第18話 別に、何でもなかった

 ナギサがこの世界に来て4日目。フィーネが前世の記憶に目覚めて3日目である。その日も、前の日と変わらない朝を迎えた…しかし、少し変わったこともあったようだ



「……んー…ふわぁ…」


 フィーネの方が一足早く目を覚ましたようだ


「…ん?あれ、動けん…あ……………ナギサ、起きて」


「……」


「おーきーて」


「ふみゅ…なぁに…?」


「眠ってたところ悪いけど、一旦起きて。わたしが動けなくなってる」


「んー…!…あら」


「あら、じゃないよ。早く手と足退けて…」


「ちょっとまって…」


 ふわぁ……まだ眠い気がする…なんでだろ。昨日もついそのまま寝ちゃったけれど、必要という訳ではないんだよな…まあいいか。昨日の夜はおねーちゃんに抱きついて寝ていたみたい


 それと…「もっと自分らしく生きな」と言われたことの意味が分からなくて、新しいモヤモヤを引きずっている。なんなら、なにが自分なのかも、私にはまだ分からない。もしくは…そもそもそれが無かったり…いづれにせよ、いまここで結論が出ないことだけが確かだ


「ねぇ…そろそろいい…?動けない…」


「あ、ごめん」


「まったく…」


 私とおねーちゃんに身長差はあまりなく、なんなら私の方が少し小さいかな、って感じだけど、力は私の方が強いためこうしてホールドしてしまえばおねーちゃんは逃げられないみたいだ


「もうちょっとこのままでいさせてよ」


「今日はダメ。ただでさえいつもより遅いんだから、朝ごはんに間に合わなくなるよ」


「むぅ」


 むくれながらも手に入れていた力を弱めると、おねーちゃんは私の手をどけて起き上がり、私の手をつかんで起き上がらせた


「ほら、起きて」


「はいはい…」



 そしていつものように井戸に行き、顔を洗った


「ふぅ……そういえば、ナギサは今日は起きなかったね。昨日は先に起きて逆にわたしを起こしてくれてたのに」


「自分らしく生きようと思って」


「それ関係あるの?」


「さあ?」


 むしろ悩んでるだけだから、全然関係ないかも


「昨日の話?また何か新しい悩み?」


「…大丈夫」


 モヤってるし、おねーちゃんが原因だけどね


「もう、いいから。ただ今日は少し長く寝たかっただけだから」


 しかしそれを言っても意味はないので、話題を変えて誤魔化す


「むしろ、お姉ちゃんは記憶が目覚めてから、今を受け入れるまで早かったね」


「まあ、自分で受け入れた事だし…理由はどうであれ、せっかく異世界なんてファンタジーに来たんだから楽しまないと損じゃない?」


「そう…なのかな。その感覚はよくわかんないけど」


「ああ…ナギサは自分がファンタジーな存在だからね…仕方ないか」


 ちょっと、私のルーツは関係ないでしよ。単純にその漫画とやらを読んだことがないからだよ…多分


「そうやって特別扱いは嫌だからね。私はこの世界でおねーちゃんの妹として、一人の人間として生きるって決めたから」


「…そうなんだ…」


「なに」


「いや、そういえば、そんな事にもなってたなあ…って」


「受け入れてくれたんじゃないの?」


「いや、うん、そうだけどね。今一度真正面から言われて、そうだったなぁってだけ」


 なら良かった


「…ところでさ。やっぱり二人同じベッドで寝る必要ある?」


「そこはほら…夜はまだ冷えるから…」

…あったかいよ?


「毛布なら十分暖かいけど」


「あ、布団も無いでしょ」


「何その『あ』。…まあそれもそうか」


「…おねーちゃんは、私と一緒に寝るの、嫌なの?」


「…あ」


「……」


「え?いや違う、違うよ?そういうことかって…ごめんね?」


「………」


「むくれないで…(ただ抱きこれがずっと続いたら、身体が痛くなるかもな…)」






 そんなこんなを経て、リビングに行くとちょうどお母さんが朝食を作っているところだった。私たちがリビングに入ると、お母さんもそれに気付いたようで、料理中なので声だけこちらに向けて話した


「あら、二人ともおはよう。よく眠れた?」

 

「うん」

 質問にお姉ちゃんが答える


「それと悪いんだけど、食器の用意をしてくれる?」


「いいよ」


 というわけで皿やらコップやらを用意することに



「…なんか今日の朝ごはん、いつもより遅くない?」


「そうなの?」


 私はまだお母さんの朝食を食べるのは2回目だから、おねーちゃんがいう『いつも』分からない。なのでそんな疑問に答えることはできなかった。でもたしかに起きた時に、『いつもより遅い』って言ってたな


「そう。…よく考えたら起こしに来てもおかしくない時間だった…なんかあったのかな…」



 些細なことではあるけど、普段との違いに不安を感じて、考え込んでしまった。正直私は付いていけてない

 それは食事中も変わらず…お父さんとお母さんも、少なからずおねーちゃんのそんな様子を気にしていた


「……」


「ねえフィーネ、顔色が悪いけど大丈夫?具合でも悪いの?」


「…え?あ、いや…大丈夫…」


「そう…ナギサもちゃんと食べなきゃダメよ」


「う、うん…」


 そうはいっても、こんなおねーちゃんの横でそんな出来そうにない。なんだか本当に何かあったのではと私まで不安になっちゃって、なかなか食事の手が進まない


 何となく重い空気が漂う食卓で、思い出したかのように声を上げたのはお父さんだった


「ああ、そうだ忘れていた。フィーネ、お前に言っておかなければならないことがあるんだが…」


 その言葉に、私たち姉妹は身を固くした。おねーちゃんは、何かよからぬことが起こったのではと思って。私はそんなおねーちゃんを見てだ


 ただ…一度はそう思った私だけど、改めて周りを見てみたら、そんなに悪い話ではないように思い直した。だって、お父さんの隣のお母さんの「そういえばそんなことあったわね」とでも言いそうな表情に深刻さが全然無いから

 そしてそれは正しかった


「今日からまた薬草採取に行ってもいいぞ」


「…へ?」


 おねーちゃんから間の抜けた声が出た。よほど気持ちが先走っていたみたいだ。それには反応せず、お父さんがさらに続ける


「昨日のうちに魔の森の近くまで行って様子を見てきたんだが…特に変わった様子はなくてな。それを話したら村長が『それなら問題ないのではないか?』ってことでな。一時的に子供は草原には近づかせないよう言っていたが、薬草は村の貴重な資金源でもあるから、再開することになった」


「だからもしかしたら今日、あなたたちが行くかと思って、朝ごはんを多めに作ったの。でも二人とも全然食べないから…ちょっと多すぎた?」


「あ、だから……あ、いや大丈夫食べるよ」


 そう言ったおねーちゃんは、大丈夫だとアピールしようと慌てて手を付けていなかったスクランブルエッグのような料理をかき込んだ


「そう?食べられないなら無理しなくてもいいのよ。ナギサもね」


「あ、うん。私も大丈夫」


 状況も理解したので、私もその後は心置きなく朝食を食べることができた。安堵からか、私もおねーちゃんもパクパクと料理を平らげて、最終的に残すことなく食べ切った。ただ、そうは言ったけど私には少し多すぎたので、途中で体を操作して消化を早めた上で、胃に当たる部分の容量を一時的に大きくして少々無理やり詰め込んだのだけど…

 私の体はエーテル、神がそう呼ぶ物質の本質は理想。そんなもので出来てる私は、こんな感じで一時的にだけど体の部位の大きさ、形、機能などをある程度自由にいじれるんだ。理論上は、別に常時保つことだって出来るのだけど…この通常状態が総合的にみて最効率になるから、基本はこのままだ


 この『変化へんげ』と呼ばれる、エーテル固有の特定技能スキルを実践したのは初めて。検証…「検己法S.C.S」によって数値や式として知ることが出来ないから能力とか、何か知りたいことがあったら既に思い出せるってる知識記憶をもとに一項目ずつ、こうやって地道に調べていくしかないかなぁ

 ところで…無理矢理詰め込んだって言ったよね。容量は大分広げたというのに、まだ苦しいんだよね…私が小食すぎるのか、はたまた…うっぷ…「大丈夫」なんて言わなきゃよかった。完全に見誤った…


「…けぷ」


 おねーちゃん?おねーちゃんは、私なんかよりずっと胃の容量が大きいみたいで、あんなズルを使わなくとも、あの大量のご飯を食べ切っていた。ほんとにすごい。あのご飯、一つ一つは普通…より少し多いくらいだったけど、品数が15くらい……とにかく朝に食べるような量じゃなかった

 思い返してみれば、今日はお母さんが張り切りすぎただけとはいえ、これまでの食事も私からしたらまあまあの量があった…食べ切れない程ではなかったから、無意識の内に気にしないようにしてたのかもしれないけど、この家族の食べる量は少しだけ普通じゃないのかもしれない



出会って1日と少し、意外なところでフィーネの凄さを知ったナギサであった



「…(お父さんがこんな体格だからなのかな)…」

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