第33話 反応

「…で、話がずれたけど、そのー…」


「『虚可実記書イクステンション・メモリーアーカイブ』?」


「……略何だっけ」


「『EMU』」


「その『EMU』とやら…どうやって検証しようか」


 そう。またもや本体の件で話が脱線したが、もともとこれが何かを知りたくて連絡したのだ


「そうは言っても…基本的な使い方とかも教えてくれなかったから何が何なのかさっぱり…」


「名前にも『記書』ってあるし、何か書いてあるのかな…」


「でも2ページしかないよ…じゃなかった、よくみたら表紙しかない」


 この本もどき、中には何か書いてあるどころか表紙しかなかった。中身は空っぽ

 うそでしょぉ。こんな意味分かんないシステム押し付けてきて何がしたいのか、今更ながら本体が考えてることは全然わからない



 結論から言うと、その日は『EMU』に関しては何も分からずに終わったのだった。本当にどこにも何も書いてなかった


 ちなみに、あの白紙の本に関しては、あの後消えたりしなかったのでこちらでメモか何かにでも活用することにした

 最初の紫が私で、次の桜色がお姉ちゃん、最後の千歳緑は…フラネでいいか……て、なんか色の都合が良すぎる。もしかして本体の思うつぼ?まあいいや、こういう世界でこういう繊細な紙は貴重だから、ありがたくもらっておこう

…でも本体の狙い通りだとしたら、やっぱり気に食わないな…でも紙はふつうに実用的だから、素直にうれし…くはない。あいつめ、良く分からないけど気に食わない




 『EMU』なんだけど、昼になる前までに諦めた。だって何もわからないんだもん。仕方なくない?その代わりというか、魔力量を増やす訓練をしていた

 魔力はいくらあっても困らないから――実際は完全にそうとも言い切れないんだけど…というのは置いといて。この間の一件から、魔術の有用性と必要性を再認識させられた。これから、この訓練は日課みたいにして、何にしても魔力は常に強化しようと思う

 私の体はエーテル体だから、攻撃魔術が使えずとも、やっぱり身体能力の強化の面でも魔力は大事だし、魔術と言っても色々だ。そもそもそれらの目的っていうのは、誰かを傷付けることだけじゃない


 そんで魔力訓練なんだけど、やり方は簡単、魔術を魔力が切れるまで使うかして、魔術的な方法で魔力を消費すればいい。そうすることで体内の魔力回路が強化、拡張されて許容魔力量が増えるという感じだ

 私は魔力を特定の形にして顕化させたり、動かしたり、込める魔力量を調節したり、それらを同時に行ったりして制御力も鍛えている


 ちなみにお姉ちゃんはさっき寝入ってしまった。昼食も食べたので、きのうの疲れも相まって眠くなってしまったのだろう

…その寝顔はかわいらしいもので、本体を基にして創られた、私と比べても遜色ないように感じてしまうのは、いわゆる身内びいきというものなのかな…ほっぺはもちもちだ


「……そういえば、私たち姉妹になったけど、私たちって似てるところがあったりしないかな…」


 お姉ちゃんの寝顔をぼーっと見つめていたら、ふとそんなことが気になってしまった

 無意識的に顔をペタペタと触ってたけど、他人から見ないとわからないからどうしようもない


「あるといいな…姉妹なんだし…」


 記憶として知っている中でも、兄弟姉妹は何かしら共通点みたいなのがある人たちがほとんどで、何だかそれが常識になってるみたいだ。だから、必要はないのだろうけど…実際のところは義理の姉妹の私は、少し気になってしまう。残念に思いながらも自分の顔から手を放して訓練を再開させた





 そうしておよそ1時間。お姉ちゃんのたてる寝息を聞きながら、その横に座ってずっと魔力を高める訓練をしているだけの時間が続いた

 だけど…突然鋭い痛みに襲われた


「……痛っ!な、なに…」


 痛みに驚いて集中を切らしてしまったことで制御を外れた魔力が霧散する


「あ…」


 私はそこまで言ってお姉ちゃんが横で寝ていたのをと思い出して「しまった」と思い、後ろを振り返った


「スー…スー…」


 しかし心配なかったようで。私の隣からは静かな息が漏れている。とりあえず安心した


 でも今のはなに……?


 体を確かめてみても、どこか怪我をしている訳でもない。狼のときの怪我の後遺症かとも思ったけど、私がそんな雑に『再生』した訳もない。それにいまのは…怪我をした時みたいな、特定の箇所のじゃなくて…なんかこう…もっと根本ねもとから…全身にしみるような痛みだった

 他に心当たりは……………そういえば、いまちょうどお姉ちゃんが昨日のあれで寝込んでるな。魔力枯渇が原因だったから、状況としては似てる…


…私は妙な緊張感を覚えつつ、恐る恐るといった感じで体内に魔力を巡らせる

……痛…くない。気のせい…か…?やっぱり関係ない…?


 いや、まだわからない。その巡らせた魔力を放出してみた。ちょこっとだけ…


「…いっ……!やっぱり…」


 やはり、はっきりと痛みを感じる。さっきよりは小さいものだったけど、今度は五感を集中させてたから、体感はたいして変わらなかった


「どういうこと…?」


 いや、そういったけど予想はできる。実際に体感したことは無かったけど、ほぼ確実に、これが今お姉ちゃんにも現れているエーテルの拒否反応なのだろう。だからこそ、尚更おかしい

 普通、こういう魔力関連の事象で痛みを伴うことはほとんどないはずだ。大体が倦怠感から始まって、酷くなると脱力感と目眩。もっといくと吐き気とか激しい頭痛がきたりするけど、それは既に限界を超えて魔力を消費した場合だ

 この世界にはステータスなんて数値はないから、体感になるけど、私のいまの魔力残量は4割くらい。これがの可能性が高い…。けど痛覚を感じるのはどういうことなんだろう…お姉ちゃんもだけど私まで…



 うーん……昨日はその余裕が無かったからあまり気にしなかったけど、やっぱり変だ。大事な時に問題があっても困るから、何とかして解明したいところではある…しかしねえ…ここで考えたところで、他に情報がない今では仕方ない気がする。この間からちょっと気になってたことではあるけど、頭の片隅にでも置いておこうかな。考え過ぎるのも良くないか


 それはそうとして、4割がボーダーラインなのか。こういうのは3割が基本的な数値だと思ってたんだけど…エーテル体の私は魔力への依存度が高いから、危険値も高くなってるのかも。そういえばある程度のところで、お姉ちゃんたちにもボーダーラインを自覚させる演習をしないとな。それを通じて魔力の配分を覚えさせるのだ





 その後は、魔力もないし、何もすることがなかったので、魔力の回復の促進も兼ねてお姉ちゃんの隣で一緒にお昼寝することにした。最近になって気付いたというか思い出したというか…睡眠中は、通常時と比べて実体の維持に消費する魔力が圧倒的に少ないことが分かったのだ。つまりそれは回復速度が速まるという事でもある。


 寝付くまでは、どうしてもさっきの痛みが気になって落ち着かなかったけれど、もともと魔力を消費してたのもあって精神的に疲れていたのか、5分ぐらいしたら、こてんと眠りに落ちた









―――約5時間――――








「…さ……ギサ…」



 誰かが私の体をゆすっている。目が覚めていない私は、それをうっとおしく思って、布団にくるまった。しかしそんな思いとは反対に、私をゆする力は強くなってく…


 誰…?本体…寝てるんだからそっとしといてよ…


「ナギサ!もー……どんだけ反応鈍いんだ…あ、こら。丸まらないで、起きてよ」


んぅー…布団がズレてる…


「うーむ、やむを得ん……そりゃあああ!」


「んにゃあっ!にゃ、な、なに…いたっ!」


 突然、頭がぐるぐる回り出して背中が固い板に叩きつけられた。


「うー…」


 一応、目は覚めたけど、見えるもの全部がグニャグニャで気持ち悪い


「起きなさすぎ!ずっと前から起こしてるよ」


「ふえー…?お姉ちゃん?」


「そうだよ…ほら立って、しっかりして」


 未だ安定しない視界の中、私は一度のっそり起きて、引かれる手に抵抗しながらふわふわする感覚を1分かけて戻した。すると徐々に目の前の人物の顔がはっきりしてきた。――お姉ちゃんだ


「ほら」


「まってー…まだ世界がぐるぐるするー…」


「目が回ってるだけだよ」


「そう…?」


「とにかくしゃっきりしなさい、もう晩ごはんの時間だから、急ぐよ」


「はぁい…お母さん…」


「違う、そうじゃない」


「知ってるー」

 なんとなくー……


 私は、未だおぼつかない足取りでお姉ちゃんに引っ張られてリビングに向かった

部屋を出るときに目に入ったけど、窓の外は真っ暗だった


 私、あの後何時間寝たんだろう…あ、でも魔力が回復して9割超えてる。『魔力生成』は使ってなかったから、やっぱり睡眠が魔力回復には効果的なのかな。お姉ちゃんもある程度回復してるっぽい、朝はあんなだったけど、もう普通に歩いてる



 リビングにはいつも通りの光景があった。お母さんが食器を用意していて、お父さんが床で狩りに使う鉈の手入れをしている。部屋が狭いのでこうしてリビングにきて道具を広げて作業をしているんだ


「あら、眠そうねナギサ。ご飯は食べれる?」


「うん…だいじょぶ」



 未だ眠気が抜けきっていない様子のナギサは、目をぱちぱちさせながら席についた。初めはぼーっとしていて、目をこすったりしていたが、数分すればそれもなくなって普通に夕食をとっている


「このきのこソース美味しい」


「え」


「よく分かったわね。昨日余ったコチョウカサを使ったの」


「キノコ…これキノコソース…?しかも昨日…?」


「どしたの?」


「フィーネはキノコが苦手だから、毎回バレないように工夫してるのよ?全く…いい加減嫌いを克服しなさい」


「キノコは…キノコだけは…(前世でも無理だったんだよ…)」


「それと、味付けにユラエバナを使ってみたんだけど…どうかしら?」


「ああ、このさっぱりした辛みが魚なんかに中々合うんだ」


「ユラエバナって、お姉ちゃんが採ってきたやつ?こんな感じなんだ」


「教えてくれたフラネには感謝…」


 ナギサは手に持ったフォークの動きをとめてフィーネにたずねた


「え、お姉ちゃん知らなかったの?てっきり自分で採ったものかと…」


「え?ちが…いや違うって、なんか誤解してる!たしかにフラネに聞くまで知らなかったけど…でもこれは自分で採ったやつだよ!超冷たい水に入って採ったやつ…だからそんな冷たい目で見ないでよ!」


「そうなの…?てっきりフラネを強請ゆすったのかと…」


「何?フィーネお前…」


「言い方ぁ!そんなことしないわ!お父さんも真に受けないで!」


「そ、そうか。流石にな…」


「てか、なんでナギサは安心してるの」


「お姉ちゃんがそんな下劣なことをしていなかったことと、フラネがその被害にあっていなかったことの両方に」


「なんか仲間意識芽生えてない…?…下劣って、たかが香草におおげさな…」


 この数日間で私は知った。この村で食料の価値は大きいんだよ。特に、肉と魚と香草とかはね。あと山菜。つまりその横取りは有罪ギルティだってことも


「うふふ…皆仲良くてよかったわ。ほら、料理が冷めちゃうでしょ、早く食べなさい」


「はーい」


「…わかった(妹にあんな事言われるとは…ひどい冤罪だ…)」


 お姉ちゃんはなんか落ち込んでたけど、知らないから。次からは全部自分の力で採ってよね



 ひと悶着ありつつも、なんだかんだで賑やかな夕食になったのであった。……本日の目的は達成されていないことは、我々が言うべきではないだろう

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る