第29話 フラネール
「これは…何?」
見たことない。けど、さっき初めて魔法を使ったわたしでも分かるほど明らかな魔力が感じられる。それも、何となく覚えがあるような気が…
「これだけ『デフレンター』で分解されなかったんだよ。多分だけど、魔力結晶じゃないかな」
「魔力結晶…?…ということは魔石?」
「あ、ここだとそう言うの?」
ラノベとか読んでたのもあって、何となく《魔石》のイメージが定着してるし…お父さんが昔そう言ってた覚えがあったり無かったりする
「そうだったと思う…逆に魔力結晶って?」
「この魔石とか、とにかく魔力を主成分として構成するものの総称…みたいな。魔物の持つものだと、個体ごとの個性が出てくることがある」
…あ、そうか。さっきの狼の…魔力結晶だったから、感じた魔力に覚えがあったのか
「だからか。あいつらの気配みたいな?ものを感じる気がするな」
「うん。魔石は魔物の本体というか…それよりおねーちゃんの魔力感知、もうそこまで分かるようになってるの?」
「何となくだけど」
ナギサが予想以上に驚いている
「…おねーちゃんが、私の予想より早く成長してる…。自分以外の魔力の識別は、実はかなり高度な技術なんだよ」
「そうなの?」
そういうものじゃなかったの?じゃあ、ギルドカードの魔力パターンとか、かざしてる謎水晶とかも?
「あれは常人が作れる物じゃないよ。大概が神話時代の異常者が作った遺物を、全然壊れないからずっと使ってるんだよ」
「異常者…」
あの漫画も、実は裏で高度なことやってたんか
「ところでそれ、どうすんの?」
「んー…魔力結晶は色んなことに使えるから…私が持っとくけど、おねーちゃんはいい?欲しいとかない?」
「ナギサが倒したんだから貰えないよ」
使い道とか分からんしね。いや多分魔導具とかに使うんだろうなー、って当たりはつけてるけど、作り方が見当もつかない。それもいずれ調べたいな。魔道具って色々できそうで、これまた夢がありそう。…どうせならすっごいの作ってみたいなー…なんて
その間ナギサは虚空に魔力結晶を収納した。『ストッカー』だっけか、それもいいよねー…便利だよねぇ絶対。でもそれは教えてくれるって言ってたか
「どうしたの?」
「…え?あ、いや何でも」
つい魔力結晶が消えた空間を凝視してしまった
「それじゃ、そろそろフラネを起こすね。あんな状況で寝たから、悪夢にうなされてるかもしれないし」
「それを早く言ってよ!?すぐ起こしてあげて!」
「もちろん、そのつもりだって…『チルス』」
*
暗くて…寒い…それにまるで浮かんでいるような?
私は、どうなった?狼に囲まれて…なんか時間が止まった気がして…それで……。そうだ、フィーネたちは…?
私は、死んだのだろうか。目を開けることができない。でもふつうに考えて、あの状況で生きているはずがない。そうなるとフィーネとナギサも…無力だ
だけどあそこで私が何かできていたとは思えない。突然目覚めた魔法の資質も、あれ以降感じていない。それどころか、さっきから全身がだるい。自分の中にあるものが抜けたようで、いまはまともに走れるかも怪しい。だけど…それでも何故か…悔しい
ナギサが私たちを庇った時は、なんとも言えない嫌な気持ちに襲われた。ナギサはなぜ怪我を?私たちのせい…?そんなどうしようもない気持ちが湧き上がった
誰かの言葉…自責の念とでも言うものだったかもしれない。すぐに直ったから良かったけど、あのままナギサがどうにかなっていたら……私はどうしてたんだろう…
死んだからなのかな…いまいち生前のことが思い出せない。でも、こうして考えると、何もない人生だった気もする。まだ3歳になって1か月くらいだった…まだ3年しか生きていないけれど…私はまだ何もしていない。誰にも、何もしてあげられていないんだ
別に、世界に爪痕を残そうとか、そんなことは考えていない。それは伝説で出てくるような英雄がやることだ。私には身分不相応。私が感じているのは…不安だ。私が死んだら、まず両親はどうするのだろう?
私の家庭は普通で、私も両親からはそこそこ愛されていたと思う
友達も…3人いた。いや…昨日ナギサが来たから、いまは4人…ナギサが来るまでは、その3人に私は囲まれて、毎日を送っていた。人見知りなところがあって、あまり口数も多くはない私だけど、みんなは私を見掛けるといつも明るく話しかけてきてくれて、遊びに誘ってくれた。ガキ大将的な存在と言われてるけど、実際は聡明な男の子のトーベル。底抜けに明るくて、何事でも前に立って私たちを引っ張っていってくれるサラ
そして一つ年上で、会った時から不思議と大人びた雰囲気のあった、私たちのお姉さん的な存在のフィーネ
ナギサは……フィーネのように大人びた雰囲気を感じるところもあるけど、それ以外だと好奇心で動く赤ちゃんみたいなところも感じて…よくわからない。けど、悪い子ではないと思う。フィーネと同い年の4歳で義理の妹になったみたいなので、これからは会う機会も多くなるだろう。うちの村は私たちぐらいの子供が少なくて、他の子はもう成人間近の子ばかりだから、新しく来たナギサとも仲良くやっていきたいなぁ……と、そんなときだったな
もっとたくさん遊んでおけばよかったなぁ…。サラが言っていた『秘密基地計画』とか、ちょっと興味あったけど、あの場では参加するか決めなかった。…そんなことをやってるといつも、フィーネが「あぶないことはしないの」って言いにくるから、迷っちゃったんだ。やる!って言っとくべきだったな…でもこうなっちゃったら、どっちでも同じか…
……ん?なんかくさい。うぇぇ…なにこれ…うちで育ててるニワトリを、お父さんが解体した時の匂いに似てる気がするけど、その時の何倍もひどい。そういえば、あの時は妙に嫌な気持ちになって、その日一日は食事がのどを通らなかったなんてこともあった気がする。でもそれはそう、うぷ…として…ちょっと吐きそう…
しかもなんか揺れてる…
「あ…フラネ吐きそう…」
「え!?待ってよ、一旦降ろしていい!?」
気持ち悪い…
「……」
「…もう大丈夫かな?」
「良かった…」
…収まったかな。揺れも止まったし
それにしても、どれだけの時間が経ったか分からない。今更ながら本当に死んだのかも。でも私にとってはこれまでの人生より長く感じた時間だった
あれ。突然頭がさえてくるような感じがする―――…緑の天井だ。木漏れ日が私の目を差す
「……うーん…うわああああ!!」
「うおっ!ちょ、落ち着いて!」
天国で舞う天使でもなく、地獄の閻魔でもなく…そうだ狼!狼は!?それにフィーネとナギサ…でもまずは身を守らないと…!
ハンモックの上で飛び起きて、そのままその場にうずくまった
しかし、次の瞬間に耳に入った声に、私はそちらを向いた
「あぁぁ……へ?フィーネ?フィーネ!お、狼…!」
「大丈夫だよ、もういない。……フラネ?」
「生きてる。…あったかい……」
「…そうだよ。生きてる、大丈夫だから」
狼はいないと聞いた直後、私はフィーネに飛びついて…思いっきり抱きしめた。フィーネの体温をたしかに感じる。普段の私ならこんなことはしなかっただろう。でもいまは確かめたかった
自分が生きている…2人も無事。抱きしめたフィーネからはしっかりと温かさを感じることができた。いつも通りのフィーネの優しい匂いも感じる。それに安堵していると、後ろから誰かが抱き着いてきた
「私の経験上、不安な時にこうすると落ち着くみたいだから」
「ちょっと…フラネ大丈夫…?苦しくない?」
「…大丈夫」
そんな顔をしていたのかな…。もう大丈夫だと、そう言うとナギサは私を抱きしめる腕の力を強めた。2人にサンドイッチにされている状態だけど、同時にそれぞれ違う体温を感じながら、私は完全に力を抜いた
「おっと…」
「ん…平気…」
安心した
結局、私たちは5分ほどそうしていた後、太陽が傾くまで、ナギサの提案から今日までのことについて会話に花を咲かせた。たぶん私の気持ちを紛らわせようとしたのだと思うんだけど……ナギサの様子から、もしかしたらそんなことは考えてなかったのかもしれないな
その中で、フィーネとナギサの出会いからここまでにあったことも聞くことができた
「……ということで、おねーちゃんのおかげで、文字通りいまの私があるんだよ」
「へー」
「大げさな…家に泊めただけで」
「でねー…」
「…だから、おねーちゃんは私のおねーちゃんで、さっきの
「う、うん」
…どうしよう。緊張して、ほとんど聞いてなかったのに…
「それで、私は妹として生きていきたいんだ。でもって……さっきハンターになりたいって言ったでしょ」
うん、そんなことは言ってた。本当か信じられなかったけれど
「ん」
「私、考えたんだけど…普通の職業だと、どこか一つの場所に留まらなきゃいけない、でもそれはつまらないと思うんだ。だから、いろんな場所で、いろんなことができるハンターになりたい。…まあ現実はどうかは知らないけど、私たちなら大丈夫かなぁって…」
「ほんとに考えてたんだ…イテっ」
「…ほんとに?」ムス
「悪かったって…」
フィーネはつねられて痛そうにしている。本気ではなく、じゃれ合い程度のものだと思うけれど
私とフィーネの魔法の資質が明らかになった時に、ハンターになるって一度聞いたけど、私が思うより2人は…というよりナギサは本気で考えているようだ。フィーネは困ったように苦笑しているが、まだ否定もしていない。つまり少なからずそう考えているということだろう
この姉妹には…少し憧れる。具体的にはなっていないようだけど夢と、理想を体現したような将来像だ
「そんなわけで…改めてもう一回聞きたい」
「え…?」
な、なんだろう。声のトーンが…
「……フラネは私たちについてきてくれる?あの時はなんか成り行きだったところもあるだろうから、私はフラネの本音を聞きたい」
「…私は」
それは…
本音といえば…そもそも私は、いまの生活に満足しているのだろうか?でも、『まだ何もしていない』とか『もっと遊んでおけばよかった』というのが、それの証明な気もする
村での生活はそこそこ充実しているけど、それだけだ。はっきりと言わないのは、私もはっきりとそう感じている訳ではないからだけど…今回の出来事で自分も知らなかった一面が見えた…と思う
「行く。いまとは、違う生活を知りたい…」
これが私の本音…。今、自然と出た私の人生の新しい目標
「そっか。これからもよろしくね」
「わたしともこれまで通り、お願いね」
「ん…」
私たちはそう言って笑いあったのだった
こんなに話し合ったのに、今まで気が付かなかった。二人とも、前が見えてるんだ…自分の将来が、自分のものでありたいんだ。…この姉妹は…私には真似もできない。いや…!やらないと…私だって、真下の今から、顔を上げられるはず…!
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ナギサ:私
フィーネ:わたし
フラネール:私
といった感じで一人称を書き分けているので、参考にでも
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