第22話 ヨシ
ほんと勘弁してほしい
フラネが無意識とはいえ魔法を使ったっていうとんでもな事実に意気消沈…じゃなくて、難儀してたところに、これまたどうしようもない問題が出てきた(目と鼻の先から)。
えっ待ってほんとどうすんの。こんな事考えてるけど、最初っから倒せるわけないよ?わたしあんなの無理だけど、普通にNGよ。近くに誰か…まあいたとしても逃げるか
「グルル……グオッ…!」
あと気になるのが、何もしてないのにすごい怒ってるっぽいんだよな…。こっちはあんたなんか知らないし、理不尽に怒りぶつけられても困るんだが、なんでだ………あ。そうか鹿だ!あの鹿はあいつの獲物で、こいつから逃げて飛び出して来たんだ多分。それを咄嗟のこととはいえフラネが倒しちゃったから、横取りされたと思って……あーあ、やっちまったなぁ。もうどうするよこれ
完全にわたしたちをロックオンしていて、ガンガンに殺気をぶつけて来ている。わたしが殺気かどうかが分かる訳ないけど、それでもその類のものだろうと分かるぐらい、明確な敵意だ。ともかく逃がしてくれるつもりだけは絶対に無さそうなんだから余計、参ってしまう
子供の足で、森で、熊から逃げられる訳もないしなあ…。テレビだと確か、熊が走った時の最高時速って40㎞/hぐらいだった気がするんだけど。うーん…さすがにフラネだけでも厳しいかな
「く、くま………」
それどころでも無さそうだしな…
殺気を飛ばされたことは無いのだろう。蒼白になって、その場にへたり込んでしまった。川の水で服が濡れているが、そんなことに構ってる余裕もないみたいだ。腰も完全に抜けてしまっているので、ここから二人で逃げるのはもう無理だ。…いや最初からそんなの不可能だったけどさ
わたし?怖いよ勿論。今だって、さっきの寒さとは違う手足の震えが止まらなくて、それを抑えて立っているのがやっとだ
でもわたしには、これまでに2回、魔物に遭遇した経験がある。そのおかげで今こうして熊を目の前にして立っていられているのだ
でも、そのどちらでも、こんなに明確に、自分に向けられる殺気は感じたことはない
だからこそ、動くことはできない
「…グルアアアッ!」
熊は、フラネの魔法を警戒しているのかすぐには動かなかった。しかし全く攻撃する気配のないわたしたちに遂にしびれを切らしたのだろう。次の瞬間にはこちら目掛けて、突進するように一気に距離を詰めてきた。その顔は迫力に満ちている
「あ…あぁぁ…」
フラネは萎縮してしまってまともに声も出せていない。あ、わたしは声を出せてすらないか…どうしよう?もう他力本願じゃいられないところまできた。だから…この状況を打破する方法はないのか?わたしもフラネも、この熊の餌にならないためにはどうすればいい
「ナギサにも…頼れないもんな」
何か、可能性は………そうか、あるのか
「グガアアッ!!」
「……」
虚空に手をかざした。駄目で元々、どっちにしろやってみるしか残ってない。まだ魔力の認識とかしてないけど、漫画なら魔法はイメージでしょ?ぶっつけ本番?上等だ!フラネもできた、わたしもできる!(?)
…わたしが一番最近、目にした魔法で攻撃手段として使えるのは……よし
意識を集中させる。この時間が引き延ばされる感覚は前世も含めて3度目。でも今回は、命の危機であるからもあるが、あくまで自分の意思でこの状態まで意識を引っ張ってきた。時間はある
魔力って結局どういうものなんだ。形…エネルギーだから不定形か?あの認識の練習で感じ取ったことを少しでも思い出せ………あの時の感覚は思い出したくないが………でも、掴んだ
そして、《掴み取った》魔力の全てをそこに集めた。後は実現するかどうか。わたしがイメージしたのは
「……『レイズ』!」
「——ッ———!」
刹那、白い光がわたしの手と熊の額とを結び……貫き、その後方へと破壊へもたらした。貫通するように破壊された木の破片が皮膚をかすってそこから血が出ているが、そんなこと、今だけは気にならなかった
「…できた……」
「え…?ふぇえ!?」
いやできちゃった。ナギサがゴブリンを殺す時に使ってたやつ。名前勝手に変えちゃったけどいいのかな。あ、でも思い出してみれば名前は教えてもらってないや
でもそれは置いといてさ…魔力をありったけ込めるイメージしたからかな…いま少し、いやかなりだるい
「ふぅ…はぁー…」
だめだ。ちょっと立ってられない。何というか…身体の中の力が抜けてしまったような感覚だ
「フィ、フィーネ…」
「うん…ちょっと、まってて…」
すこし、気持ち悪いな…眩暈がしてるのか…?
「……はぁー…」
…多少、落ち着いたかな
フラネを移動させないと。さっきからずっと川の中にいるから風邪引いちゃう。服も乾かさないと…
「…終わったよ。ほら、立って、あと服脱いで」
「へ…?」
あとそのノガイ、あんな状況でもずっと手放さなかったんだね
「おねぇちゃーーん!」
「え?おふっ…!」
フラネの服を乾かすために脱がそうと、手を掛けたタイミングで、横から誰かが突っ込んできた。直前でそれに気付き、その方向を見たが…間に合わず。突っ込んできた勢いで横に吹き飛び、その誰かにのしかかられる体勢になってしまった
「…て、ナギサじゃん、……どうしたの?」
何よこんなに泣いて…顔が凄いことになってる
「ぐすっ…こわかったぁ〜…うぁぁん…」
「うっ…!」
しかし答えてはくれず…そのままわたしの胸に顔を埋めてまた泣きだしてしまった。あ、待って苦しぃ…強い強いってあばらが…折れるぅ…
ほんとに何があったの?一旦離れてほしいんだけどぉ……ダメだこれ、完璧に押さえつけられてる…ぐあああ!
「…ふぐっ…うぁぁぁ……」
「え、伝染?!」
フラネもかっ!?
「ねえ苦しいって…助けてえぇ…!」
◇
…二人が泣き止んで、離してくれるまで、暫し時間がかかった。フラネの方はまだ、完全には落ち着きを取り戻していなさそうでとはいえ、さっきみたいな感じではなく今はわたしの横に座って俯いている
「ごめんおねぇちゃん…」
「いや…いいんだよ(肋骨ヒビ入ってないよな?)」
それにしても…イタタタ…あの後離れてくれるまでずっと、本気で体を押さえつけられてたから…正直に言うと胸と背中がすごい痛い。でもそれは置いとくとして。あんなになるなんて、本当に何があったの?
「…迷った」
「え?この辺りを探索してくるんじゃなかったの?」
「そうなんだけど…いつの間にか山の方まで…帰り道がわからなくなって…魔術でおねぇちゃんたちを、探そうとしたけど見つかんなくて、それで…」
語彙が退行している…?あっやばい、また泣きそう
「そ、そっか…よく戻ってこれたね。目印でも付けてたの?」
「ひたすら走りながら探知魔術を使ってた。…途中狼の反応もあったけど、撒いたと思う…」
「そ、そうなんだ…」
相当なごり押しで進んで来たのか…狼を撒く速度で走ったの?ああ、泣かないで……わたしからすると、何となくナギサなら狼くらい楽勝じゃない?って思っちゃうのだけど…
とりあえずまた突っ込んで来られるとわたしの腰が持たないので、こちらからそっと抱き寄せてあげた。すると気持ちも少し和らいできたようでナギサは再び話しだした
「……怖かった。すごく心細くて、もう会えないんじゃないかとか思っちゃって…」
「うん……頑張ったね」
結局また泣き出してしまったものの、先程よりは大分落ち着いている。腕の力も、今度はそこまで強くない
でも、そっか。迷子って凄く怖いもんな。…前世でわたしが小さい頃、ショッピングモールで迷子になった時も、とてつもない不安からずっと「ママ〜…」って、泣きながら母親を探し回ってた…っていうエピソードをお母さんから聞いたことがある
とにかく、それが野生の獣なんかがいる森の中なら、尚更だろう。さっきはああ言ったけど、強さとかの問題じゃないんだろうな
「大丈夫、お姉ちゃんはいなくならないから…よく頑張ったね」
「…うん」
ところで、こう見るとなんか…ナギサって初対面の時からすごい性格変わってない?こうやって腕の中にいる様子を眺めていると、どうもただのか弱い幼女にしか見えない。あの底知れないような、不思議な感じはどこに行ったんだろうかと個人的に思ってしまった。一体この僅か数日程度の間に何がどうなったんだか…まあ、これはこれでいいけども…
それはさておき、もう大丈夫そうだな
「さてと…フラネは大丈夫?」
「……」
…こっちもこっちで怖かっただろうなぁ。質問しても、丸くなったままうんともすんとも言わない。こういう時ってどうすればいいのかな…
「まあ…取り敢えず、こっち来なよ」
「……」
あ、ほんとに来てくれた。元々横にいたけど密着するくらいの距離になった。しかし…こっからは考えてなかったせいで何も起こらねぇ。こっちも安心させた方がいいだろうか、ナギサみたいに
「よいしょっと…」
「……え」
「あ、嫌だった?」
「あ…いや…」
「ならよかった」
「…ん」
何したかって、さっきみたいに肩を抱き寄せてあげただけ。いや、ナギサならこれで安心してくれたからさ。フラネはどうだ?
「……」
「……」
よく分からないけど、分からないな。どう?
「…ありがと」
「ん?」
「……」
何だって?
「って、おお?」
フラネの方から、抱きついてくるとは珍しい…。さっきからだけど、この子普段そんなに感情表現激しくないんだけどな。ちなみに抱きつかれた時、思わず身構えちゃったんだけど…まあフラネだし、別にそんな事無かった。良かった
…わたしもこういうスキンシップに慣れてきた感じあるなぁって思う。なんか最近、機会が多すぎるのよな。でもこうやって甘やかし過ぎるのも如何なものか…なんて
そんなこんなで、2人を抱きかかえながら座る感じになってしまったが…まあ、暫くすれば、じきに離れてくれるだろう。できればわたしの足がしびれる前だとありがたい…
◇
離れてくれなかった
「いつまでこうしてるつもりなの。ほら、そろそろ離れて」
「もう…?」
「さすがに十分でしょ…」
体感で言うともう20分こうしてる気がする。多少姿勢は変わってるけども、そろそろこの体勢もきつい…
「はい、立って」
「んー…」
「フラネはもう立てる?」
「……」コク
ふぅ…わたしからしたら、ようやく一段落着いた感じだ。あ、あと忘れない内にやっとかないとな。既に若干記憶から薄れつつあったからあぶないあぶない
「ナギサ、ちょっと手伝って。フラネの服脱がすから」
「…え?」
「このままだと風邪引いちゃうよ」
2人とも落ち着いたみたいだし、さっさと元の目的を達成してしまおう。今更だけどフラネ水に濡れてるから、くっつかれてるわたしも冷たく感じてたんだよね。今更感も無くはないけど、これ以上身体冷やすのも良くないよ
「うん。わかった」
「え…?ぃやっ……」
◇
フラネは必死に抵抗したが、いつの間にか後ろに回っていたナギサにがっちりホールドされては逃げられない。結局、されるがままに…
そしてその服は今、ナギサが風魔法で生み出した風で乾かしている
「うぅ……」
当のフラネはというと、ナギサが創造魔法で創った布で体の水を拭き取ってそのままそれを巻いている。それと、わたしたちしかいないとは言えやはり裸なのは恥ずかしいらしい。隅っこですっかり丸くなってしまって、まともに会話もしてくれない
まあでも、その気持ちは分からないでもない。というかこれが常識的に普通の反応だ。一応隠されてはいるし、わたしたちしかいなくとも、そりゃ恥ずかしいはずだ
背に腹は代えられない…フラネが風邪ひかないために必要だった、でも仕方なかったとはいえ、悪いことをしたな
あ、そうだ
「ナギサー、ちょっと頼みたいんだけどー…」
ナギサにはいま、ちょっと離れたとこの低木の枝に服を引っかけて乾かしてもらってる
「なーにー?」
「前着替える時に使ってたやつ、なんだっけ…『トバリ』だっけ。あれをフラネにやる事ってできたりする?」
そういうと、ナギサは急に小声になって耳打ちで話し始めた
「できるけど…」
「ん?」
「この風魔術もだけど、いいの?」
「…何が?」
いい、とは一体……?
「私たちの魔術のこと、フラネはまだ知らないでしょ。あんなに隠したがってたのに…」
ああ、それね。それは後で話そうと思ってたけど…丁度良いか
「まあここまで見せて、今更な感じあるけど」
「それは…そうね」
いま目の前でナギサが使っている風魔法、布は創造魔法、なんなら熊退治で成功した『レイズ』……隠したところで手遅れではある
「もうフラネには見せていいよ。この後、色々一緒に説明するから」
「まあ、おねーちゃんがそう言うなら。フラネーっ」
「どうしたの…?」
「『トバリ』」
「わっ…え?なにこれ…?」
見るのは2回目だけど、真っ黒な闇で中は全く見えない。フラネもこれでひとまずは安心してくれるといいなぁ。ところでフラネ、それ実体ないから触れないんだよ。まあ…そうなったら絶対、わたしもやるだろうけど…
そうしたらまだ作業途中だけどナギサを呼んで、少々遅くなったが今の状況説明を始めることにした
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