第30話 繋がりのかたち

「やっぱり、フィーネはお姉様」


「まだその下りあったの…?やめてよ…もういいけど、呼ぶときは普通に『フィーネ』でお願いね…」


「…わかった」


「慕われてるね」


 本当に、まんざらでもなさそうだよね。私という妹がいながら…むー

 口では拒否している風を装って、その顔は嬉しそうなお姉ちゃんに静かに頬を膨らませた


「ナギサも…ありがとう。フラネって気軽に呼んで」


「…え?あ、ありがとう?」


 ちょっと不意打ちだった。ありがとう…?でもその前に、見られた…?あ、フラネの口端、微妙に上がってる。え、なんか恥ずかしいな…言わないでね…?

 頬に入れていた空気を静かに抜いたら、そこが赤く染まっていた。ほんと、おねーちゃんには見ていなかったのが幸いだったな…


 ま、まあそれはいいとして///、あの質問に答えるまでの数秒で何を考えていたのか、それは知りようがないけれど…その真剣に、期待に溢れた顔を見れば、ネガティブなことではないことは分かる

 何か、やりたい事を見つけたみたいだ。まだ4歳なのにすごい覚悟と決断力だと思うよ。それを私が言うのもあれだけど


 余談だけど、今日だけでフラネとの仲が随分深まったとように感じるんだよね。最初に「すぐに日常会話はできるくらいには仲良くなってやる!」って宣言した。でもこれはそれ以上の成果だと思う、さすが私


 なんて冗談はさておき、これから正式にフラネが私たちの行動に付いて来ることになった。これで私たちの旅はより賑やかで楽しいものになるだろう。まだ8年先だけど、そう考えるとこうやって仲間を増やしながらの旅も悪くないかとも思う今この頃…


「あ」


「「え?」」


 「あ」って?


「日が赤い…」


「…やばいっ、もうこんな時間じゃん!」


「ほんとだ…」


 たしかに、木々の隙間から夕陽が差し込んでる


「早く帰ろう!」


 あちゃー。いつの間にこんなねー…興が乗っちゃって、つい話過ぎたか…。でも、これは本体のせいもある


 話が盛り上がって、私が継承した記憶にある本体の経験談悪口を話したんだけど…その時突然、上から滝みたいな水が落ちてきて、全員びしょ濡れになった

 そしてそれをさっきのフラネみたいに乾かす必要があった。その間、私たちは創造魔術で大きくした先程のタオルにくるまって、隅っこに縮こまっていた


 新しく服を創らないか?そんなの、持ち帰った時に親にどう説明すればいいの…ってことに決まってるでしょ。…いや待てよ濡れたのを『ストッカー』に入れれば両親にはバレないし、ついでにもしまた何かあった時の替えだったり…いや、もういいんだ、気付くのが遅かった…。よく考えれば創造魔術もまあまあコスト掛かるし、それに安物の村人服とはいえ、おねーちゃんに貰ったお下がりだし。乾かす時間もあったし。新しい学びということで…


 そうしている内に服も乾いて、それを着てる最中、『本体あいつ、こっちに干渉してこないんじゃなかったの』…なんて、今日何度目か分からない呟きを漏らしちゃったんだけど…それが良くなかった。それに答えるように今度は半径5mくらいの超局所的な範囲に集中豪雨が襲ってきて、また濡らされた。あの時は私も


「そんなばかな…」


って言うしかなかった。でもおねーちゃんたちは


「ナギサのせいでしょ……」


「…同感。私たちは、巻き添え…私は3回目」


「はい…」


……本体め、油断も隙もない。でも、もう濡らされたくなかったから、口には出さなかった

 心を読んでると思うから伝わってはいると思うけど、口に出すか出さないかでまた違うんだろうか。今度は何も起こらなかった。もし起こってたら膝から崩れ落ちてた





 着替えも済ませたので、私たちは急ぎ足で森を出ようとした。とは言っても、2人は魔力枯渇の影響と、疲労でまともに歩けなくなっていたので、私が『行動補助』を使って狼戦の時みたいに抱えて行った


「ありがたいけど、絵面がな…」


「2人いるんだから仕方ないでしょ」


「…ちょっと脇腹が…」


「…頑張って」


 そうしてゆっくりトコトコと歩き、森から出るところまで来た。私も諸々でかなり消耗中だから補助魔術も最小限、なので、行きよりも足並みは遅かった

 そうした後、私が2人を抱えられるほどの力を持っていると思われるのもそれはそれで良くないため、そこからは自分で歩いてもらったから更に移動がノロノロに…。しかもあんまり辛そうだから、見ていてなんか罪悪感…



「それじゃあまた明後日、あそこでね」


「ん…また」


 家へ帰る途中でフラネと別れたら、ふらふらのおねーちゃんに肩を貸しながら、またゆっくり歩き始めた


「はぁ…ふぅ…悪いねナギサ…」


「ほら、がんばって。もうすぐ着くよ」


 もう無理そうだな。村の中に坂が多いのも悪さしてる感じがある。これじゃあ運んでるこっちも辛いし、どうにか気を紛らわせたいな…


「あ、そういえば」


「ん…?」


「熊を退治するのにおねーちゃんが使った魔術、『レイズ』だっけ」


「ああ…そうね。なにか?」


「いや別に…ただ、奇遇だなって」


「それって…?」


「始まりの魔術…最初に始祖神によって使用された術と、同じ名前だったから」


 たしか、第4始祖神のチハルだったかな…最初は明確な術式もない、概念として曖昧なものだったけど


「何それ…わたし知らないよ。偶々だよ」

 知ってるよ、そりゃそうでしょ。たしか神の中でもそこまで有名な話じゃないし


「だから、奇遇だなって」


「ああうん、そうだね。にしても、もうあったかあ、『レイズ』は…」


「あ、別に変えなくていいよ。偶々だし、魔術の名称は基本的に使用する本人が決めていいものだから」


「そうなんだ」


「そうそう」


「(ただのレーザー光的なものを少しでももじってオリジナリティを出したいと思ってたが…そうか…1番最初か…)」





 そうこうして何とか間を持たせながら、いつもは10分の家路を20分かけて、家のドアを開けた


「ただいまー」


「……」


 おねーちゃんはもうだんまりだ。ドアを開けて…ビクッとなった。そこにお母さんが…明らかに機嫌が悪いと分かる表情で仁王立ちしていたからだ。そしてその表情を崩さずに言った


「…おかえりなさい。遅かったわね…?」


「ご、ごめんなさい…」


 お母さんからは妙な威圧感がにじみ出ていて、私は反射的に謝ってしまった。あ…この感じ、服を吹っ飛ばしちゃった時のフラネに似てるんだ。つまりは手遅れってことだ


「どこで、何をしていたのかしら?お昼ご飯も食べに来ずに…」


「それは…えーと…」


 やばい、声が出ない。それぐらい、お母さんが怒ってるのが感じられる。朝に家を出てから数時間、昼も帰って来ずに森にいたんだなぁ…流石にこれは仕方ない

 でも無理。怖い、助けて誰か…


 私が言い淀んでいると、急にお母さんが表情を変えた。それはすごく心配そうな顔で、今にも泣きそうな顔にも見えた


「心配してたのよ…?慣れてないだろうし、迷子にでもなってるのかとか…」


「…ごめんなさい」


 でも迷子にはなった。…なんなら行きも、フラネが言ってくれなかったら、若干危なかったかもしれない


「…ごめんお母さん」

 おねーちゃんも、お母さんの気持ちを察して謝った


「いいのよ…無事なら、それで…。お腹空いてるでしょう?ご飯にしましょう」


 さすが母親と言うべきか、心配しながらも行動の切り替えが早い


「あ、その傷は?」


「あ……」

 え?なんだろう…?この傷…


「大丈夫だったの?何かあったんじゃ…」


「…これは……木に引っ掛けちゃっただけ。大丈夫」

 思い出した、大したものじゃなかったけど、狼の爪が掠って怪我した場所だ


「そう?なら、着替えてらっしゃい、今度繕ってあげるから」


「うん、ありがとう」


 私としたことが、狼につけられた傷のところ、傷自体は直したのに、服は直していなかった。ほんと、うっかりしてた。危ないなぁ…深く突っ込まれなくて助かった


「ナギサも慣れてない森でしょうし、そういうこともあるわよね…怪我が無くて良かったわ」


 そう言って、お母さんは優しく私の頭をなでてくれた。実際、まあまあの怪我を負っているから、お母さんに嘘をついているようで居心地が悪い


「待ってるわね」


「はーい…」


 でも…もう限界


「はあ~…」


「……」


 疲れた…



 その後、言われたようにもう一度着替えを済ませ、夕食を食べた際にはこんな話題もあった


「フィーネは相変わらず運動神経悪いし…トーベル達とかともっと遊びに行けばいいのに…」


「……」


 おねーちゃん、そこはやっぱり言い返せないみたい…というかお母さんからも言われてる。やっぱり魔術と並行して体力づくりもしないとダメだな。方針変更はもう出来ないね


 食べ終わったら、さっきから終始ぐったりの姉を引きずって、何とか歯磨きやらの支度をして、部屋に戻った。何か静かだなって思ってたら、家についた時にはほぼほぼ力尽きてたらしい


 特に水浴びが大変だった。普段は家に帰ってすぐ付いた汚れを落とすんだけど、今日は夕飯が先だったから、このタイミングだ

 で、おねーちゃんが自分で動かない…というより動けないから、脱がせるのも着せるにも一苦労


「冷たぁっ!」


「ぴっ」


「むり…」


「無理って…びっくりしたぁ…。いつもと同じ温度でしょ」

 心臓バクバクだよ、もう…。自分のことながら「ぴっ」って何よほんと…


「あ待って攣る」


「えぇ?どこが…」


「全部」


「それはどうしようもない。さっさと終わらせるよ」


バシャーン


「ぎゃあああ!」


「うるさいよ」


「…っめたぃ……」


 私だって冷たいよ。それとここ密室じゃなくて、ただ井戸の周りを藁で出来た壁がコの字のように囲ってるだけだから、大きい声出すとダイレクトに外に漏れる

 最初、「今日はやめとく?」って聞いたんだけど、それでも水浴びはするんだって。「じゃないと気持ち悪いから」って。全く…私が苦労するだけなんだけどな


 それにしても水浴び場…やっぱり少し開放的過ぎないかなぁ…。一応、家の壁に背に向けているとはいえあいだちょっと距離あるし…私からしたら隠せているとは到底言い難い

 でも挨拶回りに行った時はどこもこんな感じだったから…実際問題、そこを気にしているのは私だけなのかもしれない。これにソワソワしなくなるまでいくらかかるかなぁ


バシャン

「うぅ…たしかに寒い…」


 毎度の感想ながらもつい言葉が漏れる…毎日これなんだから、村の皆も大変だな



◇ 




「…ま、魔力枯渇が…こんなにつらいことだとは……」


「エーテル体になってるから、魔力枯渇の影響が普通の人より大きいんだよ。私もそうだけど、エーテル体っていうのは、常人より高い能力を有する代わりに、何をするにも魔力が必要になるから。次からは気を付けないと」


「ぐぅぉぉ……」


 死んだ目でベッドに倒れ伏しているおねーちゃん。すごい声…人前では出さない方がいいよそれ。うーん…こんな姉を放っとくのは精神衛生上よろしくない、私が雀の涙ばかりではあるが慈悲でも賜ってあげようかな


「仕方ないなぁ『マナ・リストール』」


「…ん?おお、気持ち筋肉痛みたいなのが軽くなった…」


「なけなしの魔力をおねーちゃんにあげたよ。これ以上は私も無理…」


「あ、そうなんだ…ありがとう」


「今日はもう寝よう、私も…ちょっと疲れた」


 主に精神的に、体もね…。二人を守りながら動くっていうのは、結構プレッシャーが重かったというのに加えて、ほぼ全力だった

 戦闘していたのは短い間だったけど、今の私は魔力量もそれほど多くはない上に、その前にも『超活性』と『地響の導』を連続で使ってたから、≪魔力生成≫ができなかったら…レッドネッドヴォロフだっけ?を倒した後すぐに私も倒れてたと思う。おまけにボロボロのおねーちゃんとフラネの世話も必要だったし…

 だからつまり……私も魔力枯渇手前だし、眠い…


「おやすみー…」


「んー…おやすみ…」


 おねーちゃんも疲れてるだろうけど、抱き着いて寝るのだけは変わらない。頑張ったよ…これぐらい、許してもらえるよね?

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