第19話 自粛

「それで聞きそびれたが…薬草採取には行くのか?」


「うーん」


 先ほどは、勝手な推測からの勘違いのせいで会話が途切れてしまったけれど、やっぱりそこは気になるんだろう。おねーちゃんとしては、少し悩んでいるみたいだ


「もし行くならナギサも付いて行くか?もし、前いた場所で教わっていなかったら、この際だにフィーネから薬草のイロハだとかを教えてもらうのも良いと思うが」


「おねーちゃんが行くなら、行く」


 家の中ではやる事が無いと分かったから、行けるなら当然行く。…ただ、一人でもいいと言えばいいけど、おねーちゃんに付いて行く形が一番良いとは思う。おねーちゃんだけが私の事情を理解してくれるし、その上で出来ることの幅も広がると思う


 それにこの辺りの薬草やらについての知識自体にも興味はある。私の記憶…というより本体の記憶には魔力とか、世界とか、そういう知識ならこれ以上ないほど豊富にあるけど、世界線一つ一つの細かい情報はあまりないから。でもそういうのも私が本体であったなら全通(全世界共通情報検索システム)を通して調べる事が出来ただろうなぁ。まあ、無いものは仕方ないし、結局同じことなら知れるなら全通だろうが人づてだろうが構わないとも思うけど


「たしかにそれは良いかも。なら、行こうか…」


「そうか。ところで行くならザランを一緒に連れて行ってくれよ」


「…っ!?」


 場が凍った。…いや違う、おねーちゃんが


「……」


 え…?え、どうしたの…?ザランって例の幼馴染だよね?たしかに薬草採取の機会に家では出来ない話とかは考えてたからそのときは邪魔になるけど、何にそんなに動揺してるの…?

 突然の珊瑚が如き白化に、私だけじゃなくてお父さんお母さんも軽く首をかしげている。ただ、両親は対して反応もしてないから割といつもこうなのかもしれない…けど何なのこれ?


「やはり魔物と出会う可能性はあるからな。これからもあいつがいれば安心だと思ったんだが…」


「あ、無理です」


「へぇ…?」


 事情知らないけど、なんで?


「わたし、あいつきらい」


自身の姉が急に敬語を使いだしたり、語彙が退行したりと、奇行に走る今の状況に、ナギサはついていけていない


「まあ…人には相性があるからな…それは仕方ないが、あくまでも安全が第一だ。ここは譲れんぞ」


「あいつは絶対、相性とかじゃ…なんか違う…」


 おとさんたちには聞こえないくらいの小声のそのつぶやきは、隣にいる私にはしっかりと聞こえてきた。もともと私の聴力が普通の人より良いっていうのもあるけど…

 それにしても私、こんな死んだ魚のような目で俯いたおねーちゃんは見たことない。うーん…とはいえここは一つ、助け船でも出そうか。流石にこんな様子の姉を放置しておくのは忍びない


「ねえおとーさん」


「ん、何だ?」


「私、やっぱり今日はフラネたちと遊びたい」


「フラネール達か?別にいいが…ということは、今日は採集には行かないのか?」


「うん、そうしたい」


「ありがとうナギサ。そうしよう、それがいい。そういうことだから…ごちそうさま。ほら、行くよナギサ」


「え?う、うん…」


「怪我には気を付けてね」


 そんな急に態度を変えて…その爛々とした目が怖いって。あとなんか引っ張る力つよっ…そこまで行きたくないの!?






 あの後、物凄い勢いのフィーネに引っ張られて、ナギサはそのまま一度部屋に戻ってきた。そして当のフィーネは現在、先程とは打って変わって安堵した表情でイスにへたり込んでいる



「は~~~たすかったぁ~~…ありがとうナギサ、ほんとに助かった」


「あのザランのこと?」


「そう。わたし、あいつホント嫌いだから。…嫌いはさすがに言い過ぎかもだけど、どうにも苦手なんだよねえ~…あのバカ空気も読めないし」


酷い言いようである。しかし、ナギサはザランとは直接会ったこともないため、その気持ちは伝わらない様子


「そんなひどいの?聞いた感じだと、悪い奴ではなさそうだけど」


「あんなん極悪も極悪でしょ。人のプライベートのずかずか入り込んできて、プライバシーの欠片もないことやって帰る」


 イマイチ想像できないな…


「…たとえば?」


「3歳の時、裸を見られた」


「……」


 たしかにそれは怒るのも当然…なんて思っちゃうとこだった。いやまあ確かに悪くない訳ではないと思うけども、よく考えてみれば3歳だ。精神年齢が私たち肉体年齢より上だから忘れそうになるけど、仮にも幼馴染なんだから、親に世話を頼まれてその中で…というのも普通にあり得るだろう。

…特にあの二人両親の場合、仮におねーちゃんがそう思っていたとしても、さっきの感じでは向こうは本人達の間(実際はフィーネのみ)での仲の悪さに未だ勘づいてすらなさそうだったから、余計にそういう経緯があったように思えてしまう


「お母さんも『それじゃあお願いするわね』とか…」


…予想通りだった。数秒前に予想してた内容をそっくりそのままおねーちゃんの口から聞くことになった。うーん こういうところはこの転生方式の欠点と言わざるを得ないなぁ…ほとんどの経験者が、その人の中身を考えると倫理的な問題を問わざるをえない幼少期のスキンシップに悩まされたことがあるらしいし。


「それより、結局ナギサはトーベルたちに会いに行くの?」


「うん。私はこの村に来て日も浅いし、まずは昨日できた友達との仲を深めるのも良いかと思って」


「こう言っちゃだけど、そんなかしこまって接するような子たちでもないよ。いつの間にか勝手に親友みたいに言ってくるよ」


「良い事じゃない」


「まあそうかもね。じゃあ行こ、多分あいつらも、昨日のあれでナギサのこと気になってるだろうし」







 そうして私たちは外に出た。おねーちゃんによれば、村を適当に歩いてれば会うだろうとのことなので、うちを出て、北に向かってぶらついている。でもまだ、お隣の農家のセナテさんに挨拶しただけで他には誰も見ていない

 ちなみにセナテさんは、カオミという果物を主に育てているそう。少しすっぱくて、それでいて濃厚な甘みが売りの、この村の特産品だそうだ。多分、メルおばさんのホウソウに使われてた、あのオレンジ色の果実はこれだろう。余ったものを分けてもらったので、2人でそれを食べながら歩き始めた


 思ったより甘みが強い気がする。とはいっても、しつこい甘さじゃなくて、うーん…ドライフルーツのような…って言ったら分かりやすいかな?いや、むしろあんず…?


「むぐむぐ……あ、そうだ。昨日の続きしたいから、夕食の後そのつもりでいて」


「昨日……もしかして魔力のやつ?」


 そう言うと、ザランの話の時ほどではないが、おねーちゃんは露骨に嫌な顔になった


「えぇー……またやるのぉ…?」


「だっておねーちゃん、あの時はすぐに気を失っちゃって認識とかできなかったでしょ。それにあれは初めてだったからで、次からは少しましになるはずだよ」


 ほんとは、もう融和の段階に達してるから普通に瞑想すれば簡単に認識して、操ることもできると思う。でもその前に、私の仮説を検証したい。おそらくは当たってると思うし、そうだとしたらお姉ちゃんの今後に大きく関わってくる。朝に一度思い出して、後でいいやなんて投げ出した過去が実はあったのだけど、やっぱりこれは早いうちにはっきりさせとこう


「でも…少し、かぁ……」


「なんのはなし……?」


「ん?あ、フラネ」


 話してたから気づかなかった。いつの間にか、前からフラネが来ていたみたいだ。話しかけてきた声も、すごく小さくてか細かったし、ふつうの人だと気づかないんじゃないかと思ってしまうけど

 ていうか、しゃべってる!昨日一言も喋んなかったのに、今日はしかも向こうから話しかけてくれた!人見知りだけど無口ではないってことかな



 フラネールが喋ったという事実に興奮しているナギサの代わりに、フィーネが質問に答えた



「おはよう、フラネ。別になんでもないよ」


「そう…?」


「うん。ところで、今日はトーベルたちとはいないの?」


「トーベルとサラは…まだ出てきてない…」


「あー、またなんかやったな……勉強でもサボったか…今日は出てこなさそう?」


「……」コク


 そうつぶやくフィーネと、それに頷くフラネールからして、よくあることなのだと分かる


「それじゃあ、仕方ないか…川にでも行くの?」


「…うん」


「じゃあ付いていってもいい?丁度ナギサが暇してて…」

 あ、置いてかれてるから待って…


「勉強って何の事?」


「ん?ああ、ナギサは知らないか。この村ではわたしたち位になると、読み書き計算とかの最低限の知識を学ぶんだよ。メルばあの提案なんだって」


「へー…」


 メルばあ…この村最年長の、長老的な存在だったな。成る程、確かに読み書き計算は出来て困ることはないか。…たぶん村にいると使う機会はあまり無いだろうけど、それでも覚えておいて損はしないだろうな


 私は当然できるよ


「まあ最低限だから、ホントならそんなに時間も掛からないんだけど…」


「しょっちゅうサボってる…」


「…から、あの二人は未だに3割くらいしか終わってないんだよね」


「なるほど…」

 そういうことだったのか…


「…フィーネは早かった」


「そうだっけ?」


「計算…みんな苦戦するのに、フィーネは最初からできてた…」


「まあ…あの程度はねぇ。加減乗除…」


「おかしい…」


「へー」


 まあ、そこは前世の教育のおかげかな…あの地球は、文明もある程度発達してた訳だし

 んー…それにしてもなんだろう…釈然としないな。皆これまでの過去を知らない私は、話題からことごとく置いて行かれる…いや、気にしちゃダメだ、これから知ってけばいい…そのはずだ


「一応聞くけど、ナギサは出来るの?」 


「?何を」


「ほら、さっき言ったやつ」


 ああ、読み書き計算のことか


「勿論」


 本体が、その辺を疎かにしているはずがない。言語だって、ここに来る前にスレイストスから訊いた


「まあそれもそうか」


「フィーネは知ってたの?ナギサが計算出来ること…」


「まあ…何となく分かったというか何と言うか…」


「すごい」


「いやいや…」


 というのが、歩きながらの会話


…ここまでおねーちゃんは普通にフラネと話してるけど、私はこの子の間合いがいまいち掴めない…。結局この時は、フラネと一言も話すことはできなかった

 ちょっと悔しい…でもまあいっか、この後一緒に遊ぶんだしちょっとずつ覚えよう。そんなでもフラネは私のことを意識してくれているようで、会話中何度か目が合った。その度すぐそらされて若干の蓄積ダメージを受けたけど、私に悪い印象は持っていないようで安心……すぐに日常会話はできるくらいには仲良くなってやる


 そう新たな決意を胸に、ナギサ達はフラネールを連れて、村の北西にあるという川へ向かった

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