なんて」
どっちにしたって、気にしても仕方ないことだから。残念に思いながらも自分の顔から手を放して訓練を再開させた
◇
そうしておよそ1時間。おねーちゃんのたてる寝息を聞きながら、その横に座ってずっと魔力を高める訓練をしているだけの時間が続いた
そんな何事も無い時間…突然鋭い痛みに襲われた
「……痛っ!な、なに…」
痛みに驚いて集中を切らしてしまったことで制御を外れた魔力が霧散する
「あ…」
私はそこまで言って、おねーちゃんが横で寝ていたのをと思い出して「しまった」と思い振り返った
「……………」
「スー…スー…」
しかし心配なかったようで。私の隣からは静かな息が漏れている。とりあえず安心した
「でも、今のはなに……?」
体を確かめてみても、どこか怪我をしている訳でもない。狼のときの怪我の後遺症かとも思ったけども、私がそんな雑に『再生』した訳もない。それにいまのは怪我をした時みたいな、特定の箇所のじゃなくて…なんかこう…もっと
他に心当たりは……………そういえば、いまちょうどおねーちゃんが昨日のあれで寝込んでるな。魔力枯渇が原因だったから、状況としては似てる…
…妙な緊張感を覚えつつ、恐る恐るといった感じで体内に魔力を巡らせる。……痛…くない。気のせい…か…?やっぱり関係ない…?
いや、まだわからない。その巡らせた魔力を放出してみた。…さっきのにビビっちゃって…ちょこっとだけ…
「…いっ……!やっぱり…」
やはり、はっきりと痛みを感じる。さっきよりは小さいものだったけど、今度は五感を集中させてたから、体感はたいして変わらなかった
「どういうこと…?」
いや、そうは言ったけど予想はできる。実際に体感したことは無かったけど、ほぼ確実に、これが今おねーちゃんにも現れているエーテルの拒否反応なのだろう。だからこそ、尚更おかしい
普通、こういう魔力関連の事象で痛みを伴うことはほとんどないはずだ。大体が倦怠感から始まって、酷くなると脱力感と目眩。もっといくと吐き気とか激しい頭痛がきたりするけど、それは既に限界を超えて魔力を消費した場合だ
そしてエーテルの拒否反応というのは本来、痛みを伴うものではない。エーテル体を維持するため、エーテルが内在魔力の放出を『拒否』する『反応』のことを言う…つまり拒否反応、『エーテル
この世界にはステータスなんてリアルタイムな数値はないから、体感になるけど、私のいまの魔力残量は4割くらい。これがボーダーラインの可能性が高い…。けど痛覚を感じるのはどういうことなんだろう…おねーちゃんもだけど私まで…。なんならそのエーテル涸過拒否反応があるはずなのに、昨日のおねーちゃんはその水準を下回って、自分の言葉の矛盾を指摘することになるけど、枯渇状態に陥るまでになってた
いや、枯渇状態が痛みを引き起こしているのか…?でもそんな事例は聞かないし…もしくは涸過拒否反応のせいでエーテル体の枯渇時の反応の事例が無いから…だとしても痛みとなって表れるものなのか?それに枯渇状態までいくとエーテルの繋ぎが不足するから崩壊が始まるはず…んー…?
昨日はその余裕が無かったからあまり気にしなかったけど……やっぱり変だ。大事な時に問題があっても困るから、何とかして解明したいところではある…しかしねえ…ここで考えたところで、他に情報がない今では仕方がない
この間からちょっと気になってたことではあるから、頭の片隅にでも置いておこうかな。こんな少ない情報しか無いのに考え過ぎるのも良くないか
それはそうとして、4割がボーダーラインなのか。こういうのは3割が基本的な数値だと思ってたんだけど…エーテル体の私は魔力への依存度が高いから、危険値も高くなってるのかもしれない。そういえば、ある程度のところでおねーちゃんたちにもこのボーダーラインを自覚させる演習をしないとな。基本的にはそれを基にして、戦闘中の配分を考えることになることだし
◇
その後は魔力もないし、何もすることがなかったので、魔力の回復の促進も兼ねておねーちゃんの隣で一緒にお昼寝することにした。最近になって気付いたというか、思い出したというか…睡眠中は、通常時と比べて実体の維持に消費する魔力が圧倒的に少ないことが分かったのだ。それは回復速度が速まるという事でもある
寝付くまでは、どうしてもさっきの痛みが気になって落ち着かなかったけれど元々魔力を消費してたのもあったのか、精神的に疲れていたのか…5分ぐらいしたらこてんと眠りに落ちた
―――約5時間――――
「…さ……ギサ…」
誰かが私の体をゆすっている…目が覚めていない私はそれをうっとおしく思って布団にくるまった。しかしそんな思いとは反対に、私を揺する力は強くなっていく
誰…?本体…寝てるんだからそっとしといてよ…
「ナギサ!もー……どんだけ反応鈍いんだ…あ、こら。丸まらないの、起ーきて」
んぅー…布団がズレてる…
「だから…うーむ、やむを得ん……そりゃあああ!」
「んにゃあっ!にゃ、な、なに…いたっ!」
突然、頭がぐるぐる回り出して背中が固い板に叩きつけられた
「うー…」
一応目は覚めた…けど…なんだか見えるもの全部がグニャグニャで気持ち悪い
「起きなさすぎ!ずっと前から起こしてるのに…」
「ふえー…?お、おねーちゃん?」
「そうだよ…ほら立って、しっかりして」
未だ安定しない視界の中、私は一度のっそり起きて、引かれる手に抵抗しながらふわふわする感覚を1分かけて戻した。そうして徐々に目の前の人物の顔がはっきりしてきた
「ほら」
「まってー…まだ世界がぐるぐるするー…」
「目が回ってるだけだよ」
「そう…?」
「とにかく、しゃっきりしなさい。もう晩ごはんの時間だから、急ぐよ」
「はぁい…お母さん…」
「違う、そうじゃない」
「知ってるー…」
なんとなくー……
私は、未だおぼつかない足取りでおねーちゃんに引っ張られてリビングに向かった。部屋を出るときに目に入ったけど、窓の外は真っ暗だった
私、あの後何時間寝たんだろう…あ、でも魔力が回復して9割超えてる。『魔力生成』は使ってなかったから、やっぱり睡眠が魔力回復には効果的なのかな。おねーちゃんもある程度回復してるっぽくてよかった。朝はあんなだったけど、もう普通に歩いてる
リビングはいつも通りの光景だった。お母さんが食器を用意していて、お父さんが床で狩りに使う鉈の手入れをしている。部屋が狭いのでこうしてリビングにきて道具を広げて作業をしているんだ
「あら、眠そうねナギサ。ご飯は食べれる?」
「うん…だいじょぶ」
未だ眠気が抜けきっていない様子のナギサは、目をぱちぱちさせながら席についた。初めはぼーっとしていて、目をこすったりしていたが、数分すればそれもなくなって普通に夕食をとっている
「このきのこソース美味しい」
「え」
「あらそう?昨日余ったコチョウカサを使ったのだけれどね」
「えキノコ……昨日…?」
キノコの単語を聞くと、おねーちゃんが口を覆って急に戸惑った様子を見せたのに気付いた。
「どうかしたの、さっきまで気にせず食べていたじゃない。それに昨日だって美味しいって言っていたわよ?」
「え?でもキノコは渋いからって…あれ……?」
「えぇ…?」
…なに…どうしたの?
「おねーちゃん、苦手?キノコ」
「実はちょっとあれなんだけど…?ん?いやでも物が良くなかったのかもしらないし…」
…おねーちゃん一度落ち着いて、文章が違和感になってるから…。
苦手を肯定してるようでもあって、なのに目の前のキノコの品質について言及するのは…ちょっと焦点が齟齬が…。というか結局どっちなの?おねーちゃんが苦手なのかキノコがまずいのか…
「そうかしら…けど、いつも食べていたものね」
うーん…それもそう。確かに、今までの食卓にも山菜の類と共にキノコはごく当たり前に入っていたのは、私もこれまでで目にしている。
「…やっぱり、採ってきたものが良くなかったのかしらね」
「うん…味覚変わったんかなぁ…」
一応はそれで納得とした。だけど全員が、どこかしら食い合わないような、何だか不思議な表情をしていた。…私も
おかーさんからしてみればこの短期間で突然、それまでは気にしていなかった苦手な食べ物が出て来たのは変だし…反対におねーちゃんとしては、どちらかというと自分の味覚に疑問を抱いていた。
「もしくは、古いのを知らないでのかもしれないから、今度からは気を付けるわね。でも今は仕方ないから、我慢して食べちゃいなさい」
「…分かった」
…考えすぎか。考えればたかがキノコ、その質とかおねーちゃんの好き嫌いとかどうこう、こんな熱心に議論をするほどでは無かったかもしれない。私には美味しいし、いいか
その後おねーちゃんは決定に怪訝な顔で頷きながら、次にまずパンから手を付けていた。
「それと、味付けに二人が採ってきてくれたユラエバナを使ってみたのだけど…どうかしら?」
「ああ、このさっぱりした辛みが魚なんかに中々合うな」
「ユラエバナって、おねーちゃんが川で採ったっていう?こんな感じなんだ」
「あら、フィーネが採ったのね」
「そうだよ」
そう聞いてる。
「まあね。それにしても結構美味しい…教えてくれたフラネに感謝だな」
手に持ったフォークの動きをピタッと止めて、思わず尋ねた
「え…おねーちゃんじゃないの?てっきり自分で採ったものかと…」
「え?ちが…いや違うって、なんか誤解してる。たしかにフラネに聞くまで知らなかったけど…でもこれは自分で採ったやつだよ!超冷たい水に入って採ったやつ…だからそんな冷たい目で見ないで!」
「あらあら…」
「そうなの…?てっきりフラネを
「何?フィーネお前…」
「言い方ぁ!そんなことしないわ!お父さんも真に受けないで!」
「そ、そうか。流石にな…流石にないか…」
「てか、ナギサもなに安心してるの」
「おねーちゃんがそんな下劣なことをしていなかったことと、フラネがその被害にあっていなかったことの両方に」
「なんか仲間意識芽生えてない…?下劣って、たかが香草におおげさな…」
この数日間で私は知った。思い知らされた、この村で食料の価値は大きいんだ。特に、肉と魚と香草とかはね。あと山菜。つまりその横取りは重罪だってこと…
「あらまぁ…うふふ」
やり取りする横で、そう笑うおかーさんが見えた。
「お母さん?」
「どうしたの?」
「フラネールとももう、仲良しになったのねぇ、ってね」
「あ、うん…」
「ほら、料理が冷めちゃうわ、早く食べなさい」
「はーい」
「…わかった(妹にあんな事言われるとは…ひどい冤罪だ…)」
「次からは全部自分の力で採れるようにね」
「…頑張るね」
一悶着ありつつも、なんだかんだで賑やかな夕食になったのであった。……本日の目的は達成されていないことは、我々が言うべきではないだろう
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