第3話 巡り合い

 第6始祖神ナギサ・メトロンの分体として生まれた。そしてその目的とやらは、暇つぶしに付き合ってほしいとのことだけれど…

私からしても本体の目指すところ目標は全くもって分からない。いや、結局は暇つぶしとしか答えないのだろうが、訊きたいのはそこではない



 さて、どうしたものかな。本体の記憶によると前は用があって来てたからいいけど、今日は特にないからなぁ。やっぱり、もう別の世界に移動してもいい気すらする

 そんなことを考えながら歩いていると少し先の交差点に違和感を覚えた。が、その正体はすぐに分かった


「ん…量力りょうりょくを感じる?」


 量力とは神が扱う魔力のようなものだ。そしてそれからも分かるように、降臨などの形で神々が世界に干渉でもしていない限りは物質界で見られることは無い。


「…見に行こっ」


 なんだか面白くなりそうな予感を感じて少し早足で現場へと向かう

 その反面で、内心助かったとも思った。来たはいいけど、さっきの通り手持ち部沙汰で…だから逆に出来事の方からやってきてくれて嬉しい



「何があった?」


「さあ…」


「関係のない方は、こちら側から迂回をお願いいたします!」


「通り道なんだけど…急いでるんだが?」


「おいおい、何なんだよ」


「恐れ入ります!交通の妨げとなりますので…」


 警察とやらが急いで整列をしているようだが、混乱の方が大きいみたいだ。そこへ近づけば近づくほど周りの人間の騒ぎようは大きくなる上に、数も明らかに多くなっている。


「立ち止まらずに、速やかに移動をお願いします!」


「何があったんだ?」


「現状はお答え出来ません。とにかく、交通の妨げとなりますので…」


「…『エーレル』…」


 流石に、警察がテープを張っている所に堂々と入るわけにもいかないだろう。でもまあ…こっそりとなら許してくれるよねぇ、てことで。特に何をするというつもりもないことだし

 そうして認識阻害の魔術を施し、現場である交差点に入った際に目に入ったのはと言うと…


「あー…なるほど、そういう」


 建物に突っ込んで元の形を保っていない車と、無残な姿で横たわっている数人の人間の姿だ



 少し目を細めて何かを見ながら、そうあっけらかんというナギサは、その事実には関心を示していない様子であった




*   *   *




「あ、これアカウント登録しないとなのか…瀬戸内千秋瀬戸内シアキ…」


 もう前に登録したサイトのパスワードも覚えてないくらいだけど、ちょっと読んでみたい漫画があるから…。パスワードの保存機能には大いに助けられている


「あれ?何だこいつ、使い方分からねぇ…」

 どっから検索すんだよ。文字もアイコンも小っちゃ過ぎて反応しないし


「…後でいいや」


 面倒くささが勝ってしまった


 そこそこの大学の理工学部で、もう3年生になった。大学生活自体はまあまあ充実してるけど、何かやりたくてこの学部入ったわけではないから、就活とかもいずれやらなきゃとか考えると面倒だな…


「あっすみません」


 ちなみに現在、ファストフード店のバイト帰りで、電子書籍で転生モノの漫画を読みながら帰路についている。まあそのせいで今、人にぶつかってしまったのだが、一言謝罪してすぐにスマホへと向き直った


 私に言わせれば、やはり転生モノはおもしろい。私は日常系を読むことが多いが、異世界ジャンルの中では、自分を投写読むことができるこのジャンルが一番好きだ。私が読む作品は、メジャーとは言えないだろうものが多いが…そこまでマイナーという訳でもないだろう

 私は、基本的にラノベがコミカライズされたものを買って読むけれど、同時に原作もWEB版で読んでいるものもある。こうすれば漫画とラノベ、それぞれの良い部分を総取りできるということだ

 あ、そういやあの作品、水曜更新だったっけ。最新話読まないと


 そんなことをつらつらと考えながら、赤信号だったので止まる。今日もいつも通りの帰り道だあと少し行くと細い道があるからいつも通りそこから…と、周りの足音から青信号になったらしいのが分かったので、わたしもと足を踏み出した。信号は、青だった



まさにそのときだった。1台の乗用車がこちらに向かって猛スピードで突っ込んでくるらしいのが見えたのは


「え」


 あれは…よそ見運手とかではなさそう。なんかフロントガラスからドライバーの姿が見えないな。無人?いやそんな訳ないか…

…いやそうじゃない!うそでしょ!?やめて!こないで!彼氏…はいないけど親が生きてるしまだ読みたい漫画もたくさん…!

いやそんなことどうでも――死にたくない――!




 これがよく聞く、死に際に時間が圧縮されたように感じる感覚なんだろうか。普段のわたしに似合わず、なんか感情の高低差が凄かった気がする。何というか意外と冷静になっちゃうものなんだなって。でも時速100kmを超えているようにも見える車を避けられるはずもなく―


 私の視界は一瞬で赤く、少し遅れて黒く染まったのであった









―――――――――気分は如何でしょうか?瀬戸内千秋さん


 …ハッ!気分は…な、なにここ?


 私は白い空間に浮いていた。まっしろでなにもない、けどなんだか包み込まれるような心地よさがあった。あ、どうでもいいけど服が部屋着になってる


「恐らく、あなたの服のイメージでもっとも印象が強かったのがそれだったのでしょうね」


 ちょっ誰、ていうかどこ?


「後ろです」


 そういわれたので、後ろをゆっくり振り返ってみる。ゆっくりなのは、車に轢かれたとき頭を打った気がするので、それを気にしてだ。そういえば痛みもないな


「今のあなたは魂のみの状態ですから、当然ですよ」


 え?……死んだのか、私。まあ当然といえば当然か…。クッソ、あのとき読んでたの、丁度山場だったのに、タイミングが悪い…

……いやでも、よく考えればドライバーも居眠りとかよそ見とかそういう感じでもなかったから、それを責めるのも間違いか…?それともただの居眠り運転の可能性もあるのか?だったら許さん…!読書を邪魔した上に轢き殺しやがって…


「千秋さん?そろそろ話を続けさせてくれませんか?」


 え?ああ、すみません、どうぞ


…ところでここはどこで、この人誰だろう。山吹色の髪はアクセントのように先が黒くなっている。びしっとした、漫画で出てくる異世界貴族のような服を身にまとって、イケメンだ…


 それはそれとして一個気になることが。

そうこの絵面…正確には、服装。誰かは知らないけれど、明らかな正装に対してあからさまな部屋着で話すのは失礼すぎる。せめて、もう少しきちんとした服にしたいな…。今からでも着替えて…いや着替える服がないな?


「大丈夫ですよ、その程度のことは気にしません。まあ、どうしても気になるというのなら、頭の中で自分が着たい服をイメージすればいいでしょう。ここは天界の中でもとりわけ魔力が多く、またその感度も高いです。あなたでも魔力を自在に操れるはずです。今のあなたは精神がむき出しですし、きっとイメージ通りにいきますよ」


 その程度って…懐広いな…でもとりあえず着替えれると言うなら試してみよう


 それじゃあ、試しにさっきまでの服……できてる


 いや…え、こんなもん?「死ぬ直前、どんなの着てたっけな」って思い出そうとして…思い出す前に結果が出たんだけど。これって魔法?だとしたら魔法ってこんなものなの?

 それはそうとして、血まみれだな、この服…なんでだ?事故にあったときに着てたから、血が付いたのかな?だとしてもそこまで再現しなくていいのに…まあいいや、いやよくはないが

 これは使えないな。この際だから、思い付くの色々試してみよっか。いま何か大事そうな場面だから、相応の格好で臨みたい几帳面な私



 んー、やっぱ大事な時ってスーツのイメージ。おお…かっこいい。生前はまだ社会に出てなかったけど…たまたまチャンスが訪れたから思わず…。

 意外と着心地はいい?ただ慣れてない感覚だからか動きがぎこちない。けど慣れてさえいれば存外に着やすいのかもしれない。…いや、多分もう着ないか…


 これはどうだろう。目の前の男と、自分を見比べてみる。向こうは歴史の教科書にでも出てきそうな、どこぞの貴族かと思うような格好。こっち、現代感バリバリのスーツ


…駄目だ、変な絵面になっとる。こうして並ぶとめっちゃシュール。変えよう


 じゃあ…懐かしの制服(高校)! スーツに次いで、公で着るイメージが強い

…はぁ〜、これ凄いな。制服ってさ、着てるうちに何と言うか…、柔らかくなってくよね?そこまで再現されてる。細かいな〜

 それにしても、学生時代はうっとおしいだけだった制服であっても、こうして成長した今着てみると感慨深いものがある。ただ、ちょっとシャツがきつい気もするな…。私も成長したってことか…。いや待てよ、少なくとも4年位前の物だから、そもそも着れているという時点であまり成長していないのか…?……特に胸筋のあたりはあまり…じゃない!と、とにかくこれはすごい。一瞬で服が変わる。知っているものなら何でも作れそうだ。いかん、必要のないコンプレックスを思い出しそうだった


『……』



 全然関係ないけど、私小さい頃は地方に住んでて、交番にいた警察のおじさんと仲良かったんだよね。あの人たちってあんな重い制服着てパトロールしてたのかってさっき知った。ほんと凄い、私は数秒で潰れた


 それはさて置き。そういえばあんなのも持ってたな。試そう


『……』





 そうして真面目な選定作業の後。最終的に選んだのは、最近おしゃれ着として使っていたごく普通の私服


 シンプルイズベスト。こんな真っ白な風景にも十分馴染むという…安心と信頼の安定感。こっちには血は付いてなくて良かった


『……』

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