第31話 『EMU』
今日の朝はゆっくり始まった。
今朝は私たち二人とも寝過ごして、お母さんが起こしに来るまで目が覚めなかった。そして未だに自力では起き上がれそうにないおねーちゃんを無理やり起こして、朝の支度とかは全て私がサポートして行った。私?私は…もう治ったよ。だって、魔力さえ回復しちゃえば元の機能を取り戻せるから
朝食の時も、まだ完全に目が覚めてなさそうで、半分白目をむいているようにすら見えるおねーちゃんを、お父さんとお母さんも「平気なのか…?」と心配していた。しかし昨日も見た光景だからか、「大丈夫」とだけ言えばそれで終わりだった
今はというと……部屋で二度寝しようとしているおねーちゃんを引き留めている
「外行こうよー」
「…筋肉痛が、まだ治ってないのよ…」
「なら余計に体を動かして回復を早めるべきじゃないの?たしか、この方法は医学的に有効だと証明されてるはずだよ」
「なんかもうそのレベルじゃない……だからナギサ離して…お願いだから……」
「そんな泣きそうな顔しないでよ。罪悪感感じちゃう」
「そこは感じてよ…とにかく離して…」
「はーい…」
おねーちゃんのそれは筋肉痛ではないけど…まぁ辛いことには変わりないだろう。状況を見る限り…というか、昨日を鑑みた感じ、間違いなく魔力枯渇によるエーテルの拒否反応だから、もっと深いところからの痛みなんだと思う
ところでふと気になった
そういえば、おねーちゃんが魔力切れになったらどうなるんだろう?私の場合は、魔力が構成するこの肉体が一度崩壊するけど、魔力が回復すれば元に戻る設定になってる。でも、おねーちゃんはどうなんだ?
あぁー…これをエーテルへの変換が判明した時に思い出してたら…これこそ原因である本体に聞いておくべきだったな…。仕方ない、他に何か
…あ。魂。そうだ魂だ
思えば私が特殊なだけで、普通肉体が崩壊すればその魂は輪廻を回って転生される。私みたいに魂(正確には違う)が現世に留まることはない
いや待って、ということはおねーちゃんの場合も、普通の人間のようにそのまま死んでしまう可能性が………………ううん、馬鹿だな私、寿命の心配は無いし、身を守る術もこれから教えるんだ。大丈夫、私もいる。いざという時は、必ず何とかしてみせる
おねーちゃんの調子の悪い様子を見て、ついネガティブなことを考えてしまったがすぐに考えを改めた。リスクばかりをみても仕方ないし、それにただの不確実な仮説だし。気にする必要もない…
「ナギサ?どしたの難しい顔して…なんかあった?」
「あ、いや…やっぱり今日は家に居ててもいいやって。家でもできることをしようと思ってたし」
「……なら最初からそう言ってよ。でも動きたくないから助かるー……」
そういっておねーちゃんはベッドに飛び込んだ
とはいえいつからなんだろう、随分と臆病な性格になってしまったみたいだ。…不滅の私を、置いていかないでほしい…。何故そんなことを思うようになったのか、分からないし…なんか、ずっと分からないような気すらする
「あー…」
「…ううん」フルフル
そんなところで、私は一度スイッチを入れ替えることにした。これ以上になると、感情が抑えきれなくなりそうだったから
「そうだ、今日は謎のシステムについて話し合おうと思ってるんだけど」
「…なにそれ」
「わかんないよ」
謎だって言ってるじゃん
「昨日、連絡術式を本体が転送してきた時に一緒に送られてきたんだ」
「ああー…あいつ…それっていつ?てか連絡術式って本当に送られてきてたの?」
「話の途中で、もう送られてきてたよ」
「あ、そう…」
「さて…どういうものなのかな」
私はそのシステムを起動してみた。初めてなので何が起こるかも未知数だったが、少なくとも攻撃に使うものではなかったようだ。私の正面に向けた手の先に、一冊の本が現れた。本と言っても紙ではなく、紫色の光で出来たかのような無機質な見た目で、そこに静止して動かない
…向き的に、手の平は上に向けるのが正しかったかな
「とりあえず、いきなり爆発とかしなくてよかった…」
「ちょっとそれ洒落になってないんだけど。何しようとしたの」
「たまーにそんな事例があったり無かったり…」
「そんなリスクを冒さないで」
「稀だって」
…本体の場合は…システム不良とかは多分ほぼ有り得ないと思うけど、逆に…そもそもそういう意味不明効果とか、面白半分とかのケースが否定し切れない
「で、それは?」
「いや、試しにそのシステムを起動してみたんだけど…これは予想外かも」
「これは流石に本体に聞いてみようかな…」
「ナギサも分からないの?」
「うん…」
本体の記憶にもないから、最近になって神界で流行ってたりするものなのだろうか
「確認してみる。『レーテクト』」
5秒後―――
「これ、『
「またすごい名前だな…それで、結局何だったの?」
「…分かんなかった」
「え?」
教えてくれなかった
「本体が言うには『確かに、それは私が君達のために新しく造ったものだから、全て知っている。だけど、自分がなんでも答えていたら君たちが成長する余地が生まれない。だから、これからは、そういうのは自分達で探して』ということだったんだけど…」
「もっともらしいこと言って…」
「ね…」
今回限りは、少しくらい教えて欲しかったなぁ
「あの神…大事なとこで役に立たない…ぐぇっ……」
突然現れた…これってタライ?おねーちゃんの頭に直撃した。おねーちゃんはそれに蹲って悶絶している
「……
そんなに強くなかったのは、多分お姉ちゃんが怪我しない程度に加減したんだろうけど、なんでそういうところだけ律儀なの…いや、おねーちゃんに怪我されるよりはいいけど。……これが私だったら、どれくらいの速さで落ちてくるんだろう…考えると恐ろしい。なまじ肉体の強度が高い故…そしてそれを知られているから…
でも、おかげでおねーちゃんに怪我はなさそうなので、私は落ちてきたタライを眺めてみた。良く見ると、底にただ一言だけ書いてある
「メッセージがある…『神を便利屋扱いするな』だって」
ついでにそのメッセージすら、読み上げたら消えて、ただの何も書いていないただのアルミの塊になってしまった。そういえば、アルミなのか
「訳分かんない…イタタ、首にきた…」
「大丈夫?」
「ああ…うん…。にしても、タライっていうのも古いしよぅ…」
本体ねえ…それは正しいと思うけどさ、さっきのはただの愚痴だと思うよ。人の気持ちがわからない弊害で、理不尽な仕打ちがおねーちゃんに………私も他人事じゃないか…気を付けないとな…
「悪魔めぇ、ただでさえ筋肉痛の時に…うっ、なんか朝食も出そう…」
なんでそっちも?
「一応聞いとくけど…大丈夫?」
「いや…」
さっきは大丈夫だったのに…
ただここで胃の中のものを戻されても困る。何とか我慢してもらって、痕は波が落ち着くまで背中をさすっていた
まあ、あまり強くはなかったから大丈夫だろう。案の定、少ししたら回復してきた。未だにベッドに倒れ伏してはいるけどね
「はあ…軽く酷い目にあった。なんなのあの神、暇なの?」
「それで私がここにいるんだよ」
そこは正直に言うと感謝してるけれど
「そういえばそうだった…暇なのか…だからと言ってわたしたちで遊ぶな!」
「今度から、
「…あれはナギサのせいでしょ。わたしたちが被害者側だよ」
「……」
おねーちゃんのジト目にそっぽを向く
「…とにかく頑張ろう。あの調子だと、私たちが何も言ってなくとも気分次第でちょっかい掛けてくるかもしれないから…」
「えぇ…どんだけ悪趣味なのよ、あのあ……」
私の言葉に、おねーちゃんはあからさまに嫌な顔をしたが…しかし再び頭上の高さに現れたタライに、言葉を止めた。そしてゆっくりと動き出したそれを目で追うと、その先にはおねーちゃんが…
「…あ、ちょ…ほんとごめん許して、ごめんて…」
ベッドの上だから逃げ場がない。お姉ちゃんは身体をちっちゃく丸めて頭を守ろうとしていた
すると、タライは糸が切れたかのように動きを止め、何故かゆっくりと床に落ちた…一連の中で、何故か私の魔力が少し減った。あいつめ…
それにしても…俯瞰してみると、なんだこの状況は…。まあ多分、ただの脅しだろうな。もしくはからかってるだけか…で、それはそうとして
「………もう頭上げていいんだよ」
いつまでそうしてるつもりなの
「もう大丈夫…?」
「ほら、もう動いてないよ」
私、ただの虚空に怯えてるおねーちゃんの図は見たくない
「ふぅ…良かった…」
「遊ばれたね」
という訳で再度現れた、さっきと見た目は全く同じアルミタライを覗いてみた
「こっちは何も書いてなさそう」
「使い道も無いタライを、2個も押し付けられただけか…」
「でも、見た目の割に軽いよ」
「ふーん?…あー、たしかにそうね」
私たちが手にしているタライは大きいものの、見る感じだと結構薄いし、何より材質が軽い
「まあとにかく、こうなるから次は気を付けなよ」
「いや、向こうの気分でやられたら、気を付けようがないでしょ…」
「それは…もう諦めよう?歯を食いしばって耐えよう…?」
「何でだ!いやだー!悪魔でもいいから助けてー!」
残念ながら、あらゆる存在の中であいつが一番強いんだよ…悪魔なんて最上級でも小指で粉砕されると思うよ
ちなみにあのタライ、後でお母さんに見せたら
「あらあら…これはどこにあったのかしら?新品みたい…」
「そ、それは、たまたま押し入れを見たらたまたま入ってたんだよ、たまたま…」
『た』と『ま』が多いよ。やっぱりおねーちゃんに任せるべきじゃなかった、こんな時のおねーちゃんが言ってる嘘は分かりやすすぎてもはや正直なんだ…
「こんな良い物、あったかしら?」
ほら適当な事言うと…ん?
「あったあった…!「「…良い物?」」
「そうよー。だって、洗濯の時に入れ物が足りてなかったのよー。だからこれ、お母さんが使ってもいいかしら?」
「あ。う、うん…」
「いいけど…」
元々私たちじゃ使い道が無いから、持ってきた物だし…でもまさかいくらお母さんでも、こんな何の変哲も無いタライの用途を思いつくとは思わなくて…
「ありがとう。早速、使って試してみるわね」
「あ、うん」
主婦の生活の知恵か…使える物は何でも暮らしに役立ててしまう…。ともかく、これでタライは処理できた。部屋の無意味で訪問者を不可解な気持ちにさせるだけのオブジェクトになることだけは回避された
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「何だか面白い光景が観られたよ」(^^)
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