第17話 この神と今回

 あの後、お母さんが夕食の準備ができたため私たちを呼びに来たことで、ひと段落ついた。私たちの姿を見て少しびっくりしていたけれど、すぐに嬉しそうな表情で


「仲良しのようで良かったわ」


と言った。あの後、なんだかんだで本当に眠くなってしまっていた私が、中々動かないからおねーちゃんを手こずらせていたのだ。それで軽くすったもんだしてたところにお母さんが入ってきたってこと


「なにがあったの?」


「大丈夫、なんでもない」


 お母さんの質問も、私が何か言うまでもなくおねーちゃんが反射的に返していた。お母さんの方も何か満足したのか、それ以上は聞かずに一言だけ残してリビングに戻っていった


「手を洗ったら夕ごはんね。それとフィーネは着替えて…」


「うん…ん?着替えてって…」


「…あ」


「……なにこれ」


 袖のところなんだけど、なんだろ


「ねえ…これ涎じゃない?ナギサ」


 思わず口元を拭ったところ、たしかにその形跡がまだ残っていた


「…ごめん」


「うん。…着替えるか」


 ベタベタというほどでは無いにしろ、割としっかり付いてるんだよね…完全に無意識だった…


「思い返せば、噛まれてたな」


「…ごめん」


 うん今度からは絶対に気を付けるから、だから今回だけ許して


「別に、気にしないから…そんな落ち込まないでいいよ。逆にこっちが申し訳なく感じちゃう」


 それは良かったけども…


「…今日も一緒に寝てくれる?」


「……そうね」


 気まずいなぁ…





 その後リビングに移動して食事。お母さんは妙に上機嫌だし、お父さんも多分さっきの状況はお母さんから聞いただろう。とはいえそのことを話題にすることもなく、ただ黙々と食事を進めていた。私たち姉妹は、その後の出来事で若干間を意識してるし…なんとも不可解な空気だった


 なんだか慣れない雰囲気の中での食事が終わり、食器も今日はお母さんが片付けてくれるとのことだったので私たちはひと足早く部屋に戻ってきた

 そして私は顔をまくらに埋めている


「うー…」


「なにしてるの…」


「戸惑ってる」


「はぁ…別に怒ってないよ」


「ほんと…?」


 一度顔をまくらから上げて話しかけた


「あんなんで本気で怒るとか、そっちの方がどうかしてるって。ほら、真ん中に居られるとわたしが入れないから」


「あ~…」


 転がされた


 そういえば、そろそろ昼間消費した魔力が回復してるころか。さっきは軽度の眠気と倦怠感があったけど、もう大分スッキリした気分だ

……実は検証終了後、特に条件みたいなのは見当たらなかったため、早速『魔力生成』を試してたのだけど…今の時点じゃ、効果はいまひとつ分からないかな。これ、発動してても自覚が何も感じられないから余計にそう思うんだと思う

 効果のほどを確かめるため…効果自体はもう分かってるけど、活動の為のエネルギー効率が悪い私からしたら重宝するかもしれないから、その程度と感覚を掴むため…取り敢えず食事中も維持し続けて合計で1時間くらい。事実、発動自体は問題なく行えた…と思う。分かんない、自覚できないから。で、始めた時が体感残り55%で、いまはおよそ96%まで戻った。…こうみると、たしかにペースは上がってるのかもと思ってしまうけれど、考えたらまだ素の状態での回復力は調べてないからそう決めるのはやっぱり尚早かもしれない。エーテルで、元から魔力との親和性が高いってことは、吸収スピードが速いってことでもあるというのが、こういう計測には少々不向きな要素だ


「…考えてみれば私ってさ、悠久の時を生きてきた記憶がある生後3日、人間の思考をもった能力的に超生物っていうすごくアンバランスな存在なんだよね」


「突然どうしたの…てか文章にするといろいろすごいな」


「…不安なんだ」


「どうしたの、なんか悪いところでもあるの?」


「悪い…いや、それはないかな」


「ならいいけど」


……やっぱり納得いかない。なんで生体情報の一部…いや70%くらいに、わざわざ隠蔽が施されてるんだ?


「検証とかいうの、気にしてるの?」


「え…」


 どうして


「多分、ナギサも相当分かりやすいと思うよ。あれからずっと顔が晴れないしさ」


 顔が晴れない…?どういう顔だ?


「いや表情筋というより、雰囲気?だから」


 なぜ疑問形


「まあ…悩みくらいは聞いてあげられるよ。モヤモヤって良くないし、ね?」


「…そっか。ううん、また今度にする。現時点じゃどうしようもない」


 そこまで言うとお姉ちゃんは私の頭に手を置いて…


「そうだね。本体の神様だって、何かちゃんとした理由があるんだろうしさ。あとは時間が経てば解決するって」


「なんで……ありがとう、おねーちゃん」


 そんな言葉、言ってないのに…たしかに、どっちにしろ分かんないんだからそもそも私が気にすることじゃないのかもしれないな。どの道、おかげで大分心持ちが楽になった


 何か変化があったのか知らないけど、おねーちゃんはもう一度私の表情を確認すると、頭から手を離してそのまま寝る体勢になった。でも一連の動作に、私は疑問を禁じ得ない


「本当に前世で兄弟姉妹、いなかったの?」


「もちろんそうだけど…なに、面倒見がいいって?」


「また…言ってない…」


 なんで分かるの


「なんで分かるか?」


 だからどうして。むしろ怖い……魔術を使っている訳でも無いというのに、完全に考えを見透かされている…。特殊能力か?それとも特定技能スキルなのか…?


「(なんか怖がってる…?でも見ていてなんだか悪くない気分だ…)」


…あ、でもいまのおねーちゃんなら、何となく考えてることが分かる気がする。成程…これが分かりやすいってことか…いやいやさっきの私はここまでじゃなかったはず。分かり易いなんてそんなこと…


 そんな事を考えていると、いつの間にかおねーちゃんは体の力を抜いて横になっていた


「まあとにかく…お姉ちゃんになっちゃったからね。自分で連れてきた以上、経験がどうとか、言ってられないよ。…多少駄目なところがあっても見逃しておくれ、代わりにそういう悩みとかはわたしも引き受けてあげるから…」


「わかった…」


「うん…自分らしく生きな」


……自分らしく

 何か、間を持たせた言葉。おねーちゃんには、今の私が私らしくないように映るのだろうか…


「もう寝よ。前世なら悩みは寝れば次の日に持ち越せた」


「それ、結局解決してないよね」


「いいんだよ、細かいことは」





*     *





「あ、きた」


一体、なんのために呼び出したと言うのだ?


「気が早いよ。いや、ここまでどうかなって」


ナギサにそっくりの少女、というかナギサの『基』であるナギサ・メトロン。ちなみに服装もはじめて会った時と変わっておらず、今はティータイムを始めようとしていた所のように見える。紫の、小さな意匠が施されたベージュ色に近いカップが妙に印象的だ


「この3日間…神界だと2日半ってところか。楽しかった?せっかくだし感想でも聞かせてよ」


個人的には、緩急が凄いとは思った…それと、変化に少し驚きだな


「うんうん、そっかー」


 自分から聞いておきながらはたして真面目に聞いているのか。ナギサ・メトロンは自分のカップに澄んだオレンジ色のお茶を淹れながら話を進める


「まずはあの2人の接触か。まあ一部始終を見てたから、そうなるだろうと予測は容易だったけれど…やっぱり、これまでとやり方を変えて正解だったと思うね」


 お茶から湯気が立ち昇る。そしてお茶を注いでいたポットを置くのではなく、消した。…どうせ消すなら最初から要らなかったのではとも思う。どうせ指の先から同じものを注げるのだから


「単なる気分だよ」


 そう言う間にも、横のテーブルの上に様々なお菓子が、これまたいつの間に現れた透明な3段からなるトレイの上に盛られ、着々と準備が整っていく。


「でもそうだね。それに関しては色々理由はあるけれど、変質が早かったのは確か。まあ、フィーネには感謝してるよ。偶然とはいえ、第88世界5660世界線のあの場所で、今いる世界の管理者スレイストスに選ばれてくれて。いや、この場合だと創造神にってことになるのかな?まあどうでもいいか」


まさか、これもまた予測通りとでも言うのか


「敢えて言うならが適切だな。それは私が最初から施した仕様も大きいけれど…」


もう少し詳しく話してくれないか


「…これ以上は流石に説明が面倒だな…とりあえず、それについては、まあ追々として」


残念ながら保留にされてしまった

 そこまで言うと、一度お茶に、やけに慎重に口を付けた。ところで今ナギサ・メトロンが腰かけているのはやけに平たい木の枝の上なのだが…それにしても落ちないのだろうか。テーブルは浮いているが


「あつっ……やっぱ無理…私猫舌なんだ」


湯気も立っていないし既にそこそこ冷めていると思うのだが…感覚が過敏過ぎる。それに分かっていたなら何故やった


「ところで、分体が自身の生体情報ついてちょっと気になりだしているみたいだったけど、まだ知られる訳にはいかないかな…まあそっちはフィーネが偶然上手いこと丸めてくれて良かった」


さっきから言っていることの流れが掴めないのだが、だからもう少し具体的な内容を示してくれないか


「それともう一つ、分体に新しくも掛けたんだ」


…相変わらずの聞く耳持たず、か…


「一旦、一息入れるね」


 ナギサはカップに手をかざしてお茶を冷ますと、改めて口を付けた


「うん、おいしい。このお茶は特に効能みたいなのはないけど、私好みにカスタマイズされてるんだ。適度に苦くて、甘みのある味だよ」


そうか


「いつか君達にも自家製のお茶を振舞ってあげたいね」


それはありがたいことだが、我々には肉体が無いからな。恐らくその望みは叶えてあげられないだろう


「ふむ…確かにこのままじゃあね」


なんだ。我々に肉体でも授けてもらえるのか


「いや?」


…だと思った。その微笑に思わず腹が立つ


「それで、なんだっけ?ああ、そう制限。具体的ねぇ、それじゃあ軽くこの旅の目的でも…君たちは、私が今回と似たようなことを、何回か実行したことがあるって知ってるよね」


 ナギサはカップをその辺に放ると、枝から足を下した。カップは勝手に飛んで既に空間の向こうに移動していった


「私、その中で思ったんだけど……私が万能過ぎたって」


ナギサ・メトロンは一度こちらに向き直って続けた


「いやはや、私も馬鹿だったね。普通に考えて、地上で暮らしているそこらの低級神にも及ばないような生命体が、私と対等に渡り合えるわけないんだよね。あ、そういえばここ2670年は本気でやってないなぁ。生まれて23兆年くらいはアスカとマロン辺りとずっと遊んでたなあ」


 普通に考えてナギサ・メトロンも、付き合っていたアスカとマロンとやらもおかしいとしか表せない。だがそう話すナギサは楽しそうに足をプラプラさせている。しかしすぐに元に戻って、話を戻した。


「そんなわけで話にもならない。だから次は力を抑えて、人の日常に足を踏み入れてみたんだけど…神体ってこういう時不便なんだな。そんな訳でこっちもうまくいかなくてね」


なんだろう、直接経験した我々であるが故かもしれないが、あまりにも想像に易い


「で…この2つの先例から行き着いた先が、今回の分体ナギサだったっていうこと。私では出来ない役目を分体ナギサに託したっていうのが今回の顛末」


であれば、それは妥当な判断だったであろう。…そう言う顔は、少しだけやるせなさそうであった


「それにこの方法の良いところは、実際に動くのは私ではないことなんだよ」


ほう?それまたどういうことだ?


「だってさー、私が動くとそのたんびに毎度毎度、管理者やら何やらがワーワー騒いで煩いったらないし」


…それは自身の立場を踏まえた上で言っているのか?


「立場ねえ」


神界のトップに立つ始祖神の一角ともあろう者が、突然訪問して来るなど誰が予想するというのか


「そういうの嫌いだけどねー。神は無のみにより縛られるんだよ?自由こそがまさしく神だっていうのに」


あんたの場合は自由じゃなくて、勝手すぎるのだ。今までにいくつの世界を崩壊させてきたと思っている?


「素晴らしいスパイスじゃないか」


七味ならたしかにそうだが、ハバネロともなると全く話が違う。だから危険人物とまで捉えられるのだ


「心外だなぁ、それ誰?潰そうかな」


…再三言うが、そういうところであるぞ…


「悪口の悪意は言う側に含まれるから、よってそっちが悪い」


そんな話はしていない。…いや、無駄だな。もう会話を成り立たせる意思を感じない…もはやこんなことが察せるまでこれと付き合ってしまっている事実すら憎らしい


「さてさて、急激に分岐が早まったけど…結論は、あの子が今後人間の世界で私と同じことを繰り返さないこと。いやー長々と喋っちゃってごめんね?年寄りだから、つい話が長くなっちゃうんだ。君たちももう暫くの間、これまで通りあの子達を見守っといて。今度こそ、ちゃんと考えとくよ」


…そういえば、我々は存在自体が保留にされているのだった…


「下手な事言ったら、消しちゃうかもね」


洒落にならない


「ふふっ」


 本当に…どんな悪魔よりも恐ろしい…

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