第29話 生きている裏の影
「ふぅ…やったかな」
「ちょっそれフラグ…!」
「なにそれ」
「えっと…漫画とかで『やったか?』とか言って死んでないやつ…」
「ふーん…?よく分かんないけど…でも、頭吹っ飛ばしてそれはないよ。アンデッド系でもないし」
「まあ……ナギサの言う通りか…」
もう狼は死んでいる。いや、たしかに頭部が完全に消し飛んでるのに生きてたら怖いな。それに、それで生きてたらもうどうしようもない
「うぷっ、うぇぇ……」
「…だね。というか吐かないでよ、フラネ連れて向こう言ってて」
「…」コク
まあ、これが正常な反応か
ゴブリンの時は、丸ごと消し去ったからこういう、血の匂いとか、肉が爛れる様子とか、感じなかったもんねぇ…。私も…お姉ちゃんみたいに、あからさまに嫌がることはないけど、少なからずこの空間は不快に思う
これを嬉々としてつくる本体はイカレてるんじゃないかな。…少なくとも戦闘『狂』だから、既に狂ってはいるか。
私はあまり好きじゃない。でも…ハンターになるんだったら、いずれこれが普通になるんだろうなぁ…
それに、普通に生きていてもこうゆう動物だとか、他にも可能性としては低いけど盗賊の類もいるだろう
そっちの場合は、私が普通の女の子だったら捕まって売り飛ばされるだけだっただろうけど、私にはそれに抗うだけの力なら現時点でも持っているのが幸いだ
思えば、攻撃魔術は使えないってわかったけど、他の魔術は使えるらしいし、その中には直接攻撃しなくとも人を殺せるものだってある。身体能力もいまだ高い水準にあるし
それにしても…なんとも脈絡のないこと考えてるなぁ。どうやら自分が思っているより動揺してるみたいだ。ただぼーっとして、つらつらと意味のないことを考えている
…生き物を殺したんだな……
こうして死体が目の前にあると、嫌でもそう実感する。…こうしなければ私たちは死んでいた。だから…正当防衛と言えるはずだ…
いや…これは生存競争。自然では殺さねば死ぬ。そこに正義や倫理、そして…理由なんかないんだよなぁ…世界の理で決まっていることだから
はじめての殺生に少しばかり動揺しながらも、どうにか自分に結論を出した。その間にお姉ちゃんも少しだけど落ち着いたみたいなのでまずはここをなんとかしよう。流石に、これは放置できないだろう
*
1時間にも満たない時間の中で、熊との遭遇。
ナギサが、わたしたちを庇って怪我を負ったときには、必死で…自分がその時どんな顔をしていたかなんて覚えていない
その時が限界だったんだと思う。だから……生きていたものの亡き骸を見て、気分が悪くなってしまったのは仕方ないことだった。その場からは何とか離れたらすぐに、その場に蹲ってしまった
ただ見ただけでどうしてこんな……なんか…動悸がすごい…。それに何故か息も上がってきて、何となく吐き気も感じるし…これちょっと拙いかもしれない。血は平気なんだけどな…何なんだろう、グロ…?違う
…何か思い出してしまった。村の中が仲も良かったおじさんが風土病のような病で死んだ時わたしは2歳で、前世の記憶も目覚めてなかったから、まだ物心はあまりついてなかったけれど、ものすごくショックで、その後2日ぐらい部屋にこもって両親を心配させたことはある
でも今回はそれとは何か違うし、その比でもない。湧きあがるその何とも言えない嫌悪感は、経験したことがなくて…わたしの体はそれに抵抗しているように鳥肌が立って、寒気に自分の体が冷たくなったような錯覚まで覚える
一度距離を置いて冷静になろうと思ったんだけれど、中々上手くいかない…
幸いだったのは、わたしの…フィーネとして、普通の子供として生きていた頃の人生観…みたいなものがあるおかげで、それ以上はひどくならなかったことかなぁ…でなかったら…厳しかったかも…
その中でも特に今この瞬間で大きかったのは多分、日本と比べて、死という概念がとても濃いことだろう。前世も交通事故で死んだけど、ここでは魔物だけじゃなくて、病気や食中毒…向こうでは病院に行けば簡単に治るものでも、人は死んでしまう。
この世界の常識を教わったのはお父さんから…また何か思い出したな…そういえば、その中でもいつも繰り返し座右の銘みたいに話していた事があった…
『フィーネ、お前は女だから、俺のような職につくことは恐らくないだろう。しかし、生活の中で森に入ったりして、時にはその身が危険にさらされることもある。だから教えておく。自然界では、生き残った者が偉い。そこに情や、道徳なんてものがあってはならないんだ。それはただの驕りで、人は自然の中ではか弱い存在だ。俺たち人間と自然は、平等…ただ平等に奪い合う残酷な関係なんだ。それを常に意識しておけ』
あれは…確かまだ3歳になったばかりのことだ。あの時はわたしも子供で…いや、今だって子供だけど…お父さんの言うことが全く理解できなかった。でも、瀬戸内千秋としての人格が目覚めて…今のわたしができて、その上で直近の経験から身をもって知れた気がする
わたしたちと自然は平等…それは恐らく正しいだろう
…お父さんの言葉のおかげで、無駄口を叩くぐらいには余裕ができた。思った以上に早く受け入れられたけども、これもフィーネとしての人格のおかげか…はたまた……まあおかげで落ち着いたからいいや
「………お姉ちゃん…もう、大丈夫?」
「うん……うん、なんとか」
この世界で生きてくには、慣れないといけないこともあるだろうな…
わたしは息を整えて立ち上がった………
………あ、やばい、足がしびれて立てない。そんなに長い間しゃがんでた訳じゃないのに、イタタタタ
「立てる?」
「あぁ…ありがと……うん、もう平気だから」
座った姿勢のまま、足を伸ばしてたら幾分ましになった…今度はその姿勢から戻れないけど……問題ない。
さて、だから問題というと…この状況そのものか…
「どうすっかな……さすがに魔物とあると無視できないけども…」
「『デフレンター』」
「…は!?ちょっ…なにしてんの!」
わたしが何か思いつく前に、ナギサが魔法を使って狼の死体を分解し始めた。死体は崩れ落ちるように土に解けていっている
「う…思ってたよりくさい……」
「いやまあ…おぇ」
たしかに死体が腐ったような匂いが辺りに広がって、この地獄のような状況がさらに大変なことに…やばさっきの感覚が戻ってきて吐きそ……………………んああ!我慢してるけどぎりぎりだから!
「促進にするべきじゃなかった…」
あるなら他の方法がよかったわ…いや、いまはそこじゃない
「なにしてんの!」
「…ん、それは一旦後にして、ここから離れよう。フラネの顔色も悪くなってる」
言いたいことはあったが、そう言われて見てみると、フラネが青い顔になっていたこの匂いに充てられたのか…。しかし魔法で眠っているためか、起きる気配はない
「んくっ…ぅ…」
「……わかった」
どうせここでゆっくり話す余裕はない。悪いんだけどそろそろ限界…
移動はナギサがフラネを背負って、さらにわたしの手を引っ張って先導する形で、すごくゆっくりと動いた。後で聞いたんだけど、どうやらわたしは魔力枯渇っていう状態でもあったらしくて、他2つも重なって最悪…その時は立ってるだけでも辛かった
ナギサの小さな身体で、わたしたち2人を補助しながら森を移動するなんて普通は出来ないと思うけれど…そこは魔法とかなんだろうな…本当に万能
そうしてわたしたちは森の浅いところまで来て、大きな岩に腰を下ろした。フラネはナギサが創造魔法で創った簡易的なハンモックに寝かした。キラキラは外から見えない草むらに出したよ、配慮した。次からあそこだけは歩きたくないな…
「で…なんであいつらの死体を消したの」
顔色のせいでそうは見えてないだろうけど、真剣な表情で訊いた
「あ…たしかに『ストッカー』に仕舞った方が良かった…」
「ナギサ」
そうじゃない。わたしは真面目なトーンで問い詰めた
「あ、うん…。なかったことにしようと思って」
「村の近くにあんなやつが出たら、報告しないといけないのは分かるでしょ。その時に証拠として見せないと…」
一番問題なのは、ああいうのが村にまで出てきて、村民に被害がでることだ。だから危険因子は早期の内に対処する必要がある
うちの村は魔の森から近い、それ故に、危機管理に関しては村人全員シビアだ。もし、報告せずに、それで何かあったら、洒落にならない事になるから
「でもお姉ちゃん、その頭がない死体を見せるの?…だったら、誰が討伐したのか、私たちに説明できる?」
「……それは」
まさか…そういうことか。まだ、わたしたちの魔法について知られる訳にはいかない。でもだとしたらどうやって死んだことを説明しよう?
最初から死んでいたことにするか?…いや、それだとこいつらよりはるかに強い
実際は、ナギサの魔法で一瞬で倒された訳だけど、それを言うわけにはいかない。でも村のみんなを誤解させて怖がらせるようなことは言いたくない
………魔法の存在なしで、この状況を伝える言い訳が見つからない。うわ~…どうしよう、いい案が出て来ない~…
「できないよ。誰がどうやって倒したのか、私たちだけじゃどうやっても説明がつかない…だから、なかったことにするんだよ」
それは理解できる。だけどさあ、村の安全面とかを考えるとどうしてもなぁ…
「それにもし、このことを村に伝えたら、まず間違いなくこの森には入れなくなる。それがいつまでかもわからない。ちょうどこっそり魔術の練習をしたりとかに使えるし、私たちだけじゃなくて、皆にも有益な場所が使えなくなる事態は避けたい」
「そんな使い道考えてたの?」
「うん、食べ物も採れるし」
たしかに
「それにそもそもとして、こいつらは私を追って来ただけで、最初に遭遇したのは魔の森に近い場所だったから森に異変が起こってるわけじゃないと思うよ。だから伝えなくても大丈夫だと思う」
「…まあ、それならいい…のか…?」
そういえばあいつら、鼻を鳴らしてなにかを確認してたな。もしかして本当にナギサの匂いを追ってきてたのだろうか…狼って鼻がいいもんな、魔物になってもそこは変わらないんだろう
でも、うーん…たしかにそれなら、安全についても心配はないか…な…?
「…まあいいか」
あんまり色んなこと気にしててもあれだな。ナギサだって思い返してみれば破天荒な存在…なんかあっても大丈夫そうだなあ…。
「なに見てるの」
「いや、なんでも」
気にしなくていいよ
「あ、それとこれ」
「ん?なに」
「そこにあったんだけど…」
そう言ってナギサの手のひらの上に現れたのは、赤みがかった紫の、5cmくらいの石だった
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