第16話 やる事詰め込む
子ども達を家に帰した後、私たちも一度家に戻って昼食を取った。そして今は部屋にいる。なんでも約束だとナギサがいうのだが…
「お姉ちゃん。何か一つ大事なことを忘れてよね?」
「えー…?ご近所さんにナギサの挨拶回りも終わったのに、まだ何かあったっけ?」
正直言って、約束と言われてもまったく身に覚えがない。いつの間にかとんでもない約束結ばされてたりしないよね…ちょっと怖くなってきた
しかし、わたしのナギサの返答はわたしの予想に反してごく単純なものだった
「もうー、しっかりしてよ。魔法だよ、ま・ほ・う。もともとここに住ませてくれる代わりに教えるって話だったでしょ」
「あ!そうかそれがあったか」
魔法の使い方を教えるという約束か。そういえばあったなそういうの。転生初日も「明日から…」って言って結局やらなかったな。
いや、あれはナギサっていうイレギュラーが来たからだな、うん仕方ない
「お姉ちゃんがネズミに襲われた時も『明日から…』って言ってやらなかったでしょ?自衛のために覚えないと」
「なんでそれを!?」
「あそこにいたから。『認識阻害』を使いながら横にいたんだよずっと」
「ちなみにいつ頃から…」
「薬草採取に出掛けた時から」
え?わたし知らないうちに妹からストーキングされてたの?こわっ
でもそれよりの問題として…
「てか、あの時見てたんなら助けてくれてもよかったんじゃないの。ナギサ強いんでしょ?」
「…あの時にはもうこの姿で弱くなってた」
「それでもネズミだよ?」
「……確かに、あれぐらいならなんとかなったけど」
ちょっと
「なら――」
「それじゃお姉ちゃんは成長できないでしょ。魔物への警戒心を養っておくのも大事だよ。それに、よく考えてよ。今のお姉ちゃんじゃ、あんな雑魚にも負けるってのは問題だよ」
ぐはぁっ!!ブーメラン!?そうか……たかが雑魚に…負けるのか…。なんでだろう、目から汗が…
そうして天を仰いでいるわたしに、さらにナギサの呆れた視線が突き刺さる。やめてくれ…わたしのライフはもうゼロだ…
「でも今覚えなきゃダメ?」
「どういうこと?」
「だって、当分薬草採取にはいけなくなって外に出る機会はないし、秘密裏に練習するのは難しいんじゃないの?」
そう、この世界にとって魔術師は割と貴重らしい。その実、自由に行動できている魔術師は全体の半分に満たない。こんな後ろ盾もない小娘が練習して魔法を会得したとしても、それが知れた瞬間に、強制的に国やら貴族やらに仕えさせられる未来しか、見えないのだ。だから魔法の練習は誰にも見られない場所でやろうと思ったんだけど…
「んーと、その考えは間違ってないんだけど…正しくもないというか…」
「それはどういう…?」
「だって魔術の練習って地味だよ、特に最初は…。後になるとまた違うけど、最初にやらなきゃいけないのは魔力の認識とその操作で、一般人が見たら何をしてるのかわからないよ」
「え……」
待ってちょっぴり嫌な予感が
「いや…てことはわたしが今までにしてきた根回しとかって無駄ってこと?」
ちょっと待ってくれ、そんなこと認めたくな…
「まあ、結論からいえばそうなるね」
ぎゃああ!
……そんな…そんなぁ…
「これまでの苦労も…無駄だったのか…」
これまでのことが徒労だったと知って、再びショックを受けてるわたしを、そんなの知ったこっちゃないといった様子で引っ張っていくナギサ
「まあまあ…魔術を使いたい人の9割方が勘違いしてることだからそんなへこまないで。じゃあまずは魔力の認識から、というわけでここ座って」
いやなんかさあ…そういうイメージない?秘密の訓練みたいなさ。あ、でもそんなに悪い話でもないか、場所の問題は解決したわけだし
そういう訳で気を取り直して、さっきのイスからベッドに移った
「普通は瞑想したり、普段の生活の中で勝手に目覚めたりするもんなんだけど…それは時間がかかって面倒だし、体内の魔力を完全に認識して操作するまでに更に時間がかかる」
そういってわたしをベッドに寝かせるナギサ。なに?なにが始まるのこれ?
「ちょっと荒いやり方になるけど…がんばってね」
すると、ナギサもわたしの隣で同じく横になり、顔を近づけてきた
……まっ!?え!?ちょっ何する気、ㇵッもしかして…いやわたしまだその扉を開くには早いというか、あっ…もうがっちりホールドされてる、にげられない…。やっぱ待って!?こういうのは相応の覚悟ってものが…そもそも今姉妹だよねぇ!?こういうのって大丈夫なの!?
「それじゃあ…」
あわあわして顔も真っ赤になっているが、不思議と声がでない。体にも力が入らないし……もしかしてわたしってそういう気でもあったのか⁉
そうして抵抗することもできずに…額と額がくっついたその瞬間
激しい吐き気と悪寒がわたしを襲った
「!?」
ちょっ…まって…うっ
これやばい。まるで頭の中がミキサーにでもかけられてるみたいだ。なにかがわたしを侵してくるような嫌悪感に、自我を保てなくなるんじゃないかと思うほどの不快感
「んー…?」
「かはっ…はぁ…はぁ…」
それはほんの数秒だったが……その感覚が途切れた瞬間に、わたしは意識を手放した
………おかしいな
お姉ちゃんは眠ってしまった。まあこれは想定どおりだった。そのためにベッドまで移動したわけだし。でも想定外のこともあった
―――予定より早過ぎるのだ
今やったことはお姉ちゃんの中にある魔力を動かして体に馴染ませるという方法で、人為的に魔力との親和性を上げて魔力を認識させるというものだった
これのメリットは、魔力を認識した時点で、ある程度体に魔力が馴染んでいることと、単純に他の方法と比べて認識までが早いことだ
そしてデメリットは、さっきのお姉ちゃんを見ればわかる通り、抵抗反応が起きる。本人の意思に反して魔力が体を循環するので当たり前のことだ
そして問題…というより疑問なのは、本人が認識できるレベルまで魔力との親和性が上昇するのに数秒しか掛からなかったことだ
本当は最低でも3日かけてゆっくり確実にやろうと思ったんだけど…予想外なことに先程の数秒で完全に魔力が融和してしまった。これは体の魔力との親和度が100%に達したことを意味する
普通の人間ではあり得ないことだけど、本当に自然に、水がスポンジに吸収されるかのようだった
理由の心当たりはあるけど……これは明日ちゃんと検証しよう
そういえば私も
そう心の中で話に結論を出したところで、私は自身の体を魔力で満たしていった
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