第18話 この神にとっての今回の意味

 あの後、お母さんが夕食の準備ができたため私たちを呼びに来たが、泣いている私を見て驚いていた。いや、もう泣き止んではいたけど、バレバレだったのかもしれない


「大丈夫?どうしたの?」って聞いてきたけど、私はなんとなく、反射的に「大丈夫、なんでもない」と返してしまった。

 しかし、それでも何かを感じ取ったのか、それ以上は聞かずに「手を洗ったら夕ごはんね。それとフィーネは着替えて…」と言うとリビングに戻っていったのだった。見てみると確かに、私の涙の痕が…


 あの、後からじわじわとやってくる…気恥ずかしさというか、羞恥心と言うべきか……あれもはじめての気持ちだったなぁ


 何かを感じ取ったのはお父さんも同じなようで、お母さんから話を聞いているだろうに、その後リビングに移動して食事中、そのことを話題にすることもなく、全員がただ黙々と食事を進めていた

 あの件に関してはそれ以降、二人ともまったく触れてこなかったけど、そこに思いやりを感じて、歩み寄るだけが家族ではないのだなと、両親との距離も近づいた気がした一幕だったと思う


 そんな慣れない雰囲気の中での食事が終わり、食器も今日はお母さんが片付けてくれるとのことだったので私たちはひと足早く部屋に戻ってきた

 そして私は顔をまくらに埋めている


「うー…」


「なにしてるの…」


「戸惑ってる」


「はぁ…」


 お姉ちゃんはわからないという顔をしているけど、私はさっきの事態を飲み込めていない。私は感情というものをあまりよく知らないのだ。感情があふれるという経験も、さっきがはじめてだし、私のであるナギサ・メトロンも、神であるためにこうした状況になることはなかった

 私は一度顔をまくらから上げてお姉ちゃんに話しかけた


「…考えてみれば私ってさ、生まれたのは3日前で、でも悠久の時を生きてきた記憶がある、人間の思考をもった能力的に超生物っていう、すごくアンバランスな存在なんだよ」


「文章にするといろいろすごいな…」


「そんなだから、不安定な心が宿っている現状は、力の制御だとかの面であまりいいとは言えない訳だけど…本体はなんでこんな体にしたんだろう」


 今考えると不自然な点が多い。暇つぶしの世界旅行として始めたのに、それに見合う力が今の私にはない

 そして世界を渡り、そこに適合するということには本来、精神にそれ相応の負荷が掛かるものだ。しかし、私の精神はこの短期間で目まぐるしく変化しており、それは即ち不安定だということだ。本来の目的には沿っていない


「ナギサの今の状態ってなんかよくないの?」


「すぐになにかが起こる訳ではないけど、力を受け入れるの役割の精神が不安定だと、何かのきっかけで自己が内側から崩壊して暴走したりすることもある」


「思ったよりやばかった…何かを解決策はないの…?」


「こういう時の対処法は、場合によって2つに分かれてて、1つは人格の確立。もう1つは肉体と精神の均整なんだけど…私の場合だと両方かな…?あ、あと想定場力と精神の統一もしないとだめかも…」


「つまり肉体と精神と力のバランスがとれていない…ってこと?」


「………」


 想定以上の問題の多さに、私は無言で頷いた。しかし、お姉ちゃんはそう深刻には捉えていないようで、楽観的な感じで私を励ますようにこう言った


「まあでも、今は問題ないんでしょ?それに、力も今はまだ必要ないから焦らなくても大丈夫だよ」


 そこまで言うとお姉ちゃんは私の頭に手を置いて…


「それにナギサの本体の神様だって何かちゃんとした理由があるんだろうしさ。あとは時間が経てば解決するって

 その理由だって……人の心を持たせたってことは、ナギサに人と接して欲しい…みたいな理由だったりするんじゃない?私も知らないけど」


「……ありがとう、お姉ちゃん」


…たしかに、そうかもしれないな。どっちにしろ分かんないんだから、私たちが気にすることじゃないのかもしれないな。どの道、おかげで大分心持ちが楽になった


 お姉ちゃんは私の頭から手を離すと、そのまま私の隣で横になって、寝る体勢になった


「夕食前も言ったけど、わたしはナギサのお姉ちゃんになってるからね。そういう悩みはわたしが引き受けるから、ナギサはもっと自分らしく生きな。…ね?」


「わかった…」


 自分らしく、か…。そう言われると、今の私は私らしくないのかもしれない

 いっそルーツとか忘れて一人の人間として、お姉ちゃんと一生を歩んでみようかな……それも案外いいかも


「今日はもう寝ようか。前世なら悩みは寝れば次の日に持ち越せた」


「それ、結局解決してないよね」


「いいんだよ、細かいことは」


 とりあえず今日を、明日に持ち越そう





*     *





「………あ、きた。やあ、本体ことナギサ・メトロンだよ」


 ナギサにそっくりの少女、というかナギサの『基』であるナギサ・メトロンは以前と同じ様にこちらに向けて話しているようだ。今もこうして我々の言葉が終わるのを待っている。ちなみに服装もはじめて会った時と変わっておらず、今はティータイムを始めようとしていた所のように見える。紫の、小さな意匠が施されたベージュ色に近いカップが妙に印象的だ


「この3日間…神界だと2日半と少しってところか、で起こった出来事は…割りと驚きだったね。そうでしょ?」


 ナギサは自分のカップに澄んだオレンジ色のお茶を淹れながら話を進める


「まずはあの2人の接触か。まあ一部始終を見てたから、そうなるだろうと予測は容易だったけれど。やっぱり、これまでとやり方を変えて正解だった」


 お茶から湯気が立ち昇る。そしてお茶を注いでいたポットを置くのではなく、消した。…どうせ消すなら最初から要らなかったのではとも思う


「そこは雰囲気だよ。あと気分」


 そう言う間にも、横のテーブルの上に様々なお菓子が、これまたいつの間に現れた透明な3段からなるトレイの上に盛られ、着々と準備が整っていく。


「しかも、創られて間もなくだったおかげで感情が芽生えるのが早かった。まあ、フィーネには感謝してるよ。偶然とはいえ、第88世界5660世界線のあの場所で、今いる世界の創造神に選ばれてくれて。いや、この場合だと創造神にってことになるのかな?まあどうでもいいか」


 変質が始まるのが早かったのは、生まれて間もなくだったからであったのか


「いんや。それは私が最初から施した仕様も大きいけれど…それとは別に、始まってすぐの内に、方針転換したのも事実」


 つまり


「…これ以上は流石に説明が面倒だな…とりあえず、それについては、まあ追々として…」


 そこまで言うと、一度お茶に、やけに慎重に口を付けた。ところで今ナギサ・メトロンが腰かけているのは木の枝の上なのだが…落ちないのだろうか。テーブルは浮いているが


「あつっ……やっぱ無理…私猫舌なんだ。今日は熱めにしてみたんだけど…」


 既にそこそこ冷めていると思うが。感覚が過敏過ぎる


「ところで、分体が身体能力の低下についてちょっと気になりだしているみたいだけど、それともう一つ、分体に新しくも掛けたんだ」


 ナギサはカップに手をかざしてお茶を冷ますと、改めて口を付けた


「うん、おいしい。このお茶は特に効能みたいなのはないけど、私好みにカスタマイズされてるんだ。適度に苦くて、甘みのある味だよ」


 そうか


「それで、なんだっけ?ああ、制限か。なんでそんなことをしたかって話だね。それじゃあこの旅の目的から…君たちは、私が今回と似たようなことを、何回か実行したことがあるって知ってるよね」


 ナギサはカップをその辺に放ると、枝から足を下した。カップは勝手に飛んで既に空間の向こうに移動していった


「私、その中で思ったんだけど……私が万能過ぎたって」


 それに強い

ナギサ・メトロンは一度こちらに向き直って続けた。


「私も馬鹿だったね。普通に地上で暮らしてるの生命体が、神体である私と対等に渡り合えるわけがないんだよ。そういえばここ2670年は本気でやってないけど、生まれて23兆年くらいはアスカとマロン辺りとずっと遊んでたなあ」


 普通に考えて、ナギサ・メトロンも、付き合っていたアスカとマロンとやらもおかしいだろう

 だがそう話すナギサは楽しそうに足をプラプラさせている。しかしすぐに元に戻って、話を戻した。


「そんなわけで地上でお遊びに明け暮れてたんだけど…さすがに弱すぎて話にならない。だから次は力を抑えて、人の日常にも足を踏み入れてみたんだけど…神体ってこういう時不便なんだ。そんな訳でこっちもうまくいかなくてね」


 なんであろうか、あまりにも想像に易い


「で…この2つの先例から行き着いた先が、今回の分体ナギサだったっていうこと。私ではできないからその役目を分体ナギサに託したっていうのが今回の顛末」


であれば、それは妥当な判断だったであろう。だが…その顔は少しだけやるせなさそうであった


「さてさて、≪あれ≫で急激に分岐が早まったけど…さて、振り返り…というか状況説明はもう一回止めようか。結論は、あの子が今後人間の世界で私と同じことを繰り返さないこと。…いやー長々と喋っちゃってごめんね?年寄りだから、つい話が長くなっちゃうんだ。これまで通りあの子達を見守ろうね。それじゃあ、また今度」

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