第7話 無事回避
もう一度声に出して言わないと、自分でも飲み込めなかった
「村まで逃げるのは無理。助けも期待できない…。だとすると……本当に、やるしかないのか…?この身体で…」
もちろん小声だ
次の瞬間には自分でも不自然なことに、わたしは自然と薬草採取用のナイフを手に握り、背の高い草に身を隠しながら、極限まで息を殺していた。その間にもビッグラットは徐々に近づいてきているが、幸いまだこちらに気づいた様子はない
前世ならこんなすぐに、戦う決断とかできなかったな。今も怖いけど…
心臓の鼓動が不自然なほどにはっきり感じられる。動いてもいないのに息が乱れて、体に力が入った。落ち着け…いやだ…あと5mぐらいか
…なんでこんなことになったんだろうな…無事に帰れるといいな…
ビッグラットとの距離が3mに縮まり、いつでも動けるように身を低くした。こちらの間合いに入る寸前。ビッグラットが突然に動きを止めた
存在に気づかれたかと思い、踏み出そうとしていた足を止めてしまって後悔した
(奇襲に失敗した…!)
まずい…こうなるともうわたしには有効な攻撃手段がない。さすがにこの距離じゃ気付かれてるだろうし、ダメ元で突っ込むしかない?でもいまから近づくには遠い…!
この絶望的な状況で、フィーがどうすればよいか迷っていると、ビッグラットが急に方向転換した。それに反応してフィーネもビクリと体を震わせる。目尻には涙すら浮かんでいるみたいだが…、本人にそれを気にしている余裕はなさそうだ。…また、ビッグラットがそれに気付いた様子はなかった
「(いや…まだ、気づかれてない…?)」
恐怖と焦りで乱れた呼吸を抑えながら、じりじりと距離をとって観察してみたところ、…どうやら土の中か、どこかに、隠しておいた木の実があったみたいだ。こちらに気付いた様子もなく、夢中で木の実を頬張っている
「(…リスかよ。……よかったぁ~~~~…!)」
少し離れた所からこれを見ていたわたしは相手の目標が自分ではなかったことに安堵し、全身の力が抜けてしまった。でも、まだ安全ではないことを思い出して、 ビッグラットを刺激しないよう、できるだけ静かにその場を去った
「(さっさと逃げよ…)」
◇
現在、わたしは村にほど近いところにある木に寄りかかっている
「終わったかと思った…」
いま、わたしは手足を投げ出して憔悴しきった目で空を見ていることだろう…。さっきの魔物との邂逅だけど……こわかった~…。
あいつは村の近くでもたまに見かけるし、お父さんが倒してるところも見たことあったから、たかがねずみだと思ってたんだけど…怖かったなぁ…(泣)。子供だったからだろうか。一人だったからだろうか。はたまた武器を持っていなかったからか
なんというか…あいつら魔物は存在そのものが恐怖だ。いやごめん、わたしも自分で言ってることがよく分かってないけど、オーラじゃないけどさ、あいつらはただいるだけでわたしのようなか弱い人間に恐怖を与えてくる
そういえばこういう世界、普通の動物もいるけど、魔物ってなんでいるんだろう?別にいなくても困らないだろう。……いつか調べてみようかな
その前に…おかげで明確なトラウマができちゃったよ。今なら普通のねずみを見ても漏らす自信がある。…それはさすがに嘘。でも魔物の方だったらほんとにやっちゃうかも…。しばらくあいつに会わないことを願おう。おい、心の中ならいいってことでもないぞお前。露骨に主張するな
でもあいつ(ビッグラット)のおかげで、まずやらなきゃいけないことも決まった。この世界では、たとえ村の近くでも命にかかわるような危険があるんだ。そしてわたしが住んでいるタイナは、近くに魔の森とよばれる魔物の巣窟もあるから、そういった危機に陥る可能性は他より高い
転生して、新しい人生が始まると実は若干浮かれていた自覚はあったけど、そのためにはまず自衛する力が必要なんだ
つまり、わたしが今しなきゃいけないことは…
………魔法
わたしは女の子で力も強くない上に、なんなら村にいる同世代の中でも一番運動神経が悪い…言ってて悲しい
だけど転生する際のやり取り、多少曖昧ながらに覚えている。その中で特に魔法の資質について…通常、というか先輩方が素直に一つ選んで転生したところを全部という…今思い出しても、我ながら非常に厚かましい要望をしてしまった気がする。しかもそんな無理が、何かの間違いであったとしても通ってしまったという事実にまた驚き…まあ、それは置いといて
つまるところ、これは自慢だが…魔法の資質とやらでいえばわたしは世界一だろう(多分)。なにせ、常識的に一つのところ、非常識が罷り通ってしまったのだから…。とにかく、身を守るという第一目標のために、伸ばすならここしかない。…やり方?………なんか…それっぽい感じで出来るんじゃないの。知らないよ、そんなの。魔法の使い方なんて、漫画には書いてなかった…というわけで、早速頑張らせてもらいます、はい
「はぁー……」
今日は心の傷を癒さないと……ビッグラットめ、いつか責任取ってもらうかんな!
「それじゃ、帰ろう…」
なんか、結果的に気持ちの整理とか現状把握とか色々できた気がする…というよりこの出来事で全部吹き飛んでしまった
この時フィーネの横に認識阻害で気配を霧のように消した者が腰掛けていたが、フィーネが気付くことはなかった
◇
「ただいまー…」
ああ…いかん、疲れた雰囲気が声にまで乗ってしまっている…。でもいまそんな場合じゃないんだよね…
「おう…ちょっと来い」
「…はい」
早速ながらお父さんが激おこである。だけど、それも当然だ。取り敢えずドアを開けた瞬間、リビングに連行されて座らされた後、どこにいた何をしていたとか色々問い詰められて、隠す理由もないし何より早く解放されたかったから、全部正直に答えた
「そうか。まったく…魔の森にまで捜索に入ったんだぞ」
「暗くなってきたから、あまり奥には入れなかったのだけれどね…でも森には入ってなくて少し安心したわ」
お母さんの手…あったかいなぁ
実際にわたしがいたのは、村の外れにある少し大きい木の下だった。村の北に唯一ある門から草原までの道からは少し南に外れていたし、そこから南に広がる魔の森に行く際も、偶然見つからなかったようだ
「結果的に無事だったからいいが、心配する親の気持ちも考えろ!」
「…ごめんなさい」
本当に御尤もな意見でございます…
そうなんだ。いまはもう、大体夜の7時くらい。いつもなら、食事もとっくに済ませて水浴びやらをして1日を終える準備をしている時間だ。ちなみに今後の方針について考えを巡らせていたのは昼の1時ぐらいだった
なんで家に着くのに6時間も掛かったか?寝てたんだよ…うるさいなぁ、はじめてあんな経験したんだよ?ちょっと全身の力が抜けて、休憩のために座ってそのまま寝ちゃうくらいあるでしょ
でもお父さんたちにそう言ったら「不用心すぎる」って、もっと怒られたよ
あの時、村に帰ろう!とかいってたけど結局、
でもお父さんの言う通り、よく考えたら危なかったな。いくら村に近いとはいえ、6時間も起きないくらい深く眠っちゃったのは迂闊だった。魔物はいなかったと思ったけど、可能性として無くはなかった上に、普通の動物とか蚊みたいな虫ならいるからそう考えると普通に危険な状態だった。幸い、虫刺され一つで済んだ
「場所が草原で良かったわ。本当…無事に帰ってきてくれて良かった。それにしても薬草、こんなに集めてきてくれたのね。助かるわー、明日メルバさんに持っていきましょう」
「まあ…そうだな…無事戻って来たから、ひと先ずはいいだろう。ビッグラットが出ただとかの話はまた明日だ」
「…うん」
ようやく…解放されたってことでいいのかな…ごめん、もう寝ていい?ちょっと疲れた…
え?ご飯食べてから?水浴びとかもしないと?それほんとに、ほんとにやらなきゃ駄目?そっかぁ…そっか…
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