第24話 変異

 さっきに引き続き、風魔術でフラネの服を乾かす絵面が続いている


途中、焦れったくなって、竜巻で一気に水分を飛ばそうとして、服が吹っ飛んでいくというアクシデントが起きて、今度は割りと本気でフラネに説教されてまた涙目になるという黒歴史が誕生したけれど…もう開き直ってしまうことにした

 人っていうのは、こういう小さな失敗を繰り返して成長するわけだからさ。失敗を活かして、次は温風で少しでも早く乾かすことにしたよ。…それはあんま関係ない?そっか…


 それにしても、早く乾かないかなぁ…。帰らなければいけない時間まではまだ結構余裕があるけど、単純に、こういう地味な作業は私苦手かもしれない


「まだかなぁ…」


「…さっきみたいなのやったら、怒るから…」


「はーい…」


 もう私はフラネには逆らわないよ。だってさっきのフラネ、凄く怖かったんだもん。少なくとも、ギガートトルネロスよりは迫力があった

 ギガートトルネロスは風のように動く、3m位の人型の魔物のことだね。多分、この世界にはいないけど、今の私だと勝てないと思う。だから、それ以上のフラネにも勝てない。おねーちゃんも全く助けてくれようとしなかったし…さては知っていたな?フラネが怒ると大変なことになるってことを。自分に飛び火しないように保身に走って…


 その間おねーちゃんは川に入って何か探していたけど、大分前に上がって草の上に座り込んだ

 すると、そうしているのも飽きてきたらしく、こんなことを提案をしてきた


「明後集まるってことだったけど、今なら時間もあるしさ。一緒に行動するというならお互いの事もっと知り合った方がいいんじゃない?特にフラネとナギサはほぼ初対面だし」


 それは良い提案だと思った。私も、この地味な作業にとっくに飽きてたのに話す話題が見つからなかったんだ


「それもそっか。じゃあフラネ、聞いてくれる?」


「いいよ…」


 それから私は、第6始祖神ナギサ・メトロンの分体としては創られたこと、そのために普通には知り得ないことも知っていること、能力も普通より高いこと、そしてこれからはお姉ちゃんの妹としてこの世界で生きていきたいことなどこれまでの経緯を順を追って話していった

 こうしてみると、割とこの短期間で大分色々変わった気がするなぁ。それでまあ予想はできたけど、フラネは最初から最後まで驚愕という感じで聞いている


「じゃあ…ナギサは神様…?」


「いや、基になってるのは神だけど、私は違うよ。…だから、ちょっと引き気味にならないで?」


「…がんばる」


 本当にお願いだから…これで「友達ではいられない」とか言われたら、立ち直れないから


「…フラネ、わたしからも1個、伝えておきたいことがある」


「え?」


 ちょっと、改まって何を…


「…なに?」


 これまでずっと仲がよかった同年代の、何か重大そうな雰囲気にフラネは自然と姿勢を正して聞いた。それに釣られてこっちの背筋も伸びる


「ずっと内緒にしてたけど、実は…わたしは前世の記憶がある」


「…はぇ?」


「え」


「前世は22歳で、瀬戸内千秋っていう名前だった。地球っていう別の世界で生きていて、事故で死んだところをここの管理者…まあ神みたいな存在に拾ってもらったんだ。その時に、全ての魔法を使う資質っていうのをもらったから、わたしは普通より魔法が得意…なはずで、それでナギサに魔法を教わろうとしてた」


「は…え…?」


「待って待って。フラネちょーっと待ってて」


「え…なに…」


「痛いイタイ…引っ張んないで…」


「うん」


「な、…どう…?」


 それはいまここで話す事じゃない。理解が追いつかないポカーンとした顔のフラネを置いて、服を乾かしていた場所まで来た







「一体なんなの…」


「それはこっちのセリフだよ。何でそれ話すの?」


 思わず動揺で、流石にちょっと強く引きすぎたけど、おねーちゃんのせいだからね


「えぇ…?」


「突然すぎるって」


「でもさ、お互いのことを知ろうって話だったじゃん」


「飛ばしすぎ」


 さっきの、私のセリフだよ…一体何のつもりなの。そういう意味じゃないよ。いや、おねーちゃんはそういう意味で言ったのかもしれないけどね?


「ナギサは正直に言ってたじゃん」


「私の場合はフラネとはまだお互いよく知らないし、それが全てだから仕方ないの。おねーちゃんは、それまでフィーネとして普通の人間として生きてきたんだよ。それがいきなり転生やら異世界やら言い出したら混乱をきたすのは当然でしょ」


「あー…」


 物事には、ちゃんと理由があるんだよ


「転生者が正体を隠すのは、大抵は身を守る為だよ。仮に事実が露見した場合、下劣な思考の人間に無理にでも搾取される可能性が高いから…」


「(下劣……)」


「聞いてる?」


「あ、ハイ…」


「もう細かいのはいいや…で、何であんな簡単に言っちゃうの」


「…だって」


「ん?」


「…フラネに隠し事したくないよ」


「はぁ?」


 それこそどういうことよ


「…考えても見て。親しい人に、秘密を抱えながら接するの…その秘密がどうでも良かったとしても、わたしは辛い…」


「……何かあったの?」


 あまりに突拍子の無い感じだったから、さっきの言葉通り、身を守るって意味もあって強めに当たっちゃったけれど、この感じは


「…今となっちゃどうだっていいよ。転生もしたし…思い出したくもない」


 あったんだな。何だか、ここまでのおねーちゃんの言葉が真実味にも似た何かを帯びてきた


「そっか…」


「……」


 顔をそらされた


「ごめん…いつか」


「…うん」


 自然と俯いて顔を隠すおねーちゃんに、何も言うことが出来なかった。いや…むしろ、それでよかったすらあるかもしれない

 だけど同時に「いつか」とも言ってくれたことに心の強さの様なものを感じた気もする


「とにかく…親友相手に、こんな事で秘密にしたくないんだ」


「はあ…色々あったのも分かったし、いまのおねーちゃんの考えも分かった。…でも、おねーちゃんのことを考えるなら、たとえ親友であろうと本当は隠しとくべきだと私は思う」


「それは…」


 その言葉は、手で制止した


「だってさ、しょうがないんじゃない?…もう言っちゃったし、今更どうしようもないね。フラネには他言無用って伝えとこう」


「…そうだね」


 さっきも言ったように、転生者っていうのはいつどこであっても常に、必然の事実として異端な存在とされ、時には…現地の外道や、純粋な人々の興味から人としての尊厳を冒されることだってざらだ。 他の転生者たちはそんな事情を知らないから、うっかり明かしてしまったり、…おねーちゃんのように、大切な人たちには正直に生きたい子だっていた

 それでも、大抵の子たちは自身の特殊性を本能的に理解しているのか、積極的にそれを喧伝するような馬鹿はほとんどいない。まあ…それでも情報っていうのは人知れず広まっていくものだから、おかしな連中が湧いて出ることはあるのだけどね

 それで私はを守らなきゃいけない


「ところでさ。それで言うとトーベルたちはどうする?」


「みんな親友だし、伝えたい…けど…」


「けど?」


「うぅーん…あっちは、うっかり口を滑らしそうで怖いな…」


「あー…そういう感じなんだ」


 たしかに、初対面の感じを思い出すと…調子が軽いというかなんというか、私も少し感じた。加えて、私より長く一緒に過ごしてたおねーちゃんが言うならそうなんだろうな


「もうちょっと成長してからにするか」


「それがいいと思う」


「じゃあ…戻ろう」


 少しと言って、随分とフラネを待たせてしまった。人って話したがったり、隠したがったり…まだ理解するにはほど遠いな







「お待たせー」


 さてと、偶々姉の抱えるものを垣間見てしまったが、こっちはこっちである程度状況を飲み込むための時間も取れたかな


「22歳…私よりずっと年上…」


…うん、大丈夫そうだな


「そこ…?じゃない、今は4歳だから。普通の4歳児だから、お願いだから引気味にならないで」


「今まで…タメ口ですみませんでした…」


「やめて!わたしフラネにそんなこと言われたくない!」


 切り替え早いなー…さっきのあの空気から、もういつも通りの口調。でもそう言われるとそうかー、てことはおねーちゃんは今世も合わせると26歳…


「ナギサ。何か変なこと考えてない?」


「え…い、いや…」


「そう」


…いまのやばかった、すごい圧だった。というか私何も言ってないよね…もしかしておねーちゃん『シグナル・リード』でも覚えた?

 そう言えば、アイナも年齢関連の話では結構シビアだった記憶があるな。もしかすると女の子とかはそういうのには敏感なのかも…気を付けよ


「フィーネさん…」


「いや、だから。それはいいって…あとさっき聞いた事は他の人には教えないでね。フラネは大事な親友だから教えたけど、本当な秘密にしとかないといけないから」


「うん…お姉様」


「…それはちょっといいな…じゃなくて」


「フィーネお姉様…」


「…もういいや」


 あ、折れた。額に手を当ててすっかり諦め顔だ。でもお姉様ってちょっと憧れる気もする。まあ、私はおねーちゃんの妹だから、それでいいけどね

 それにしても…おねーちゃんって前から姉に憧れてたのかな。思い返せば、私がそう呼んだ時も満更でもなさそうだったし、今回もフラネのこと割とすぐ受け入れたよね。…やっぱりそうなのかも


 あと、一つおねーちゃんの説明には間違いがあるかもしれない。…どうせ近いうちに確かめるつもりだったから、丁度良いや


「おねーちゃん」


「…ん?どうした?」


「ちょっとここに来て、座って」


「…本当になに?」


「まあまあ…確かめたい事があるだけだから」


「ふーん…?」


 怪訝そうにしながらも、私の前に来て座ってくれた。そうしたところで……私はおねーちゃんに抱き着いた


「!?ちょっなにを…」


「ちょっとごめんねー」

 すぐ終わるよ


「…!?」


 これにはおねーちゃんだけなく、フラネも驚いたみたいだ。フラネは感情が表に出てきにくいタイプらしいけど、この時は普通に顔に出ている。あと、ちょっと顔を赤くしてるのはなんでかな…?


 そんなことを考えながらも、私はおねーちゃんの体内に魔力を流し始めた


「っ…これって……!」


「ちょっとだけ我慢して」


 前回はおねーちゃんの魔力を動かしただけだったから、詳しくは分からなかった。だから、今回は自分の魔力を使ってちゃんとする。おねーちゃんの身体も多少は魔力に慣れただろうから、前回ほどではないと思うけど…やっぱり気分が悪くなってるだろうから早く終わらせないとな…


「……っ…っ!」


 もう少し…


「……やっぱり」


「ぷはぁっ…!ぁ…」


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