第10話 時は止まらない

事はそんなに難しくない


 もともと私はフィーネの2回目の薬草採取の時に接触するつもりだった。本当は1回目の時でもよかったんだけど、先に自分が環境に慣れときたかったし、あんな感じで突然記憶が目覚める形の転生だと、それまでの普通の人として生きてきた中で構築された魂の外郭に違う人格の記憶やら感覚やらが流れ込んでくることになるから、下手に刺激を与えるとそこらへんの統制が崩れて精神が崩壊したりなんてことも…あったりなかったり。そんなことは今までで数えるほどしかなかったけどね


 まあ、大抵1日もあれば記憶と魂の融合も済むから、あとは自然に接触できるタイミングが必要だった。そしたら都合の良いことに薬草採取ってタイミングができそうだったから、そこで顔合わせというかそうするつもりだったんだけど…


 そこから先はついてなかったね、お互い。偶々ビッグラットが出てきたのは別にどうでもよかったんだけど、魔物っていう前世含めて体感したことのない存在に、まだ4歳の肉体の精神年齢が合わさって過剰に恐怖が湧いてきちゃったみたいで、そのあからさまな様子が親にも伝わっちゃった結果、護衛ザランが付くことになったという訳

 本人はそのときの自分の様子を自覚していなかったみたいだけど、両親はフィーネの怯えた様子にちゃんと気付いていた。それなのに次からも行きたいと言うから両親も真面目に考えて、こういう妥協案を提案・了承したのだと思う。それにしても、娘の安全を第一に配慮し、無茶なことはさせないその姿勢…フィーネは良い家庭に恵まれたように感じるな。こっちは管理者スレイストスも手を出していないだろうから、単純に運が良かったんだろうね



 ともかく。それはつまりフィーネが一人になるタイミングっていうのが無くっちゃったわけで、これが私にとっても都合が悪い。ならばと自分を囮に魔物ゴブリンをおびき寄せて、ザラン(護衛)を一時的にフィーネから遠ざけることに成功した、というのが事の顛末だ。ゴブリンにしたのは万が一にも怪我を負わせないようにという安全面と、近くにいたから


 私はフィーネの胸の中で顔をあげた


「はじめまして、だね。そしてよろしく」


「…へ?」


「まあまあ、まだ混乱から抜けきってないでしょ。…はい、イスとテーブル。とりあえず座りな」


「えっその……え?」


「うん、そいつはあとで処理するから、ほら」


「あ…」


「温かいお茶いる?」


「……」


 よくよく考えたら、自分にしがみついて怖がってた幼女が急に饒舌にしゃべり出して、挙句の果てにイスとテーブル出してお茶を勧めてくるこの状況って大概意味わからないよね


「えっと…あなた、何?あっ…」


ミスった!みたいな顔


「いいよいいよ、落ち着いて。ちゃんと自己紹介するから…とりあえず座ろう?何飲みたい?」


「……じゃあ、水で…」


 ここまで言ってようやく席についてくれたので、新たにコップとティーカップ、そしてティーポットを出して、水の入ったコップをフィーネの方に置いた。すごく恐る恐るって感じは見ててちょっと面白い


 取り敢えずは、フィーネの緊張をほぐさないとかな。私もティーポットからハーブティーを注いで口を付けた。フィーネは緊張してのどが渇いたのか、私がカップを置くときには既にコップの水を飲み終えていたので、もう一杯進めてみることにした


「ハーブティーだけど、いる?リラックス効果があるやつだよ」


「……それじゃあ」


 というわけで新しくカップを出して、私のと同じハーブティーを注いでから渡した


「はい」


「ありがとうございます…」


 よそよそしくそれを受け取ると、これまた恐る恐るといったように飲む。カップを出したのと同時に手の中のコップを消した時は、ビクッとしたのが可愛いかった


 ホッと一息


 すると、さっきよりいくぶん余裕を取り戻したフィーネが話を切り出した


「あの、あなたがこの魔法?…を?」


「うん。先に言うけど、敬語じゃなくていいよ。私そういうの好きじゃない」


「あ、そう…」


「今は私が一方的に君を知ってるだけだからさ、とりあえず自己紹介のあと、ここまでの経緯の把握からはじめよ。瀬戸内千秋ちゃん」


「!?」


 驚きのためか、カップを口に運んでいた手元が狂って、お茶がこぼれた


「ああ、服が汚れちゃう」


 それを私は『操水』の応用で服に付く前にすくい上げて、カップの中に誘導した。そしたらフィーネも、さすがに一度冷静にカップを置いて質問をしてきた


「なんで…あなた名前を?」


「そっちも今から言うから、あとお茶がこぼれちゃうから落ち着いて座って」


「…分かりました」


 すごく怪訝そうな顔だけど、大人しく従ってくれて助かる。そりゃ自分の前世を知る人が現れたんだから、その動揺もわかるけど


「まず私は、森羅万象すべての祖なる始祖神が一柱、ナギサ・メトロン…の分体。ナギサでいいよ」


「ちょっと待って」


「君のことはちょっと前に知ってる」


「待って、えーと?つまり…あなたは神様?」


「そこがちょっと複雑で…一先ずここまでのことを話すね」







 いや、ありえないでしょ


 たまたま自分が死んだ事故現場に神様がいて、気になったから追ってここまで来たって。どういう思考回路なんだって。しかもそもそも日本にいた理由も訳分かんないし…旅行(異世界規模)って。暇なん?


「…これって良くある事なんですか?」


「いいや。偶々タイミングが合っただけだよ」


「そう…」


 それと…さっきからどうしても視界にチラチラ入ってくるな…


「やっぱ先に処理しとこうよ。全然話に集中出来てないじゃん」


「処理…いやいいです、後で」


 そうこの気色悪い顔で静止してるゴブリン。正直すんごい気になるけど、処理って言うからなんか怖くなった。あとやっぱりこれがゴブリンなんだね…


「そっかー」


 ただひたすらにきもい…というかこれもナギサが自分で釣ってきたんだよな…

いや理由は聞かされたし、たしかに人を遠ざける意味では一つの正解ではあるけれど


「出来れば、最初から別の方法にしてほしかった…今回は本当に死ぬかと思ったんですけど」


「んんー?じゃあ…夜寝る前に、枕元に立ってたら叫ばないで冷静にいられる?」


………怖


「まあいいや。本題に戻っていい?あとさっきも言ったけど敬語はいいよ。文字数の無駄」


「はぁ…?」


「で、瀬戸内千秋の最期、暴走した車に轢かれたのは覚えてるよね」


「…まあ」


「災難だったね。ドライバーがてんかん発作を起こしてたんだよ、だから責めるのは勘弁してあげて」


「…そうだったんだ」


 じゃあ…不注意とかじゃなくて仕方なかったんだな…。うーむ、流石にそう言われちゃ責めようにも責められないけど、しかしやっぱり無念だな…


「それでこれもスレイストスから聞いたと思うけど、たまたまあの時があの地球からこの第86世界の117世界線に定期的に送られる魂を選ぶ時期で、これまた偶然それに君が選ばれたんだ」


「スレイストスっていうのは?」


「君が天界で会ったこの世界線の管理者の名前」


「管理者…」

そんな名前だったんだ。『ス』が多い


「それで、君のことも気になるし暫くの間ここで活動しようと思ってるんだ」


「え、ここに住むの?神なのに?」


「確かに、私の本体は神だからこんなこと簡単にはできないけど、私はあくまで分体で、この身体も君たち人間とほとんど変わらないよ。あと念のためスレイストスから許可も貰ってきたし」


「えー…」


「いやなの?」


「あ、いやそうじゃないけど…そんなんでいいのかなぁ…と」


 このが特殊なのか、それとも神ってみんなこうなのか・・・なんとなくあったわたしの中の神様像とのギャップに戸惑いを隠せないわたしであった


「それに、ここに居て何するの」


「あー…それはね…あとから考えるよ」


…最低限の計画性、持とうよ。何しに来たんだ

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