第21話 ご近所トラブル

…滝だ


 途中で方向感覚がなくなって、適当に走り回ってたんだけど、いつの間にか山の方まで来て、どこかの川の上流に行き当たった。目の前の滝が水源だと思う

 水はよく澄んでいる。走りっぱなしで喉が渇いたから滝つぼの水を掬って飲んでみると、体に染み渡る…おいしい


 ここまで来て、特に見応えがあるような場所はこれぐらいしかなかった。ゆうてこの滝も小さいから、綺麗ではあれど迫力だとかはない。とりあえずここは今度おねーちゃんと一緒に来ようかな。ここまで来られたら体力もついて一石二鳥だし、ざっと見ただけでも周りに植物が色々ある。道中は見かけなかったからここら辺まで来ないと生えてない種類かもしれないな

 これらが何かの知識は無いから、いくつか採集して後で調べよう。あ、この花も何だか面白そう…傷つけないよう慎重にね



…さて、この辺りにおおよそ何があるかも分かったところだし、そろそろ二人も休めたんじゃないかな


「そろそろ戻るか……」


 思わぬ収穫もあった。珍しそうな植物なんかを少しずつ採集しながら、周囲を軽く散策していたら、なんと薄い青色で小さい、凄く美味しい木の実が生ってたんだ。見つけて取り敢えず食べてみて、驚いた…いやたしかに毒だったら危なかったかもしれないけど、まあ…並みの毒物程度ならなんとかなるかなって…。ともかく、その実はプチプチした弾力が強くて、中の身は柔らかく最初にくる酸味とそれを中和して口の中を満たしてくれる甘みの調和は、同じ甘酸っぱい果実の中でもとりわけ素晴らしいものだったと思うな

 それって地面スレスレの低木に生ってて、気を付けてないと踏みつぶしてしまいそうだった。つい3,4個その場で食べてしまったけど、我に返って残り6個ほど、しっかり『ストッカー』に収納した。生ものだから物質の時間経過が無い空間スペースにね。是非ともこれは調べたい。そしたらおねーちゃんたちにも分けてあげよう


 うん。満足した…ちょっと遅くなっちゃったかな。さっきも帰ろうとしたらあの実を見つけて時間食っちゃったし、流石にもう駄目だ


「他にもまだまだ見たい所もあるのに…仕方が無いから今度近いうちにまた来ないとな。……あ」


 思わず足を止めた


「あ、あれ…」


 おかしいな?こんな獣道は通った覚えが無い…


「……」


 一度冷静になって、辺りを見渡してみる。…やっぱり、周りの木にも見覚えがない。木の区別なんて付かないけれど、辺りの雰囲気というか…そういうのが違和感だ。後ろを振り返るが、獣道が入り組んでいて通ってきた道がどれか分からない。つまり…


「ここ、どこ…?」


 問題発生。帰り道が分からない…森に入る前は他人事だと思ってたのに、いざ我が身のこととなると、何だか急に寒気がする


「あ、魔術を使えば。『地導』」


……魔術も全能じゃないってことか。これは圧力や振動を介して、地形とか、地上の生物を察知する魔術で、索敵系の魔術の中でも効果範囲が広いものなんだけど…考えてみれば、こういう木などが多い森だとそれに阻害されて効果が薄い


 考え事でもしてたんだろうか。思ってたより遠くに来ていたみたいで、少なくとも探知魔術で確認できた1キロ圏内には、生物の反応は山程あるが、人らしき反応はなかった。…そういえばこの辺に来ると前、野生動物らしき影は大量に見たんだよね


「違うやつは…『磁力向法』地場から東西南北を…」


 待って、自分はどの方向から来たんだ?分からない。他に役立ちそうな魔術は…もう思い付かない



 …冷や水を浴びせられたような感覚になった。さっきまでは気にもならなかったけれど、良く見たらこのあたりの獣道は大きい。肉食獣らしき足跡もある。思わず息をのんだ


バサバサッ


「ひっ!……鳥か………」


 普通だったはずの森は、途端に不気味になった。風の音、不十分な暗闇、揺れる木々さえも不安を煽っているみたいで…。帰る道がわからないだけなのに、どうしようもなく怖くて、身体が縮こまる。このまま待っていればおねーちゃんが…ここまで来れるはずがないか…


「たしか…北西に進んでたよね…」


 もう少し近づけば、探知魔法でわかるはず…。そう願って、そして早くここから逃げ出したくて、さっきより速足で私は駆け出した







 ナギサが探索に行った後も、二人はしばらくの間動けずにいた。フィーネは身を投げだした状態で地面に横たわり、フラネ共々大分荒い息をついていたのだが、現在は多少、回復したようだ



「…はぁ!」


 あー水がおいしい…ようやく歩けるようになったよ。膝はがくがくするけども。…もうちょい飲も


…二度目の水うま。にしてもさぁ、死にそうながらもちらっとだけ見えたんだけど、あの速度はやばいでしょ。2秒後にはもう見えなかったよ。あれが本気か?いや、そんな訳ないか…本気出すような場面でも無し


 あ!喉がカラカラだったから気にしなかったけど、寄生虫とかいるかも…もう飲んじゃったから知らん!…て言いたいところだけど、やっぱ不安だな…おなか痛くなったら、ナギサの魔法でなんとかなったりしないだろうか…


「…んっ……ぷはぁ…生き返った…」


 わたしの横で、同じく喉が渇いた様子のフラネが水を飲んでいる。また寄生虫が頭によぎって、教えようかとも思ったけど、顕微鏡も無いし目に見えないあ奴らの存在を言ったところで理解しようがないだろう。更に言えば、わたしと違ってよく森に入るフラネなら今までもこういう場面はあっただろうし、フラネがお腹を壊したって話は特に聞いたこともないからきっと安全な水なんだろうな、うん

 おかげで心配事がなくなった、てことでもう一口…


「大丈夫…?」


「ん…?………ぷはっ、大丈夫だよ」


 人見知りな性格のせいでインドア派に見えるが実は、フラネはトーベルたちと一緒に普段からこの森に入っているので、こう見えて人並み以上には体力がある…はずなのだが…そんなフラネにとっても、今日のナギサのペースは早かったようで、額には汗を浮かべて川辺に座り込んだ


 わたしもその横に座って少しばかりの沈黙…


「……」


「…ん?なにしてるの?」


 フラネが突然立ち上がると、くつを脱いで川の中に入ったのだ。そして川底の何かを摘みながら、答えてくれた


「…ユラエバナ。食べると体に良い…ほら」


「きれいな花」


 そう言って見せられたのは、白い菊のような花だった。茎を入れても中指ほどしかない小さいものだ。これが水中にあるのか…見つけんのは苦労するだろうな…


「今晩のおかずに入れる…」


「それじゃあ、わたしもやるか」


 ということで、早速わたしもくつを脱いで川へと入った。しかし入ったはいいものの、意外に水がめっちゃ冷たい…


「ユラエバナは、浅いところの岩の間とかに生えてる…」


「あ。あった…」


 川の流れは緩やかだから、場所さえ分かれば比較的見つけやすい。とはいえ…むー、なんか悔しいな。精神年齢のみならず、肉体年齢も年下の子に教えられるというのは…わたしもそれぐらいの知識はあるのだけれど、如何せん経験で負けてる気がする

 でも今晩のおかずが少し豪華になるというのだから、文句は言えない。村の食事は基本的に塩と、採集のついでとかに見つけたら採ってくる香草だけの質素な味付けだからなぁ…あと食材も。だから、こういう所に住んでいるとどうしても、食べ物にはシビアにならざるを得ないのだ


「あれ?フラネ、それは?」


 よく見ると、フラネが持っているユラエバナの中に、形はよく似ているけれど色がわずかに水色がかったものが入っているのに気付いた


「これはユロウバナ」


「よく似てるね」


「うん、だから気を付けて」


「へ?どういうこと?」


 気を付けてって、何に?もしかして食べられないってことかな。それならまあ納得だが…


「これは毒草だから…食べると死ぬ」


「どくっ……!?」


 あっぶな!?思ったよりやばいものだった…でもなるほどなー、ユラエバナかと思って食べたら死ぬわけか…。これからはユラエバナが食卓に出てきたら、どっちかしっかり確かめないとな…。そういえばわたしが今採った中に紛れ込んではいないよね


「でも、薬師が調合すれば、虫よけの塗り薬ができる」


「あ、へー…」


 ハサミとナニは使いようってか。またしてもわたしが知らない知識を。くっそー、これが今まで動きたくないからと、森に来なかったわたしへの辱めか!でもありがたく頂戴いたしますフラネさん

…そして割と長く水の中に入っていたので、そろそろ冷たさで足の感覚がなくなってきた。わたしは既に体が震えてきている。正直もう出たい


「ね、ねえフラネ、もう一旦やめにしない…?寒いでしょ」


「全然」


 寒さにも強いのか…


「そ、そっか。それじゃあわたしはもうでるね…」


「……」


 寒さを意識したらさらに寒くなってきて、もう口まで震えがきたので、言葉も震えてもはや何を言っているかわからないだろう。いや、この様子だと聞いてなさそうだけど…

 フラネは作業に集中しているのか、そんなわたしの様子には意を介さず、ただ黙々と、今度はタニシのような貝を集め始めた。あれは…ノガイとか言ったやつだっけ。あとで教えてもらわないとな…



ガサガサッ


「「!」」


わたしたちは同時に音のした方を向いた。そして―――


「鹿!」


 真正面から鹿が走ってきた。まあ、鹿か…それだけで、実は鹿もこの辺ではそう珍しくない。それはここに来る途中で鹿を何回も見たことからも分かる。しかし、その様子がおかしい妙に落ち着きがない

 というか、それどころじゃないかもしれない。何がヤバいかって、わたしに衝突するルートで走っているが、避けるそぶりも無く一直線に突っ込んでくることだ。ただ、すぐに察知できたためにこっちが避けられない距離じゃない…


「あっぶなっ…」


 案外ギリギリだったがかわすことができた。セーフ…ってやばい!わたしが避けたから、今度はフラネがルート上に入る!しかも川に入っているから、素早く動けそうにない…

あああ!そんなことよりなんとか避けて!


「あ………」


 そうか、フラネの視界だとわたしと重なって見えてなかったのか!反応できてない…てかそれ以前にフラネは採取したものを大量に抱えてるから、すばやく動けるはずもない…


     ドドドドド

ドゴッ…メリメリ、ズゥン………

  ガサガサッ



 思わず目をつむった。立て続けの鈍い衝撃音と共に、鹿がフラネールに激突……


「…は?」


 フラネ…?大丈夫か…な


「………へぇ…?」


…吹っ飛んでいる


「あ、…え…?」


 決定的な瞬間は見ていないが恐らく…鹿、もと来た方向に、水の線と共に、木を数本へし折りながらふっ飛び沈黙した後だった

……どういうこと…?鹿が死んでる…首がへし折れてて結構グロい。へっ…?ちょっと待って。な、何が起きた?

 いや、見ていなかったわたしは当然だが、この状況を作り出した本人フラネも、今の状況を理解できていないみたいだ


「…急に水が出て……どうして…?」


「水…」


 これか…?一直線に続いてる痕…何だ?これが水?でもここに水は流れてなかったし、第一水がってどういうこと、フラネ………フリーズしてるわ


「水…。あー…」


 何となく、察した。そして改めてわたしは、しゃがんでその水の痕を眺めた


 いやぁ…だって、それしかないよなぁ…。見てなかったとはいえ、この世界でこの現象に一つだけ心当たりがあるとしたら、『魔法それ』しかないよなぁ…まだフリーズしてる。とはいっても、残っているのは特に何の変哲もない、ただの濡れた土だが。結構な水量だったようで、半ば泥のように柔らかくなっている

 この痕からして、何らかのきっかけで向こうに向かって水魔法が発動したんだろう。まあ…そうは言っても鹿あれ以外あり得んが。少なくとも、あそこで都合よくそんな自然現象が起こった訳は無いよね


 鹿が飛んでいったとおぼしき方を見てみると細い木は倒れ、鹿の身体が地面と擦れてその場所だけ不自然に草がはげている。鹿の姿は…ここからだと全体は見えないけど、首が明らかにあかん方向に曲がって、ついでに鼻が軽く陥没しているようにもみえる。むしろ全部は見えなくて良かったような気すらするな…魔法だよなあ



 ピンチに眠っていた力が目覚めた的なもの?たしかにあのままぶつかってたら重傷…もしくはそれどころじゃ済まなかったかもしれないし、それよりはよっぽど良かったけど……その結果がこれか?何それ主人公かよ

 まさか魔法でも先を越されているとは…『魔法の資質なら世界一(多分)』は自惚れだったんだね…。おみそれしやした

 わたしも早く追いつかないと…流石に魔法の方でも、…特に神様…管理者?の忖度ありで年下フラネに負けるわけにはいかない。もう、わたしのプライドはズタズタなんだ…大丈夫、涙は堪えた


 頭ではそんなことを考えているが、現実リアルではわたしもまだ、フラネと同じ様に口を半開きして固まっているだろう。これはそれくらい衝撃的な出来事で、むしろ現実逃避のための思考だったかもしれない

 はあ……とはいえ流石にそろそろ切り替えないと、か。このままいても何も始まらないもんな


「え……え……」


「えーと…フラネー…?」


 わたしはさっきから「え…」としか言わないフラネになんとか話しかけようとしたけど、この程度の言葉じゃ全然反応を返してくれない。まずはどうにかして落ち着かせないとか…


ガサッ…ガサッ


「ん?」


 おい、嘘だろ?いやいや、わたしの勘ぐり過ぎであってくれ……何?


「グオオオオ!」


「…はあ!?ホントに何なの!?」


 熊だったよ。鹿が来たのと同じところから、全長1.5m程の熊が見据えていた。地味に鹿の死体踏んでるし

…もおおおお!!そういうのも求めてないっつーの!

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